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掛ける言葉が見つからなかった。
掛けられる言葉が無かった。
私も覚悟はしていた。
これから先、皆と離れ離れになる事を、あの一陣の風に引き裂かれる事を。
でも、これは……、早過ぎる……。
前の風はこの世界に来て一ヶ月近く経ってからだった。
せめてそれくらいの周期の風だと思ってた。
それくらいの周期であってほしかった。
だけど、その見立てはどうやら甘かったらしい。

どうやらそう考えていたのは、私だけじゃなかったみたいだ。
梓もムギも澪でさえも、不安を隠し切れない表情を浮かべていた。
唯なんて、レジャーシートの上に膝から崩れ落ちてしまっている。
全身を震わせていて、その表情は悲痛で……、
私がその唯の肩に手を置こうとした瞬間、唯は京都の空に向けて叫んでいた。


「ここは……、地球だったんだー!」


「何処だと思ってたんだよ!」


「自由の女神何処だよ!」


「猿繋がりっ?」


「古過ぎますよっ!」


唯の突拍子も無い叫びに、私、澪、ムギ、梓の順で突っ込んでいた。
あまりに突然の出来事に、私は思わず脱力して苦笑してしまう。
脱力したのは唯以外の皆も同じみたいで、つい苦笑してるみたいだった。
でへへ、と唯が頭を掻きながら照れ笑いを浮かべ、私を見上げる。

私は唯と視線が合って、気付いた。
唯の目尻の辺りが少し潤んでしまってる事に。
涙を堪えて、ボケてくれたんだって事に。
そうか……。
唯は皆と一緒に前に向かう事に決めてくれたんだよな……。
こんな時でだって皆が笑ってくれる事を選んでくれたんだ。
一番辛い立場の唯がそれを決めたんだ。
だったら……、もう一陣の風なんかに怯えてるわけにはいかないよな……。
今度こそ、それは本当だ。

私は唯の頭に手を置いて、軽く撫でてやった。
何も言葉は掛けなかった。
先に唯の言葉を聞いてやりたかったからだ。
しばらく経ってから、唯が涙を堪えながらまた微笑んだ。


「ごめんね、皆……。
私のせいでこんなに大変な事になっちゃって……。
でも……、でもね……、私、もう逃げないよ?
自分が死んだら皆が助かるなんて、そんな事も考えない。
元の世界で皆で居られる方法を頑張って探すから……、
我儘だと思うけど、それまで皆には笑顔で居てほしいんだよね……。
私も笑ってるから……、笑顔で頑張るから……。
それまで皆には迷惑掛けちゃうけど、ごめんね……」


「それは言わない約束でしょ、おとっつぁん!」


唯の言葉に急にそう返したのはムギだった。
唯が望んだ優しい笑顔で……、
いや、きっとムギ自身がそうしたいと望んだ笑顔で。
唯の笑顔がムギを笑顔にして、皆を笑顔にしていく。
それが私達の関係で、とても落ち着けて嬉しい。
遠く離れていても、その笑顔を浮かべられるようになれればって思う。

ただ唯はちょっと呆然としていた。
ムギの笑顔と言うより、単にムギのボケに驚いてるだけみたいだった。
確かに私も結構驚いた。
これは確か唯が知恵熱(?)で寝込んでいた時に私がムギに教えたネタだった。
いつの間にか使い所を完全に習得してるみたいだ。
きっと私達の知らない所で場を和ませるために練習してたんだろう。
ムギの中に……、私のネタがある。ムギの中に私が居るんだ……。
当たり前の事のはずなのに、私にはそれが凄く嬉しくなった。


「ムギちゃんがボケた……」


まだムギのボケを受け止め切れないのか、唯が小さな声で呟いている。
そんなに衝撃的だったのか……。
まあ、確かにムギがボケたのは澪か私相手くらいで、
唯に向けてボケた事はそう無かったから驚いたのかもしれないな。
いや、唯がムギのボケをボケとして受け取ってなかっただけか?
唯の奴、私の渾身のボケを素で流す事あるもんな……。

