放課後。

ザーボン「ふう」
(とりあえず初日の授業はきちんと出来たな)

職員室の自分の席で、私は安堵の息を吐いた。

もちろん、まだ覚えきれていない生徒の名前や宿題等々ある為、これで今日の仕事が終わった訳ではないが。

唯「ザーボンさ~ん!」

そんな私の前に現れたのは、平沢嬢……に、例の三人だ。

ザーボン「どうした、さっきも見たメンバーで」

紬「これから部活がありまして。
よかったら先生もご一緒にどうですか?」


部活?

……ああ。そう言えば先日までにした、お嬢様達との会話の中に何度か出てきた。

軽音部、だったかな。

ザーボン「それは面白そうだな。
だが、部外者の者が居てもお邪魔ではないのかな?」

唯「そんな事ないですよぅ!」

律「ザーボン先生、色んな楽器演奏出来るんだって?
むしろ聴きたいぜ」

澪「うん」

ザーボン「そうか。
そう言うなら……行ってみようか」

唯「やったぁ☆」


ジャジャジャァァァァァン!


律「ふぉぉ」

澪「……上手い」

梓「す、凄いです」

演奏が終わった私を、皆が讃えてくれた。

唯「でしょっ☆」

紬「ザーボンさんは演奏出来るだけじゃなくて、とっても上手いのよ♪」

ザーボン「ははは、そんな事はないよ」

律「いや、むしろ……」

澪「上手いどころか、プロレベルじゃないか?」

参ったな。この美貌を褒められるのはよくあるが、こう言った事で持ち上げられた経験はあまりない為、どことなくくすぐったい。

紬「皆、そろそろお茶にしましょうか~」

梓「そうですね、そうしましょう」

律「おおっ、梓が率先してお茶に賛成するとはっ!
あっしたーは雨~♪」

唯「へい♪」

律「あっしたーは雨~♪」

唯「へい♪」

梓「だー、うっさいです!
私はただ、ザーボン先生から色々とお話を聞きたいだけですっ!」

澪「そうだな。
唯とムギが先生と会った時の事も詳しく知りたいし」

その言葉を見ると、朝の授業の後にでも我々の馴れ初めを軽く説明されたらしい。

紬「まぁまぁ、とりあえず座りましょう~♪」

言いながらも、自分は紅茶を入れる作業に取り掛かるお嬢様はとてもウキウキしていた。

……そうか。昨日は平沢嬢と居る時のお嬢様は輝いているなどと思ったものだが、実際は『軽音部の仲間と居る時』なのであろう。

ただ、それに加えて恋をする者特有の甘さを放つのは、やはり平沢嬢と一緒の時か、
そうでなくとも彼女が何かしら関わってくる時だけのようだが。



律「へぇ~、そんな事があったのか!」

梓「先生、お強いんですね」

お嬢様の用意した紅茶とお菓子を頂きながら、私達は会話を楽しむ。

ザーボン「いや、その時の男達があまりにも雑魚だっただけだ」

澪「でも凄いです。
見ず知らずの人が絡まれてたら、つい見て見ぬ振りをしてしまうのが普通なのに……」

ザーボン「そうだな。その事自体は否定しない……が、私にはそんな美しくない事は出来んよ」

澪「そっか……
そうですね。私も、そんな『勇気』を持てる人になりたいなあ」

ザーボン(…………勇気、か)

律「澪ちゅわんは澪ちゅわんですものね。
泣き虫さんだから一杯いっぱい頑張らないと☆」

澪「う、うるさいな。憧れる位良いだろ!?」

律「まあ澪は今のままでも十分魅力あるし、このままでも良いと思うけどな」

澪「な……何を急に変な事言うんだっ///」

梓「私も同感ですよ。
私、澪先輩の事好きですし」

澪「な、な、な、梓まで何を言ってるのかなあ!///」

律「おっ、梓さんの愛の告白か!?」

梓「律先輩の事も好きですよ」

律「な……!///
ば、馬鹿こくなぃ! 猫じゃらしでもくらいやがれ、この百合にゃんがぁ!///」フリフリ

梓「ニャフ♪
……あ、いや。
からかわないで下さい!」

唯「あずにゃーん、私は?」

紬「うふふふふ♪」

梓「二人共後ろから抱きつかないで下さいっ!
もうっ、皆さん大切な先輩なんですから好きに決まってるじゃないですか!」

唯「わーい、私もあずにゃん好きだよぅ☆」

紬「私も好き~☆」


…………なんと言うか、言葉が上手く出てこないが……

まったくもって、彼女達のレベルの高さには驚かされるばかりだ。

いやあ。天国と言うのが本当に存在したら、こういう場所の事を言うのだろうな。

ザーボン(ビューティフル・ザ・百合……!)

