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「それにしても……、何だったんだろうな、唯の病気……か?
いや、病気なのか何なのかは分からないけど、とにかく唯の体調不良はさ。
今はあれが嘘だったみたいに、寝入ってからたった三時間でこんなに快復してるし……」


不意に澪が口元に手を置いて首を傾げた。
それは確かに謎だよな。
今の唯の様子を見る限り、その身体には何の異変も異状も無いみたいだ。
あれだけ苦しんでいたはずなのにどうして? って思わなくもない。
ピックを見せてやれば少しは落ち着くはずだとは思ってたけど、こんなに快復するなんて思ってなかった。
嬉しいには嬉しいんけど、やっぱり謎だ。

そうやって澪と一緒に首を捻っていると、ムギが口元に手を当てて神妙な表情を浮かべた。
お、久し振りの名探偵ムギバージョンだ。
ムギには何かの答えが出てるんだろうか?
少し待っていると、ムギがそのままの表情で話し始めた。


「知恵熱……だったんじゃないかな?」


「知恵熱ぅ?」


私と梓の声が重なる。
澪はといえば、呆れた表情を浮かべてないみたいだった。
どうやら澪もその可能性を疑ってたらしい。
唯は澪とムギが主に看病してたんだ。
同じ答えを導き出すのも当然と言えば当然かもしれない。
澪がムギの言葉を継いで続ける。


「ムギもそう思うか……。
私も唯の症状は知恵熱だったんじゃないかって思ってたんだよ。
子供が発症する本来の意味での知恵熱じゃなくてさ、
頭を使い過ぎると熱が出るっていう都市伝説的な意味での知恵熱……。
現実にあるのかどうかは分かんないけど、まあ、唯だしな……」


「あー、唯だし……」


「唯先輩ですしねえ……」


唯を除いた四人が同時に頷く。
知恵熱って、小学生どころか赤ちゃんかよ……。
思い返してみれば、その兆候はあったけどな。
知恵熱とまではいかないけど、唯は難しい事を考えるといつも頭がショートしてた。
本能と感覚で生きてるような奴だから、深く考えるのが苦手なんだよな、唯って奴は……。
それでも、憂ちゃん達が居なくなって、私が馬鹿な事をしようとしてて、
この世界が自分の夢じゃないかって疑い始めたりして、
色んな事があり過ぎて、唯の頭が働き過ぎてたのかもしれない。
そんな事で体調崩すなよって、馬鹿には出来ない。
私だって、高二の頃に澪と喧嘩した時には、知恵熱みたいな感じで風邪引いちゃったもんな……。

私は私の肩にしがみ付く唯に顔を向けてみる。
唯は自分の頭を掻きながら、恥ずかしそうに頭を掻いていた。
まったく……、こいつはいつだって大袈裟で紛らわしい……。
でも、それでいいんだって思った。
私はそんな唯が好きで、そのままの唯で居てほしいんだし、
知恵熱だか何だか分かんないけど、とにかく元気になってくれたのはとても嬉しいんだから。

だけど、心配させたお仕置きくらいはしてやってもいいだろう。
私は唯の頭に軽くチョップしてやると、のこぎりみたいに前後に動かしてやった。
こんなチョップをしてやるのも、そういえば凄く久し振りだ。
手を動かしながら、言ってやる。


「二度とこんな事で心配させんなよ、唯。
いや、その原因の一端は私にもあったわけだけど……、
それでもさ、もうこういうのはやめてくれよ?
私はさ……、私達は……、唯が元気で居てくれるのが一番嬉しいんだからな?」


私は自然に言ったつもりだったけど、唯にとっては意外な言葉だったらしい。
唯は私から身体を離すと、そのまま部屋の床に座り込んで涙を流し始めた。
変な事を言っちゃったんだろうか?
私は少し動揺しながら、涙を流す唯の肩に手を置いた。


「おいおい……、泣くなよ、いきなり」


「だって……、だってぇ……!」


言いながらも、唯の涙は止まらない。
ボロボロと床に零れ落ち続ける。
でも、涙に負けないように、唯は私達に自分の想いを届けてくれた。


「嬉しいよ……?
りっちゃんの言葉、凄く嬉しいけど……、ごめんって思っちゃって……。
皆に迷惑掛けてばかりで……、今だって、皆に……。
この世界はきっと……私の夢で……、皆に嫌な想いをさせちゃってて……。
それが……、すっごく……すっごく……」


拭っても拭っても溢れ出す唯の涙。
こいつは自分の辛さには耐えられるけど、
私達が辛く思う事には耐えられない奴なんだ。
でも、それは私達だって同じだ。
私達だって唯が辛いのは嫌なんだ。耐えられないんだ。
だから、私は唯の頭を撫でながら言うんだ。


