を繋ぐ。
決して離れないように、二度とこの手を離すものかと強く繋ぐ。
私と唯は指を絡ませ、お互いの体温を肌で感じ合う。
もう何も失くしたくはないから。
失くすわけにはいかないから。

夜、私は唯と二人でベッドに横になって話した。
話しても話しても尽きない事を話し合う。
唯達が準備してた新曲の話。
私達の新しいバンドの話。
和達を失って私がどう思ったのか、唯がどう思ったのか。
その悲しみとどう向き合っていけばいいのか。
そして、これからどうするのか、どうしていきたいのか。
色んな話をした。
皆が傍に居られるための話をした。

皆で居るのは幸せだ。
皆と一緒に居れば、どんな困難でも笑顔で乗り越えていけそうな気だってする。
何だって乗り越えられる。
それは私だけが感じてる事じゃない。
皆がそう感じてるんだって、私には確信出来る。
それは私達の手が強く繋がっているから。
離したくない、離れたくないという強い意志を、皆の手のひらから感じるからだ。
嬉しい……。
本当に嬉しいんだ。
こんなにも大切な仲間が私にも出来た事が。
生涯の仲間どころか、永遠に一緒と確信出来る仲間達に出会えた事が。
私達の卒業で小さな後輩が少しの間だけ私達と離れる事になりはしたけど、
それでも私達の想いは絶対に揺るがない。揺るがしちゃいけないんだって思ってた。

でも、胸の中で激しく動く鼓動が、私に不安を覚えさせる。
私達は手を繋いでる。
自分達の意思で強く強くお互いの手を繋いでいる。
離れないために。
繋いだ手を更に強く繋いでまで。
これで私達はずっと一緒に居られる。居られるはずだ。
それは私が心の底から望んだ事のはずなのに、心の底からの笑顔を皆に向けられなくなった。
私達を繋いでくれたもう一つの絆である音楽すら、心の底から楽しめなくなってきて……。
そんな偽物の希望、偽物の笑顔と偽物の音楽に溢れた日常の中で、不意に私は気付く。
ひょっとしたら、私達は手を繋いでるんじゃなくて……。

だからこそ、私達は今度こそ本当の音楽を演奏しなくちゃいけない。
本当の笑顔を見せ合わなきゃいけない。
今度こそ……。
今度こそは絶対に。
皆とは一緒に居たい。ずっとずっと一緒に居たい。
傍に居たいからこそ、私達は自分の意思で……。





目を覚ました時、私は自分の腕の違和感に気付いた。
何故だかとても腕が痛い。
締め付けられてるような気がする。
唯と手を繋いで眠ってたはずだから、唯が私の手をきつく握ってるのか?
まあ、私も結構強くあいつの手を握ってはずだから、人の事は言えないか。
大学生にもなって友達と手を繋いで寝るなんて、思い返してみるとかなり恥ずかしいけどな。

でも、いいか。
恥ずかしいけど、自分の気持ちに正直になれたと思う。
言いたかった事や、言えなかった事をやっと二人で話し合えたんだ。
それだけで、恥ずかしさなんてどうでもよくなる。

にしても、唯の奴、
いくら何でも私の腕を握り締め過ぎじゃないか?
やれやれ、仕方が無い奴だな……。
私はそう思いながら右腕を布団の中から出してみて……、息を呑んだ。

何だ、これ……?
どうしてこんな事になってるんだ?
一体、誰がこんな事を……?

頭が混乱する。
起きたばかりだからかもしれないけど、頭の中が全然整理出来ない。
眠る前、唯と話していた時にはこんな事になってなかったはずなのに、
唐突過ぎる突然の出来事を受け止めきれずに、ただ心臓だけが激しく鼓動する。

確かに私は唯と離れたくなかった。
皆と一緒に居たかった。
一緒に居たいって想いを大事にしようと思った。
一緒に居たいからこそ決心しようとしたのに、何なんだ、これは……。
こんな形じゃない。
離れたくないって思ったのは、こういう意味じゃないんだ……。


「おはようございます、律先輩」


声を掛けられて、やっと気付いた。
ベッドの横の椅子に座って、梓が私と唯を嬉しそうに見ていた事に。
その梓の右腕が私の左腕と繋がれてる事に。
包帯でぐるぐると巻かれて、私の手首から肘くらいまでが繋がれてる事に。
今、私と唯の腕が包帯で決して離れないように繋がれてるみたいに……。
二度と離れ離れにさせないために……。

