紬「うふふ。
メイド喫茶とかならもっと良かったのですが、すぐに移動するにはあまりにも遠かったですし、せめてと思いまして。
あの場所では……
ゆっくりお礼も言えませんでしたから」

メイド喫茶?……メイドが喫茶店をやっているのだろうか?

まあそれはともかく。

確かに注目されているとは感じていたが……そこまで目立っていたのか。

ザーボン「気を使わせてしまって申し訳ない。感謝するよ」

うかつだったな。これからはさらに慎重に動かなくては……

とりあえず、目立たない様にどうにかして服を調達しなくてはいかんな。

紬「いえ。お気になさらないで下さい。
……あの、よろしければ家にいらっしゃいますか?
お洋服プレゼント致しますよ」

ザーボン「む?
いや、そこまでして頂く訳には……」

正直嬉しい誘いだが、この少女達の素性もわからないのだ。

おいそれと受けるのも……

紬「いいえ。私たちこそちゃんとお礼をしたいですし、それに──」

唯「そうだよ~、ご遠慮なくっ。
って、お洋服用意するのはムギちゃんだけど」

言って笑う平沢嬢につられてか琴吹嬢もほほ笑み、

紬「それに、何か事情がおありの様ですし」

私を見つめる。

……その目は優しく澄んでおり、裏──少なくとも、悪い意味での裏があるとは思えなかった。

ザーボン「……うむ」

私はしばし思案すると言った。

ザーボン「わかった。ありがたく受けさせて頂く」

人知れずあれこれ探っていても、いずれは行き詰まるだろう。

だがこの話に乗る事でこの惑星の民族と関われ、服も貰える。

また、例えこの話に裏があったとしてもそれならその時だ。

この星の者達の実力や文明を見ると、よほど無茶をしなければ不覚もまず取るまい。

唯「むむっ、でも私も助けて貰ったんだから、ムギちゃんだけにってのもアレなので……
はい、ザーボンさんっ」

と、何やら平沢嬢がポケットから取り出したのは……

ザーボン「──これは何だろう?」

唯「飴ちゃん! 美味しいぃ♪ ですよ~」

なるほど、食べ物なのか。

これもこの星を知る良い機会の一つかな。

私は包みを開け、

紬「──あっ」

中に入っていた桃色の丸い物体を口に入れた。

ザーボン「……うむ、美味だ」

それはほんのりと上品に甘く、異星人である私の口にも合った。

紬「あの……」

唯「れしょ♪
ふぁい、ムギちゃんにもふぁげる☆」チュッ

紬「もふっ」

平沢嬢が、いつのまにか自分も口にしていたらしい『飴ちゃん』とやらを、琴吹嬢に口移しをした。

正直こう言う場所でその様な行為ははしたないのではあるが、なぜかこの二人にはそれも美しく感じた。

百合は正義だ。

唯「んふーふ。飴ちゃんとムギちゃんの味が混ざって、お口の中がぱらだいす☆」

紬「も、もう……///」

口元に手をやりながらも、琴吹嬢は平沢嬢を軽くにらむ。

しかし彼女の頬の赤らみとその雰囲気の甘さを見ると、掌に隠された口元は笑みの形になっている様だ。

紬「そ、それより飴ちゃんも良いけど、注文した物も食べない?」

ザーボン・唯『あ』



それからしばらく。私達は店を出、琴吹嬢の家に案内された。

その際車と言う乗り物で迎えに来てくれた、斎藤と言う執事に一瞬不審な視線を向けられた(やはり私の格好が原因だろう)が、
ここは琴吹嬢が上手く取り持ってくれた。

本当は場所を聞き、二人を抱えて飛べば一瞬で着く距離だったのだが……

今まですれ違った人間達を見る限りこの惑星の者は自力で空を飛べない様なので、私が舞空術を使える事は隠しておいた。


紬「まあ、ピッタリですね♪」