「迷惑じゃないよ。
そりゃ大変で辛い事もあるけどさ……、
でも、唯と一緒に居て笑えるのは嬉しいんだ。
笑ってくれ。笑って、元気で生きててくれよ、唯」


「生きてて……いいの……?
私が生きてたら、皆が元の世界に……」


「いいよ」


言ったのは澪だった。
家族に一番再会したいのは多分自分のはずなのに、澪はそう言った。
澪は前に進む事を決めてるんだ。
思い出を捨てず、未来を夢見ながら、現在を生きていく事を決めてるんだ。
それは和と……、こんな弱気になる前の私のおかげらしい。
澪にとっては私はそんな頼り甲斐ある奴だったらしい。
自信は無いけど、澪が私をそう思ってくれてるなら、今度こそ迷わないように前に進みたい。

澪が私の方に一度だけ視線を向けてから、言葉を続ける。


「いいんだよ、唯。
律も言ったけど、私達はおまえが元気なのが一番なんだ。
おまえが元気で居てくれたら、それだけで嬉しいんだよ。
勿論、もしも遠く離れる事になったって、おまえが生きてくれてるなら嬉しい。
それにな……」


「それ……に……?」


「一つの事に集中出来るのはおまえの良い所だけど、それしか見えなくなるのは悪い所だよ、唯。
おまえが死ねばこの夢は覚めるかもしれないよな?
でも、もしかしたら覚めないかもしれないし、この世界がおまえの夢じゃない可能性も残ってる。
そんな物の試しみたいな事でおまえに死なれてたまるか。

あと、視野が狭いぞ。
元の世界に戻るためには、おまえが死ぬ以外の方法があるってどうして考えないんだ?
私達はまだこの世界について詳しい事は何も分かってないだろ?
おまえが死ぬのはこの世界の事がもっと分かってからでもいいはずだよ。
勿論、それしか方法がなくったって、おまえを死なせるつもりはないけどな」


「でもでも、元の世界に戻っても、私は……」


「だから、視野が狭いって言ってるだろ?
その解決策も一緒に見つけるんだよ。
元の世界でのおまえは寝たきりなのかもしれない。
目を覚まさない状態なのかもしれない。
でもな……、こんな世界を作り上げられるくらいなんだ。
どうにか頑張れば、おまえが元の世界でも生きられる方法があるって思わないか?」


正直、驚いた。
私もそこまで考えてなかったからだ。
唯を死なせたくないとは思ってたけど、その解決策までは思いが至ってなかった。
そんな……考え方があったんだな……。
もう、澪の奴を怖がりってからかえないな……。
澪は強くなった。
この世界に迷い込んでから、私なんかより、ずっと強くなった。
負けてられないよな、これは……。

勿論、本当にそんな方法があるとは限らない。
無い可能性の方が大きいと思う。
そんな都合よく、唯も私達も救われる手段があるなんて考えられない。
それでも、よかった。
何の目的も絶望するより、過去から逃げ出してるより、それを探す方がずっといい。
もうすぐ、私達が離れ離れになるかもしれないけど……。


「そうだよ、唯ちゃん。
私、唯ちゃんとまた演奏したいもん。
唯ちゃんのギター、澪ちゃんのベースと合わせた新曲が演奏がしたいよ。
折角作った新曲なんだし、皆に聴いてもらいたいな。
りっちゃんと梓ちゃんにも、勿論、和ちゃんや憂ちゃん、純ちゃん達にもね……」


真剣な表情でムギが言葉を紡いだ。
新曲が演奏したい……。
私だってまた唯と、皆と演奏したかった。
今度こそ自分達のために。前に進めるために。
本当の意味で、だ。

皆で本音で話し合えるようになって、やっと分かった事がある。
ロンドンに転移させられる前にやろうと思ってたほうかごガールズのライブ……。
あれは皆と自分を元気にさせるために、勇気を奮い出させるためのライブにしようと思ってた。
ライブをすれば勇気を出せる。
ライブをすれば元気に生きていける。
って、そんな風に考えちゃってた。
それはそれで間違ってないはずだけど、私達らしくなかったかなとも思う。

私達は音楽が好きだ。
音楽を皆で演奏するのが大好きだ。
ただただ純粋に、音を楽しんでいるのが好きだったんだ。
でも、あの時のライブは違った。
音を楽しむんじゃなくて、自分達の不安を紛らわせるためのライブだったんだ。
今ならそれが私にも分かる。
だから、あの日、ライブを開催出来てたとしても、
心の中にしこりのような物が残ってたんじゃないかな……。
もう、そんな演奏はしたくない。
そんな偽物じゃなくて、私達が大好きな本物の音楽を演奏したいって思う。
今度こそ、心から音楽を楽しんで……。


「りっちゃん」


急にムギが私に視線を向けて言った。
私はちょっと動揺しながら訊ねてみる。


「どうした、ムギ?」


「約束……、憶えてる?
ワンマンライブ……、今度こそ、やろうね」


「……ああ、憶えてるよ、ムギ」


「本当?」


「うん」


忘れっぽい私には珍しく、それは本当だった。
ずっと前、ムギと自転車で遠出した時にムギとした約束。
私とムギのワンマンライブの約束……。
あの約束は自分達の不安を振り払うための気休めみたいなものだった。
でも、今こそ本当に音を楽しむ意味で演奏したいなって思う。
色々あって延期に延期を重ねた分、最高のライブを見せてやるんだ。


