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その日以来、唯は目覚めなくなった。
目覚めなくて、悲しくて、
もう一度唯と話をしたいって、多分、私達全員がそう思ってた。
それがどういう理屈か叶ったんだ。
唯の夢の世界に私達の意識が迷い込むって形で、叶ってしまったんだ。
生き物が消えた理由は一陣の風のせいなんだっていう、
理に適ってるんだか適ってないんだかよく分からない設定で合理性が取られた唯の夢の世界に……。

でも、それなら、唯に責任は無いじゃないか。
この世界が生まれたのは唯がきっかけだったのは間違いないだろうけど、
それを望んだのは他の誰でもない私達自身だったって事になるじゃないか。
唯の傍に居たいと願った私達の想いが起こしてしまった出来の悪い奇蹟だったんだよ、これは。
漫画やドラマなんかでよく見るみたいな、ありきたりな奇蹟なんだ……。

私はそれを唯に伝えた。
唯に責任は無いんだって。
完全に思い出せたわけじゃないけど、私達は私達の意志でこの世界に来たはずなんだって。
でも、唯はやっぱり首を横に振った。
とても悲しそうに……、
体調の悪さよりも、心の問題こそが辛そうに……。


「あり……がとね……、りっちゃん……。
でも……ね……、私……、
もうりっちゃん達に……、辛い思いをしてほしくないんだ……。
私ね……。
憂達が居なくなっちゃった時……、凄く辛かった……。
怖かったし、辛かった……し、悲しかったんだよ……?

だから……ね……?
せめて、二人が傍に居るって思いたくて……、
髪型を憂みたいにして、眼鏡も掛けてみたんだよ……?
最初はそれで……安心……出来たんだ……。
でも……、後で気付いたんだ……。
りっちゃんの姿を屋上で見つけて、気付いたんだ……よね……。
私……、ひどい事しちゃったんだって……。
りっちゃんに辛い事を思い出させちゃった……って。
私が……、憂達の思い出に甘えちゃったから……、だから……。

もう誰にも私のせいで悲しい想いをしてほしくないんだよう……!」

それは唯の想い。
唯の悲痛な想い。
皆の事を大事に思って、皆の事を考えられるからこそ感じてしまう唯の痛みだ。
大切な物が沢山あるからこそ、人の何倍も感じてしまう胸の痛みなんだろう。
でも……、唯のその痛みは分かるけど、それを認めるわけにはいかなかった。
認めちゃいけないんだ、私のためにも、唯のためにも。
私は一つ大きな深呼吸をする。
大切な事を伝えるために、心を整えて口を開く。


「唯……、確かに私は悲しかったよ。
おまえの姿を見て、凄く怖くて、凄く悲しかった。
自分の心が壊れそうになるくらいだった。
でも、それは私の責任なんだよ、唯。
私が弱かったから、弱いくせに強がってたから、
それで……、自分の悲しさを隠し切れなくて、無茶な事をしちゃってたんだと思う……。
だから、あれを投げ捨てたんだ、私は……。

でも……。
おまえが見つけてくれて、二つだけ見つけてくれて……、
悲しかったけど、怖かったけど……、心の何処かでは嬉しかった気がするんだ。
私の事をおまえがそんなに考えてくれててさ、
私の思い出を大切にしてくれる友達が居て、本当に……」


「でもでも……、
りっちゃん達に辛い想いをさせてるのは……私で……。
りっちゃん達を悲しませてるのは私で……。

それに私……、怖いんだよ……。
今はまだ……、五人揃って……られてるよね……?
だけど……、だけどね……、
多分ね……、いつか私達も……離れ離れになると思うんだ……。
憂達が居なくなって……、気付い……たんだ。
この夢の世界は私の夢だけど……、私が自由に出来てるわけじゃない……んだって。
それはそうだよね……、夢だもんね……。
夜見る夢だって、自由な夢を見れるわけじゃ……ないもんね……。

だから……、いつか皆が離れ離れになる前に……、
憂達みたいに消えちゃう前に……、私が居なくなった方が……」


「それがどうしたってんだよ!」


私は大声で叫ぶ。
突然の事に唯は驚いたみたいだったけど、私は言葉を止めなかった。
止めるわけにはいかなかったんだ。
それだけは唯の意志でも通させてやるわけにはいかない。
私は唯の手を強く握り直して、唯の瞳を見つめながら言ってやる。


