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唯が訊ねると、ムギと澪は苦笑しながら頷いてくれた。
悔しいけど、私の突拍子も無い発言には慣れてるって事なんだろう。
ちょっと悔しいけど、別にそれでもよかった。
それにこの様子なら、まさかあの曲を選ぶとは思いもしないだろうな。
びっくりさせてやれそうで、何だかちょっと楽しくなる。

私は梓から身体を離して、肩を少し押してやる。
梓は少し駆け出した後、振り返って軽く頭を下げて、ムスタングに向かって行った。
私に気を遣わせてしまったって思ってるんだろう。
でも、梓が気にする必要は無い。
ずっと梓に支えられて来た私なんだ。
元部長の私にだって、たまには梓を支えさせてほしい。

私もドラムまで歩いて行って、ゆっくり腰を下ろした。
それだけで何だか泣き出したくなった。
勿論、悲しかったわけじゃない。
懐かしくて、嬉しくて、泣き出しそうな気分になってしまったんだ。
ずっと忘れていた感覚が全身を駆け巡る。
そうだ、私は……、私達はやっぱり音楽を奏でたかったんだよな……。

チューニングやドラムの位置の調整はする必要が無かった。
念のため軽く叩いてみたけど、
音質や叩いた時の感覚は私の元の世界のドラムと全然変わらない気がした。
ドラム自体は唯の夢の産物としても、
チューニングや位置取りをしてくれたのは唯達だ。
私はそれに感謝しながら、何度か深呼吸をして、
皆の準備が終わった時、不意に大切な事を思い出していた。

そうだ。
これは私達のためのライブだけど、私達のためだけのライブじゃない。
忘れちゃいけない皆が居るんだ……。

私はドラムの椅子から立ち上がると、
澪と梓、唯をレジャーシートの中心付近に集合させた。
首を捻る唯達に私は帽子の中にさりげなく入れておいたそれを取り出して手渡した。


「これ……って……」


梓が驚いた表情で呟く。
見覚えのあるマークが書いてあったから驚いたんだろうな。
澪はそれが何だか分かってないらしく首を捻り、
唯はそれを手のひらの上に置いて嬉しそうに見つめていた。


「律……、このピックは……?」


澪が不思議そうに訊いて来たから、
私は出来る限りの笑顔を浮かべて答えてやった。
未来に進むのと同じように、過去からも目を逸らしたくないから、私は笑ってやったんだ。


「私達の新バンドのマークを書いたピックだよ、澪。
前にやろうとしたライブでさ……、
本当はそれを純ちゃんや憂ちゃん達に渡そうと思ってたんだ。
渡す前に転移させられちゃったけどな……。
おまえに渡したのは純ちゃんに渡そうと思ってたピックだよ。
そのピックで、今からライブをやってくれないか、澪?
その方が……、純ちゃんだって嬉しいと思うからさ」


「純ちゃんの……」


澪が私に手渡されたピックを見つめながら、驚いたみたいに呟いた。
ほとんど同じマークに見えるけど、自分で描いたマークなんだ。
三つの微妙な違いくらいは、私もちゃんと分かってる。
澪に渡したのは間違いなく純ちゃんに渡そうと思ってたピックだった。


「使って……いいんだよね……?」


唯が嬉しそうな顔で私に訊ねる。
唯だけこのピックの存在に驚いてない。
当然だった。
このピックは風呂上り、唯が私の白い帽子の中に入れて渡してくれたものだからな。
ただ、私がピックをどう使うかだけは唯も考えてなかったらしい。
単に私を勇気付けるためだけに渡してくれた物のはずだった。
だから、唯はこんなに嬉しそうな顔を浮かべているんだろう。
私の中に過去と向き合う決心が出来たから……。

私は頷いてから、唯のその手を軽く握って想いを伝える。


「ああ……、いや、違うか。
使っていい……じゃなくて、おまえに使ってほしいんだ。
おまえに渡したのは憂ちゃんに渡そうと思ってたピックだよ。
憂ちゃんの分も、おまえに演奏してほしいんだ。
元の世界に居る憂ちゃん達に届けられるくらいにさ……!」


「うん……っ!」


唯が満面の笑顔で頷き、力強く返事をしてくれた。
そういう事なら……、と澪が唯の後に続く。


「私だって純ちゃんに届けるよ、律。
純ちゃんとはまだそんなに親しくなれたわけじゃないけど、
私だって純ちゃんの事は好きだし、すごく大切に思ってるよ。
私にそんな資格があるのかどうかは分からないけど、
純ちゃんに憧れられた先輩として、憧れるに値する演奏をしたいって思う。
……私だけじゃなく、律だって精一杯演奏しろよな?」


「当然よ!」


言ってから、私は澪とハイタッチを交わした。
私の大切な幼馴染みの澪。
澪がギリギリで引き止めてくれたおかげで、私も今ここに居られる。
憧れとは違うかもしれないけど、
私も澪が好きで居てくれた強い私を澪に見せてやりたいと思う。


