……………………

…………

ザーボン「……これは……どうした事だ?」

気が付いたら、私は見知らぬ場所に立っていた。

ザーボン(まるで宮殿の中のような、広くて豪奢な場所……
城か?)

???「どうも~。貴方はさっき亡くなられた方ですね」

ザーボン「──!?
なんだ貴様は。ここは一体どこだ?」

???「私は死者の案内人。
とりあえずこちらへどうぞ~」

ザーボン(ふざけた奴だ。消してやる。
……いや、待て。
それは、こいつが私をどこに案内するつもりなのかを確認してからでも良いか)

案内人「ちゃんとついて来て下さいね~」テクテク

ザーボン「…………」スタスタ

……………………

ザーボン(──む? さらに開けた場所に出たな。
……! 何だ? あの巨漢の男は……)

案内人「閻魔大王様、新たな死者を連れて参りました」

閻魔「ご苦労。お主は下がってくれ」

案内人「はい。では失礼します」テクテク

ザーボン「……ここは何だ? そして貴様は誰だ」

閻魔「お主は……ザーボンだな。
なるほど、かなり沢山の罪を犯しているものだ。
この閻魔帳をここまで埋めるとはな」パラパラ

ザーボン「質問に答えろ!」

閻魔「ここは死後の世界だ。
そなたは死んだ為、ここに来た」

ザーボン「何だと?」

閻魔「記憶があろう?」

ザーボン(……確かに、私にはベジータに殺された記憶がある)
「……ちっ」

閻魔「どうやら納得したようだな」

ザーボン「ああ。納得はした。間違いなく私は殺されたよ。
それで? 私はこれからどうなる?」

閻魔「そなたは罪を重ねすぎた。深い深い地獄に落ち、その汚れた魂が清められる」

ザーボン「ほう」

閻魔「だが、宇宙レベルで見たら最悪、と言う程ではない。
安心するがよい。魂が清められた後は、新しい生命体として再び転生出来るであろう。
本当に最悪の大罪人は、永遠に浄化の苦しみを味わい、二度と転生が出来ないのだからな」

ザーボン「……その地獄とやらに自由はあるのか?」

閻魔「無い。
最悪ではないと言っても、そなたの罪は決して軽くはない。
終わりは来るとは言え、永遠とも思える期間苦しみを負う事になるだろう」

ザーボン「ふん……話はわかった。
だが、この私がはいわかりましたと簡単に首を縦に振ると思うか?」


バッ!


ザーボン(必殺技の一つ、スーパーエネルギー波。
一瞬で消滅させてやるよ)


……………………


ザーボン「……?」
(な、なぜだ。なぜ何も出ない?)

閻魔「無駄だ。今のお主は私には抗えぬ。
死人は、この死者の世界では無駄な暴力は働けぬよ」

ザーボン「何だと……!? どう言う意味だ!?」

閻魔「言葉通りの意味だ」


ザーボン「……ならば!」バッ!


ガッ、ガッ、ガガガガガガッッ!!


閻魔「ふふふ」

ザーボン「馬鹿な……
ま、まったく効いていないのか……?」

閻魔「──むん!」


ブンッ!


ザーボン「!」


ドッ!


ザーボン「ぐっ……」
(け、券圧でのただの衝撃波か?
吹き飛ばされて床に叩きつけられただけだ。ダメージなど無い……
が……)

閻魔「──構えを解いた、か。
わかったようだな。無駄だと。
そなたが生前どれだけ強かったのだろうと、今は無関係だ」

ザーボン(……そのようだな。
ならばどうする? 他に手は無いのか……?)

閻魔「では、早速そなたが行く地獄へ案内させよう……
と、普通なら言うところだが」

ザーボン「むっ?」

閻魔「どうやら、そなたには善性……清き心が隠されているようだな」

ザーボン「清き心……だと?」

閻魔「そうだ。
悪に染まりきった清き心などではなく、純然なる善性そのものがな。
そのような者には、少しだけチャンスを与える事にしている」

ザーボン(こいつは何を言っているのだ。
このザーボン様の心が清い……?)

