……ここは一体どこだ。

気が付いたら、私は見慣れない森林に立っていた。

木々が深く、いくら周りを見渡しても先は確認出来ない。

上空からわずかに日が射し込んでいるのを見ると、少なくとも夜ではない様だが……

ザーボン(いや、それよりも……)

私はあの時──ベジータに殺されたはずだ。無様に、惨めに。

思い出すと、怒りと悔しさと羞恥と恐怖……

様々な感情が込み上げてくるが、まったく状況がわからないこの場でそれを爆発させる訳にはいかない。

ザーボン「…………」

何とか気を静めると、私は自分の体を調べる。

──特に異常は無い。怪我もなければ、いつものフリーザ軍の戦闘服も汚れ一つ無かった。

もちろん、カチューシャと自慢の髪の毛も乱れは見受けられない。

ただ唯一、スカウターは見当たらなかったが……

ザーボン「一体何だと言うのだ……」

考えれば考えるほどわからない。

しかし、いつまでもこうしている訳にもいくまい。

ザーボン(スカウターが無いのは面倒だな)

心の中で舌打ちをし、私は辺りの気配を慎重に探りながら空へ飛び立った。

まずは現状の確認だ。


ザーボン(ふむ……? 私が居たのは山だったのか)

上空から地面を見下ろした私の目に飛び込んで来たのは、紛れもなく、青々とした山だった。

空は快晴。遠くには海も見える。

その手前には……町、だろうか。

様々な建物が集結しているだけでなく、道を歩く生き物の姿が見える。

私はそこへ行ってみる事にした。

ザーボン「…………」

トッ……

ここがどこなのかも、町(だろう)を歩く生き物もどういう存在かわからない。

私は何の気配も無い、裏通りと思わしき場所に着地した。

……少なくとも、ここはナメック星ではない様だが……

もちろん、惑星フリーザでもない。

ザーボン(……ふむ。歩いている生き物は、私と似た容姿をしているな)

建物の影からその動きを見た所、特別戦闘に長けた民族とも思えない。

……まあ、広い宇宙には戦闘力をコントロール出来る種族も居るから油断は出来んが……

ザーボン(──このままいつまでも、じっとしている訳にはいかんか)

そう決断し、私は裏通りから出て行った。


ザワザワ……

まず知るべき事は、ここが……この星が一体どこで、どう言う場所かという事。


私には宇宙で幅広く使われている言語、約数千種の心得がある。

街中の探索で成果が得られないなら、その辺の者に直接聞いて見ても良いだろう。

幸いな事に、この星の生き物は私と容姿のタイプに違いは無い。

その為、そちらの問題で怪しまれる事は無いと思われる。

もっとも、この星の民族がとても好戦的かつ実力も相応にあるのなら、話を聞けば良いなどと悠長に言ってはおられんだろうが……


「うわ、あの人カッコ良い……」
「素敵……だけど、コスプレ?」


通行人達の言葉が耳に届く。

どうやら、私の噂をしている様だが……

美しき私の容姿を称える言葉はあって当然として、『コスプレ』とはなんだ?

この言葉に対する知識は私には無い。

とすると、この星特有の言葉か。

様々な惑星で使われる、いわば『宇宙の共通言語』の一つを主に使うが、
この中にその惑星特有の言葉を混ぜて会話をする民族というのは、別にめずらしくない。


──とは言え気にならない訳では無いが……ここはどうしようもあるまい。

『コスプレ』とやらがこの者達にとって当たり前の言葉ならば、下手にその意味を問うたら怪しまれる可能性がある。

大丈夫、私は美しい。まずはゆっくり情報を集めるのだ。


男1「なんだとおおおおおぅおおおぉおおぉぉぉぉ!!?」


ザーボン「む?」

突然、下劣で小汚い声が辺りに響いた。

声の方を見ると、五人の男達が何やら二人の少女(だろう。その二人は私に背を向けて居るので顔は確認出来ないが)に詰め寄っていた。

男2「オレ達の誘い断るなんてマッジありぇねッッッ!」

男3「ワシらこんにゃにカッコ良い男性達なんじゃぜぇぇぇぃ!?」

男4「来い来い来いやぁあああぁあああぁぁぁ!!」

……男達があの少女二人に求愛行動でも取り、見事に拒否されたと言った所だろうか?

