歩「水鉄砲」バシャッ
律「……」フフッ
りの「次だよ、アユちゃん! 水大砲! えーいっ」
歩「えーいっ」
バシャー
律「洗面器ひっくり返しただけじゃねえか!」
歩「わわっ」
りの「にーげろ~」
みなも「あ~ん、わたしまだやってないのに~!」
澪「みなもちゃんが持ってるのはホースか……」
紬「そうね、一網打尽ね」
聖奈「もぅ、みなもちゃんったら」
純「懐かれてますね、律先輩」
憂「大切なことがあったんだね」
香「まぁ、私は律さんの助けが無くても平気でしたけど~」
律「あ、そうだ。香、弟たちは――」
香「水遁の術!」
ザバーン
律「ゴボゴボ」
純「おとうと?」
香「な、なんでもないですよぉ? オホホホホ!」
奈々穂「もう隠さなくてもいいと思うが」
久遠「彼女なりに思うところがあるのでしょう」
ガラガラッ
さわ子「さっさと上がりなさいよ! 後が詰まってるのよ!」
「「「 はい、すいません 」」」
― テント ―
奈々穂「それでは、灯りを消す」
唯「はいよ」
カチッ
りの「月明かりがあって、暗くは無いですね~」
プッチャン「へっ、いつまで経ってもおこちゃまだな、りのは」
律「あぁ、温泉で疲れるなんてとんでもないジンクスだよ」
歩「おやすみなさい、律さん」
律「あぁ……みんな…おやすみ……」
歩「律さん律さん、お話しましょうよ」
律「……今、おやすみなさいって言ったよな?」
歩「しましょうよ」
律「……いいぜ。昔々、あるところに、おじいさんとおばあさんが住んでいました」
歩「昔話ですか」
律「おじいさんは山へ芝刈りに、おばあさんも山へ芝刈りに行きました」
香「洗濯は誰がするんですか?」
律「……。おじいさんは東の山へ、おばあさんは西の山へ。
それぞれのライフスタイルがそこにはあった。めでたしめでたし」
りの「え~!」
みなも「つまんな~い!」
律「知らん。寝る」
プッチャン「おい、連載打ち切りみたいな終わり方すんなよ」
律「しょうがない、次は梓!」
梓「えぇー!」
律「おねがい♪」
澪「……可愛い声のつもりか」
唯「昔々あるところに」
さわ子「……ちゃんと起承転結考えなさいよ」
唯「あるところに、えっと、桃太郎がおりました」
まゆら「名前で物語が大体分かってしまいました……」
律「それでそれで? 桃太郎はどうするの?」ワクワク
唯「桃太郎は山へ芝刈りに」
律「鬼退治しろよっ!」
唯「桃太郎は鬼にきび団子をあげて悪いことをやめさせました。めでたしめでたし」
久遠「斬新な切り口ですわね」
梓「唯先輩らしくていいと思います」
唯「あずにゃん!」ガバッ
香「うわっ!?」
唯「つかまえた~」ウヘヘ
香「ちょっ! 違いますから!」
唯「あ、ほんとだ」スリスリ
香「気付いても離してくれないんですか!?」
梓「香、ごめんね」
律「変わり身の術だな」
れいん「むか~しむかし、あるところに~。山がありまして~」
小百合「不安な出だしだ」
れいん「そこには果物がたくさん実っていました~」
みなも「りんご、みかん、バナナ、さくらんぼと、ありとあらゆる果物が育っていました~」
奈々穂「気候は関係ないのか」
れいん「りんごを育てたおじいさんは、みかんを育てたおばあさんにこう言います」
純「りんごが美味い!」
奈々穂「自慢か……」
れいん「それを聞いたおばあさんは返します」
純「さくらんぼが美味い!」
律「自分が育てたみかんに愛情持ってねえのかよ」
れいん「次の年、35年間みかんを育てていたおばあさんは、りんごを作ることになります。終わり」
澪「え? りんごを?」
律「さくらんぼ作れよ……って、ツッコミ入れてしまうじゃねえか……もう誰がなにを言ってもスルーだ」
憂「昔々」
律「ッ!?」
憂「私が5歳の頃」
久遠「実話ですのね」
憂「お姉ちゃんが山へ芝刈りに」
律「6歳で!? って、あぁースルーできなかった!」
純「今のはしょうがないですよ」
みなも「唯さん、6歳で芝刈りに行ったんですか?」
唯「」スヤスヤ
みなも「もう寝てる……」
