ザーボン「これで……すべてだ」

紬「……ええと、何て言ったら良いのか……
話の内容があまりに細かく、嘘とは思えません。
でも、正直突き抜けた話すぎて、信じても良い物かどうか……」

ザーボン「…………」

紬「ただ、ザーボンさんほど頭が良かったら、嘘を吐くにしてももっと上手い……」

ザーボン「──お嬢様。それなら地球人にはとても真似出来ない……例えば巨石でも素手で壊して見せようか。
……いや、そうだな。まずは……」

はっきり言って嫌だ。だが、ここでも逃げるのはもっと嫌だった。

……それに。

紬「ザーボンさん?」

ザーボン「私の『真の姿』をお見せする。
醜い私の、醜い姿を」

私は立ち上がり上の服を脱ぐと、力を入れた。


ボンッ!


紬「え……ええっ!?」


ガシャン!


お嬢様が変身した私の姿を見て驚愕の表情を浮かべ、手に持っていたカップを落とした。


これが、これが私の本当の姿です。

自分の弱さに負け、逃げ続けた私の醜さの象徴。

……ごめんなさい。せっかく私を生かしてくれたのに、私は貴女が喜んでくれるような事は何も出来ませんでしたね。


唯「なにもんだぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」


バタンッ!


ザーボン・紬『!?』

突如扉を勢いよく開いて中に駆け込んできたのは、唯嬢だった。

紬「ゆ、唯ちゃん? どうしてここに……」

唯「あれっ?
いや、急にムギちゃんと遊びたくなって、でもメールは返信無くて電話も繋がらなかったからダメ元で来てみたんだけど……」

紬「あっ……ごめんね、電源切ってたわ」

唯「ううん、平気だよ。
で、斎藤さんに通して貰って……
なんか中から物が壊れる音がして、ムギちゃんの悲鳴も聞こえたから悪い人でも襲って来たのかなって……
……あややっ!?」

と、唯嬢が私の方に視線をやる。

私は固まって動けないでいた。

ザーボン(な、なぜ彼女が……
!!!
み、見られた!?)

お嬢様や、監視をしているだろう琴吹の者達には仕方ないと覚悟をしていた。

逃げるのが嫌だと言うだけではなく、
ここまで本当に良くしてくれた彼女達に信じて貰えるよう精一杯の事をするのは、不可欠の誠意だと思っていたからだ。

だが……これは想定外だ。覚悟どころか予想もしていなかった。

ザーボン(ど、どうする。嫌だ、こんな姿を晒したくない!
……そ、そうか変身を解けば……)

唯「かわいい!」

ザーボン「えっ?」

そう言うと、唯嬢は満面の笑みでこちらに近づいてきた。

唯「あれ? その髪の毛……
ザボちゃんだっ!」

ザーボン「う、うむ……そうだが……」

唯「おぉ~!
とゆう事は、これがあの『変身』と言うヤツですな!」

ザーボン「ああ……
……!? なぜ君がその事を!?」

唯「えへへ……
ホントはもうちょっと早くここに着いてたんだけど、なんか入り難い空気だったから……」

立ち聞き……していたのか。

唯「あ、あの……ごめんね?」

ザーボン「いや……
ふふ、構わんよ」

何なのだろうな。やはり我々三人には不思議な縁があるみたいだ。

唯「でもでも、すっごいね!
あのイケメンさんがこんなにかわいくなるなんてっ!」

彼女は何を言っているのだろうか。

ザーボン「……正直に言ってくれて構わんよ。
醜いだろう?」

唯「??? なにが?
鼻にピーナッツ入れたくなるかわいさだよ~♪」

は、鼻にピーナッツ?

しかし確かに、唯嬢はこんなお世辞を言ったりするタイプではない。

紬「……なるほど」

お嬢様が携帯を片手に呟いた。

どうやら誰かと連絡を取っていたらしい。

ザーボン「お嬢様?」

紬「あ、すみません。ちょっと斎藤とお話を」

携帯をしまっていつもの穏やかな笑顔を浮かべると、彼女もこちらへと歩み寄ってきた。

紬「先程は失礼しました。
あまりに違う姿に変わったものですから、つい驚いてしまいました」

唯「ね、ね、凄いよねっ!
これ手品じゃないんだよねっ!?」

ザーボン「ああ、違う」

紬「そうね。
道具も使わずにここまで体型も何もかもを変えるなんて、手品では不可能だと思うわ。
……うふふ、唯ちゃんの言う通りかわいいじゃないですか♪」

ザーボン「な……お嬢様まで……!
本気なのか!?」

正直冷たい視線を向けられたり、罵倒されると思っていた。

なのに……

紬「もちろんですよ~♪
うふふ、トンちゃんとどっちがかわいいかな?」

唯「うーむ、こいつぁ難しい問題だぜっ!」

どうしてこうやっていつも通りに接してくれるのだろう?