澪がそんな唯の姿に呆れたのか、
肩を竦めて軽く笑ってから、唯の肩に手を置いた。


「変な顔をしてるなよ、唯。
ムギだってボケる事くらいあるよ。
それにさ……、謝る必要なんて無いよ、唯。
おまえが我儘だって言うんなら、私達だって我儘なんだ。
おまえの夢の中に来た上に、今度はおまえを元の世界に連れ戻そうとしてるんだからな。
こんなの我儘以外の何物でも無いよな。

でも、私はその我儘を貫きたいんだ。
やっぱり唯達とまたライブしたいし、おまえと和達をもう一度会わせてあげたいしさ。
皆でもっと我儘になろう、唯。
私達はそれを望んでるよ。

それでも私達に悪いって思うんなら、一日でも早く自分の力の使いこなし方を憶えてくれ。
ライブ前にも言ったけど、おまえがその能力を生かせれば、
元の世界に戻る事も決して難しくないはずだって思うんだ。
それ以外で私達に悪いって思う必要は無いんだ。
だから、頑張ってくれよな、唯?」


「澪ちゃん……」


「そうですよ、唯先輩!」


熱心な表情を浮かべて続けたのは梓だ。
赤毛のアンみたいな衣装に似合わず、熱さまで感じる。
それくらい唯を大切に思ってるんだって事がよく分かった。
梓は唯の前に立つと、手を差し伸べて握らせて唯をその場に立たせた。


「立って下さい、唯先輩。
私も立ちます。自分の足で立ってみせます。
まだ不安ですけど……、
さっきも吹いた風の事を考えると怖くなりますけど……、
それでも、私は立つです!
唯先輩と元の世界に戻りたいですから!
私達の新バンドの曲を唯先輩達に聴いて頂きたいですから!
ですから……!」


「あずにゃん……」


「勘違いしないで下さいよ!
元の世界に戻って、三年寝太郎な唯先輩に文句を言いたいだけなんですからね!
元の世界に戻った時は、覚悟しておいて下さいよ!」


「ええぅ!?
あずにゃん、おっかないよう……」


怯えたような表情になった後、すぐに唯は微笑み直した。
目尻を指で拭って、涙を振り払って、
私達の大好きな輝く笑顔で、
唯は笑った。


「それにしても……、だ」


私も笑顔になりながら呟くみたいに言った。
このまま皆で笑顔で居たかったけど、まだ話さなきゃいけない事が残ってる。
流石に大丈夫だと思うけど、またすぐに一陣の風が吹かないとも限らないからな。
時間の猶予に頼るのは、この世界ではもうやめておくべきなんだ。
私はちょっとだけ溜息を吐いてから続ける。


「今回、皆で転移させられたのはレジャーシートを敷いてたおかげか?
見事なくらい、レジャーシートの上の物が全部転移させられてるじゃんかよ。
私達だけじゃなく、楽器とかギターケースも一緒にさ。
大らかと言うか大雑把と言うか……、
まだ確定したわけじゃないけど、やっぱ唯の夢だよなー、これ」


「えー……。何それー……」


唯が頬を膨らませて私にジト目を向ける。
私は少しだけ苦笑してから、唯の頭に手を置いてやった。


「褒めてんだよ、一応な。
レジャーシートのおかげかどうか分かんないけどさ、
京都……だと思うけど、今回は皆一緒に京都まで転移出来たじゃんか。
偶然だとしても助かったよ。
私、まだ皆に話しておきたい事があったからさ」


「話したい事……?」


私はもう一度レジャーシートの中央に立って、皆の顔をまた見回した。
風が吹く前、言えなかった言葉を今度こそ言ってみせる。


「さっきまた風が吹いたよな?
すぐってわけじゃないと思うけど、また近い内に吹くんじゃないかなって思う。
多分、それは唯の無意識の責任とかじゃなくて、唯の目覚めが近いからじゃないかって思うんだ。
私だけかもしれないけど、目が覚める直前の夢は場面転換が多い気がするんだよな。
いや、これは個人的な意見だから、どうでもいいんだけどな。

とにかく、多分、これから凄い頻度であの風が吹くだろうって思う。
今回は運が良かったけど、これから先にまた運良く皆一緒に居られるとは限らないだろ?
これからは皆が離れ離れになっちゃう可能性の方が物凄く高いんだ。
だから、皆が離れ離れになっちゃった時の事を話しておきたいんだよ」


