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…………

あの夜。公園からスーパーへ寄り、なめたけを買った私達三人は平沢邸へとたどり着いた。

憂「お帰りなさいおねえちゃん。遅かった……
あっ。紬さんに──もしかして、ザーボン先生ですか?」

『憂』と言う少女に対して勝手に色々と想像を膨らませていた私は、玄関で出迎えてくれた彼女にやや面食らっていた。

お嬢様のような貴族のものとはやや種類が違うが、品のある穏やかで美しい少女。

ザーボン「うむ、始めまして……だったと思うが。
桜が丘女子高等学校の教諭、ザーボンだ。よろしく」

憂「うふふ、よろしくお願いします。平沢憂です。
姉がいつもお世話になっております」

と、彼女は美しい姿勢で頭を下げた。

ザーボン(……出来た妹だ)

話によると職員室に寄った時に何度か私の姿を目撃していたらしく、
また、普段中野嬢からも私の話をよくされていたと言う事だった。

それから唯嬢はアイスの件を謝ったのだが……

憂嬢はその事は『しょうがないなぁ』とあっさり許していた。

しかし。

憂「帰りが遅くなるなら、連絡しなきゃダ メッッッ! だよっ」

と、そちらで怒っ……て??? いた。

それに唯嬢は本気で怯え、泣きながらお嬢様に抱き付いていたが……

何がそんなに恐ろしかったのだろう? むしろほほえましいを絵に描いたようで和んでしまったのだが。

そう言えば、お嬢様はその様子をずっとニコニコしながら見ておられた。

ザーボン(ああ、お嬢様はこれが目的だったのか)

これほど仲の良い姉妹が争いになるはずもないし、『加勢する』というのは建前だったのだろうな。

いやはや、しかし私も良いものを見させて頂いたよ。

百合姉妹か。

ちなみにお使いを頼まれていた物は、かつお節でもなめたけでもなくてサラダ油だった。


……………………

…………

ザーボン(それから、
『わざわざ姉を送って頂いてありがとうございました。良かったらお夕飯を召し上がってはいかれませんか?』
と誘って貰ったのだったな)

私もお嬢様も悪いと思い最初は断ったのだが、唯嬢も一緒に『どうしても』と言う為、ありがたく頂く事にしたのだった。

ザーボン(料理の味は絶品だった)

以前琴吹邸で頂いた食事も特筆もののレベルだったが、あれ程の料理は食べた事が無い。

かつては最高だと信じていたフリーザ軍が誇る料理人など、もはや相手にもならん。

ザーボン(食事とは、ああも暖かい物だったのだよな)

……いかん。現実逃避をしてしまった。

ザーボン「……少し外の風に当たるか」

このまま部屋で考え込んでいても駄目だと判断し、私は軽く支度をして家から出て行った。



ザーボン「……ふむ」

私は気分転換の為、いつもとは違う町に来ていた。

ザーボン(何とか……嘘を吐かず、誰にも嫌な思いをさせずに無事すべてを解決させるよう話すには……)

いくら考えても思い付かない。やはりそこまで甘くはないのか……

……とりあえず、どこかで昼食でも取ろうか?

律「あれー、ザボちゃんじゃん!」

ザーボン「む?」

そんな中現れたのは田井中嬢だった。

律「どうしたんだ? こんな所で辛気臭い顔してさ。
ザボちゃん家ってこの近くなの?」

ザーボン「いや、そう言う訳ではないが。
ちょっと散歩だよ」

律「そっか」

ザーボン「田井中こそどうした? 一人で」

律「ああ、家こそ近所でさ。
今日家族で私だけ予定が無いから、コンビニで適当に食べる物でも買ってこようと思って」

ザーボン「なるほどな」

律「──そうだ。ザボちゃん暇……だよな。散歩してるならさ」

ザーボン「ああ、特に予定は無い」

決して暇と言う訳ではないが、それは確かだ。

律「じゃあさ、家来ない? ご馳走するぜ~」

ザーボン「む? 食事は買ってくるつもりだったのではないのか?」

律「一人分だとわざわざ作るのがメンドかっただけだよん。
行こうぜーっ!」

と、田井中嬢は私の手を取って歩き始めた。

ザーボン「ははは、強引だな」

律「イイじゃんイイじゃん~」

だが、一人で居るよりは良い気分転換になるかもしれないな。

ザーボン「──ごちそうさまでした」

律「おうっ。お粗末さんでした~」

田井中邸。早速私は、田井中嬢の手料理を振る舞われた。

ザーボン「とても見事な食事だったよ」

律「へへっ、そう言って貰えたら嬉しいぜ!
実は私、こう言うの割と得意で好きなんだよな。家事っつーの。
まあ、よく意外だって言われるんだけどな」

田井中嬢は少し照れ臭そうに笑う。

ザーボン「意外? なぜだ」

律「はははっ。
ほら、私って男っぽいからさ」

ザーボン「なんだ。そんな事は関係ないよ」

律「えっ?」

ザーボン「淑女と言う感じでないのは確かだが、それも君の個性だ。
人間は下品で無ければ良いではないか。
少なくとも、ボーイッシュな外見と言う個性・そう言う事を気にする乙女の心。
これらすべてがあって田井中律と言う女性だし、私はそんな君を美しく思うよ」