閻魔「仮にではあるが肉体を貸し与え、そなたが一番更生出来そうな次元の銀河の……地球と言う星に送る」

ザーボン「……それでどうなると言うのだ?」

閻魔「その場所でのそなたの行動によって、魂がどんどん清められるだろう。
それは過去の償いにもなり、罪が軽減される事となる」

ザーボン「ふっ、笑わせるな。大罪人のザーボン様だぞ?
その地球とやらでも、私はまた罪を犯すぞ」

閻魔「それは無いと断言しよう。
そういう者だからこそチャンスを与えるのだ。
私は罪人を裁く為だけに罪人を地獄に落とす訳ではないのでな。
拾える者は、なるべく拾い上げてやりたい」

ザーボン「ふん……」
(あまりにも良い話だが……何か裏があるのか?
だが、このまま即地獄へ行くよりは良いのだろうか……?)

閻魔「ただ、この件に関しての記憶は一時的に失って貰うがな」

ザーボン「なに?」

閻魔「その方が魂の『本音』が出るのだよ」

ザーボン(……余計な前提は覚えていない方が都合が良いと言う事か)

閻魔「まあ、死んだ時に身につけていた服位はサービスしよう。
そなたに相応しい星は、裸では都合が悪すぎるからな。
とは言っても、断る事も自由だがどうする?
もちろんその場合は即地獄に行って貰う事になるが」

ザーボン「……それに答える前に一つ質問したい」

閻魔「何だ?」

ザーボン「もし事故ででも私が何か……町を破壊したり誰かを殺したりしたらどうなる?
罪が増えたりするのか?」

閻魔「悪意を持って行ったなら、な。
だが先程も言ったが、そんな恐れがある者にはこのようなチャンスは与えぬ。
我々にはこう言った事で抜かりはない。
ちなみに、万が一そのような事があっても、そなたがこの死者の世界に戻ってくる時にはすべて元に戻っている」

ザーボン「と言うと?」

閻魔「そなたが行くのは、そなたの生きた世界とはまったく別の次元だ。
そこではそなたはイレギュラーと言う訳だが……
だからこそ、その次元にとってのイレギュラーである存在が去る時、その次元の理がすべて元に戻る」

ザーボン「……つまり、イレギュラーが居なかった場合の状態へと再構築される、と?」

閻魔「そうだ。そなたが居なかった場合の『現在』へとな。
その時はもちろん、関わった者達のそなたに関する記憶は無くなる。
当然、絆を結んだ者が居たとしたらそれもすべて」

ザーボン(くだらんな。『絆』だと?)
「……随分と都合が良いものだな」

閻魔「そのように組み立てているのだ」

ザーボン「ふん……
まあとにかく、私が気にするような事は何も無いと言う事か」

閻魔「そうだ」

ザーボン(……ここで意地を張り、地獄とやらに行ってそのまま終わってしまうより、
この話に乗って時間を得、何かしら手段を講じるのが上策か。
しかし、これに関しての記憶を失ってしまうのでは……)

閻魔「ちなみに、この件でそなたが動けるのは……
五ヶ月と言ったところか。
これほど罪深い者が、これだけ長い期間の猶予を与えられるのは前例が無いかもしれんな。
それだけ期待が持てると言う事だが」

ザーボン(五ヶ月か。それだけあれば、何かの拍子で記憶が復活する可能性もあるか?
ともあれ、ここで私が取るべき最善の行動は……)

……………………

ザーボン「──わかった。その話、受けようではないか」

閻魔「うむ」

ザーボン(受けて……利用させて貰う)


こうして私は地球へと送られた。

そして……


……………………

…………

ザーボン「あ……ああ……」

風が止んだ。

後には恐ろしいまでの静寂。

ザーボン「ば、馬鹿な……!
ありえないっ!」

それを壊すように両膝を突き頭を抱えるが、現実が変わる訳もなかった。

ザーボン「閻魔、聞いているのか!?
私は、私はこの世界から消えなければならないのか!?
なぜ……
い、いや、それだけならともかく、どうして残された時間などを伝えた!?
せめて黙ったまま、何も知らないまま終わらせてくれれば……!」



