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二日後、運命の日。
彼女達の演奏を聴く約束をしているのは昼過ぎで、今は朝。
私は電話で、『もしご都合がよろしければ……』と、この時間にお嬢様と唯から町へ呼び出しを受けていた。
ザーボン「……懐かしいものだな」
ここはそう、すべての始まりの場所。
この町のこの場所。私は五ヶ月前、ムギお嬢様と唯に出会った。
ザーボン(何だかんだで、ここにはあれ以来来ていなかったな)
唯「ザボちゃんっ!」
紬「おはようございます~♪」
ザーボン「ああ、おはよう」
ぼんやりと思いにふけっていると、二人がやって来た。
手を繋ぎながら歩いて来るのはさすがと言ったところ。
余談だが、家族や友達と手を繋いで歩くのと、恋人達が手を繋いで歩くのではまったく違うものだな。
取り立ててじゃれ合っている訳でなくとも、なんと言うか……雰囲気が違う。
これは、いわゆる『恋人繋ぎ』と呼ばれる繋ぎ方をしていなくてもだ。
今日ここで二人を待っている間も、間違いなく百合ップルを二組ほど見た。
少しだが、元気が出た。
──そうだ。これで良いのだよ、ザーボン。
ザーボン「さて……
確か、『部室に行く前に学園祭で必要な物を買い出したいから、荷物を持って』……
との事だったかな?」
唯「あっごめんね。それ嘘なんだ」
紬「はい……実はそうなんです」
やはりか。
唯「ザボちゃん最近調子悪そうだったから、元気付けてあげたくて……
ごめんね」
二人して謝ってくるが、当然気を悪くするなどありえない話だ。
しかし、彼女達の善意・気持ちを尊重して、私が気付いていた事は黙っておく。
ザーボン「そうだったのか……
いや、こちらこそ気を使わせてしまっていたとはすまなかった」
感謝を込め、私は言った。
ザーボン「ところで、ならばこんな早くに……
しかも学校とはまったく接点の無いここへ呼び出した事にも何か理由があったのかな?」
そう、これはわからなかった。
唯「あのね、ザボちゃんにはすっごくお世話になってるし、
演奏だけじゃなくて、一緒に遊んでちょっとだけでも楽しい気持ちになってくれたらなって思って」
紬「それを正直に言ったら、『そうまでして貰うのは悪いよ』と断られると思ったんです。
押し付けみたいになってしまってすみません」
さすがに私の性格をよくわかっている。その通りだ。
ただ、今の状況だと、自分の気持ちを偽ってそんな建前を言う余裕があったか……自分ではわからないが。
ザーボン「なに、電話で私の都合や気持ちを尊重してくれていたし、押し付けと言うものではない。
それに正直……私も皆と過ごしたいと思っていた」
少なくとも、今日だけは。
唯「そっかぁ、良かったっ☆」
紬「うふふ♪」
ザーボン「──さて、ではどうするのだ? どこかにでも連れて行ってくれるのかな?」
女性にエスコートをされると言うのも何か変な感じだが、今回に関してはそれも良い。
唯「おおっ! そうそう!」
紬「まずは、『エンジェルモート』~♪」
ザーボン「それは……懐かしいな」
唯「こないだムギちゃんと行ったら、詩音ちゃんがザボちゃんにまた会いたいって言っててね。
丁度良いからまた三人で行こうっ!」
ザーボン「うむ、そうだな。
園崎嬢……だったな。彼女は元気かな?」
紬「すっごく元気ですよ~♪」
こうして私達は歩き出した。
……………………
…………
それから私達はまずエンジェルモートに行き、次に楽器店へ。
服も見た。
まったく……楽しい時を過ごすと、時間が経つのなどあっという間だな。
……………………
…………
紬「あらぁ、もうこんな時間ね。
そろそろ学校に行かないと」
服のショップから出て、お嬢様が呟いた。
ザーボン「む……」
唯「そっかぁ、残念だあ」
紬「うふふ。
まあ学校で演奏して、ザーボンさんに元気になって貰うのが元々の目的だし」
唯「そうだったー」テヘペロ
……あとどれ位、私はこの地に居られるのだろうか。
スタスタ。
紬「……ザーボンさん?」ピタッ
せめて彼女達の演奏だけは聴きたい。
スタスタ。
唯「ザボちゃん?」ピタッ
それまでは消えたくない。
紬・唯『…………』
……………………
紬・唯『ザボちゃん♪』トントンッ
はっ。
ザーボン「うむ」
後ろから肩を叩かれつつ名前を呼ばれ、私は振り向──
むにっ。
ザーボン「む……?」
いたら、頬に何か当たった。
紬・唯『やったーっ!』
これは……ムギお嬢様と唯の指か?