「離れ離れになった時……ですか……?」


そう言って、梓の肩が少し震える。
その時の事を想像しちゃったんだろう。
怖がるのは当たり前だし、私だって凄く怖い。
でも、私は言うんだ。
皆の事が大切だし、私は何だかんだ言ったって部長だから。


「皆が離れ離れになった時、皆が皆好き勝手に動くわけにはいかないだろ?
入れ違いで二重遭難なんかになっちゃったら、笑い話にもならないよ。
だから、離れ離れになった時、皆が誰を捜すか決めておこうって思うんだよ。
ちなみに部長権限で悪いけど、それぞれの組み合わせはもう決めさせてもらってるぞ。

もしこの五人があの風で離れ離れにさせられた時、
唯と梓、澪とムギの組み合わせでそれぞれの相方を捜してほしい。
もしもそのどちらかの組み合わせの相方が見つかった時は、
次は梓、ムギを優先で捜してくれればいい。
これなら二重遭難にはならないはずだよ」


「あの、律先輩……」


「どうしたんだ、梓?」


「律先輩は……、どうするんですか……?
どっちの……、組み合わせにも入ってないじゃないですか……!」


梓が心配そうな視線を私に向けて言ってくれた。
本気で私の事を心配してくれてるんだろう。


「梓、律は……」


澪が私の代わりに泣き出しそうな梓に私の考えを伝えてくれようとする。
でも、私はその澪の言葉を手で制止した。
これは私が言わなきゃいけない事だ。
澪は傍で私を見守ってくれてる。それだけで十分なんだ。


「梓、よく聞いてくれ。
私達は五人なんだ。奇数である以上、誰かが余らなきゃいけないんだよ。
だったら、部長の私が余らなきゃな。
これが部長の辛い所ってやつだ。
おっと、現部長の私が……、とか言い出すなよ、梓。
ここは年上で元部長の私が余るのが一番なんだよ」


「でも……、でも、それじゃ、律先輩が……!」


「大丈夫だよ、梓。
これは強がりじゃない。今度こそ本当だ。
私を捜すのは一番後回しでいいってだけの話だよ。
まずおまえ達四人が集まるだろ?
その後で私を捜してくれりゃいいんだ。
私は……、そうだな……、梓、唯、ムギ、澪の順で捜すよ。
一人でも絶対に捜し出してやる。
だから、もしもの時は心配せずに、唯から捜し出してやってくれ」


「だけど……、それじゃ……、私……」


梓が視線を俯かせる。
こう言うのも失礼かもしれないけど、まさか梓が私をこんなに心配してくれるとは思わなかった。
ひょっとすると、梓は私の想像以上に私の事を好きでいてくれてるのかもしれない。
それは凄く嬉しかったけど、その梓の想いに縋っているわけにもいかなかった。
私は梓を安心させるために、梓の背中側に立って首に腕を回してやった。


「中野ー!」


「えっ……? 律……先輩……?」


「まずは……、元の世界に戻ろうぜ……?
私、元の世界に戻って、考えるよ。おまえの事、自分の気持ちを……。
思い切りうんざりするくらい考えてやる……。
それにこれはもしもの話なんだぜ?
離れ離れになる前に元の世界に戻る事も出来るかもしれないしな。
私の事を心配に思ってくれるなら、一刻も早く皆を集めてくれればいい。
それから私を捜し出してくれよ、待ってる……からさ……」


「元の……世界……」


梓がまた不安そうに呟く。
今の自分の想い、私の想いが消えてしまってるかもしれない元の世界。
元の世界に目覚めた所で何もかも忘れ去ってしまってるかもしれない。
それを考えると、不安が募ってしまうんだろう。
でも、梓をそれを口に出さずに、別の事を小さく呟いた。


「元の世界に戻ったら……、私達はどうなってるんでしょう……」


「それは……分からないな……」


応じたのは澪だ。
色んな仮定を立てた澪には珍しく、弱気な発言だった。
こればかりは澪にも全然分かってないらしい。
複雑そうな表情で澪が続ける。


「一番考えちゃうのは、やっぱり元の世界の時間経過だよな。
もし今、元の世界に戻れたとして、元の世界はどれくらいの時間が経ってると思う?」


澪がそういう風に言うという事は、
元の世界とこの世界の時間経過が異なってる可能性が高いって事なんだろう。
確かにこの世界と元の世界の時間経過の速度が同じだって確証は全然無い。
だとしたら、この世界と元の世界の時間差はどれくらいになるんだろう?


