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…………
紬「お待たせしました」
ザーボン「──お嬢様。
いや。特に待ってはいない故、気にしないでくれ」
物思いにふけっていた私は、意識を現実へと引き戻した。
ここは琴吹邸の庭。
例の、学校の廊下でお嬢様の耳打ちを受けてから数時間後。
私は夜の時間に琴吹邸へ呼び出され、ここへ通されて彼女を待っていたのだ。
ザーボン(…………)
紬「ふふ。お察しの通り、前回と同じくまた家の者が周囲におります。
気を悪くさせてしまったら申し訳ありません」
ザーボン「いや、構わないよ。
……で、話とはなんだろう」
紬「単刀直入にお聞きします。
ザーボンさん、貴方は一体何者なのですか?」
ザーボン「…………」
紬「この三十日間、琴吹グループと、それに関わる者達が貴方の身元を調べました。
でも、何も……
些細な情報一つ見付かりませんでした」
そうだろうな。私は異星人だし、あの山から飛び立つ時や町の裏通りへ降り立った時、諸々の行動はとにかくすべて慎重に行っていたのだ。
まあ、服装に関しては迂闊だったが……
ともあれ忙しい日々にすっかり忘れていたが、そもそもどうやって地球に来たか私自身がわかっていないのだ。
紬「こんな事初めて。信じられません……!
ぜひ、お聞かせ願えませんか?」
さすがのお嬢様からも多少の緊張が見える。
……当たり前か。
まあ、護衛付きにせよこうやって二人切りで話をしてくれているのを見ると、まだ信用はしてくれているみたいだが……
どう説明すれば良いのだろうな。
ザーボン「……私は異星人だ、と言って……信じて貰えるだろうか?」
紬「異星人……?
ええと、この星の方ではないと言う事でしょうか?」
ザーボン「そうだ」
紬「えっと……なんて言ったら良いか……
正直、信じられません」
だろうな。地球は宇宙を旅するどころか、宇宙船すらまともに開発されていない惑星だ。
そのような星でこんな事を言われても信じられる訳はないだろう。
ザーボン「だが、事実なのだ」
紬「ええと……」
お嬢様は私の表情や空気で、私の真意を読もうとしているみたいだ。
しかし嘘など一つも吐いてはいないので、裏などあるはずもない。
紬「……詳しく、私にもわかるように説明をして頂けますか?」
……しまった。
そう言えば以前、琴吹邸に居た時からこう言う日がくる事は予想出来ていて、この時までに対策を立てておくつもりだったな……
すっかり失念していた。
まあとりあえず頭ごなしに否定はされず話を聞いて貰えるようだし、特に策は必要無いか。
『わかった』。そう言おうとして──私は凍りつく。
ザーボン(詳しく話す……それはつまり……)
紬「……ザーボンさん、私にはそれを聞く権利があるはずです」
その通りだ。彼女は私のクライアントなのだから、当然だ。
だが……
説明をすれば、どうしてもフリーザ軍の事を話さなければならなくなる。
……私が虐殺を繰り返してきた事も。
馬鹿な。出来る訳がない。
そんな事を話したら、今の環境を失ってしまう可能性が高い。
地球人も大多数の民族と同じで、こう言った事は悪としているのだから。
ザーボン(この環境を無くしたら、私は様々な謎を解くパーセンテージの大多数を失う事になる。
衣食住はそれぐらい大切だ。
それはつまり、二度とフリーザ軍に戻る方法も……)
……いや、違う。
ザーボン(私は今を……この現実を無くしたくない)
そして罪の告白をし、皆に……お嬢様に軽蔑の表情を向けられるのが怖い。
ザーボン「私は……」
紬「……何か、話せない事情がおありとか?」
どうすればいい。一体どうすれば……
ザーボン「……お嬢様!」