どうやら二人が手を取り合って私に悪戯をしたようだ。
唯「勝利の人差し指っ!」
紬「指~♪」
ザーボン「ははは、やられたな」
唯「でも朝だけとは言っても、皆が来れなくて残念だなぁ」
紬「うん……
でも仕方ないわ。今日はクラスの出し物の準備や練習とかもあるし、さすがに軽音部全員抜けちゃうのはね」
そうだったのか……!? それは知らなかった。
ザーボン「何か本当に……すまなかったな。
わざわざ私の為に……」
唯「良いんだよ~♪」
紬「それに、クラスの皆も快く賛成してくれたんですよ」
ザーボン「む?」
唯「ザボちゃんが元気なさそうだから元気付けてあげたいって言ったらね、
皆『今日ぐらいは良いから行け行けっ』って言ってくれたんだよ~」
……………………
…………
エリ「あー。確かに最近のザーボン先生、超空回りしてる感じだよね」
アカネ「うん」
風子「疲れてるのかもね」
春子「そう言う事なら行ってきなよ!」
信代「うん! 一日位大丈夫っしょ!」
慶子「そうそうっ」
……………………
…………
唯「って♪」
そ、そうなのか……
紬「前にも話しましたっけ。
ザーボンさんね、皆から好かれてるんですよ?」
唯「姫ちゃんとかも『気になってた』って言ってたし」
紬「ちゃんと頑張ってきたからこその結果ですね♪」
む……う、嬉しいがもの凄くくすぐったいな。
唯「あれっ、ザボちゃん照れとりますですか?」
ザーボン「あ、ありえんよそんな事///」プイッ
紬「うふふ♪
でも、さすがに皆が良いって言ってくれても、軽音部全員が抜けるのは悪かったのでそこまでは遠慮したんですが、
りっちゃんや澪ちゃん、それに梓ちゃんだって『本当は行きたかった』って言ってましたから……」
唯「学園祭が終わったら、また皆で遊びに行こっ。
打ち上げっ!」
また皆で、か……
ザーボン「ああ、そうだな。
打ち上げ……行きたいな」
唯「やった!」
紬「うふふ♪ これでザーボンさんが軽音部の顧問になってくれたら完璧ですねっ」
唯「そうそうっ。
私たちもだけど、さわちゃんだってそう言ってるし」
確かにMs.山中にも、
さわ子『このままだと来年──少なくとも最初の内は梓ちゃん一人きりになりそうですし、
その時は出来る限り顔を見せて側に居てあげたいんですが……
やっぱり他の仕事がある以上、常にとはいきませんからね。
演奏の技術指導の面を考えても、ザーボン先生との顧問二人体制が出来たら梓ちゃんの件も含めて軽音部を色々とフォローし易くなるんですが』
などと言われた事がある。
前述の通り、これまではまだそこまでの責任を負う自信が無かった為に断り続けて来たのだが……
ザーボン「……うむ、そうだな。
前向きに考えさせて貰おう」
唯「おおっ!?」
紬「まあっ!」
ザーボン「とは言っても、早くとも学園祭が終わってからになるだろうがな。
……まあ、その時は色々と落ち着いて私に余裕が出来るだろうし、タイミングが良いからだが……
本来はこの忙しい学園祭で力になるべきだったのだよな。すまない」
紬「ううん、そんな事ないですっ」
唯「あずにゃん、何も言わないけどきっと不安だと思うから……
絶対喜んでくれるよっ」
紬「結局、私たち梓ちゃんに何もしてあげられなかったものね。
その事だって、私たちがちゃんと新入部員の子を集めていたら大丈夫だったんだし……」
ザーボン「それでも、君達が先輩だからこそ彼女もここまで続けてこられたのだろうな」
近い将来一人切りになるかもしれないと予想出来る場所に、わざわざ残る理由はそれだろう。
音楽関係の部活は軽音部だけではないのだから。
ザーボン「ふふっ。しかし……
ムギお嬢様や唯、それに律と澪の梓への可愛がり方を見ていると、まるで天使を愛でているようだ」
唯「天使かあ」
紬「うふふ、そうかもしれませんね」
唯「……あっ! じゃあじゃあさっきの打ち上げの事も含めて、指切りしようっ!」フンス
紬「おおっ!