唯「わっほう! ザーボンさん似合ってるっ♪」

屋敷に通された私は、早速約束通り洋服の一式を用意され、着替えた。

ザーボン「そうか。ありがとう」

薄手花柄のシャツに、ネイビーのブルゾンとパンツ。明るいブラウンのレザーシューズ。

一目でわかる。どれも良い物だ。

そう言えば、この家へ送って貰った車・その際に見た琴吹邸の外観……

そのどれもが、この星でここまで目にしたどんな乗り物・建物にも無い気品、豪奢な匂いを感じた。

ザーボン「……もしや、琴吹嬢は貴族であらせられるか?」

紬「はい?
……えっと」

私の言葉に、彼女は困った様にほほ笑む。

それらの物だけでなく、琴吹嬢自身からも感じる気品。

間違いないと思ったのだが……違うのだろうか?

唯「あのね、ムギちゃんはとってもお金持ちさんなんですよっ!
でもでも、貴族ってなんか違う感じがするなぁ。
……セレブ?」

セレブ? 有名人と言う事か?

だとしても、貴族だから有名と言う事ではないのだろうか。

紬「うふふ。まあそんな事はお気になさらずに」

……ふむ。ここでは『貴族』と言う言い回しはしないのかな。

まあ意味が通じているのを見ると、その言葉自体は存在する様だが……

紬「──ところで。
よろしければ今晩、家にお泊りになりませんか?」

ザーボン「……良いのかな?」

紬「はい」

それも願ったり叶ったりだが……

恩があるからと、普通見ず知らずの人間にここまでするだろうか。

何か──たくらんでいるのか?

ザーボン(……まあ良い)

危険さよりも、得る物の方が大きいだろう。

私はそう判断した。

ザーボン「では、続けてお言葉に甘えさせて頂こう」

紬「はい」

私の返事に琴吹嬢がゆるやかに頷き、

唯「やった! また一緒にご飯食べれますねっ」

平沢嬢が飛び上がって喜ぶ。

ザーボン「?」

紬「あ、今日は唯ちゃんも家に泊まるんです」

ザーボン「む?
それではお邪魔ではないのかな?」

この二人はそう言う関係なのだろう?

今の口振りだと平沢嬢はここに住んでいる訳ではなさそうだし、ならばせっかくの二人の時間を邪魔するのは美しくない。

紬「いえ。そんな事はありませんわ。
ぜひご一緒致しましょう」

唯「そうそうっ。
今晩三人で遊びましょうー。
──あっ、アレなら私のギター聴かせてあげまっす!」

ギター……楽器の事だな。

ザーボン「……そこまで言うなら。
ありがとう」

……不思議だ。

こんな風に誰かから笑いかけられたのはいつ以来だろうか。

遠い遠い昔。フリーザ様……

いや、フリーザにすべてを奪われる前まで遡らなければならないだろう。

忘れていた記憶が蘇り、私の中でさざなみの様に広がり始めていた。



それから時間はあっという間に過ぎた。

確かな能力のある執事やメイドがついた、三人で(琴吹嬢の両親は、仕事との事で姿を見せなかった)の食事。

湯浴みもさせて貰った。

その後、琴吹嬢・平沢嬢と共に部屋で遊んだ。

約束通りの平沢嬢のギターに、琴吹嬢のキーボードも聴かせて貰って非常に盛り上がった。

そしていつの間にか日が変わり……


唯「すー、すー……」

紬「うふふ♪
唯ちゃん、気持ち良さそうに寝ちゃって……」

ソファーで眠ってしまった平沢嬢をベッドまで運び、布団を掛けながら琴吹嬢は呟いた。

ザーボン「すまないな、女性に運ばせてしまって」

紬「良いのですよ。断ったのは私ですし、何より……
唯ちゃんは私が運びたくて」

ザーボン「……うむ、そうだな」

この二人が、お互いを真に大切に想い合っているのは良くわかる。

ザーボン(本当に美しい二人だ)