紬「は、はいっ?」
ザーボン「私が異星人だと言う事を行動で示す!」
紬「?」
ザーボン「失礼!」
紬「えっ?」
私はお嬢様の両肩を掴むと、高くジャンプした。
紬「!!!」
その距離、およそ一キロ位か? 一瞬でそこまで到達すると、私はお嬢様の背に手を回して抱きかかえた。
ザーボン「お嬢様。私によく掴まり、決して離さないで頂きたい」
そのまま地平線へ向けて飛ぶ。
紬「おおおおお!」
風を切り、二人夜の空を行く。
紬「ザ、ザーボンさんっ、これは一体どうなって、どうやっているのっ!?」
お嬢様はいささか興奮気味の声を上げる。
いや、これは興奮気味と言うより……
ザーボン「私には当たり前の技だ。
──地球人には、何の道具も無しに空を飛べる者は居ないと聞いたが?」
紬「そっ、そうね! こんな事出来る人、聞いた事ないわっ!」
楽しそうだ。
紬「ねね、ザーボンさんっ。もっと早く飛べる!?」
ザーボン「うん? 出来るぞ」
紬「じゃあもっともっと速く飛んでっ!」
ザーボン「わかった」
紬「ひゃ~~~~~!!」
それから幾ばくか。合間合間でお嬢様から要望を受け、それに答えながら私達は滑空した。
紬「ああ……幸せ……
もう思い残す事はありません……」
ザーボン「待て待て」
ベンチで横になったまま昇天しそうなお嬢様を私は止める。
空中遊泳を楽しんだ私と彼女は、近所の公園に降りて来ていた。
そのまま琴吹邸に帰っても良かった……
と言うかそうすべきだと思ったが、お嬢様が喉が渇いたと言うから自販機が近くにあるここにしたのだ。
ちなみに、琴吹邸にはすでにお嬢様自身が連絡を入れてあるので、心配されたり誤解を生む事はないはずだ。
ザーボン「しかし、楽しんで貰えたみたいで良かったよ」
紬「うふふっ。最高だったわ~♪」
ザーボン「……それで、信じて貰えるだろうか?」
と、彼女は体を起こして姿勢を正した。
紬「──正直、まだ信じきれません。
ううん、異星人なんて非現実的すぎて、ピンと来ないと言うのが正しいかもしれませんね」
ザーボン「…………」
紬「でも、信じきれてなくても……
今ので、本当にそう言う事もあるのかもって思い始めました!」
ザーボン「そうか……よかった」
紬「それに私、異星人さんとお話するの夢だったの~☆」
そう言うものか? 様々な宇宙を回っていた私にはよくわからないが……
紬「……でもね、私はザーボンさんの件に関しての責任者です。
これまではどんな事も調べ上げる自信があったので、責任者の権限を行使していましたが……
こうなった以上、素性のわからない方を放ってはおけないのです」
ザーボン「確かに……そうだろうな」
フリーザ軍みたいな組織でもない限り、素性のはっきりしない者を置いておくのはリスクが大きすぎるし、
他の者の不安や不審を煽る可能性が高い。
……結局、私が出した結論は……
ザーボン「……お嬢様。私は」
唯「あいすぅ、あいすぅ♪ んふんふ♪」
私が言い掛けたその時、ベンチ横の公園の入り口から平沢嬢が入ってきた。
紬「あっ、唯ちゃんだ☆」
唯「ふぉ?
──おお、ムギちゃんだっ! すきぃーっ!」
私達の姿に気付いた彼女は、満面の笑顔で走り寄って来てお嬢様に抱き着き、キスをする。
☆しゃらんら☆
……ハッ。
唯「むちゅ」
紬「ちゅ~……
──ん。んふ。
い、いきなりダメよ、唯ちゃん。
ザーボンさんが見てる……///」
本人達がよければ良いと思うのだよ☆
……ハッ。
唯「んふ?
……おおっ、ザボちゃんいつの間にっ!?」
ザーボン「最初から居たのだが、私の事は気にしなくても良いよ」
唯「そっかあ。
じゃあムギちゃん、続き続きっ☆」
紬「も、もうっ///
……あっ。唯ちゃん、アイスが溶けかかってるわ!」
唯「!