言葉を出せない。
私ただ上半身を起こし、梓と視線を合わせ……、ようとしてそれが何かに遮られた。
何かって勿体ぶるまでもない。
言うまでもなく、それは私の前髪だった。
愛用のカチューシャはホテル備え付けの机に置いてある。
カチューシャを取りに行こうかとも思ったけど、
両腕が繋がれているせいで、それも出来なかった。
でも、少しだけ助かった気もしていた。
今の梓の真意が全然掴めない。
目を合わせた所で、何を話したらいいのか見当も付かなかったからだ。

私は口を閉じたまま、梓と繋がれた自分の腕に視線を下ろす。
梓の右手の指は私の左手の指と絡まっていた。
強い力で絡まっていて、それでも足りないと言わんばかりに上から包帯が巻かれている。
絶対離れたくない……、ずっと傍に居たいって、
そういう梓の強い意志が目に見えるみたいだった。


「……おわっ、何これ!」


私が上半身を起こした事で、私と包帯で繋がれてる唯も目を覚ましちゃったんだろう。
唯も上半身を起こして、私と繋がれてる包帯を見ながら驚いた声を出していた。


「おはようございます、唯先輩」


「……え? あ、おはよー、あずにゃ……」


戸惑いながらも挨拶を返そうとした唯の言葉も止まる。
梓の異変に気付いたんだろうと思う。
梓と特に仲の良い唯だって、梓の今みたいな様子を目にした事は無いみたいだった。
今、梓は嬉しそうな表情を浮かべている。
これまでずっと抱えていた物を降ろせたかのような、爽やかな表情を浮かべている。
こんな状態になってるってのに、こんな状態にしてるってのに……。

唯が戸惑った表情で私と繋がれた自分の腕に視線を下ろす。
包帯で私と強く繋がれた自分の腕を見ると、唯は途端に表情を変えた。
戸惑ってるわけでも、怒ってるわけでも、怖がってるわけでもなく、ただ悲しそうな表情に。
責任を感じてるみたいに……。

私達が無言のままで居たせいだろう。
流石に梓も私達が今の状況を呑みこめていない事に気付いたらしく、
ツインテールの髪を左右に揺らしながら、身振り手振りを交えて説明を始めた。


「あっ、この包帯はですね、
寝る時に皆さんの身体が離れないようにと思って、繋がせて頂いたものなんですよ。
私、何度も考えたんですけど、
何度も何度も考えたんですけど、やっぱりあの強い風が吹いた時でも、
私達の身体が触れ合ってたら、同じ場所に転移する事が出来るって思うんですよ。
まだ確証はありませんけど、その可能性は高いって思います。
だから、先輩達……、勿論、私も含めて、皆、もっと傍に居るべきだって思うんです。
特に睡眠の時は寝る前に手を繋いでいても、無意識に手を離しちゃうかもしれないじゃないですか。
そんな時にまた風が吹いてしまったら困るじゃないですか。
だから、そうならないためにも、私達は手首を包帯か何かで繋いでた方がいいと思うんです。
私達が傍に居るためには、それが一番いい方法だって思うんです。
最善の方法なんですよ!」


早口の梓の説明に私と唯は圧倒される。
理に適った梓の言葉に私達は何も言い出せなくなる。
確かにそうだ。
梓の言ってる事は間違ってない。何一つ間違っちゃいない。
徹頭徹尾、理屈としては正しい事を話してる。
梓の言う通りにすれば、確証は無いにしろ私達は転移させられた後も傍に居られるはずだ。
傍に居られる可能性は何もしてない時よりもずっと高くなるはずだ。

だけど……、この胸に広がる不安感は何なんだ?
私は皆の傍に居たい。ずっとずっと傍に居たい。
傍に居て笑い合っていたい。
それなのに、これは違う。こんな事をしちゃいけないって思ってしまう。
どうしてなのかは自分でも上手く説明出来ない。
でも、どんなに傍に居たいからって、こんなのはしちゃいけない事なんだ。