見た目だけではない。私は悪魔の所業を繰り返して来た人間だぞ?

唯嬢だって、話を聞いていたならわかっているはずではないか。

唯「ふふふっ、でもザボちゃん凄いね!
軽音部のイケメン枠だけじゃなくて、マスコットの地位まで狙うとはっ!
こりゃ、あずにゃんやトンちゃんもうかうかしてらんないぞぉ!」

紬「うふふ、ザーボンさんはまだ軽音部の顧問じゃないし、狙ってる訳でもないと思うわ」

唯「そっかぁ」

ザーボン「あ、あの……私は……」

紬「……そう言えば、前は一緒に空を飛んで下さいましたっけ。
ここまで地球人では考えられない事を見せられたら、信じない訳にはいきませんね」

ザーボン「!
で、では……」

紬「──ただ、一つ。
貴方はその……フリーザ軍に戻りたいですか?」

ザーボン「嫌だ。もう二度とあんな所には戻りたくない。
もう誰も……殺したりしたくない……!」

紬「それだけ聞かせて頂ければ十分です」

……!

ザーボン「そ、そうだ。私は人殺しなのだぞ!?
地球では罪も償っていない者がこうしている事は許されないのではないか!?
そんな者を使えば、琴吹家……いや、貴女の名前に傷が付いてしまうのでは……」

紬「それを言ったら、訴える者も居ない・証拠も無い・ましてこの地球外での罪なんて、
世界中どこに行っても裁ける場所はありません」

ザーボン「そ……それは、そうだが……」

良いのだろうか? 本当に。

今の環境は最高で、絶対に失くしたくはないと思っていた。

だがすべてを告白した後、ここまであっさりと受け入れられるとは思っていなかった為、戸惑ってしまう。

紬「うふふ♪
それに、ザーボンさんの評価に評判、凄く良いんですよ?」

ザーボン「えっ?」

紬「能力はずば抜けていて、頑張ってもいる。生徒に対しても誠意があって丁寧。
生徒からもザーボン先生の授業はわかりやすいって人気です」

ザーボン「そ、そうなのか……」

そう言えば、桜が丘に来てからは人の評価など気にした事がなかったな。

業務を覚えたり、悪夢に悩まされたりで気にする余裕が無かったのだ。

紬「家としては、このような方を裁けない罪があるからと言って簡単には切れません。
そんな事をしたら、家にとってはもちろん、桜が丘の先生や生徒にとっても大きな損失ですもの。
それに……唯ちゃん」

唯「なあに?」

紬「もしザーボンさんが学校やめて、どこか行っちゃったらどう?」

その言葉に唯嬢は頬を膨らませ、

唯「えーっ、嫌だよぅ! 寂しいもんっ!」

紬「うふふ、そうよね。
私もだわ」

ザーボン「…………」

唯「えっと、全部聞いてた訳じゃないからよくはわからないんだけど……
ザボちゃん昔悪い事して、それで悩んでるんだよね?」

ザーボン「……そうだ」

唯「でも、私とムギちゃんはザボちゃんに助けて貰ったし……
そうだっ!
これからはさらにもっともっと頑張って、逆に人をいっぱいいーっぱい幸せにしてみたらどうでしょうかっ!」