「梓」


私はまだ驚いた表情を浮かべてる梓に向けて、言葉を掛けた。
梓は躊躇いがちに私に視線を向けてくれた。


「律……先輩……」


梓が小さく呟く。
過去に向き合う私の姿に驚いてるってわけじゃなく、
私の出した一つの答えを受け止め切れてないのかもしれない。
私だって確かな答えを出せてるわけじゃないけど、これだけは伝えておきたかったんだ。


「梓、おまえに渡したピックは勿論、おまえのピックだ。
でも、私達の新バンドの思い出のピックでもある。
今でも和達の事を考えると辛いし、怖いし、謝りたくなる……。
だけどな、その過去を私は忘れたくないんだ。
また和達と会って、話をしたいし、悲しさや辛さも憶えていたいんだ。
これまでの事だけじゃないし、
これからの事も、勿論、おまえとの事だって……。

だから、そのピックで過去も未来も今も抱えて、演奏してやってほしいんだ。
私だって、演奏してみせる。忘れたくないし、憶えててみせる。
その後の事は元の世界で……、おまえとの事も元の世界で、きっと……!」


その言葉で全部の想いが伝わったとは思ってない。
完全には伝えられてないんだろうと思う。
でも、ほんの少しでも私の想いが伝わっていればとても嬉しい。
梓は私の手渡したピックを強く握ってから……、


「はいっ! よろしくお願いします、律先輩!」


満面の笑顔を浮かべて、言ってくれた。
今はそれだけで十分だ。

そうして、私達は始める。
長く回り道をして来た私達の、最初の第一歩を刻むライブを。




妙な緊張感がこの世界と私達を包む。
別に皆が何かを怖がってるってわけじゃない。
私が勿体ぶって演奏する曲目を皆に伝えてないってだけだ。
ちょっと意地悪な気もしたけど、それでいいんだとも私は思ってた。

私達がこれから演奏するのは、梓が歌うあの曲だ。
梓が好きになってくれて、絶対音感も無いのに耳コピで楽譜に書き起こしてくれたあの曲……。
それを知った時、私は驚いたし、凄く嬉しかった。
私達の想いを受け取ってくれていたんだって思えて、感動するくらい嬉しかったんだ。
この曲を演奏した後、唯達にもそれを教えてやりたい。
皆、きっと私と同じくらい喜んでくれるだろうな。

澪、唯、ムギが私に視線を向けている。
そろそろどんな曲を演奏するか教えてもらわなきゃ、不安なんだろうな。
私としてもこれ以上勿体ぶるつもりはない。
一息吐いてから、私は梓と視線を交わす。
緊張した面持ちで梓が頷いたのを見届けたから、私は大きく息を吸い込んだ。
ロンドン中……は無理だろうけど、
せめてこの広場全体に聞こえるくらいの大声で、ライブの開催を宣言する。


「よっしゃあっ!
これから私達の最初のライブを開催するぞおっ!
最初の曲は放課後ティータイムで『天使にふれたよ!』だあっ!」


「ええっ?」


唯、澪、ムギが同時に声を上げたけど、
私はそれを気にせず両手のスティックを胸の前で三度叩いた。
それに合わせて、唯達も戸惑いながら演奏を始める。

始まりこそ急だったけど、皆はブランクがあるとは思えない演奏を聴かせてくれた。
唯も、澪も、ムギも、勿論梓も見事な演奏だ。
畜生……、やっぱり皆上手いな……。
音楽の才能が無いのは私だけなのかなって、一瞬不安になる。
でも、そんな不安なんて、すぐに吹き飛ばしてやる。
下手で元々。駄目で元々。
才能が無い分は勢いと魂と想いでカバーしてやるんだ。
どんなに才能が無くたって、技術が足りなくたって、私は音楽が大好きなんだから!

『天使にふれたよ!』の演奏はすぐに歌のパートの寸前に入る。
自分が歌うべきなのかって訊ねるみたいに、唯が私に視線を向けた。
それには首を横に振る事で私は応じた。
その私の行動で皆、今回の演奏はインストゥルメンタルかと思ったに違いない。
事情を知らなかったら、私だってきっとそう思ってた。
だけど、そうじゃない。
今回は三人ともびっくりするサプライズがあるんだ。

歌詞パート。
緊張した様子で顔を赤くしながら、梓が大きく口を開いて歌い始める。
高い、独特の声で、私達が考えた歌詞を言葉にして、届けてくれる。
私達への返答みたいに、歌ってくれる。

唯達が心底驚いた表情で梓を見つめる。
梓がわかばガールズでボーカルをしてる事は知ってはいたけど、
まさか『天使にふれたよ!』を歌ってくれるとは夢にも思ってなかったんだろう。
いや、少しは思っていたのかな?
楽譜すら受け取っていなかったはずの『天使にふれたよ!』を梓が演奏し始めた瞬間、
梓がこの曲に強い思い入れを持ってくれていたって事は、三人とも分かっていただろうからな……。
まあ、その辺りはどっちでもいい。
今は演奏と旋律に集中するべき時なんだ。