「それが何だよ?
私達がまた何処かに転移させられて、
誰かと離れ離れになるってのは、おまえが死ぬ事よりも辛い事だってのか?
おまえの命が消えるより、大変な事だってのかよ?」


「そうですよ、唯先輩!
私……、どんなに辛い事になっても、唯先輩が生きててくれた方が嬉しいです!
生きててほしいんです!」


私の言葉に続いたのは梓だった。
梓は今にも泣き出しそうな表情で唯を見つめている。
流石の唯も大好きな後輩にそんな表情をされては躊躇ってしまうらしい。
強い意志を持っていたはずの唯の言葉が弱くなっていく。


「でも、私が生きてたら……、皆、元の世界に……戻れないんだよ?
それに元の世界の私は……、
きっと……、もう目を覚ませられないと思うんだ……。
ここに居る私こそ……、本当の意味で……夢みたいな物なんだよ……。
皆を悲しませて、これからも不安にさせちゃう……迷惑な子なんだよ……?
それでも……いいの……?」


「いいに決まってるだろ!」


「唯ちゃんが死んじゃう方がやだ!」


言ったのは澪とムギだ。
ずっと見守ってくれていた二人だけど、
今ばかりは自分の気持ちを唯に伝えたいみたいだった。
伝えるべきなんだと思った。
嘘を吐いてたって、誤魔化してたって、物事は前に進まない。
それを教えてくれたのは唯じゃないか。
過去を捨てないでほしいって気持ちでピックを集めてくれたのは唯じゃないか。
今度は私達が唯にそれを教える番なんだ……!

私はポケットの中に入れていた三つのピックを取り出し、
誰にも見られないように、唯に握らせる。やっと見つけ出せたピック。
唯が大切にしようとしてくれた私の……、私達のバンドのピックだ。


「あっ、これ……」


唯が戸惑った表情で呟く。
まさか自分があれだけ捜して見つけられなかった物を、私が見つけてるとは思わなかったんだろう。
それとも、私がピックを捜しに行くとは思ってなかったのか……。
まあ、どっちでもいい。
とにかく、私は唯に自分の正直な気持ちを伝えるんだ。


「ありがとう、唯。
おまえのおかげで私はこれを捜せた。捜そうって思えた。
自分の思い出を捨てちゃ駄目だって思えたんだ。
もう大丈夫だよ、唯。
私は過去と向き合え……」


言っていて、違和感に気付いた。
違う。これは単なる唯に対する気休めだ。
強がってるだけの、大嘘だ。
そうじゃない。そうじゃないだろ、私。
私はもう皆に嘘を吐かないって決めたんじゃないか。

高鳴る鼓動を抑えて、私は本当の自分を曝け出す。
見せたくなかった自分を、やっとの事で皆に見せる気になれたんだ。
自分でも震えてる事に気付きながら、伝える。それでも。


「……正直に言うよ、唯。
本当は怖い。すっげー怖い……。
和達の事を思い出すのもそうだし、この先、皆と離れ離れになるかもって事もさ……。
それは唯の夢の世界に来てからって話じゃない。
唯が目覚めなくなるずっと前から、大学に入ってから、それをずっと考えてた。
怖かったんだよ、色んな事が……。
大学までは一緒になれたけどさ、
就職先まで一緒にはなれないだろうし、バンドを続けられるかも分からない。
色んな事が不安だったし、これからも不安は消えないはずだ。

だけど……、それよりも私は唯が元気で居てほしい。
例え夢の世界だけでも、唯には元気で居てほしいんだ。
私達のために死ぬだなんて、言ってほしくないんだ……。

唯に私の存在が負担にならないように、私は強くなる。
強くなってやりたいんだ。
何が起こったって乗り越えられるように……、強く……。
だから、おまえは生きていてくれ、唯!」


情けない決意表明。
自分の弱さを認めるだけの、気恥ずかしい宣言。
でも、それでよかったと思う。
ここまで追い込まれてからだけど、私はやっと素直になれたんだ。
皆の前で、弱さを見せられたんだ。
今はそれだけでも上出来だと思うべきなんだろう。
やっと一歩。
これで私はやっと一歩進めたんだから。

