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私と梓の波状攻撃に唯は拗ねたみたいになりながらも、笑ってくれていた。
やり方はちょっとずるかったけど、唯には笑っていてほしかった。
澪の推論が正しければ、私達は夢の中とは言え、
目を覚まさなかった唯とやっと再会出来たって事なんだ。
せめて唯には笑っていてほしいし、私だって笑っていてやりたい。

私達のやり取りを見ていて肩の力が抜けたんだろう。
澪がちょっと呆れたみたいな表情を浮かべて、でも少しだけ笑いながら続けた。


「脳波と思考回路はほとんど関係ないらしいから心配するな。
まあ、ずっと一緒に居たから、皆の考え方が似通って来たってのは否定しないけどさ。
でも、多分、そういう事なんだろうと思うよ。
私達はいつの間にか似た脳波を持つようになってたんだ。
血の繋がった妹の憂ちゃんより、幼馴染みの和よりもずっと近い脳波を……。
そう考えるのには、もう一つ理由があるんだ。それは……」


「音楽……だよね?」


ムギが微笑みながら澪に訊ねる。
澪はちょっとだけ驚いた顔を浮かべたけど、すぐに頷いた。


「ああ、ムギの言う通りだ。音楽だよ。
私、この夢のそもそもの根本には、音楽が関係してる気がするんだよ。
皆……、思い出したくもないだろうけど、
和達が私達の前から消えた時の事を思い出してくれないか?
あの時……、私達は何をしようとしてた?」


「……ライブだ。
そうだよ、ライブだよ。あの時、私達はライブをしようとしてたんだ……。
音楽を……、始めようとしてた……」


思い出しながら私は呟く。
その後に起こった事のせいで、すっかり忘れちゃってたみたいだ。
私達がライブをしようとした時に、和達の姿が消えてしまったって事を。
私が続けるより先に、私の言葉はムギが継いでくれた。


「ねえ、澪ちゃん……?
傍で同じ行動をしてると皆の脳波が似通って来るんだよね……?
だったら、ただ部活をするよりも、もっと皆の脳波が近付ける事があるよね?
私達だからこそ、そうなる原因がある……よね?」


「ああ、ムギの言う通りだよ。
そう。セッションだ。
セッションをしてる時、私達の脳波や想いは物凄く近くなってたと思う。
それこそ、血を分けた家族よりも気持ちを共有してたんだ。
音楽にはそういう力があるんだって私は思う。

ロンドンに転移させられる直前、私達はライブをしようとしてた。
演奏しようとしてたのは律達のバンドだったけど、
私達だって律達の演奏の後で新曲を披露するつもりだった。
多分、五人とも、今まで何度も重ねた五人での演奏の事を考えてたはずだ。
皆の想いがライブに向けて共鳴してたんだ。
それで……」


「一緒に新バンドを組んではいたけど、
まだ私達ほど脳波が近いわけじゃない純達がこの世界から弾かれた……って事でしょうか」


梓が少し辛そうに呟いて、澪がその梓の頭を軽く撫でた。
その行為は梓の言葉が間違ってない事を意味しているみたいだった。
数秒くらい撫でてから、また澪が静かに続ける。


「梓の言う通りだと私も思う。
これも私の推測でしかないんだけど、
唯は一番最初、唯と一緒に怪我をした皆を夢の世界に引き込んだんだと思う。
怪我をして辛い、悲しい、唯とまた話をしたい、って思ってた七人を。
でも、ライブをする事になって、唯はライブの事を一番に考えるようになった。
辛さや悲しさより、ライブの高揚感に目を向けるようになった。
それで、その高揚感が最大限に膨らんだライブ当日……、
唯の脳波はこれまで一緒にライブをして来た私達四人を優先したんだ。
憂ちゃん、純ちゃん、和の三人は私達とライブをした事があったわけじゃない。
脳波も私達とそれほど似通ってるわけでもなかった。
だから、多分、自分でも無意識の内に、
唯は自分の脳波と遠くなった三人を、この夢の世界から弾き飛ばしたんだと思う。
それであの三人は私達の前から姿を消す事になったんだ……」