周りを見渡して見る。通行人達はあの事に気付いているみたいだが、見て見ぬ振りをしている様だ。

なるほど──ここの者達はそういう連中なのか。

それ自体は良いだろう。その様子を美しいとは思わないが、他人と一々関わらないと言うスタンスそのものは別に悪いとは思わない。

だが……

男5「オラっ、楽しませてやっらァ! 満足させってやらァ!!」

小汚い男の一人が片方の少女の手首を掴んだ。

少女1「やっ……痛いっ!」

──醜い。

あの男達の言動は我慢ならなかった。

私はあのゴミ共へ左手を差し出す。

圧縮エネルギー弾。

通常のエネルギー弾の攻撃範囲を狭め、対象にぶつける技。

その特性故、爆発で土煙を起こして敵への目くらましにしたりすることは出来ず、また、威力は普通のエネルギー弾と変わらない。

はっきり言って実戦ではあまり使い道が無い技だが……

こう言う、敵の近くに巻き込みたく無い者が居る場合にはうってつけの技だ。

……ここで誤解無き様言っておこう。

私はフリーザ軍の戦士で、確かに命令されれば残虐な事も喜んでするし、女子供と言えど殺してみせよう。……いや、して来た。

だが逆に言うと、私は命令が無ければあの様な小汚い行為を見過ごしてやれる性格ではない。

もちろんそれは被害者の為では無く、醜い事や物が嫌いな私の自己満足なのだが。

ザーボン(消えろ)


……だが。

私は、左手に溜めたエネルギー弾を打ち出す事は出来なかった。

少女2「このっ! 唯ちゃんを離しなさい!」

絡まれている片方・金髪の少女が、茶髪の少女の手首を掴んでいる男に正拳突きを決め、倒す。

男3「馬鹿男(ばかお)!」

男4「てぇんめぇぇぇ! よぉくも馬鹿男ををををををををを!」

少女1「わっ!」

少女2「!!」

叫ぶや否や殺気丸出しで拳を振り上げる男達に、少女達はお互いをかばう様に動く。

……くっ!


ドッ!


少女1・2『えっ……?』

男達『な、なんじゃぁ!?』

私は少女達の前に立ち、防御もせずに男達の攻撃を胸で受け止めていた。

やはり──戦闘力は大した事はないか。

見た所戦闘力150前後の破壊力だろうか? その金髪少女の拳になす術も無く倒れた程度の奴の仲間だ。予想はついていた。

男4「なんじゃおまぇ!?」

男1「プッ……見てみろやこいつの格好……」


バコッ。


男1「ぐひひょうううううううううううううう!」

男達『へ?』

私は男達を全員、デコピンで難なく片付けた。

……なんだ。いくら雑魚と言っても、ここまで弱かったのなら手助けなど不要だったかな?

少女1「あ、あの……」

少女2「ありがとう……ございました」

ザーボン「なに、大丈夫だったかな? お嬢さん方──」

私は少女達の方へ振り向き……

言葉を失った。


私の目の前に居たのは、栗色の髪をした、素朴で愛らしい少女。


ズキン。


そして──


ズキン。


金髪の美しい少女。


『ザーボン君っ』


ザーボン(────)

私は思わず、唇だけでとある名前を呟いていた。

少女1「私たちデートしていたら、急にさっきの人たちに絡まれちゃって……」

少女2「本当に助かりました」

微かに痛む頭を押さえ、私は言った。

ザーボン「い、いや。
それよりも、お名前を教えては頂けないかな?」

少女1「えっと、私は──」

少女2「……すみません、ちょっと場所を変えませんか?」


む?


