アナウンサー
「琴吹エレクトロニクスはこの度人型アンドロイドKTB-001を発売した。KT
B-001は琴吹財閥の令嬢琴吹紬の脳の状態を量子媒体にそのままコピーするこ
とにより、人間とほぼ同じ様な思考能力と感受性を持ち、極限まで人間に近い
行動が可能となっている。これまでのアンドロイドとは一線を画すものとして
関係各所の注目を集めている。市場はこの発表に敏感に反応し―――――――
―――また開発主任の平沢氏によると――――――――――――――――――」


―――
上司「おい、中野!」

梓「は、はいっ?」

上司「午前のうちに頼んだ書類まだできないのか?」

梓「はいっ、もう少しでできます」

上司「本当に手の遅い奴だな……まぁいい、残ってやってけ」

梓「……はい」

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梓「やっと終わったぁ~」

梓「あ、純からメールきてる。飲みかー…」


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純「お~っ、あずさ~っ、遅いぞーーっ」

梓「もうすっかり出来上がってる……はぁ~」

純「な~に暗い顔してんのっ」

梓「べっつにー。純には関係無いでしょ」

純「お、今日の梓はキレキレだね」

梓「切れてないよ」

純「ふぅ…まぁこれでも飲んで元気だしなって」

梓「仕方ないなぁ……今日はたっぷり飲んでやります」

純「なんだ、結構ノリいいじゃん」

梓「ゴクゴクゴク、プハッ」

純「なんだかオヤジ臭い」

梓「……」ゴチン

純「痛ったーい」

純「まぁ、私らも社会人だもん。ストレスもたまるよ」

梓「そんなことはわかってるよ……でもあの上司の奴」

純「うん? 上司がどうしたの」

梓「……やめた。言っても虚しくなるだけだし」

純「…お互い大変だねぇ」

梓「そろそろ帰ろうか」

純「え、もう?」

梓「明日も仕事あるし」

純「……そうだね」

梓「じゃあ」

純「じゃっ」


梓(つまらない日常)

梓(上司に小言を言われる毎日)

梓(仕事にやりがいなんてあるわけもなく)

梓(楽しみと言ったら、純と飲みに行くことぐらい)

梓(家に帰ったら疲れてすぐに寝ちゃうし)

梓(はぁ……)

梓(あの頃は楽しかったなぁ)

梓(唯先輩がいて、律先輩がいて、澪先輩がいて、憂がいて、直がいて、菫がいて…………)

梓(…………)

梓(もう二度と戻らない)

梓(あの日々)

梓(やっと家に着いた)

梓(オートロックを開けて…っと。あれっ、大きなダンボールがある)

梓(あっ、私宛だ。午後の紅茶のロゴが入ってる……)

梓(ペットボトルについてるシールを30点ためて送った懸賞が当たったのかな)

梓(でもこんなに大きなダンボールって……人間が余裕で入れるよ)

梓(とりあえず部屋に運ぼう……お、重い……ほんとうに人が入ってるんじゃ……)

___

梓(ふぅ……やっと運び終えた)

梓(さて、さっそく開封♪ 開封♪)

梓(何が出るかな♪ 何が出るかな♪ 何が出るかな♪ ちゃちゃっちゃ♪)

梓(って本当に人? っていうかムギ先輩!!?)


梓「……」

KTB-001「」

梓「これどうしよう……本当にムギ先輩そっくりだ」

KTB-001「」

梓「今ならキスしても怒られない……って私酔ってるのかな。って酔ってるよね」

KTB-001「」

梓「はぁ……とりあえず起動させてみようか」ポチッ

KTB-001「はじめまして。日々の暮らしに潤いを―――KTB-001です。
     あなたの名前を教えていただけますか」

梓「あ、はい。中野梓といいます」

KTB-001「では中野様、私の名前を決めて頂けますか?」

梓「……琴吹紬」

KTB-001「かしこまりました。以降は琴吹紬と名乗らせて頂きます。ただその……」

梓「…? アンドロイドも言い淀むんだ……」

KTB-001「はい。私の思考はオリジナルの『琴吹紬』をベースにしておりますので…、
      それが理由で、琴吹紬という登録名は多いのです。よろしければもうひとつ名前を登録していただけますか?」