「一年くらい……かな?
ううん、何となくなんだけど……」


ムギが皆に訊ねるみたいに呟く。
一年か……。
それくらいならいいけど、でも、あんまり嬉しくないな。
それじゃあ、目覚めた所で私達は確実に留年だ。
いや、私達はともかくとして、高校三年生の梓の方が問題だった。
受験も全部終わっていて、高校三年生をもう一度やり直す事になるなんて、梓があんまりにも可哀想だ。
でも、それも一年程度だったらって話だ。
ひょっとすると、一年どころじゃすまないかもしれない。
下手をすると元の世界で五十年くらい経ってたっておかしくないんだ。
何てったってこの世界は夢の世界なんだ。
元の世界とどれくらいの時間差があるのかは分かったもんじゃない。

ちょっと私達が落ち込み掛けた時、
唯が人差し指を立てて妙に自信満々に言った。


「ひょっとしたら、一日くらいしか経ってないかもしれないよ!
長い夢を見てたはずなのに、三時間くらいしか経ってなかったって事よくあるでしょ?
だったら、元の世界の時間が全然経ってないって可能性もあるよね?」


「なるほど……」


私は思わず頷いていたけど、よく考えたらそれもちょっと嫌だった。
この体感時間で大体一ヶ月の時間が、
現実では一日しか経ってなかった……とか、物凄く脳に悪そうじゃんかよ……。
時間が経ち過ぎてるにしても、経ってないにしても、どっちにしろろくでもなかった。
元の世界に戻る意欲がちょっと失せて来るよな……。

でも、失せたのはちょっとだけだった。
元の世界がどうなってるにしても、私達は戻るって決めてるんだからな。
私は軽く溜息を吐いてから、静かに笑ってみせた。


「ま、その辺は元の世界に戻ってから考えるとしようぜ?
今そんな事考えてたって、取らぬ狸の皮算用ってやつだよ。
まずは元の世界に戻る事……、それを考えよう。
もしも元の世界で五十年くらい経ってて、
皆がお婆ちゃんになってたら、その時は笑い飛ばしてやるからさ。
それでも、ライブはしてやろうぜ?
老体に鞭打って一花咲かせてやろうじゃんか!」


「もう……、律先輩ったら……」


そうやって呆れた表情を浮かべながらも、梓は苦笑してくれていた。
気が付けば、私も笑っていた。
未来がどうなってるにしろ、不安に思い続けてたってどうにもならない。
結局、私達に出来る事は、未来がいい方向に向かってるって信じる事だけなんだ。
とても難しい事だと思うけど、私達はそれを信じて生きたいと思う。
信じるために、最後に梓にだけ耳元で囁いた


「忘れないよ、梓」


「律先輩……?」


「元の世界がどうなってても、この世界であった事は憶えてたいんだ。
元の世界でおまえとどんな関係になるとしてもさ。
だから、忘れない。忘れたくないって思ってるよ、この世界の事を……」


「私だって……、私だって憶えててみせます……!
元の世界で律先輩が忘れてたら、耳元で怒鳴りますからね……!
本気で怒りますよ……!」


「ははっ、お手柔らかにな。
全部は無理かもしれないけどさ、出来る限りは憶えておきたいよな。
連鎖記憶……って言うんだっけ?
ほんの少しでも憶えていたら、それをきっかけに芋蔓式に全部思い出すってあれだよ。
だから、少しでも憶えておけたらいいなって思う」


「……お願いしますよ?」


「ああ、おまえも、な」


そうして、二人で顔を合わせて微笑み合った。
信じるんだ、未来と自分の想いを。
梓の想いを。


「さて、と……」


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最終更新:2012年07月10日 22:09