律「あっ! 待て!」

歩「ね、猫……?」

黒猫「ニャー」

律「あ、あぁ。そいつが私をここまで誘導してくれたんだ」

歩「……」

律「その猫が居なければ、壁ってヤツを突破できなかったけどな」

歩「……あ、あの」

律「ん?」

歩「さっきのは……その……」

律「あぁ、大丈夫だ。誰にも言わねえよ」

歩「わ、私……」カァアア

律「こ、これが中学生の乙女心か……可愛い」キュルルルリン

黒猫「ニャー」

律「あ……そうだな。あと三人見つけないと」

歩「……」モジモジ

律「それにしても、お前の相棒、あの学ラン男どこへいったんだよ?」

黒猫「ニャー」


――…


香「さぁ、お背中洗い流しますね~♪」

奏「お願いね」

ザバァ

香「あぁ~、幸せ~」パァアア

奏「ふふ、私も幸せよ、香」

香「か、会長……!」

奏「ずっと、ここにいましょう」

香「あぁ~それって最高~♪」ルンルン

奏「ズット、ネ」

香「……」

奏「香?」

香「……ごめんなさい、それは無理なんです」

奏「え?」

香「家で、弟たちが待っているんです。だから――」

奏「重荷になっているんじゃなくて?」

香「――!」

奏「両親がいなくていつも大変しているでしょう?」

香「――ッ!」

奏「放課後にはすぐにお家に帰らないといけないから、本当は辛いのよね」

香「……」

奏「兄弟なんて、居なければいいのにって――」

香「早く変身を解けよ」

奏「ッ!?」

香「私は奏さまのことを会長とは呼ばない。偽者だって気付いていたんだよ。
  その顔を傷つけることは出来ないからさ、素顔を見せろよ」

「な、ななななんでっ!?」

香「奏さまがそんなこと言うわけないだろ。いい加減にしろよ?」

「せ、性格が変わった――!?」

香「人の心を見くびるな」

「くっ」


シュウウ


香「まてこらぁあああ!!」

律「お、おい! 正気を保て!」

香「絶対に許さないッ!!」ゴスッ


ミシミシ

ミシミシミシッ


歩「わぁ、建物にひびが……」

律「やばいんじゃないか、これ」

香「あの薄らボケぇ! 捻り潰す!」

律「いいから出るぞ、香!」ダッ

歩「服着るのはあと!」

香「わ、分かってるわよ!」

タッタッタ



ガシャン

ドカァン

ドゴォン



律「銭湯が……瓦礫の山に……」ゴクリ

歩「はい、服」

香「あ、うん……ありがと」

律「我を見失ってたぞ」

香「私の中のナニカが切れちゃいました」エヘヘ

律「うむ、正直だな」

香「利用してなんですけど、なんなんですか、アレは」

律「まだよく分かってないんだけどな」

黒猫「ニャ、ニャー」

歩「黒猫ちゃん、照れてない?」

黒猫「ニャー」フルフル

香「言葉を理解できるのね、この猫」

律「あとは、梓とりのか」


――…


黒猫「ニャー」

律「この辺りか?」

黒猫「ニャ」

歩「律さん、この仔の言葉が分かるんですか?」

律「いや、なんとなくだ」

香「向こうに部屋が見えますね」

律「この造り、私らの……部室か……?」

歩「軽音部の……」

律「二人とも知ってると思うけど、ここは」

香「深層心理世界……ってところですか」

律「うん、そうだと思う」

歩「私の望んでいることが反映されていましたから。無意識な部分も一緒に」

香「え、無意識な部分もなの?」

律「まぁ、香は自分に正直なんだろ」

香「そ、そうなんですかね」

歩「……」

律「あ……、気にするなって、私にもそういう部分はあるからさ」

歩「……はい」

律「う……」

歩「ふふ、大丈夫ですよ。もう気にしていませんから」

律「……」

香「中にいるのは紬さんと梓さんですね」

律「いや、むぎはこの世界に来ていないはずだから」

香「よし、潰すッ!」

律「待て待て。黒猫、壁を破ってくれ」

黒猫「……」カリカリ

律「?」

黒猫「ニャー」カリカリ

香歩「「 か、可愛い 」」

律「まさか……」

香「どうかしたんですか?」

黒猫「……」カリカリ

律「壁を破れないのか?」

黒猫「ニャ」コクリ

歩「そ、そんな……!」


『どうかしら?』

『むぎ先輩の淹れる紅茶はいつもおいしいです!』

『まぁ、ありがとう~』

『いつまでもこうやってマッタリしていたいですね』

『うふふ』

『えへへ』


香「な、なんて甘い会話を……!」

律「あ、甘いのか……。いつもこんな感じなんだが」

歩「……」


『りの、こうやってこうするよの』

『わぁ、奏会長、お上手ですね~』

『うふふ、今度はりのの番よ』

『はぁ~い』


律「?」

歩「りのと奏会長の声……?」

香「あっ! あっちですっ!」

歩「梓さんと対称的な配置ですね。これも偽者の仕業でしょうか」

律「多分、な」

歩「りの達は生徒会室ですね」

香「りのーっ!」ドンドン

黒猫「ニャ」

律「無駄だ。こっちの声は壁で遮られてるからな」

歩「どうやったら破れるんですか?」

律「黒猫がさっきやっただろ? それでできなかったら、私は分からないんだ」

香「せいやー!」ブンッ


ドォン


香「まるで防弾ガラスを殴ったような感触……」

律「殴ったことあるのかよ……」


モワモワ


歩「律さん!」

律「へ?」

歩「あっちです!」

香「ッ!」ダッ


「フフッ、二人がどうなっても――」

香「おりゃぁぁああ!」ブンッ

「ちょちょちょ! 待ってよ!」


スカッ


香「チィッ!」

律「蹴りが貫通したな。実体が無いのか?」

歩「そうみたいですね」シュッ