唯「あ、そう言えば!
なんでザーボンさんのお仕事、私に内緒だったの?
絶対ムギちゃん知ってよねっ」

紬「うふふ、ごめんね。
唯ちゃんの唖然とした顔が見たかったから、ザーボンさんにも頼んでつい秘密にしちゃった」

唯「なんじゃとぉう」

紬「思わずその時の唯ちゃんの顔、撮っちゃった~。
可愛いわぁ♪」ウットリ

と、お嬢様が携帯を取り出して、画面を見せる。

唯「むはっ!?」

律「ははは、本当だ」

梓「目が点になってて……」

澪「凄く可愛いな」

その画面……写メだったか? を、他の三人がニコニコと見つめる。

ザーボン(確かに可愛いらしいものだ)

その時の平沢嬢の顔を思い出しながら私も拝見し、大きく頷いた。

唯「くうう、このいたずらっ子・天使ちゃんめ!
今日は家に泊まりに来なさいっ。おしおきするんだから~!」

ザーボン「キマシタワァ」

紬「きゃ~♪」

澪「なんだ、ムギの奴それが目的だったのか」

梓「納得です」

紬「うふふ、違うわっ。
これも、目的だったの~♪」

ザーボン(さすがだ。お嬢様)

尊敬の念を抱きつつ、私は紅茶を飲み干す。

……しかし、美味い。

昨日平沢嬢は私の入れた紅茶を飲み、

『ムギちゃんにも負けてないかも』

と言ってくれたが、とんでもない事だな。

ザーボン(私には、このように濃厚で優しい味は出せんよ)

唯「そうだ!
ザーボンさん、先生になったんなら『ザーボンさん』って呼び方は変ですよねっ」

ザーボン「ん?
私は別に構わないが……」

どうなのだろう。

調べた限りでは、教諭には名前の後に「先生」付けが基本で、よほど仲が良くても「さん」呼びはまずしないみたいだが……

ザーボン(こう言う経験が不足している今の私では判断出来ないな)

郷に入っては郷に従え。私は、この場の流れと彼女達の判断に任せてみる事にした。

律「まあ確かに堅苦しいかもな」

梓「普通に『ザーボン先生』で良いじゃないですか」

唯「えーっ、つまんないよー」

澪「いや、唯。こう言うのってつまるつまらないの問題じゃないと思うぞ」

唯「むーん……
さわちゃんがさわちゃんだから……
よしっ、ザーボンさんは『ザボちゃん』だーっ!」

律「おおっ!」

ザボ……ちゃん。

……あだ名か。悪くないな。

梓「え、えーと」

澪「私達はなんてツッコめば良いんだ?」

律「最高だなって言えば良いと思うよ☆」

梓「最高だな。
律先輩のおデコ」プッ

律「中野ぉ!
ツインテール引っ張っちゃるっ」クイッ

梓「もうっ、何するんですか!」ニャフフン///

唯「あずにゃん嬉しそうっ☆」

紬「♪」

さわ子「仲良き事は素晴らしき事かな」

澪「ぅわっ!?
さわ子先生いつの間に!?」

さわ子「やっと仕事が一段落してね。
まあそれよりザーボン先生、上手くやっていけそうですか?」

ザーボン「まだ初日なので断言は出来かねますが、恐らくは」

私はMs.山中に答えた。

さわ子「うんうん。
もし何かあったら、いつでも相談して下さいね」

ザーボン「ありがとうございます。
山中先生は外見だけでなく、心もお綺麗でいらっしゃる」

さわ子「ふふ、からかわないで下さいよ」

紬「おーぉ」

澪「…………」

梓「(タイヤキパクパク)」

唯・律『ほげー』

さわ子「……何よ貴女達、その微妙な反応は」

唇を尖らせるMs.山中に平沢嬢は惚けたように、

唯「さわちゃん先生が普通に先輩やってるって思って」

さわ子「どういう意味よ」

律「私は、ザボちゃんイケメンだし、さわちゃんならデレデレするんだろうなーって思ってたからさ」

澪「確かに、容姿だけじゃなくて肌も白く・きめ細かくて宝石みたいだし……
声だってカッコ良いしな」

さわ子「……ああ、そういう事」

Ms.山中は合点がいった様に頷く。

さわ子「確かに以前の私なら、イケメンにはイケメンと言うだけでクラッと来ていたわね。事実よ。
でも、今の私は違うわっ!」

紬「と言うとっ!?」ワクワク

お嬢様が身を乗り出す。

……物凄く瞳を輝かせておられるな。

さわ子「私は自分の本当の気持ちに気付いたのっ!
今まではただ恋人が欲しかったってだけで、特別誰かを本気で愛してた訳じゃない。
それがわかった時、深い霧が晴れるように……自分の本心に出会えたの!」

……むう、気のせいか? Ms.山中の背に後光が……


さわ子「女の子って、良いなって!」パアァァァァァ


ふおっ! 眩しい!?