私達は傍に居たいと思ってた。
高校を卒業して、離れ離れになってからその想いはずっと強くなった。
遠く離れても大丈夫ってよく聞く言葉は建前だ。
遠くでお互いの事を思い合う事なんて、そんなに簡単な事じゃない。
傍に居なきゃ想いは伝えられない。
傍に居なきゃ不安ばかり募っていく。
傍に居なきゃ……、傍に居なきゃ……。

だから、まだはっきり思い出したわけじゃないけど、
元の世界で唯が頭に大怪我した時、確か私達はもっと唯の傍に居られればって思ったはずだ。
唯の傍に居るんだ、皆の傍に居るんだって、皆で強く思ったんだ。
どういうわけか、どういう理屈か、その願いは叶った。
そして、叶った結果がこれだった。
誰よりも傍に居る事を願った私達が手に入れた物は、私達五人しか存在しない世界だったんだ。
私達が傍に居られる事はとても嬉しい。
だけど……。

私は私と包帯で繋がれた唯と視線を合わせる。
唯は悲しそうな表情を浮かべて、首を横に振っていた。
それだけの事で、私にも理解出来た。
唯も私と同じ気持ちなんだって。
梓にこんな事をさせちゃいけないんだって。

私は唯と繋がれた右手の指先を動かして、唯に合図を送ろうと思った。
この件に関しては、私は梓に上手く伝えられそうにない。
これまで何度も伝え方を間違って来た私なんかじゃ、
また梓に哀しい想いをさせてしまうだけじゃないかって、そう思えて仕方ない。
だから、これは唯に伝えてもらうべきなんだ。
唯なら感性的な言葉にはなるだろうけど、上手く伝えられる気がする。
梓だって世話ばかり掛けてた私の言葉より、大好きな唯の言葉の方が嬉しいだろう。
私なんかより唯の言葉の方が……。

瞬間、私は指の動きを止めた。
いや……、駄目だよ。
唯の方が間違いなく上手に梓に想いを伝えられる。
そっちの方が梓だって喜ぶ。
それでも、それは絶対に駄目なんだ。
どんなに下手でも、私は自分の気持ちをちゃんと伝えなきゃいけないんだ。
それだけはこの世界に来て、私が学べたたった一つの事だと思うから……。
私は息を吸い込んで、梓に顔を向けて言うんだ。


「なあ、梓……」


「はい。何ですか、律先輩?」


梓が微笑みながら私の言葉に頷く。
ロンドンに転移させられてから、滅多に見れなくなってた梓の安心した微笑み。
ずっと見ていたかった。
ずっとその笑顔のままで居させてやりたかった。
でも、駄目なんだ。
梓の笑顔を奪う事になっちゃうとしても、これだけは私の口から伝えなきゃいけない。
唯が私を悲しませる事になるかもしれないって思いながらも、
私が投げ捨てたピックを見つけ出してくれたみたいに、私は同じ間違いを梓にさせちゃいけない。


「包帯……、ほどかないか?」


「えっ……?」


途端、梓の表情が悲しそうに歪んだ。
予想出来ていた事だったけど、その梓の表情を見るのは辛かった。
胸が痛かった。張り裂けそうなほどに痛かった。
やっと安心する方法を見つけられた梓を突き放すような事はしたくなかった。
だけど、こうしなきゃ、私も梓ももう戻れなくなるから。
元の世界に……じゃなくて、大切な仲間だった私達に戻れなくなるから。
私は……、続けるんだ。


「梓の気持ちは嬉しいし、分かるんだけどさ……。
でも、こういうのはよくないと思うんだよ、梓。
傍に居たいって気持ちは嬉しいよ?
私だってそうだし、でも……」


「そ、そうですよね!」


私が言葉を終えるより先に梓が言葉を重ねた。
悲しそうだった表情が、笑顔に戻ってる。
でも、鈍感な私にもはっきり分かった。
その梓の笑顔は、無理に浮かべてる笑顔なんだって。
そんな歪な笑顔を浮かべたまま、梓がまた早口で言った。


「先輩達も目を覚まされたわけですし、いつまでも繋いでるわけにもいきませんよね。
今、突然風が吹いても、すぐに手を繋ぎ合えばいいだけの事ですし……。
それにずっと包帯で繋いだままじゃ、手首が痛んじゃいますよね!
すみません、そんな単純な事にも気付かなくて……。
じゃあ、すぐに包帯をほどきますから……」