なんとぉーっ!」
そういえば、平沢嬢は右手にアイスを持っていた。
唯「こいつぁいけねえ! ムギちゃん手伝って!」
紬「わかったわ、唯ちゃんっ!」
と、溶けかかったアイスを二人で両サイドから舐め始めた。
ペロペロペロペロペロペロ……
唯「──ふう、助かったっ。
ありがとう、ムギちゃん☆」
紬「こちらこそ、美味しかったわ~♪
でも唯ちゃん、どうしたの?」
唯「うん、あのね……
……あっ!」
突然顔を真っ青にする平沢嬢。
紬「唯ちゃん?」
唯「あ、あああああのムギちゃんにザボちゃん先生、私がアイス食べてた事は憂には内緒にしてくだせぇ……」
紬・ザーボン『?』
憂と言うのは彼女の妹だな。
幾度と話に聞いているので、それだけは知っているが……
唯「あのね、かつお節切れちゃってお使い頼まれたんだけど、ついアイス買って食べちゃったんだぁ」
紬「あらぁ……」
ザーボン「それ位、別に良いのではないか?」
唯「ううん、今日はもうアイス食べちゃってたから。
憂にアイスは一日一個って言われてるの。
うう、怒られちゃうよぅ……」
ザーボン「憂嬢はそんなに恐ろしいのか?」
唯「怖いよぅ。『めっ!』って……
ううう、なんてこったぁ」
『滅』!?
彼女の怯えようはただ事ではない。
ま、まさか私と同じ、突然変異の戦闘の天才児か?
紬「大丈夫よ唯ちゃん。言わないわ」
お嬢様が優しいほほ笑みで平沢嬢の頭を撫でた。
ザーボン「うむ、私も言わないと約束しよう」
何かと縁の深い我々だ。共有する秘密の一つや二つあっても良いだろう。
こないだ見たアニメによると、地球ではこう言うのは確か……『オトコノヤクソク』と言うのか?
……いや、自分も相手も男でないとこの言い方はしないのだったかな?
唯「わあい! 二人ともありがとう!
これで、お家帰って……
……あああああ」
一旦は眩い笑顔を浮かべた彼女だが、その表情がみるみる内に歪んだ。
紬「唯ちゃん?」
唯「憂から預かったお金で買っちゃった……
今月はおこづかいももう無いよぅ」
なんという事だ。
紬「あらまぁ」
ザーボン「──持ち合わせならある。
いくらか知らんが、それで何とかならんかな?」
唯「……ううん。気持ちはとっても嬉しいけど、そんな事しちゃいけないんだよ。
私、ちゃんと憂に謝るっ!」
紬「まあっ! 偉いわ唯ちゃんっ!」
な、なんだと!?
それほど恐ろしい存在に正面からぶつかるとは、なんたる勇気か……
唯「あ、でっ、でもね。出来れば、そのぅ……」
と、平沢嬢は物言いたげに、お嬢様を上目遣いで見つめた。
それにお嬢様はわかったとばかりに大きく頷いて、力強く言った。
紬「私、加勢するわっ! 一緒に頑張りましょう!」
唯「おおおおおっ! ムギちゃんマジ天使だぁっ!」
紬「そうと決まれば早速行きましょっ☆」
唯「うんっ! ありがとう☆」
紬「……あっ」
お嬢様が思い出したように私を見る。
視線が一瞬交わり……
そうだな。私も平沢嬢のように勇気を出さねばならないな。
だが、一言二言で終わる話でもない。
ザーボン「──お嬢様。勝手なお願いだが……
説明をするにはまとまった時間が必要なのだ。
必ず話す。必ず話すから、また後日にさせては貰えないだろうか?」
紬「……それだけ込み入った事情があるのですか」
ザーボン「ああ。
頼む、信じては……頂けませんか」
私は頭を深々と下げた。
紬「…………わかりました。あまり長く待つ事は出来ませんが、もうしばらくなら可能でしょう。
日程はこちらからまた追って連絡致します」
ザーボン「……ありがとう」
唯「???