律「なんか凄い唐突な結論出しだし、そもそもそれも『特別誰か』を愛してるって訳じゃねーっ。
……でも」

澪「物凄く同感です、さわ子先生」

さわ子「ありがとう!」

と、Ms.山中は軽音部の皆と順に握手していく。

そして私の番になり……

さわ子「ザーボン先生っ」

ザーボン「はい」


パシンッ!


私達は締めのハイタッチをした。

さわ子「ふう、今日はなんて爽やかな日なのかしら」ナデナデ

梓「にゃふっ♪///」

紬「先生、お茶のおかわりどうぞ~♪」

さわ子「あら、ありがとうムギちゃん。
……でも思うんだけど、やっぱり何事も形を追い求めるだけじゃ駄目なのよね」

ザーボン(……!)

さわ子「私は結局、『恋人』と言うのをステータスと言うか、アクセサリーみたいに思ってた訳だけど……」

と彼女は紅茶を一口。

さわ子「それに気付かなかったら、男が好きだろうが女の子が好きだろうが、いつまで経っても恋人なんて……
ううん、例え恋人が出来たとしても、長続きはしなかったんでしょうね」

澪「そうかもしれないですね。
恋愛って、最初は追いかけるものじゃなくて生まれるものだと思います。
追いかけるのは、生まれたそれからで……」

さわ子「そうね。
ただ恋をしたいから誰かを追いかけるって、恋愛自体にも……相手にも失礼なのかもしれないわね」

澪「はい。
恋人が出来たら……自分はもちろん、相手も幸せになって、そういう気持ちをくれた『恋愛』そのものにも……
幸せを返したいです」

唯「おおっ、澪ちゃんが大人だ!」

紬「さわ子先生も澪ちゃんも素敵ですね、ザーボン先生♪」

ザーボン「ん?
うむ、そうだな……」

律「なんか澪ワールドも感じるが……
さすが、この中で彼女居る歴が一番長いだけあるぜ!」

澪「からかうなよ、律」

律「澪さん澪さん、例の彼女とはどれくらい進展しましたかっ!?」バッ

澪「(ムギュッ)むぃよ。
や、ふゃめろ……
──だあー、手を口に押し当てるな!
つかそりゃなんだっ」

律「ぶー。マイクだよう。
てか答えて下さいよ!
……あっ、昨日日曜だったし、昨晩の事でも思い出したんでちゅか???」

澪「う、う・る・さ・い!///」ポカリッ

律「ひゃっはー☆」

唯「ふふふふふっ。
まあ憂お家でも凄く幸せそうだし、私とムギちゃんも澪ちゃん達に負けてられないなぁ」

梓「ああ、確かに私ものろけられます。
憂の事なんで天然なんでしょうけどね」

澪「えっ、そ、そそそうなのか///」

律「澪たん超嬉しそう☆」

澪「や、やめろよからかうなよ///」

律「……なんだよぅ。
ガチ喜びかよぅ!」

さわ子「ツッコミの貰えなかったボケは寂しいものね」

梓「──私ちょっとトイレ行って来ます」

澪「ん? ああ」

紬「あらあら♪」

唯「あや? あずにゃんやけに嬉しそうだねっ」

梓「そんな事ないです。トイレ行くです」

紬「うふふ♪」

律「ははぁーん、さては澪と憂ちゃんの『らぶシーン』でも想像して、体がどうにかなっちゃったか?」

梓「ばっ、馬鹿な事言わないで下さいそんな事ある訳ないじゃないですか大体」カキカキ

律「私のおでこが!」

唯「『肉』!」

梓「プッ」タッ

律「なにすんだ中野ぉ!」テテテ

紬「まあまあまあまあ。りっちゃんも嬉しそう♪」

澪「──ザーボン先生、どうしたんですか? ボーッとして」

……はっ。

ザーボン「い、いや……
あまりに芳しい展開に、つい見惚れてしまっていたのだ」

澪「?」

ザーボン「ははは、何でもないよ。
気にしないでくれ」


澪『私も、そんな『勇気』を持てる人になりたいなあ』

さわ子『でも思うんだけど、やっぱり何事も形を追い求めるだけじゃ駄目なのよね』


私は……


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最終更新:2012年07月25日 23:18