ザーボン「!」

その発想は……無かった。

紬「まあっ、それは良い考えね!
唯ちゃん凄いわっ♪」ナデナデ

唯「えへへ~///」

ザーボン「それで……良いのか?
それで……私は……」

紬「良いのですよ。
少なくとも、私と唯ちゃん……
それに、家や学校の皆だってザーボンさんを必要としているんですもの。
それで十分じゃないですか」

唯「そそそ。そうだよ~」

私を必要としている……

これは、まがりなりにも大幹部を務めていた、フリーザ軍でもそう思われていたと言っても決して思い上がりではないだろう。

だが……

あそこで必要とされるのと、ここで……お嬢様や唯嬢からそう言われるのとでは充実感がまったく違った。

唯「それにね」

唯嬢が私の手を取った。

唯「──へへへ、あったかぃ♪
こんなあったかいお手々の人が、悪い人な訳ないもん♪」


にこっ。


ザーボン「!」

私は……

紬「……まあ、本当ね。あったかいわぁ♪」

お嬢様も私の手を取り、ほほ笑む。


私は、完全に射抜かれた。

彼女達の心に。

二人は共に穏やかで無邪気で、どこか似ている。

しかし種類としては別の物で、決して同じではない。

その、別物の……しかしそっくりである優しくも穏やかな美しい心が、私を包み込んでいった。

……それはとても嬉しくて。

紬・唯『ぷにぷに~♪』

ザーボン「……ふふ、もっと早く君達みたいな人と出会えていたら……」

違う。

それは贅沢すぎるな。

ザーボン「……いや、君達と出会えて本当に良かったよ。
本当……に……」

紬「?」

唯「ザボちゃん?」

ザーボン「ありが……とう」

──溢れる涙は、しばらく止まりそうになかった。


……………………………………………………

ザーボン「……見苦しい姿を見せてしまい、すまなかった」

紬「まあまあまあまあ、そんな事気にしないで良いのですよ」

唯「そうだよ~」

あれから大分経ち、ようやく涙が止まった。

ちなみにもう変身は解き、服は着直して整えている。

紬「はい、どうぞ♪」

お嬢様が紅茶を入れ直してくれた。

唯「わーい、ありがとうっ!」

ザーボン「ありがとう」

しかし、涙を流したのなどいつ以来だろうか。それも人前で……

さらに変身後の姿のままでとなると、人生で初めてだ。

……むう、さすがに気恥ずかしい。

唯「うふふ、お菓子もおいしいぃ☆」

紬「いっぱい食べてね~♪」

唯「うんっ!」

ザーボン「……しかし、縁と言うのは本当に不思議な物だな」

唯「もふ?」

紬「?」

ザーボン「私は過去の事は完全に忘れていたのだ。
頭から消え……いや、自分で消し去っていたのだから」

だが、地球に来て……ではないな。

ザーボン「……お嬢様。貴女に出会うまで」

紬「私ですか?」

ザーボン「ああ。
『あの人』は……君とそっくりだったのだ。
顔も声も、何もかも」

紬「まあ……!」

唯「もふーっ!?」

ザーボン「だから、なのだろうな。
あの時お嬢様の顔を一目見た瞬間に……すべての記憶が蘇ったのだよ」

紬「それは……確かに不思議な話ですね」

ザーボン「うむ。偶然にしても出来過ぎな話だ。
まるで誰かに仕組まれたと勘繰ってしまう程だよ」

ははは、と私は笑う。

ザーボン「まして、私は確かに殺されたはずなのだ」

紬「そう言えば……仰ってましたね」

ザーボン「うむ。
その事を考えたら、今のこの時間は夢なのではないかと思ってしまう時がある」

紬「うふふ、気のせいですよ。
その……殺されたって言うのもきっと何かの間違いだと思います」

ザーボン「そう……なのかもしれないな」

この星に来てからがあまりに充実しすぎていて、その辺りの記憶に関しては曖昧になってきている。

……いや、そんな事はどうでも良いか。

私は今、彼女達と同じ時をこの地球で過ごしている。

もはやこの現実だけで十分だ。

そう言えば、なぜ、どうやって私がこの星に来たのかは結局わからずじまいだったが……

謎は謎のまま。それも良いだろう。

今の私には、そんな事よりも現在と未来の方が大切なのだから。

唯「つかザボちゃん先生っ!」

ザーボン「む?」

唯「その、ムギちゃんに似てる人ってザボちゃんが好きな人ですよねっ!」

ザーボン「ああ、そうだ。
そしてその気持ちは今も変わってはいない」

私が一人の女性として愛し、人間としても憧れ続けたあの人。

これからは何があっても貴女を忘れない。逃げない。

唯「て事はっ、ザボちゃんはムギちゃんにホレる可能性もあると言う事ですかっ」

紬「あらあら」

む?

ザーボン「それは……考えてもみなかったな。
そうだな……ふむ」

確かに、血縁関係など無論あるはずも無いが、お嬢様はあの人の生き写しと言っても良いレベル。

周りを癒す穏やかな雰囲気、気品。その魂の美しさもすべてがそっくりだ。

だが、そう。あくまで『そっくり』なのだ。

ザーボン「いや、それは無いよ。
最初会った時にも言っただろうか? 横恋慕になど興味は無いし……
何より、私が想うのはあの人であって、あの人によく似た誰かではないのだ。
だから心配しないでくれ」

胸を張って言える。私は永遠に『貴女』を想い続ける。

唯「そっかぁ。
……はっ。でもと言う事はムギちゃんにホレないと!?
こんなにかわいくて最高なムギちゃんを好きにならないとはなんて無礼なんざんしょっ!」クンクン

言って唯嬢がお嬢様のうなじに顔を埋めた。

紬「も、もう唯ちゃんたら///」

ザーボン「え、ええと。では私はどうすれば……???」

唯「ほぇ?
……どうしよう?」

ザーボン「ふっ……ふふふ、なんだそれは。
ふふふ、はははっ」

唯「えへへっ☆」

紬「うふふ♪」

幸せな香り漂う部屋で、私達は笑い合った。


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最終更新:2012年07月25日 23:36