梓「……ムギ先輩」

KTB-001「ムギ先輩、ですか?」

梓「駄目…ですか?」

KTB-001「いいえ、大丈夫ですよ」

梓「じゃあムギ先輩、私のことは梓ちゃんって呼んでくれますか?」

KTB-001「…………………………………………」

梓「……? どうしたの?」

KTB-001「…………………………………………」

KTB-001「梓ちゃん。これからよろしくね」

梓「よろしくおねがいします、ってムギ先輩!?」

KTB-001「なぁに。梓ちゃん?」

梓「本当にムギ先輩みたい……」

KTB-001「気に入ってくれた? 梓ちゃんのことを後輩と設定して思考行動しているんだけど」

梓「……そっか」

KTB-001「もしかして梓ちゃんはオリジナルの琴吹紬さんと知り合いなのかな?」

梓「……はい。高校時代同じ部活の先輩でした」

KTB-001「そう。それは……今は連絡とってないの?」

梓「はい。ムギ先輩にも恋人ができてしまって、なんだか会いづらくて……」

KTB-001「そう……。ねぇ梓ちゃん。私にはオリジナルの琴吹紬の記憶はないけど、
     同じように考え、行動することはできるの。これからよろしくね」

梓「…はい」

KTB-001「あと一つだけ注意。そんなことしないとは思うけど、私を襲わないでね。
      人間に近いレベルで思考できるアンドロイドをセクサロイドにすることはアンドロイド法第38条で禁止されてるの。
      私を襲ったら、私の意思とは無関係にゲル化して消滅してしまうから」

梓「へっ? 冗談ですよね?」

KTB-001「冗談ならいいのにね」


___

KTB-001「起きて梓ちゃん! 朝だよ!!」

梓「……ムギ先輩?」

KTB-001「早く起きないと仕事に間に合わないわ」

梓「むぎせんぱあぁぃぃ」ダキッ

KTB-001「キャッ」

梓「えへへ~ムギ先輩……」

KTB-001「もう、梓ちゃん」ナデナデ

梓「……あっ、あああああ!」

KTB-001「梓ちゃん?」

梓「…………そうだった」

KTB-001「……」

梓「ごめんなさい、ムギ先輩。突然抱き着いたりして」

KTB-001「寝ぼけていたのだから、別にいいの。それより朝ごはん食べていくよね?」

梓「朝ごはん?」

KTB-001「ベーコンエッグとトーストよ」

梓「朝ごはんちゃんと食べるの久しぶりかも」

KTB-001「こらっ!!」

梓「ひゃっ!」

KTB-001「梓ちゃんは細いんだからちゃんと御飯食べなきゃ駄目でじゃない。貧血になっちゃうんだから」

梓「ごめんなさい…」

KTB-001「わかってくれればいいの!」


___

梓「それじゃあいってきまーす」

KTB-001「いってらっしゃい」



KTB-001(……今朝のご主人様は明らかにおかしかった)

KTB-001(ご主人様とオリジナルはどんな関係なんだろうか?)

KTB-001(昔恋人だった? それともただの片思い?)

KTB-001(どちらかは分からないけど、ご主人様がオリジナルを好きだったのは間違いないみたいだ)

KTB-001(オリジナルの代わりになれればいいのだけど……)

KTB-001(……私がオリジナルと同じように振る舞うことがご主人様を傷つけているのかな?)