「それじゃ、憂達は……」


唯が呻くように、独り言みたいに呟いた。
澪も辛そうな表情を浮かべながら、それでも言葉を続けた。


「こればかりは分からないけど、三人は元の世界に戻ってるんじゃないかな……。
この夢の世界から覚めて、元の世界で眠り続ける私達の姿を見てるんだと思う。
勿論、これも私の勝手な推測でしかないけど、でも……」


「よかった……」


「えっ?」


「よかった……! 本当によかったよう……!」


一筋の涙を流しながら、そう言って唯は笑った。
予想外に眩しい笑顔。
唯がそんな表情をするとは思ってなかったみたいで、澪が不思議そうな表情で訊ねる。


「よかった……のか、唯……?」


「よかったに決まってるよ!
だって……、だって、澪ちゃんの言う通りなら、
憂も和ちゃんも純ちゃんも元の世界で元気にしてくれてるんだよ?
こんなに嬉しい事なんて無いよ!」


唯がまた涙を流す。
止まる事の無い、長い長い涙……。
でも、同時に浮かべる笑顔は眩しくて、私は唯の頭をまた撫でていた。
そうだ……、そうだよな……。
澪の言葉が全面的に正しいって決まったわけじゃない。
それでも、元の世界で三人が元気で過ごしてる可能性は高いんだ。
それなら、私達はもっと喜んだっていいんだ……!
今は傍に居なくたって……!
私は自分も泣きそうになるのを感じながら、だけど、泣かずに唯の頭を撫で続けた。
今は唯こそが泣いていい時。
私達はそんな唯を見守ってやる時なんだから……。

三分くらい泣いていただろうか、
涙を止めた唯が照れ笑いを浮かべながら言った。


「ごめんね、皆……。
私、いっぱいいっぱい泣いちゃって……」


「いいよ、唯。
大体、おまえ結構泣き虫なくせに、この世界に来てからは全然泣かなかったじゃんか。
まったく……、無理すんなっての。気が済むまで泣いててくれていいよ」


「えっ……へへ……、恥ずかしいな……。
でも……、りっちゃんとあずにゃんだって泣き虫さんでしょ……?
二人でずっと泣いてたんだよね……?」


「な、何を証拠にっ?」


「だって、二人ともお風呂上がりなのに、まだ目の周りが赤いよー?」


「こっ……、これはだなあ……」


言い訳しながら、梓と二人で顔を見合わせる。
誤魔化せるかと思ってたけど、やっぱりよく見ると梓は目の周りを泣き腫らしていた。
多分、私の目の周りも似た感じになってるんだろう。
泣く事が悪いわけじゃないんだけど、梓と二人で泣いてたってバレてるのは何か凄く恥ずかしい。
あー……、何かムギと澪から妙な視線を感じる気がするー……!
私は咳払いをしてから、どうにか話題を変えてみせる。


「そ、そういや、サヴァンで思い出したんだけどさー……」


「え、何々? 何を思い出したの、りっちゃん?」


よし、空気を読んでくれたのか、
純粋に興味があったのか、とにかくムギが食い付いてくれた。
私は必死に思い出した事を口に出して話を誤魔化す。


「脳にダメージがあって特殊能力が目覚めるって、トレパネーションみたいだよな」


「トレパネーション……?
それは知らないな……」


澪が不思議そうに呟く。
お、妙に色んな事を知ってる澪も、トレパネーションまでは知らなかったみたいだ。
何も言わないのを見ると、どうやら梓も知らないらしいな。
皆の豊富な知識に圧倒されるしかなかった私だけに、この状況はちょっと嬉しかった。
私は少しだけ得意になって話を続けてやる。


「私も漫画で読んで知ってるだけなんだけどさ、
トレパネーションってのは頭蓋骨に穴を空けて脳に影響を……」


「ギャーッ!!」


そう叫んだのはやっぱりと言うか何と言うか澪だった。
色んな恐怖に耐えられるようになった澪だけど、痛い話はまだ苦手らしい。
何か落ち着くな……。


「痛い話はやめてくれー……!」


言いながら、私と梓と結ばれてる手を使って、澪が自分の耳を塞いだ。
脳に痛覚は無いから痛くないらしいぞ。
って、雑学を披露するのはやめておいた。
まあ、そういう問題じゃないしな……。
澪は放置しておいて、とりあえず私は説明を続ける事にする。