律「な、何ベタ褒めしてんだよ。
お世辞なんか嬉しくねーよ///」

ザーボン「? 紛れもない事実だと思う話をしただけだが」

律「そ、そそんなのおかしーし!///」

彼女は立ち上がると、食器をシンクへ運ぶ。

ザーボン「手伝おう」

律「良いって良いって。
二人分の食器運ぶ位、すぐ終わるからさ」

確かに、こうして話している間に終わってしまった。

律「さて、洗うのはつけ置きしてからとして……
どうだいザボちゃん、私とゲームでもするか?」

ザーボン「ゲーム?」

律「おうっ。
TVゲーム! やった事ある?」

ザーボン「いや、無いな」

そもそもTVゲームと言う物が何かもわからない。

律「そっか。じゃあちょっとやってみようぜ~」

ザーボン「わかった」

田井中嬢はテレビの前までやって来ると、何やら機械を出してセットをする。

律「ザボちゃんゲーム初心者だし、簡単なのが良いよな。
単純な操作で楽しめる、昔のゲームでもやってみっか」

と、何やら渡される。

聞けばコントローラーと言う物で、これで操作をして遊ぶらしい。

律「スイッチオンっと」

ロード時間と言うしばしの間にソフトの説明書を見ていると、テレビにゲーム画面(だろう)が現れた。

ええと、このゲームの名前は……


『ドラゴンボールZ Ultimate Battle 22』


ザーボン(どのような物かわからんが、まあやってみるか)


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最近、誰かからよく食事をご馳走になっているな。

前述の通りそのすべてが絶品だったのだが……

それは純粋な味だけではなく、『誰かと楽しく食べたから』と言うのも大きな理由の一つなのではないだろうか。

──地球に来る以前に、人とこうした食事をしたのはいつの事だったろうかな。


メガバスター!
ウォアァァ!


律「よっしゃ、勝ったぜー!
もっかいもっかい!」


……ふっ。思い返すまでもないな。

もうわかっているのだろう? ザーボン。

自分の弱さから逃げる為に無理矢理記憶を捨て、失って。私は本当に情けないな。

あの頃は、家族やジースに……

そして隣に住んでいた、大好きなあの人。

色々な人と暖かい食事をさせて貰った。


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コウカイシロ!
ギヤアァ!


律「げっ!?」

ザーボン「ふふ、コツは掴んだよ」

律「くっそ、もうかよー。ザボちゃん楽器だけでなくゲームの才能もあるでやんの!」

ザーボン「……なあ、田井中。一つ聞きたいのだが……」

律「んー?」

ザーボン「ある人にとても大切な事を話さなければならなくて。
だが、それをすべて……ありのままに話したら、その人に嫌な思いをさせてしまいそうで。
嘘は吐きたくない。
どうすれば良いと思う?」

律「? どうって……ザボちゃんはその人にその話をしたいの?」

ザーボン「……正直、したくはない」

律「 じゃあ無理に話さなくても良いんじゃね?」

ザーボン「いや……約束をしたのだ」

律「ふーん。
その話先に振ったのは?」

ザーボン「……相手、だな」

律「なら簡単だよ」

ザーボン「む?」

律「気にせず話しちゃえ」

ザーボン「そ、それは……」

律「だって、相手から話してくれって頼んできたんだろ?
だったら話せば良いじゃん。
──あ、話の内容って、その人への悪口とかそんなん?」

ザーボン「いや、違う」

律「だったらそれを話す事で多少嫌な気分にさせてしまったとしても、そりゃ相手の自己責任だよ」

ザーボン「…………」

律「あっ! ちょっと突き放したような言い方んなっちゃったな。
ごめん。
つまり、考えすぎだよ」

ザーボン「考えすぎ……?
そう、だろうか」

律「うん。
まあそりゃ、詳しい事情・内容はわかんないけどさ。
そう言う流れになったんなら、話してみりゃ良いじゃん。
もしかしたら相手の人、嫌な思いをするどころかその話で喜んでくれるかもしんないし」

ザーボン(そんな事はありえな……
……いや。こう言う決め付けこそ、考えすぎと言う事なのだろうか?)