私の言葉を聞いて唯はどう思っただろう。
私の想いの何分の一かでも届いただろうか。
せめて、唯に生きていて欲しいって気持ちだけは届いていてほしい。

不意に、唯が笑った。
久し振りに見る、唯の優しいほんわかとした笑顔……。
その笑顔を浮かべたまま、唯が喋り始める。


「え……へへ……。
嬉しい……なあ……。
皆に迷惑掛けてばっかりなのに……、いつもいつも迷惑掛けてるのに……。
皆が私の事を思ってくれて……、私……、すっごく……嬉しい……。
私……、生きてて……いいのか……な?
皆と一緒に居て……いいの……かな?」


「生きてて下さいよ!
ずっと……、ずっと一緒に居ましょうよ、唯先輩!
皆で……、またセッションしましょうよ!」


梓の悲痛な声が響く。
唯の事を心の底から心配した声色。
唯はその梓に向けて笑顔を向けて言葉を届けて……、


「あり……がと、あず……にゃん……。
私……、私ね……、皆と傍に居られて本当に」


瞬間、私が握っていた唯の手から力が抜ける。
身体中から力が抜けていく。
目を閉じる。
そうして、その唯の続きの言葉を聞く事は出来なくなった。





雲が流れる。
何処までも果てしない空に、輝く雲が。
窓の外で静かに流れていく。

これまでの喧騒が嘘みたいな静けさ。
あいつが私達の心をこんなに占めてたなんて、思ってなかった。
あいつがこんなにも大事だったなんて、思ってもみなかったんだ。
失ってしまって、それをまた確認する。

私は横たわっていた主の居なくなったベッドに視線を向ける。
確かにあいつはここに居た。
ここで孤独や恐怖と戦っていた。
私達の事を思って、私達の傍で、生きてくれていたんだ。
でも、あいつは……、もう……。


「いい奴……だったんだけどな……」


「うん……」


私が呟くと、応じるみたいにムギが悲壮な表情で頷いた。
いい奴だったと思う、本当に。
失いたくなかった。
どんな形でも生きててほしかった。
守りたかった。
だけど、それは叶わなかった。
無力感が心を支配し、私は肩を落として拳を握った。
もうあいつに会えないんだと考えるだけで、自分の胸に大きな穴が出来てしまったかのように感じる。
その穴が塞がる日はいつか来るんだろうか……?


「この世界は……、これからどうなるんだろうな……」


澪が唯の横たわっていたベッドを整えながら、独り言みたいに呟いた。
独り言だったのかもしれないけど、私はその独り言に応じてやる事にした。
独り言にだって、返事が欲しい時もあるだろう。


「さあな……。
これからどうなるんだろうな、この世界……。
まだ分かんないよな、その辺もさ。
この世界が本当に唯の夢の世界だったのか、それも確定してないしな……。
でも、多分、世界は変わる。変わると思うよ。
いい方向になのか悪い方向になのかは分かんないけど、きっと世界は変わると思う」


「そう……だな……」


「ねえ……」


澪が私の言葉に頷いた後に、
誰かが声を掛けてきたような気がするが、空耳だろう。
私は空耳を気にせずに、辛そうな表情を浮かべているムギの肩に手を置いた。


「もう……、そんな顔をするのはやめようぜ、ムギ。
唯はムギがそんな顔をしてるのなんて望んでないよ。
笑ってやろう。どんなに辛くたって、笑顔で居てやろう。
唯だってその方が喜ぶだろうからさ……」


「そう……だね……。
いつまでも悲しい顔をしてるわけにはいかないよね……。
私……、頑張る。
唯ちゃんが安心出来るように、私も頑張らなきゃね……」


「その意気だ、ムギ」


「ねえってばー……!」


ムギが軽く笑うと、またも妙な空耳が聞こえた。
今日は空耳がよく聞こえる日だな……。
まあ、空耳は放置しておいていいだろう。
私は何故か呆れた表情を浮かべている梓の頭に手を置いて、
とても青い空と太陽に人差し指を向けて、決意表明をしてみせる。