「何かよく分からないんだけど、頭蓋骨に穴を空けて風通しをよくしたら、
脳にその風の影響があって、変な能力が目覚める事があるんだってさ。
その漫画じゃ他人が皆変な生き物みたいに見えるようになってたんだけど……。
まあ、それはともかく、つまりトレパネーションってのは、
人工的に脳の再配置を行わせるための手術だったんだなって、そう思っただけだよ。
ほら、もう話終わったから、耳を塞いでなくて大丈夫だぞ、澪」


私は自分の腕に力を込めて、澪の手を膝の上に戻らせる。
澪はまだ泣きそうな顔をしながら、まだまだ不安そうな声色で呟いた。


「……本当?」


「嘘吐いてどうするんだっての。
単に私が前読んだ漫画の話を例えに話してみただけだよ。
ほら、私の家にあったろ?
春子に借りてそのままにしてたら、おまえが開いてすぐに閉じたあの漫画の話だよ。
まあ、絵柄が怖かったから、すぐに閉じたんだろうけどさ」


「漫画……?」


「そうだ、漫画だ。
漫画の話なんだから、そんなに怖がる必要なんてないんだっつーの。
おまえもさ、ホラー映画は勘弁してやるとしても、
いい加減、ホラーチックな漫画くらいは読めるようになろうぜ……」


私がちょっと呆れて言ってやると、何故か澪が少しだけ笑った。
笑える事は言ってなかったはずなんだが……。
私が首を捻って唯達と顔を見合わせてみたけど、皆も不思議そうな顔を浮かべてるみたいだった。
仕方が無いから、とりあえず澪に訊ねてみる事にする。


「どうしたんだよ、澪?
私、何か面白い事言ったっけか?」


「いや……、そうじゃないんだけどさ……。
今、律が漫画の話を例にしたんだろ?
実はさ……、私も同じなんだよ。
私の方は漫画じゃなくて小説なんだけど、
結局、私はその小説で得た知識で、この世界についての仮説を組み立ててみただけなんだよな。
自分で言うのも何なんだけどさ……、ベタな設定だと思わないか?」


話し終わると、また澪が一人で小さく笑い出した。
よっぽど笑いのツボにはまってしまったんだろう。
でも、確かに澪の言う通りだよなー……。
ベタだ。確かにすっげーベタだ。
生き物が存在しない世界の正体……、それは皆が見ていた夢だった!
なんて、手垢が付き過ぎてて、今更小説で取り上げる気も起きない題材だよ……。
宇宙人とか異世界とか三途の川とか電脳世界とか終末の後とか、
ああでもないこうでもないと色々悩んじゃってた私達が馬鹿みたいだ。


「ホントですよね」


「ベタベタだよね」


澪の言葉に続いて、梓とムギが呟いてから苦笑を始める。
澪の仮定を馬鹿にしてるわけじゃない。
唯だけ皆がどうして苦笑してるのか分かってないみたいで、複雑な表情で首を捻っていた。
私も苦笑して、唯の首に腕を回しながら丁寧に説明してやる。


「ホントにベタな設定に付き合わせてくれたもんだなー、唯」


「ええぅっ? 私っ?」


「ええぅっ? 私っ?」


「そうだぞ、唯。
この世界が出来た根本原因は多分おまえだろ?
今時、こんなベタな設定に巻き込むとか、ありきたり過ぎて呆れて来るわ!
だから、皆、苦笑いしちゃってんだぜ?」


「わ、私のせい……だけど、私のせいじゃないよう……。
やりたくてやってるわけじゃないよ……。
でも……、えっと……、ご……ごめん……?」


唯が戸惑った表情で呟いて、私と結ばれてる手で頬を掻く。
理不尽な言い掛かりではあるけど、強く否定し切れないくらいに責任を感じているんだろう。
これ以上からかってやるのも可哀想だ。
私は頭を近付けて、唯の耳元で柔らかく囁いた。