律「逆に、そうやって一人であれこれ悩んでドツボにハマっちまってたら、より状況って悪くなったりする時もあるし……」

ザーボン「…………」

律「でも、ザボちゃんって優しいよな」

ザーボン「優しい? そんな事は無い」

律「あるよー。
人の事を思って、死にそうな顔してまで悩んでたんだろ? 超優しいって」

ザーボン「そ、そこまで酷い顔をしてしまっていたのか……」

律「ははは、まあな。
──ところでさ、ザボちゃんって日本に来て間もないんだよな。
その前に旅行か何かで日本に来た事って無いの?」

ザーボン「うむ、無いな」

律「そっか。
まあとにかく、その人との話上手くいくと良いな」

ザーボン「ああ……そうだな」

しばらく、私達は無言でゲームを楽しむ。

律「……これ、私の勘なんだけどさ」

ザーボン「うむ」

律「ザボちゃんが言うその人って、結構大人な気がするんだ。
根拠はないけどさ」

ザーボン(あの年齢の人間に、あまり大人扱いをするのも正しいとは思えないが……確かに)
「──そう、かもしれないな」

律「それなら、ある程度その人の……強さとか、器っつーの?
信じてやっても良いんじゃね?」

ザーボン「……!」

律「そりゃ何事も配慮は必要だし、明らかダメな事はやったり言ったらいけないけどさ、
気にしすぎてたら人と話なんて出来ないよ」

ザーボン「信じる……か」
(そうだな。
結局、私はお嬢様の事を信じていなかっただけかもしれん。
まだ自立こそしていないとは言え、それに向けて……もはや社会の組織に片足を踏み入れている者を。
これはもはや配慮を飛び越え、侮辱となっていたのではないか。

……いや。

もしかしたら私は、自分が話したくないだけの自身の弱い心から目を背け、結局は原因をお嬢様に求めようとしていたと言う事かもな……)

律「ははっ。
そうは言っても、私はノリで話しまくってよく澪にぶたれたりしてるんだけどな」

ザーボン(一昨日に覚悟を決めたつもりだったが……
とんでもなかったな)


ビシッ、ビビッ!


律「くー、危ねっ!
ザボちゃんホント上手くなったな!」

ザーボン「田井中、君も凄いな」

律「んー?
へへへっ、またお世辞かよ」

ザーボン「違うよ。そのような考え方が出来るとは、感服する」

律「やめてくれよ。
考えっつーか、『自分はそうやって生きてきたなー』ってのをただ言葉にしてみただけだし」

ザーボン「ならばそれを自然に行ってきたと言うのか。
なお素晴らしい」

律「もー! 照れ臭ーぇなっ!!
……大体偉そうな事言ったけど、私だってザボちゃんと似たような悩み位あるし」

ザーボン「そうなのか?」

律「うん……
実は私、好きな女の子が居てな。くそ生意気な奴なんだけどすげぇ可愛くて……
告白しようしようって思ってても、なかなか踏ん切りが付かないんだ」

ザーボン「……わかるよ。私にも、同じ事で悩んでいた時があった」

律「ザボちゃんが? 意外だな」

ザーボン「そうか?」

律「ああ。ザボちゃんみたいなイケメンなら大体の女の子はOKしそうだし、割とイケイケなのかと思ってたよ。
女の子の扱いも手慣れてる感じがするし」

ザーボン「ははは。まあ、その辺りは否定しないさ」

律「へへっ、やっぱりか。
──とにかく、さ。私だってそんななんだから、全然凄くはないよ」

ザーボン「別に、自分が出来ていないからと人に正論をアドバイスする事が駄目と言う訳ではあるまい。
ましてや、今回は人から相談されての対応なのだし」

律「……そうかな」

ザーボン「うむ。
……それに、な」

律「ん?」

ザーボン「少なくとも、私は君の言葉で大きく救われたよ」

律「……おう。こんな意見でも役に立てたんなら嬉しいよ」

ザーボン「ふふ、ありがとう」

律「へへ。
私だって、ザボちゃんの話で何か勇気が湧いたよ」

ザーボン「む?」

律「皆悩みがあるんだなって。
まして何でもこなせるザボちゃんが、恋愛でも私みたいにヘタレてた時があったんだってさ」

ザーボン「ははは、そうだな。
……お互いに頑張ろうな」

律「おう」

クラッシャーボール!
ギヤアァ!


律「んげ!
さりげに私六連敗!?」

ザーボン「フハハ! どうやら私はこのゲームを極めてしまったようだな」

律「なにおー!
仕方ねえ、私のとっておきのキャラで相手してやるぜ!」


ファイナル、フラァァッシュ!


ザーボン「──むっ!?
う、動きが違う……!」

律「へっへーん、こいつこそが真の持ちキャラって奴だぁっ!」

ザーボン「望む所!」


バシッ、ビュンッ、バシッ!


ザーボン「……田井中」

律「んー?」

正直言って彼女は勉強は出来ないし、抜けている所も多々ある。

──だが。

ザーボン「君は、やはり部長だな」


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最終更新:2012年07月25日 23:26