何のお話?」
紬「うふふ、ごめんね。
何でもないわ」
唯「……あっ、そっかぁ。お仕事だね。
ご苦労だな、紬っ」
紬「ありがとうございます、あなた♪」
……そうか。どのレベルまでかは私は知らないが、平沢嬢もお嬢様の仕事の事は知っていたのだったな。
しかし今の話を聞くと、こう言う事への距離感と言うか……
尊重の仕方・分別と言うのもしっかりと完成されているのだな。
見た目とか、それだけでは決してない。こう言った所もこのカップルの美点だと私は思う。
ザーボン「──さて、では行こうか」
私は先頭に立った。
唯・紬『?』
ザーボン「もう夜も遅くなってきたし、女性二人で夜道は行かせられんよ。
どっちにしろお嬢様を送っていかねばならんし……
何より、勇気をくれた平沢嬢へのお礼だ。
この戦い、私も参戦しよう」
紬「勇気?」
唯「よくわかんないけど、ザボちゃんも一緒に来てくれるんだっ!
嬉しいなぁ☆」
ザーボン「うむ、任せておけ」
紬「うふふ。
何だか楽しいわぁ♪」
さすがお嬢様だ。これから死地に向かうというのに、何たる余裕。
唯「でもでも、ザボちゃんが先歩いて大丈夫? 私のお家の場所知ってたっけ」
……はっ。
ザーボン「…………」
私は黙って二人の隣まで戻ってきた。
唯「ようし、じゃあ出発だあ!」
紬「お~っ!」
ザーボン「うむっ」
唯「──あっ、なめたけ買ってなかった!」
それから平沢邸に行ったが、憂嬢はとても穏やかで、気の利く素晴らしい少女だったと伝えておく。
ザーボン「ううむ……」
二日後の日曜日の昼前。私は唸っていた。
昨日の朝、お嬢様から早速メール……日程の連絡があった。
今日から見て、祝日である明日の昼に琴吹邸に来て貰いたいとの事だ。
一昨日はあの後、お嬢様と一緒に平沢姉妹から食事をご馳走になり、お嬢様を送り届けてから自宅へ戻って来た。
その時は(色々あった日ではあったが)楽しく、唯嬢のおかげで湧いてきた勇気もあり、気持ち良く一日を終える事が出来たのだが……
お嬢様からのメールでふと思った事がある。
果たして、本当にすべてを話す事が正しいのだろうか?
もちろん嘘を吐く気は毛頭無い。
だが……例えば、事実とは言え全員が全員、自分の心中すべてを有りのままに話したら世界はどうなるか?
……ありえない。
嘘を吐くとか逃げるとは別の意味で、話す内容は考える必要があるのではないだろうか。
ザーボン(大体、私の経歴を事細かに話してどうする?)
お嬢様に信じて貰えないだけならまだ良い。
下手をしたら引かれる……どころか、不必要に怯えさせてしまうだけにならないか?
まだ短い期間ながらこれまで桜が丘で真面目に働いてきたし、それなりに結果を残してきた自信もある。
そしてそれはこれからも続けていくつもりだが……
すべてを話してしまったら、こんな人物を信じ、あっせんした自分自身を責めてはしまわないか? 彼女の立場が危なくならないか?
……いや、この場合組織(と言っても良いだろう)の責任者たるもの、それは自業自得になるのだろうか……?
ともあれそのような事をずっと考えていて、昨日は一睡も出来なかった。
ザーボン「……もう昼か……」
そういえば昨夜から食事を取っていなかったな……
さすがに空腹を感じる。
ザーボン(……一昨日の夕食は最高だったな……)
最終更新:2012年07月25日 23:26