梓は歌う。
歌詞の全パートを。
顔を真っ赤にして若干震えながら、でも、逃げずに精一杯歌ってくれる。
私達が梓に贈った歌を言葉にして、旋律に乗せてくれる。

『天使にふれたよ!』は卒業の歌。
残す方と残される方の両方の気持ちを記した歌。
大切な思い出と未来への希望を織り交ぜて、私達の小さな天使に届けた歌だ。
卒業は終わりじゃない。
私達の人生はまだ続いていく。
良くも悪くも、先の見えない未来が目の前に広がってる。
でも、私達は今度こそその未来を良い方に向けられるように、またこの曲を演奏するんだ。
未来を信じて進んでいくために。

本当はほうかごガールズで演奏したい曲だった。
新バンドとして、唯達三人届けたい曲だった。
だけど、それは叶わなかった。
もしかしたら、これからも叶わないかもしれない。
元の世界に戻った所で、和達がほうかごガールズの事を憶えているとは限らない。
憶えてない可能性の方がきっと高い。
でも、私は諦めないし、諦めたくない。
きっと梓だって。

今はほうかごガールズの曲を三人に聴かせられない。
私達の聴かせたかったほうかごガールズの演奏は、きっと永久に出来ない。
でも、私達には出来る事がある。
それはほうかごガールズの曲をまた演奏したいと思い続ける事。
傍に居たいと思い続けるみたいに、私と梓はそう思い続ける。
出来る出来ないじゃなく、忘れずに憶えておく事こそが、未来に繋がるはずなんだ。
過去のほうかごガールズの曲が完全に消え去ってしまったとしても、
思い続けていれば、前に進み続けていれば、
いつかは未来のほうかごガールズが新しい演奏を皆に届けられるはずだ。

『天使にふれたよ!』の演奏が終盤に差し掛かる。
私も含めて、皆自分のパートを歌いたそうにしていたけど、それは我慢していた。
今は梓の歌声を聴く時で、梓の歌声をこの世界に響かせる時なんだ。
これはもう梓の曲なんだ。
私達はその梓の歌声を世界に響かせる手伝いをするだけだ。

それにしても……、と私はつい苦笑してしまう。
梓の歌はやっぱりかなり下手だ。
音程も外れ気味だし、声量がおかしい所もある。
歌詞を間違えない事だけは褒められるけど、
それ以外はずっとボーカルを務めてた唯や澪とは比較対象にもならない。

もっとも、それは梓の歌に限った話じゃなかった。
私も自分で分かるくらいにリズムキープを失敗していたし、
普段私を支えて土台になってくれるはずの澪のベースも所々バラバラだ。
ムギの弾き間違いも何度かあったし、
唯に至っては全然違うメロディを演奏……、いや、作曲したりしていた。
ははっ、最初こそどうにか取り繕ってたけど、やっぱりブランクは大きかったみたいだな……。

でも、それでよかった。
これが今の私達で、今の精一杯なんだ。
自分達の現状が分かっただけでも、十分に嬉しかった。
そして、今が駄目って事は、成長する余地があるって事でもあるからな。
これから……。
そうだ。私達の音楽はまだまだこれからなんだ。

それに梓の歌は下手ではあったけど、単なる音痴じゃなかった。
この世界に来た当初に練習で聴かせてもらった歌よりはずっと成長してる。
下手だけど、それだけじゃない。
前よりは確実に上達しているし、何より心が強くこもってるのを感じた。
梓の歌には、想いがこもっていた。
私達への想いが。
少しずつだけど、梓は前に進んでいるんだ。
私達だって、前に進むんだ。
これから、未来に向かって。

歌が最後のフレーズに差し掛かる。
『ずっと永遠に一緒だよ』。
これまで梓が何度か言葉にしていた、『天使にふれたよ!』の最後のフレーズ。
ずっと永遠に一緒になんて居られるはずがない。
きっといつかは離れ離れになる。心が離れて行ってしまう事もある。
永遠なんて、単なる言葉のあやだ。

だけど、私達は信じて、誓うんだ。
永遠に一緒には居られないかもしれないけど、
それでも、永遠に一緒に居たいって思い続けるんだって。
仲間は私の事を忘れるかもしれない。
永遠なんて望まなくなるかもしれない。
でも、自分一人だけでも忘れずにそう思い続けられるのなら、それはきっと永遠に繋がるんだ。
それが自分だけじゃなく、強制するわけでもなく、
もしも誰か一人でも同じ様に考えてくれる仲間が居れば、私達の想いは永遠になれる。
そう信じてる。
それこそ、この夢の世界で見つけられた私達の誓いなんだ。


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最終更新:2012年07月10日 22:06