紬「でも驚きました。
ザーボンさん、楽器お上手で」

ザーボン「いや、なに。たしなむ程度だよ」

実は先ほどあまりに盛り上がった為、最後はこの二人と私でセッションをしたのだ。

私も多少楽器の心得があった為、鑑賞するだけではつい我慢出来なくなったと言うのもある。

紬「うふふ、ご謙遜を。
たしなむというレベルではなかったではありませんか」

ザーボン「ありがとう。
だが君達こそ、素晴らしい腕前だったよ」

事実だった。

技量そのものは特筆する物でない事は確かだが、この二人の演奏は何か……

心に訴えかける魅力があった。

これでも色々な宇宙で、様々な音楽を聴いて来た私だ。

この印象には自信がある。

紬「うふふ。こちらこそ、お褒めに預かりまして光栄です」

と、彼女は表情を引き締め、

紬「……ザーボンさん、少し外でお話ししませんか?」

ザーボン「……そうだな」

こちらも確認しておきたい事がある。

彼女の真意だ。

私は頷くと、琴吹嬢と共に外へと出て行った。



一見ひと気のない静かな庭。

ザーボン「…………」

紬「うふふ、気付いていらっしゃいますね。
気を悪くさせてしまったらすみません」

ザーボン「いや、素性もわからない者と二人きりで話すのだ。
用心でボディーガードを配置するのはよくわかる」

などと話しながら、私達は側にあるベンチに腰を掛けた。

ザーボン(よく手入れされている……綺麗な庭だ)

紬「……では、単刀直入に伺います」

ザーボン「うむ」

紬「貴方は、裏の世界の方ではありませんか?」

……確かにそうだ。

惑星の地上げをする殺戮集団──フリーザ軍に所属するだけでなく、幹部まで務めていたのだ。

決して光の当たる生き方はしていない。

ザーボン「……その通りだ」

紬「やっぱりそうでしたか。
私、家の事情で昔から裏世界の色々な方とお会いしてきましたから、匂いでわかるのです」

ザーボン「それで……私をどうすると言うのだろうか?」

私は一戦を交える覚悟を決めた。

紬「あ、ご心配なさらないで下さい。
別にザーボンさんを捕まえるとか、そんなつもりはありません。
ただ……よろしければ、我々のグループで働いてみないかと思いまして」

ザーボン「……は?」

私は思わず間抜けな声を出していた。

ザーボン「それは……私を勧誘していると言う事だろうか」

紬「はい。
お昼での貴方の動き、ただ者でないのは一目でわかりました。
……ううん、むしろ……
私も様々な地下……裏の世界の方々を見てきましたが、そのどんな達人よりもお強いのでは?
今しがた、隠れている者たちの存在を軽々と見破ったりもしましたし……」

まあ、この星の人間達には──少なくとも体術で負ける事はないとは思うが。

紬「そんなザーボンさんに、例えば……
それこそボディガードのお仕事などはいかがでしょう?」

ザーボン「待て。
もしその話を私が受けて、私の正体が残虐な殺人犯だったらどうするのだ?」

彼女の話はあまりに軽率だ。

紬「そうなのですか?」

ザーボン「…………」

どうする? いくらなんでも、経歴一つ話しもしない者に仕事を与えはしないだろう。

この星がフリーザ軍の様な組織に居た事が美徳と受け取られる場所なら良いのだが、そんな星は少数派も少数派だ。

しかし、この話は簡単に捨てるのはあまりにも惜しい。

嘘を吐くか?

……いや、彼女には即席での生半可な嘘では見破られる。そんな気がする。

それに何より、なぜか琴吹嬢には嘘を吐きたくなかった。

今まで散々……必要とあらば、同僚やフリーザにも嘘を吐いてきた私なのにも関わらず。

紬「……話せませんか。
でも大丈夫です。貴方の素性はきちんとお調べ致しますので。
これでも私達の調査能力は世界でも屈指なのですっ」

例えそうだとしても、この惑星の文明レベルでは異星人の素性を暴く事は出来ないと思うが。

ザーボン「……喋っても喋らなくても、変わらないと言う事か」

紬「そうですね。
……それに。
先ほどもお話しました通り、私は裏に生きる様々な方を見てきたので……
ザーボンさんが悪人でない事くらいはわかるのです」

私が悪人では……ない?