言ってから、梓が私の手首の包帯をほどこうと左手を伸ばす。
私は唯の手と繋がれたままの右手を伸ばし、その梓の手の上に置いて言った。


「そうじゃない……。
そうじゃないんだよ、梓……。
皆の手を何かで繋ぐ事自体をやめないか?
おまえの言う通り、包帯で手を繋いでたら、風が吹いても一緒に居られるかもしれない。
皆、ずっと傍に居られるかもしれない。
だけど……、でも、それはさ……、上手く言えないけど違うって思うんだよ。

私だって、唯だって、澪だって、ムギだって、皆と傍に居たいって思ってる。
おまえもそう思ってくれてるのは分かる。
でもさ、傍に居られればいいってわけじゃないはずなんだ。
ただ傍に居られたらそれでいいって……、そういうの……、何か私達じゃないだろ?
単に傍に居る事が大事なんじゃなくて……、その……何だ……」


上手く言葉に出来ない。
全然、思ってる事が伝えられない。
もっとちゃんと伝えたい事があるのに、私にはそれが出来てない。
素直になって、嘘を吐かずに真正面から梓に向き合ってみた所で、私にはこの程度の事しか出来ない。
悔しかった。
梓が大切だって事が上手く言葉にまとめられないのが辛かった。
私って奴は本当に何も出来てないな……。

でも、梓は微笑んだ。
微笑んで、私と梓を繋いでいた包帯をほどきながら喋る。
静かに、言葉をその口から出す。


「そう……ですよね……。
皆で傍に居ればそれで解決……ってわけじゃないですもんね……。
すみません……。
唯先輩が倒れて、私、神経質になってたのかも……。
妙な事をしてしまって、すみません、お二人とも……。

包帯で繋げばもう離れる事は無いんだって、
傍に居られるんだって、私、律先輩達の事を全然考えてなくて……。
ごめんなさい……、申し訳ないです……」


呟きながら、淡々と私と梓を繋いでいた包帯をほどいていく。
私達が傍に居るために必要だった包帯を……。
ほどいてしまったら、傍に居られなくなってしまうかもしれない包帯を……。

私の……、私の想いは少しでも梓に届いたんだろうか?
私の言いたかった事のほんの少しでも梓の胸に届いたんだろうか?
届いたからこそ、梓は私達を繋いでいた包帯をほどいてくれているんだろうか?
いや、多分……、きっと……。

私は胸が激しく鼓動するのを感じながら、梓の震える手を自由になった左手で握ろうとした。
包帯が無くても、傍に居られるんだって事を伝えたかった。
それだけは伝えたかった。

でも、
その私の手は、
宙を舞って、
梓の手を掴む事が、
出来なかった。

梓の手が私の手を避けてしまったからだ。
拒絶されてしまったからだ。
いや、多分、違う。
私達に拒絶されてるって、私に思わせてしまったからだ。
やっぱり……、私の想いは上手く伝える事が出来なかったらしい……。
結局、こうなるのか、私は……。

私は胸が激しく痛むのを感じながら、
逸らしそうになってしまう視線をどうにか梓に向けて言った。
言わなきゃいけなかった。私達は梓を拒絶したわけじゃないんだって。
一緒に居たいからこそ、繋がれた状態で居たくなかったんだって。


「梓、誤解しないで聞いてくれ。
私達はおまえの事が大切で……」


「分かってます!」


私の言葉が梓の叫びに遮られた。
その悲痛な叫び声に遮られてしまった。
私が何を言うより先に梓が言葉を重ねていく。


「分かってます!
大丈夫です! 私、大丈夫です!
律先輩の言いたい事は分かってますから、平気です!
私……、甘えてたんですよね……?
甘えてしまってた……んですよね……?
律先輩達はそれが私のためにならないと思って、言ってくれたんですよね……?
私達は傍に居なくても大丈夫って事を信じるために、それが必要……な事なんですよね……?
離れてても仲間だって事を信じられる心の強さを……、持たなきゃ……いけないですよね……?

分かって……ます!
分かってます……から、私、大丈夫です!
ほ、本当に大じょ……じょうぶで……ですか……ら……」


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最終更新:2012年07月10日 00:10