ザワザワ……


言われて気付いた。

私達……いや、私はやたらと注目をされている。

なぜだ? 私がした事と言えば、ゴミ共をデコピンで始末しただけだ。

そう目立つ事はしていないはず。

いずれにしても、この状態は芳しくは無い。

ザーボン「わかった」

私は頷いた。


どうした事だ。

移動中、私は思う。

私にはあのゴミ共を殺せなかった。

デコピンで吹き飛ばしはしたが、目一杯手加減をした為死んでは居ないはずだ。

これは情けとか、同情したとかではない。

ただ……出来なかったのだ。

エネルギー弾を打とうとした時、ベジータに殺された時の事が頭によぎったから。

相手がどうとかではなく、あの恐怖を思い出すと他人を殺めると言う行為がどうしても出来なかったのだ。

あげく、助けた相手に姿を晒す羽目になってしまった。

こういうのは正体を知られずに助け、そのまま去るのがもっとも美しいと思うのだが……

まあいい。おかげで様々な話が聞けそうだし、何より……

あの金髪の少女。他人の空似──だろうが。

心の奥底にしまい込んで幾重にも鍵を掛けていた、深い深い思い出。

まさか、この様な時に思い出す事になろうとは……


少女1「私は平沢唯ですっ」

少女2「私は琴吹紬と申します」

ザーボン「私はザーボンだ」

とある──レストランだろうか? に入り、案内された席に着いて適当に注文をすますと、私達は自己紹介をし合った。

……この店の店員の格好は面白いな。皆女性で、露出の多い大胆な制服を着ている。

しかし──琴吹紬、か。

わかってはいた。人違いだと。彼女がこんな所に居る訳がない。

いや、この世にすら居るはずがないのだから。

唯「ザーボン……さん? 日本の人じゃないんですか?」

この星は日本と言うのか? それともこの星には様々な国があり、ここは日本と言う国なのか。

本当は(彼女達から見て)異星人なのだが、とりあえずそれは伏せておこう。

宇宙には、宇宙を旅するレベルの文明すら持たない惑星も多々ある。

街をザッと見た所この星もその一つである感じがしたし、だとしたら『私は異星人』だとか話しても警戒されるだけではないだろうか。

ザーボン「……うむ。そんな所だ」

唯「わぁ、日本語上手いですねっ!」

ザーボン「ははは、ありがとう」

しかし……未練だな。

ザーボン「琴吹嬢……貴女は、この星の生まれだろうか?」

つい、聞いてしまった。

紬「えっ?」

唯「???」

紬「あの……どういう事でしょう?」

その反応を見る限り、やはり違うらしい。

ザーボン「む? すまない、言葉を間違えた様だ。
君も異国の生まれなのかと思ってな」

とりあえず誤魔化しておく。

紬「いえ、私は唯ちゃんと同じ日本人ですよ」

唯「あははっ。さっきの言い方だとムギちゃん、宇宙人みたいだよ~」

ザーボン「ふふ、そうだな。失礼した。
琴吹嬢が群を抜いて麗しかったもので、ついな」

紬「あら、ザーボンさんや唯ちゃんにはかないませんよ」

そう言って琴吹嬢は穏やかに笑う。

唯「あー、ザーボンさんムギちゃんナンパしてるっ!?
ダメ! ムギちゃんは私の彼女だもん!」

紬「あっ、唯ちゃ、こんな所で……」

言うや否や、琴吹嬢に抱きついてキスをする平沢嬢。

ナンパ……文脈を考えたら、私が琴吹嬢を口説いたと言う事か?

ザーボン「誤解だ。私は恋人持ちの者にそんな事はしない。
まして、これほどお似合いな二人に対してそんな美しく無い事など、な」

お世辞ではない。

彼女達と出会って間も無い私から見ても、二人はとてもお似合いで美しい恋人同士だった。

唯「えーっ/// お似合い?
もーザーボンさんったら上手いんだからぁ///」ムチュチュウ

紬「も、もう唯ちゃんたら……///」ムフー

「紬さん唯さん、いらっしゃいっ」

横から聞こえた声に、私達はそちらを向く。

唯「あっ、詩音ちゃんやっほー☆」

店員が注文の品を持って来たらしいが、この様子を見ると琴吹嬢・平沢嬢の知り合いらしい。

詩音「どうしたんですか?
今日はまた凄いイケメンさん連れて」

紬「さっき町で絡まれたのを、このザーボンさんに助けて貰ったの~♪」

詩音「まあ! そうだったんですか!」

唯「そうなんだよー、凄かった!」

紬「あ、こちら園崎詩音ちゃん。私たちのお友達です」

ザーボン「よろしく、ザーボンだ」

詩音「こちらこそ。
でもカッコ良いですね! そんなコスプレして女の子助けるなんて、本当にヒーローみたい!」

……だからコスプレとは一体なんなのだ。

詩音「ではごゆっくり。
──あ、二人共。
いちゃつくのは良いですが、あまり見せ付けすぎないで下さいね☆」

唯・紬『///』

そう言い残すと、園崎嬢は行ってしまった。

ザーボン「……ところで、コスプレと言うのは……」

唯「あっ、そうだザーボンさん、何でそんな格好しているんですかっ?」


ザーボン「私の格好……何か変だろうか」

前述の通り、私はフリーザ軍の戦闘服を身に付けている。

汚れてもいないので、不潔という事もないはずだが……?

唯「えっと、正直ちょっと変わってるかと思います!」

む……?

言われてみれば……周りの者達は誰もこの様な格好はしていない。

むしろこの戦闘服は浮きすぎていると言っても良いだろう。

そういえば、先程の町中でも……

もしや。

ザーボン「そ、そうだったのか……私とした事が」

場をわきまえない服装と言うのは美しくない。

私ともあろう者が……

よく確認するまでもなく、少し意識を向けるだけで簡単に気付ける事であった。


ドドリア『ザーボン、お前はすげぇ頭良いけどよ。
たまにありえねぇ位簡単なポカするよな』


かつて同僚に言われた言葉を思い出す。


……そう言えば。

ザーボン「もしや、私をこの店……」

紬「エンジェルモートです♪」

ザーボン「エンジェルモートに連れて来たのは……」

気付けばすぐわかる。この店の店員は、探索していた町の人間達とは明らかに服装が違う。

よく見たら他の客も、荒すぎのチェックのシャツやよれたパンツ・不思議なコーディネートのリュック等々、
町の者達とは一線を画する格好の者が大半だ。

それでも私が浮いているのは確かだが、気休めながら町中よりはまあマシだろう。

この星の事はまだ謎だらけだが、それ位はわかる。


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最終更新:2012年07月25日 23:14