KTB-001(どうにかしてご主人様に幸せになってもらわないと)


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上司「中野ーっ、あの書類なんだけど」

梓「はい、もうできてます」

上司「お前にしてはやけに手が早いな」

梓「そんなこともあります」

上司「じゃあ次はこっちを頼む」

梓「わかりました」

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___
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梓「終わった。…今日も純からメールが来てる」

梓「……今日は断ろう」ポチポチ


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梓「ただいまー」

KTB-001「」

梓「ムギ先輩? ムギ先輩!!!」

KTB-001「」

梓「しっかりしてください!」

梓「ってこれ、コンセント?」

梓「充電器…あ、液晶つきだ。なになに【スリープモードにて充電中です。起動ボタンを押すと目覚めます】だって」

梓「ポチッとな」ポチ

KTB-001「あ、梓ちゃん、お帰りなさい」

梓「良かった…」

KTB-001「ごめんなさい。まだ帰ってこないと思ってスリープモードで充電しちゃってたの」

梓「今日はまっすぐ帰ってきましたから」

KTB-001「ひょっとして友達の誘いを断ったの?」

梓「はい。…ってなんでわかるんですか」

KTB-001「私にはオリジナル基準の洞察力が備わっているの。普通は使わないんだけどね」

梓「そうなんですか」

KTB-001「今日は疲れてたの?」

梓「いえ」

KTB-001「じゃあできるだけ友だちとの誘いは断っちゃだめよ。私とはいつでも逢えるんだから」

梓「べ、べつにムギ先輩に早く会いたくて帰ってきたわけでは」

KTB-001「それは残念」

KTB-001「えーっと。まだ夕食ができてないの」

梓「じゃあ一緒に作りませんか」

KTB-001「それは素敵ね!」

梓「冷蔵庫の中には……にんじん、じゃがいも、玉ねぎ、牛肉」

KTB-001「この組み合わせからできるのは」

梓「肉じゃが!」
KTB-001「カレーね!」

梓「……」
KTB-001「……」

梓「じゃあカレーを作りましょう」

KTB-001「いいの?」

梓「いいんです」


KTB-001「玉ねぎのみじん切りは、こうやって横に切れ目を入れてから縦に切ると楽よ」

梓「へー。ムギ先輩はなんでも知っているんですね」

KTB-001「なんでもは知らないわ。オリジナルの知識から一部を抜いたことしか知らないもの」

梓「一部を抜いた?」

KTB-001「ええ、エピソード記憶。つまり想い出と…………性技能に関する知識///」

梓「性技能!?」

KTB-001「えっ…ええ、必要ないから消されたらしいの。後の知識はほぼオリジナルと同じね。
      だからオリジナルが知らないことは私も知らないの」

梓「へー」

KTB-001「あと食欲や性欲も制限されてるの。必要ないから」

梓(性技能だなんて……やっぱり唯先輩とやって身につけたのかな)

梓(それにしても)

梓(アンドロイドも顔を赤らめるんだ……かわいかったな)

___

KTB-001「カレー美味しい?」

梓「はい。カレーは勿論おいしいです。それに…」

KTB-001「それに?」

梓「やっぱり誰かと一緒に食べる食事はいいなぁ…って」

KTB-001「そうだね」

梓「一人で食べるとどうも味気なくて…」

KTB-001「……」

梓「…………ムギ先輩の一緒に食べられればいいのに」

KTB-001「今は無理ね」

梓「今は…ですか?」

KTB-001「開発中の換装パーツを使えば可能になるかもしれないの」

梓「そんなものがあるんですか?」

KTB-001「ええ。ただ……お値段が」

梓「そんなの関係ありません! 私、頑張って稼ぎます」

KTB-001「……頑張るのはほどほどにね」

梓「あの……ムギ先輩」

KTB-001「なぁに」

梓「添い寝してくれますか」

KTB-001「襲わない?」

梓「襲いませんっ!」

KTB-001「それじゃあ一緒に寝ましょうか」

梓「はい」

KTB-001「ねぇ、梓ちゃん」

梓「なんですか?」

KTB-001「今、幸せ?」

梓「わかりません……だけど」

KTB-001「だけど?」

梓「ムギ先輩がきてくれてから、ちょっと楽しくなりました」

KTB-001「そう…それは良かった」

梓「はい」


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最終更新:2012年07月18日 21:05