憂「和さんの言うとおりだったね」
和「律は最後まで寝られないでしょうね」
歩「律さん律さん」
律「……」シーン
歩「律さん……?」
律「……」シーン
香「え、律さん……?」
歩「り、律さん……」ツンツン
律「……」シーン
みなも「そんな……!」
純「目を開けてください、律先輩ッ!」
律「しずかに寝かせてくれ」シクシク
聖奈「律さん」
律「聖奈まで!?」
聖奈「あ、いえ……。三人の友人と仰いましたよね」
律「あぁ、あの木のことか。言ったな」
聖奈「一人は帰ってきましたが、二人はどうなったのでしょう」
律「……」
歩「……」
香「……」
梓「……」
りの「……」
プッチャン「おいおい、結構重たい質問じゃねえか」
聖奈「二人の行く末はどう探しても見つかりません」
律「……うん」
聖奈「今日で長年の勿怪である神隠しが解決されました」
律「……」
聖奈「その中心に居た律さんから、聞かなければいけないと思います」
奏「聞かせてくれるかしら」
律「……そうだな」
奏「……」
紬「……」
律「一人は向こうで生涯を終えて、もう一人は……そこからも消えたんだとさ」
歩「え……」
律「深く考えるなよ? 多分だけど、無理に出ようとすれば違う場所に出てしまうのかもしれない。
アイツを怒らせたりとかさ。命を奪うようなヤツではない、と思うから」
梓「……」
律「それは外国であり、家であり、学校であり」
澪「坂の上だったりな」
りの「坂ですか?」
律「そう。私が出た場所が坂の上だったんだよ」
純「ゴロゴロゴローって落ちてきましたよね」
律「あぁ、人生であんなに勢いよく転がったのはあれが最初で最後だな」
香「あははっ」
みなも「きゃはは」
れいん「あはは~」
律「……」
聖奈「ありがとうございます」
律「いやいや」
奏「ありがとう、律さん」
律「別に、私がなにかしたわけじゃねえし。お礼を言われるのは、なんか違う」
りの「りっちゃんさん」
梓「律先輩」
律「だーかーらー!」
りの「おやすみなさ~い」
梓「おやすみなさいです」
律「挨拶かよっ! お礼を言えよ!」
歩「……いいな」
梓「いいですよ、お礼なんて」
律「いやいや、言うのはおまえだ! なんで受ける立場になってんだよ!」
さわ子「いい加減に寝なさいよ、りっちゃん」
律「はい、すいませんでした」
シ ー ン
律「なんで私が怒られるんだよ」ブツブツ
プッチャン「オブラートに包んだな」
律「……なんで分かるんだよ」
プッチャン「雰囲気で分かるさ。言葉の裏にある真実ってヤツをな」
律「あっそ」
プッチャン「それを理解したおまえの仲間も中々のもんだぜ」
律「中学生には重過ぎる真実だからな」
りの「何の話?」
プッチャン「なんでもねえ、子供は早く寝な」
りの「また子供扱いしてぇ!」プンスカ
律「りのはすげえな」
りの「なにがですか?」
律「……なんでもない」
歩「……」
律「……」
― 月之下 ―
律「……ふぅ」
澪「こんなところで何をしてるんだ?」
律「月の光に輝く海を眺めていたのさ」キラン
澪「綺麗だな」
律「……こんな時間に起きてきたのか?」
澪「そっちこそ。眠たがっていただろ」
律「……」
澪「……」
律「……すぅ……はぁ。……みんなは?」
澪「ぐっすり寝てる」
律「そっか……」
澪「夜の空が明るいな」
律「月のおかげでな。そのせいで星の輝きが見えなくなってるけど」
澪「……」
律「凱旋門はパリだろ?」
澪「うん」
律「ノートルダムは?」
澪「同じくパリだ」
律「サグラダファミリアは?」
澪「スペインの……バルセロナだったと思う」
律「そうか……」
澪「……」
律「マチュピチュはどっかで聞いたんだよなー」
澪「ペルーだな。どうした?」
律「べっつに~」
澪「……」
律「…………ふぅ」
澪「大体の話は聞いたけど、全部は話してないよな」
律「……あぁ、ちょっと重たい話だからな。さっきはフォローあんがと」
澪「そうじゃなくて、……あ」
律「?」
澪「おいでおいで」
律「歩も起きてきたのか」