「私だって!」


梓が私達の会話に入って来る。
自分だって負けたくないって意志が感じられる表情だった。
梓だって、ずっと我慢してたんだよな……。


「私だってライブをしたいです!
皆さんとまたライブをしたいんです!
私達のバンドのライブもまだでしたし……、皆さんに私達の曲を聴いてもらいたいです!
だから……、だから、唯先輩……。
もう絶対……、死ぬなんて言わないで下さい……!
私、唯先輩と一緒に居たいです……! 皆で一緒に居ましょうよ……!」


軽く叫んでから、梓が唯の胸に飛び込んだ。
梓のその小さな肩は小刻みに震えていた。
ずっと言い出せなかった本音を言うために勇気を出したんだろう。
普段の梓の姿からは想像出来ない意外な行動だった。
梓も素直になりたいんだ。


「あ、あずにゃん……」


いつも自分から抱き着いてるくせに、抱き着かれるのは慣れてないらしい。
戸惑った表情を浮かべながら、それでも、唯は梓を抱き締め返した。
感極まったのか、唯の肩も軽く震えてるみたいだった。
そのままの体勢で、唯が震える声で呟く。


「ありがとね、あずにゃん……、皆……。
そうだよね……、皆でまたライブ……やりたいよね……。
音楽……、やりたいよね……。

ねえ、皆……?
私、皆でまたライブやりたいな。
元の世界に戻ってからでもいいけど……、それじゃ我慢出来ないよ。
私、今日……はちょっと無理だけど、明日にはライブしたいな。
それくらい、皆とライブしたい。
いきなり過ぎる我儘だけど……、どう……かな?」


それは唯がやっと見せてくれた生きる事への意志。
私達と一緒に居たいって想いだった。
その意志を見せてもらえたら、もう断れるはずなんかないじゃないか。
断るつもりなんて最初からないけどな。
私は唯の頭に自分の手を言って、笑った。
自分でもびっくりするくらい、自然に笑えていた。


「いいに決まってるだろ?
明日出来るかどうかはともかくとして、明日からライブの準備を始めようぜ?
久し振りだから腕が鳴るよな。
ただ、相当演奏してないから、どんな出来になるのかは怖いが……」


「あははっ、それもそうだよねー……。
でも、私、それでもいいな……。
下手でも、ひどくても、とにかく皆とライブしたいよ。
どんなに下手でもね……、それが今の私達の精一杯だもん」


言ってから、唯も微笑む。
目尻を涙に濡らしながらも、笑ってくれた。


「そうだな……。
下手でも……、別にいいよな」


「そうだね」


「はいっ!」


澪達が次々に頷いてくれる。
この先、どうなるかは分からない。
唯が言ってた通り、また一陣の風で私達の中の誰かが居なくなるかもしれない。
もっともっと辛い事が起こるかもしれない。
それよりも先に私達はライブをしてやりたいんだと思う。
私達が五人で居られるうちに、精一杯の私達の音楽を演奏してみせたいから……。


「ねえねえ、りっちゃん……」


気が付けば、いつの間にか私は手を唯に掴まれていた。
私は首を傾げて唯に訊ねてみる。


「どうしたんだ、唯?」


「今日……、りっちゃんと一緒に寝たいな……」


「ええっ?」


叫んだのは私じゃなくて梓だった。
まさか唯がそんな事を言い出すとは思わなかったんだろう。
私だって思わなかったけど、梓に先に叫ばれたせいで他の言葉を言い出せなくなった。
唯が無邪気に微笑みながら、梓の頭を撫でる。


「何ー? あずにゃん、やきもちー?
心配しなさんなー。あずにゃんとは明日一緒に寝てあげるからねー」


「そ、それはいいです!
ちょっと驚いただけです!」


「もー、あずにゃんは素直じゃないんだからー」


「素直ですってば!」


唯達がいちゃつき始めたせいで、当事者なのに私は言葉を挟めない。
仕方ないから、しばらくいちゃつくのを見ていてやると、
やっと落ち着いたのか、唯がまた柔らかく微笑んで私に言った。


「あずにゃんとは明日一緒に寝るけど、
今日はりっちゃんと一緒に横になって色んなお話をしたいな……。
考えてみたら、私達、最近そんなに話せてなかったよね?」


言われてみるとそうだった。
日本に居た時もライブの準備であんまり会話出来なかったし、
ロンドンに来てからも私の迷いのせいでまともに話せてなかった気がする。
こんな風に普通に喋れてるのって、凄く久し振りなんだよな……。
私は頷いてから、唯の手を軽く握った。


「そうだな……、私もおまえと話したいよ、唯。
大切な話、馬鹿馬鹿しい話、これからの話、これまでの話、それに和達の話……。
色んな事を話したいけど、覚悟しとけよ?
長い話に……なるぞ?」


「うん……、長くてもいいよ。
私、いっぱいいっぱい、いーっぱい、りっちゃんと話したい事があるんだ」


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最終更新:2012年07月10日 00:05