「いいんだよ、唯」


「えっ……?」


「ベタでもありきたりでも何でも、いいんだ。
どんな手段でも、どんな方法でも、私達はもう一度おまえとこうして出会えた。
出会えて、触れ合えて、話せてる。
それは……、すっげー嬉しい事だよ……。
無意識ででもさ、私達の願いを叶えてくれて、ありがとうな……」


「で、でもでも……、そのせいで皆も夢の世界に……」


「それは言いっこなしです!」


梓が真剣な表情になって叫ぶ。
それは唯の事を心の底から大切に思ってるからこそ出せる表情だった。


「この世界に来たのは、私達の意志でもあるんです!
唯先輩だけの責任じゃありません!
もし責任を感じてるんだったら、謝るより先に見つけて下さい!」


「見つけるって……?」


「おまえも目を覚ます方法だよ、唯。
私達だけじゃない。おまえも一緒に目を覚ますんだ、唯」


澪が何度も頷きながら言った後、力強く頼り甲斐のある顔で笑った。
澪はもう決心してるんだ。
これから皆がこの世界でバラバラになったとしても、決して諦めないんだって。
皆で戻れる方法を探してみせるんだって。
そんな力強さを持って、澪が続ける。


「まだ具体的な方法が分かってるわけじゃない。
でも、きっと出来るはずだって私は信じてる。
大体、他人を自分の夢の中に引き込むなんて凄い能力だよ、唯。
その能力を上手く応用すれば、おまえ自身が目を覚ます事だって難しくないはずだよ」


「そう……なのかな……?」


「ああ、大丈夫だ。大丈夫だって信じてくれ。
大体、唯は元々頭で考えるタイプじゃないだろ?
全身で世界を感じて、全身で生きていくタイプだろ?
ちょっとばかり頭にダメージがあったって、唯なら大丈夫だよ」


「えー……、その言い方は酷いよ、澪ちゃん……」


唯は頬を膨らませて言ったけど、その目は笑っていた。
澪も少しだけ笑っていた。
まあ、それは冗談だけど、と前置きしてから、澪がまた喋り始めた。


「全身で生きてるってのは本気での言葉だよ、唯。
人間はさ、脳からの指令だけで生きてるわけじゃない。
身体中で色んな事を感じて、身体中に色んな事を記憶してるんだ。

『ドナーの記憶』って知ってるか?
嘘か真か、臓器移植した患者がドナーの記憶を夢に見る事があるらしいんだ。
つまり、人間は脳だけじゃなくて、全身で色んな物を考えてるって事なんだよ。
おまえが目覚めるためにはいくらでも……、方法はある。
私はそう信じてるんだ」


「私達もその方法を探すの手伝うから!
それまで私、絶対絶対! 元の世界に戻らないからね!」


叫んだのはムギだった。
眉を吊り上げ、誰とも結ばれてない方の手を握り締める。
心強いな、と私は思った。
本気になってくれたムギの姿は、どんな時だって本当に心強い。
私ですらそうなんだから、唯の心強さは私の何倍になるんだろうな……。


「そういうこった」


私はそう言って、唯の頭をくしゃくしゃに撫でてやる。
唯は瞳を俯かせて、震える声で、それでも最後まで言った。


「皆……、ありが……とう。
私……、見つけるから……、皆と元の世界に戻れる方法……、絶対……。
あり……、ありがとう……!」


そうして、皆でまた結んだ手を繋ぎ合った。
この温かさと想いを忘れないために。
遠く離れる事になったって、また傍に居たいと思い続けられるために。
口約束はしない。
強制もしない。
昔みたいに、自分達の意志で自分達のした事をした結果、
皆で集まれて、皆で笑顔を向け合えるようになるために……。
私達は音楽で結ばれた仲間。
音楽の絆のせいでこの世界に閉じ込められて苦しんで、
それでも、皆の傍に居れて嬉しかったし、前に進めるようになった。
願わくはこの夢から目を覚ました時も、皆でこの絆を感じられていられますように。
この世界での思い出が、夢みたいに何処かに消え去ってしまうとしても……。


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最終更新:2012年07月10日 21:59