『これも、償いの一つだ』


ザーボン「!!!」

再び響いた野太い声に、私は言葉を失った。


『そなたは生前、他人の大切な人や物を奪い続けてきた。
それを失う苦しみと、その時が近付いて来る恐怖にこの一週間……
苦しむがよい』


……もうこれ以上、閻魔の声は聞こえてこなかった。


あと一週間。

あとたった一週間で私は死後の世界に戻らねばならない。

失うのだ。

お嬢様、唯、軽音部の皆、桜が丘の先輩教諭達や教え子達……

そう。かつて閻魔が言っていた、そして私が内心馬鹿にしていた『絆』をすべて。

それは、以前私が逃げて心にしまいこんでいた、故郷の星での出来事を思い出した時よりもよほど……

恐ろしかった。


────────────────

教諭「おや? ザーボン先生、ここ間違っていませんか?」

ザーボン「えっ?
……あ、申し訳ありません」

教諭「ははは、初歩的なミスですよ。
しっかりして下さいよ」カタヲ、ポン

ザーボン「ふふっ! すみません。
失礼致しました!」

さわ子「……?」


……………………

…………

ザーボン「ええと、それでここは……(カキカキ)
おや?」

姫子「センセ、どうしたの?」

ザーボン「いや、ええと……
すまない、答えをド忘れしてしまった」

信代「あはは、ザーボン先生にもそんな事あるんだね!」

ザーボン「いやあ、すまんっ!
では──そうだな。代わりに若王子、解いてみてはくれないか?」

いちご「……良いですけど」

ザーボン「感謝するっ!」

唯・紬・澪・律『……?』


────────────────

とある日、放課後の職員室。

ザーボン「ふう……」

椅子に座り、私は大きく息を吐く。

ザーボン(くそ……!)

ここ数日、つまらないミスの連続。私は絶不調だった。

おかげでかなり苛立ちが募っている。

もちろん、それは表に出さないようにしているつもりだが……

ザーボン(あの時ですらこんな事はなかったのだが、な)

何ヶ月か前の自分の過去との戦い。

あれは周りの助けがあったからこそ乗り越えられたとは言え、まだ立ち向かいようがあった。

だが今回はどうする事も出来ない。

戦うにしてもどうやって?

ザーボン(……閻魔だの何だの、すべて夢なのではないか?
タイムリミットが来ても特に何も起こらないのだ)

ありえない。

なにせ、私は間違いなく死後の世界に行き、閻魔と話して自分で決めたのだ。

この星……地球に行くと。

この記憶・実感が夢だなどある訳がない。

ザーボン(……それを言ったら、地球でのこの日々こそ夢──と言った方が正しいのかもしれないな)

なにせ、閻魔の計らいが無ければ私は地獄へと直行していたのだ。

それを考慮すると、この夢の日々を過ごさせて貰っただけでもありがたいのだろうが……

今の私には、とてもそのように割り切って考える余裕は無かった。

律「おう、ザボちゃん!」

ザーボン「……む?」

声のした方を見ると、いつもの軽音部の面々が立っていた。

ザーボン「どうした? 皆揃って」

この時期、普段はマイペースな彼女達も、さすがに学園祭へ向けて準備なり練習なりをしているはずだが……

澪「あの、お話がありまして」

梓「よろしければ、明後日私たちの演奏をチェックして頂けませんか?」

ザーボン「明後日?」

そう言えば、明後日は学園祭前最後の休日だ。

……そして。


ザーボン「なぜ私なのだ?」

律「いやな、さわちゃんに見て貰おうかと思ったんだけど、『忙しくて無理だからザーボン先生に頼んでみて』って言われてさ」

紬「部室の使用許可は頂きました~」

律「だからどうかな?
今回私達新曲を二つ作ったんだけど、やっぱり本番前に人の意見を聞きたいなって」

澪「私達の演奏が、ちゃんとその曲を表現出来ているか意見を聞かけて頂けませんか?」

唯「どっちも元気の出る良い曲なんだよ~」

口々に言いながらも、彼女たちは相手……私を思いやるような、慈しむような優しい笑顔を浮かべている。

……ああ、そうか。

もちろん練習と言うのもあるのだろうが、何の事はない。

彼女達は私を心配して、元気付けようとしてくれているのだ。

恐らく、Ms.山中も。

参ったな。そう言った感情は表に出さないようにしていたつもりだったが、彼女達にはお見通しだったみたいだ。

ザーボン「わかった、明後日だな。
私で良ければ力になろう」

梓「わっ! ありがとうございます!」

唯「ようし、頑張るぞっ!」

ザーボン(そうだ。考えても仕方のない事に囚われていても無意味。
まずは目の前の事に集中するべきだ。
こう言う時は下手に結果を求めるより、ミスをしない事を重視して精一杯頑張ろう。
そうすれば何事も……せめて無難程度にはこなせるさ。
私は二度と人に迷惑や心配などかけないと誓ったのだからな。
例え……)


例え、私のタイムリミットが明後日だとしても。


14
最終更新:2012年07月25日 23:47