スカッ


「うわーっ! いきなりクナイを投げないでよ!」

歩「あなたが私にしたこと、ちゃんと分かってるの?」ゴゴゴ

「あわわわわ」

香「随分なことしてくれたじゃない」ゴゴゴ

「た、助けて」

律「じゃあ元の世界に戻せよ」

「フフッ」

歩「!」

香「!」

「そうだ! ボクが戻さない限り君達は一生この中から出られないんだー!」


シュウウ


香「チッ! 逃げたか!」

歩「……」

律「なるほど、な」

歩「なにか分かったんですか?」

律「あの偽者ってさ、子供みたいだよな。自分の力に気付いた途端に偉そうにしやがった」

香「……確かに」

律「やることは酷いけど、純粋さの裏返しとみたら、なぜか納得できてしまう」

歩「……」

律「その純粋さが危険なんだけどな」


『りの、ずっとここで遊んでいましょうか』

『でも、勉強しなくちゃいけませんよ?』

『ここにいれば、そんなことしなくてもいいのよ』

『わぁ、それいいですね!』


香「りの!」

律「寂しいんだってさ」

歩「え……?」

律「さっきのヤツがそう言ってたらしい」

黒猫「ニャ」

歩「だから偽者は、ここに留まらせようとしてくるんですね」

香「私達を一旦疲れさせて、気が緩んだ隙をみて心につけこんで来る。常套手段ですね」

律「……」


『ずっと、ここでのんびりとしていましょうか、あずさちゃん』

『いいですね~。なぜか落ち着きますし、ずっとここにいたいかも』

『いてもいいのよ? 時間に迫られることなんてないんだから』

『ふにゃ~』


律「見よ、あの緩みきった顔を!」

歩「り、律さん! そんな悠長なことを言ってる場合じゃ!」

香「そ、そうですよ!」


『ずっと、リリアンをしていましょう』

『楽しいです~!』

『私ならずっと、りのと一緒に、りのの隣に居られるわ』

『奏会長……』

『独りは嫌よね?』

『嫌です!』


香「りのー!」ドンッ

歩「なんで破れないの黒猫ちゃん!」

黒猫「ニャー」

律「多分、この世界の主っぽいヤツがそうさせたんだろうな。
  すでに二回破ってるから」

香「さっきから、どうしてそんな冷静でいられるんですか!?」

歩「か、香!」

律「梓を信じてるからさ」


―― あずさちゃん!

―― 梓ッ!

―― あずにゃん!

―― 梓!

―― 梓ちゃん!

―― 一生ネコミミの刑よ!

―― 梓ー!!


歩「この声……」

黒猫「ニャ」

律「なんだろうな、今の声。……さわちゃんだけズレてたけど」


『ユックリ、ノンビリ……トネ』

『ふにゃにゃ~』


律「聞こえていないのか……」

香「なにか奥の手でもあるんですか!?」

律「ないよ」

香「だったら、なんで――!」

律「梓が望む場所は偽者なんかでは埋められない」

香「え……?」

律「梓がむぎと二人きりでいいと思うなら、部室の椅子は二つでいいはずなんだ」



『ね、ずっといましょう?』

『一つ聞いていいですか?』

『なぁに?』

『唯先輩、澪先輩、律先輩はいつ来るんですか?』

『……えっとね』

『?』

『二人きりじゃ、ダメ?』

『ダメじゃないですっ!』



律「おいッ!」


『……でも、5人でけいおん部じゃないですか』

『……』

『……』

『そうね、もうすぐ来ると思うわ』

『そうですか! よかった!』



律「あり?」

歩「律さん……奏会長と紬さんが同時に出ていること……忘れていますよね」

律「あ! しまった! 他の3人は出てこないと思っていた!」

香「ど、どーするんですか!」

律「や、やべえ……!」

香「梓さーん!!」ドンドン



『演奏しようか、梓』

『あっずにゃ~ん』

『ひっつかないでください!』

『うふふ』

『全員揃ってんな、そんじゃ遊びに行こうぜー!』

『おい! 練習が先だろ!』

『え~、演奏なんてどうでもいいじゃんか。それよりゲーセン行こう!』

『わーい! ゲーセン!』

『そうね、そうしましょう~』

『しょうがないな……』

『……』



律「梓は私のこと、こんな風に思っていたのか……」シクシク

香「えっと、どんまいです」

歩「……」


『どうでもいい、って何ですか? 律先輩』

『え……?』

『どうしてそんなこと言えるんですか?』

『な、なんだよ。部室で遊ぶより、外で遊ぶ方が楽しいだろ?』

『そうだよ、あずにゃん』

『そうだぞ、梓』

『……』

『違います』

『ずっと、ここにいましょう?』

『ここは、私が居たいと思うけいおん部じゃありません』



黒猫「ニャー!」


バリッ


律「梓ーッ!」

梓「律先輩が二人!?」

香「さぁ、変身を解きなさいよ」

「もうちょっとだったのに!」

歩「……」

「ま、まだだよ!」


シュウウ


香「……ったく」

律「おい中野」

梓「え?」

律「おまえの中で、私はいつもあんなイメージなのか?」

梓「ナンノコトデスカ」

律「しらばっくれるな! 見ていたんだよっ」ギリギリ

梓「いたたたた! ギブッ、ギブです!」

歩「……」

香「……こうなることを信じていた、ってことですね」

律「ち、違うわぃ!」

梓「いつつ、……今のなに?」

歩「深層心理が生み出した世界です。でも、真実ではありません」

梓「真実じゃない……? ここはどこなの?」

律「木が生み出した世界だとさ」


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最終更新:2012年07月12日 22:23