「私達は唯を失った……。
だけど、あいつも私達が立ち止まってるのは望まないと思うよ。
だからさ……、前に進もうぜ、皆。
あいつが託してくれた分も、精一杯生きてやろうぜ!」


「ああ!」


「うんっ!」


私の宣言に澪とムギが力強く頷いてくれる。
梓は相変わらず呆れた表情を浮かべていたけど、まだ気持ちの整理が出来てないだけだろう。
いつかは梓だって気持ちを整理出来る。
また笑顔を浮かべられるようになる。
そのためにも私は梓を傍で支えてやらなきゃな……、
とか思ってたら、急に何者かに肩に思い切りしがみ付かれた。
何者かは泣き出しそうな声色で喋り始める。


「ごめんよ、りっちゃんー!
心配掛けてごめんよ、りっちゃんー!
だから、そういう扱いはやめておくれよー……!」


しがみ付いて来たのは唯だった。
ついさっきまで寝てたくせに、その力は妙に強い。
それにしても、起きたばっかりのせいか、相変わらず寝癖を立たせまくった髪型だな……。
私はその寝癖っ子に向けて、わざと冷たい言葉を掛けてやる。


「あ、死んだふりをしてた平沢唯さんだ」


「死んだふりじゃないよー……!
あの時は本当に疲れてたんだよー……!
疲れて寝ちゃってただけなんだよー……!
ごめんよー、許してー……!」


唯が私の顔に自分の顔を近付けて何度も謝り出す。
暑苦しい……。
けど、その暑苦しさは嫌じゃなかった。
またこうして唯の体温を感じられるのは、私としても凄く嬉しかった。
泣き出してしまいたいくらい、息が詰まるくらい、嬉しい。
でも、それを唯に悟られるのも恥ずかしかった。
私は照れ隠しに唯の寝癖をくしゃくしゃに撫でながら言ってやる。


「許すも許さないもないよ、唯。
おまえが生きてくれてて本当によかった。
だけど、もう紛らわしい真似はもうすんなよ?
今度やったら、そうだな……、ムギ! 言ってやれ!」


「今度やったら、おやつ抜きだからね、唯ちゃん!」


「ええぅ?
わざとじゃないのにぃ……。
おやつ抜きは許してよ、ムギちゃんー……!」


唯が慌てた様子でムギに頭を下げ、その様子を見てムギが微笑んだ。
周囲で見てた澪や梓も苦笑してるみたいだった。
釣られて、私もちょっとだけ苦笑した。

あの時……、唯の身体中から力が抜けた時、私達は本気で動揺した。
唯を失ってしまったのかと思って、絶叫してしまいそうだった。
それくらい、胸が痛かった。
だけど、すぐに唯から寝息が聞こえてきて、
喜んでいいのか、怒っていいのか分からないけど、とにかく心の底から安心出来た。
唯まで失う事にならなくて、本当によかった……。
それだけは私達の共通の想いのはずだ。

「疲れも溜まってたみたいだし、安心して力尽きちゃったんじゃないかな」とはムギの言葉だ。
確かにずっと熱に苦しんでたわけだし、私達の言葉に安心して体力が尽きる事もあるとは思う。
思うけど……、何て紛らわしい奴なんだ……。
大体、突然電池が切れるとか小学生かよ……。
いや……、前々から死んだふりの演技ばかりしてる奴だったけど、
こんな時に無意識の内に死んだふりが出来るようになるなんて、その成長を褒めてやるべきか?
褒めてやるのも何だか悔しいが。


それにしても、唯が目覚めた時の気まずさったら何とも言えなかったな。
あれだけ皆が自分の想いを伝え合ってた時に、それが中断されちゃったんだ。
唯を含めた全員が不完全燃焼で、気恥ずかしい空気だけが漂ってた。
真面目な話をしてたはずなのに、どうにも決まらないんだよな、私達は……。
でも、それでよかったんだ、って私は何となく思ってる。
間抜けだけど、それが私達なんだ。
気を張り過ぎてて忘れてたけど、それが私達……、放課後ティータイムなんだよな。
そんな大切な事を、ずっと……、忘れてた気がする……。


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最終更新:2012年07月10日 00:04