そうしましょ~♪」フンス
ザーボン「指切り?」
唯「ムギちゃんはそっちね☆
ザボちゃん、両手とも小指出してっ」
ザーボン「わかった」
言われるがまま、私は両手の小指を二人へと差し出した。
すると唯が左手小指、ムギお嬢様が右手小指をそれぞれ私の小指と絡ませ、
唯・紬『ゆーびきーりげーんまん、うーそつーいたらはーりせーんぼんのーます、ゆーびきった!』
と歌い、その指を離した。
ザーボン「?」
唯「えへへっ。
これでただの約束が、大きな大きな約束になったんだよ!
守らなかったら針千本飲まないといけないの!」
──そうか。これはまじないみたいな物か。
私は彼女達には嘘を吐きたくないと常々思っていた。
だが、今は考えが少々違う。
閻魔の話によると、私が消えたらこの地球は私が居なかった場合の世界へと修正されるらしい。
そう。私を知る者達の記憶も。
それを思い出した今、優先すべき事は決まっている。
ザーボン「なるほどな。
うむ、了解した」
そう答える事で相手が喜んでくれるのならば、自分の信念などいらない。
大体、大切な人達の笑顔の為の嘘の代償が、針千本を飲む程度なら安い物ではないか。
ザーボン「……と、いかん。話に夢中になりすぎたな」
もちろん会話をしながらも歩いてはいたのだが、のんびりしすぎたかもしれない。
紬「そうですね。ちょっと足を早めましょうか」
まあいざとなれば私が二人を抱えて飛んで行けば良いのだから、そう焦る必要も無いのだが。
????「見付けたぜ!」
ザーボン「!?」
ギュンッ!
背後から声が聞こえ、私達を猛スピードの何かが追い抜いて行ったかと思えば、その何かが我々の三メートルほど前に着地した。
ば……馬鹿な、今の声は。それにあの容姿は……!
????「覚えのある気だと思っていたが、やっぱり貴様だったか。
ザーボンさんよ!」
ザーボン「ベジータ!」
ありえない……なぜ奴がここに!?
唯「ザボちゃんどうしたの? あの人知り合い?」
ザーボン「ああ……知り合いだよ。
以前話した、かつて私を殺した奴だ」
唯「えっ?」
紬「そう言えば……
確かにその人の名前、ベジータって言ってたような……」
唯「ベジータ……」
紬「それにあの人の格好、最初に会った時のザーボンさんと似てる……」
ザーボン「貴様、なぜこんな所に居る!?」
ベジータ「それはこっちのセリフだぜ。
ここは一体何だ? そして死んだはずの貴様がなぜ生きていやがる!?」
……待てよ。まさかこいつも……?
ザーボン「──ベジータ。
貴様まさか、誰かに殺されやしなかったか?」
ベジータ「!?」
ベジータの表情が変わった。
やはり……
奴も私と同じだと言う事か。
そして一週間前までの私と同じようにまだその時では無いのか、はたまた奴に関しては閻魔にそのつもりが無いのか。
ベジータはすべての記憶を取り戻してはいないようだ。
ベジータ「やはり貴様、何か知っていやがるな?」
ザーボン「…………」
ベジータ「なら答えて貰おうか!」
どうする? すべてを話して良いものか。
……いや、ベジータの性格を考えれば、どんな行動を取ろうと恐らく先の展開は変わらない。
喋れば用済み。喋らなければ『なら死ね!』と、私を再び殺そうと襲ってくるだろう。確実に。
しかし出来れば戦闘はしたくない。
……話し合いで解決出来ないか、一応は試して──
唯「ちょっと! さっきから何だぁ!」
ザーボン「!?」
紬「そうですっ!」
唯とムギお嬢様が怒りの声を上げながら前へと出て行く。
ベジータ「ほう?」
ザーボン「や、やめろ二人共、下がるんだ!」
慌てて二人を後ろへ下げようとするが、唯もムギお嬢様も身をよじって抵抗した。
唯「だってっ! あの人ザボちゃんを……殺した人なんでしょ!?」
紬「もう二度とそんな事はさせませんっ!」
こ、この二人は……本当に……
ベジータ「はっはっは! 何だ、ザーボン様ともあろう者が女に盾になって貰っているのか!?」
ザーボン「黙れ! そのような事はない!」
私は彼女達を後ろに下がらせる事を諦め、自分が二人の前に出た。
紬「ザーボンさんっ!」
ザーボン「──二人共、逃げろ」
唯「えっ!?」
ザーボン「ベジータは話が通じる相手ではない。
必ず戦闘になる。
巻き込まれたら無事ではすまないし、君達を守りながら戦える相手でもないのだ」
紬「でも……」
ベジータ「何をゴチャゴチャ言ってやがる!」
グワッ!
ザーボン「!」
唯・紬『!!?』
最終更新:2012年07月25日 23:49