散々虐殺を繰り返してきたこのザーボン様が?

私は思わず自嘲めいた笑みを浮かべていた。

紬「もし異国に来て、行く場所が無い様でしたら、この話。
いかがでしょうか?」

なるほどな。彼女の真意はわかった。

だが……

ザーボン「……琴吹嬢。貴女は私を買いかぶりすぎだ」

紬「それを確認させては頂けませんか?」

そう言って彼女は笑う。

天使の様に、無邪気に。

ザーボン「……わかった。
そちらが良いのであれば、ぜひお願いする」

そもそもこの様な話、こちらから頼みたい位だったのだ。

紬「わあ! ありがとうございますっ。
嬉しいですわっ!」

ザーボン「ふふ……礼を言うのは私の方だよ」

紬「いえ、ザーボンさんの様な能力をお持ちの方には、是非ともお力を貸して頂きたいと思っておりましたので」

ザーボン「財を為すには、有能な人材が不可欠……と言う事だな」

やはりそれは、どの惑星……

いや、どの銀河でも同じなのだな。

紬「ええと……
否定は、出来ませんね。
──あっ! あの、違いますよ。
確かに琴吹家は裏の世界にも精通していますが、それはあくまで表に出ない世界と言う事でして……
闇の世界とか、犯罪には手を染めていませんわ」

ザーボン「ふっ……
わかっている」

それこそ彼女を見ていたらわかる。

彼女や彼女の周り、この家からその様な匂いがまったくない。

それこそ、まさに闇の世界に深く染まっていた私の感覚だ。間違いは無いと胸を張って言える。

ザーボン(しかし……ボディガードか)

とりあえず、目下の身の振り方には困らなくなった……のだろうな。

しかし、また戦いや……虐殺を行う日々が始まるのだろうか?

少し前にはその中に居たはずだ。

……が。

なぜか気が進まなかった。

紬「──あっ、さっきはボディガードと言いましたが……
他に何か得意な事はありますか?」

ザーボン「む?」

紬「家は様々な事業をやっておりまして。
もしザーボンさんが自信がある事が別にあり、その関係のお仕事をされたいのでしたら協力出来ますよ。
もちろん、手を伸ばしていない領域ならその限りではありませんが」

ザーボン「……戦闘も得意ではあるが、一番自信があるのは頭脳だな」

紬「頭脳……ですか。
それはどういった分野で?」

ザーボン「どの分野でも、だな」

それが、この星で通用する物かどうかはまだわからないが。

……私はふと思った。

ザーボン「──もし希望を聞いて頂けるなら……
頭脳や知識を活かし、かつ人と沢山関わる事が出来る仕事はないだろうか?」

紬「……人と沢山関わる事が出来る、ですか?」

ザーボン「もしその様な職に就ければ、この国に慣れる事が出来ると思ったのだが」

それも嘘ではないが、それが可能ならば怪しまれずに堂々と様々な人間と会話も出来るし、この星の事を探れる。

それが延いては、フリーザ軍に戻る近道にもなろう……が、それ以上に。

ザーボン(……なぜだろうか。
血なまぐさい事にはもう関わりたくない。
出来れば……避けたい)

紬「なるほど。
ちょうど心当たりがありますので、明日……いえ、もう今日ですね。
十数時間お待ち下さい」

ザーボン「言ってみるものだな。
ありがとう」

紬「いいえ。
──では、戻りましょうか」

月明かりの中そう笑いかける琴吹嬢は、これ以上ない位神秘的で美しかった。

あの人の様に。


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最終更新:2012年07月25日 23:15