歩「お邪魔じゃなかったですか?」
澪「全然。いつも律と二人でいる事が多いから、退屈気味だ」
律「ひ、ひどいっ」
歩「……それじゃ、お隣、失礼しますね」
律「……うむ」
澪「……」
歩「……」
律「?」
澪「……」ツンツン
律「な――」フガッ
澪「……」パクパク
律「……」コクリ
歩「本当に、綺麗な月ですね」
律「お、おう。そうだろ?」
澪「ハァ……」ヤレヤレ
律「……ど、どうした、歩?」
歩「えっと……」
澪「邪魔だったら、席を外すけど」
歩「あ、いえ。宮神学園の人じゃないですから、聞いて欲しいです」
澪「……うん」
律「?」
歩「律さんは、私の心の底にあるものを見ちゃいましたよね」
律「見たぞ!」
澪「……」
歩「あの先生は、夏前に実習で来ていた先生なんです」
律「ふむ」
澪「……」
歩「外から来た人なんて珍しいから、りのと一緒に学園を案内したり、近所を一緒に散歩したりしました」
律「……うん」
歩「澪さん、私ね……」
澪「?」
歩「忍者の末裔なんですよ」
澪「NINJA?」
律「梓と同じ反応かよ」
歩「そうです、NINJA。ほら、クナイだっていつも持ってる」カチャ
澪「……」
歩「驚かないんですか?」
律「……」
澪「驚くより、納得した」
歩「納得?」
澪「極上生徒会のみんなが、中学二年生の女の子に寄せる信頼だな」
歩「それは、私が忍者だからですよ」
律「……」
歩「物心ついたときから訓練させられていたんです」
律「変わり身の術とかできんの?」ワクワク
澪「空気を考えろッ!」スパーン
律「冗談です。ってなんだよその新聞紙は!」
澪「手元にあったんだ」
律「……話を続けてくれ」
歩「続けにくいです」
澪律「「 ごめん 」」
歩「なんて、ちょっと羨ましかったり」
律「……」
歩「忍者の里というのがあってですね、そこで生まれて育って訓練してきたわけです」
澪「……」
歩「時代遅れですよね。今時の女子中学生が忍者やってるんですよ」
律「……ごめん」
歩「?」
澪「変わり身の術なんて、軽い気持ちで言ってごめんって」
律「こと細かく代弁するなよな」
歩「いいな、って思うんです。分かり合えてる二人が」
澪「そうかな。私はまだ律の知らない部分たくさんあるよ」
律「私は澪の知らない部分、たくさん知ってるぞ」
澪「どういう意味だっ、ふざけるなって!」
律「あはは、ごめんごめん」
歩「……」
律「歩にはりのがいるだろ?」
歩「……どうでしょう。りのは口で親友親友って言ってきますけど」
律「親友じゃないのかよ」
歩「だって、りのは私が忍者だって事、知りません」
澪「……」
律「疑うのか?」
歩「深層心理の世界で、香は自分に正直でしたよね。だから惑わされずに済んだと思っています」
澪「……」
歩「香は自分自身で心を守っていました。私は律さんがいなければ……。
あの世界から抜け出せなかったかもしれません」
律「奏に対して正直だったんだろ。嘘というか、みんなに隠している部分はあったぞ」
歩「それは……」
律「歩と一緒だろ」
歩「でも、香は奏会長を信頼しているから、正直になれているってことですよね。
私には、そんな人が……」
律「私だって、澪やむぎに隠していることたくさんあるぞ」
歩「……」
澪「……」
律「……」
澪「……」クイクイッ
律「?」
歩「……」
律「あー、あれだ。本当に大切なものは簡単に見つけてはいけない、だ」
歩「それ、誰の言葉ですか?」
律「尊敬する人の言葉だ」
歩「……」
律「りのと一緒に探していけばいいさ」
歩「……他人事ですね」
律「当然だ。私は明日帰るんだからな、無責任なこと言えないだろ」
歩「……ふふっ」
律「なんで笑う」
歩「優しいですね、律さん」
律「かゆいっ」
澪「優しいな、律は」
律「バカにするな――って、新聞紙が無いぞ?」
澪「あ……!」スパーン
律「っ……。おい、叩きすぎだろ」
澪「ごめん、カウンターが止まらなかったんだ」
律「じゃあいいや」
最終更新:2012年07月12日 22:34