なんと言う殺気だ……!

背後の気配だけで、ムギお嬢様と唯の体がわずかに震えているのがわかる。

当然だ。私が前に居るとは言え、ここまで本物で、かつ本気の殺気を受けたのだから。

正直、私もまったく怖くないと言えば嘘になる。

ザーボン(半年近く、このような物から離れていたからな……)

だがそれで怯むわけにもいかない。

ザーボン「わかっただろう?
あいつは……
いや、はっきり言おう。君達は邪魔だ。
頼むから先に逃げてくれ」

唯「……ザボちゃん」

紬「……わかりました。確かにその通りみたいですね……」

唯「うん……
で、でもザボちゃん、怪我しないよね? 無事で居てね?」

無理だろうな。

ザーボン「うむ。もちろんだ」

私が笑顔でそう言うと、二人は心配そうながらもベジータの居る方向とは逆に走り出した。

ベジータ「ん?」

ベジータが彼女達の方に視線を向けたが、

ザーボン「待て! 貴様が用があるのは私だろう!」

すぐさま意識をこちらへと戻させる。

ベジータ「ああ、そうだな。
さて。じゃあ知っている事すべてを話して貰おうか」

ザーボン「……その前に聞かせろ。
私が持っている情報をお前に話して……その後はどうする?」

ベジータ「決まっているだろう?」

奴が浮かべる邪悪な笑み。


ザーボン「もしこの星から脱出するにしても、何をするにしても。
例えば、私との協力が必要ならどうする?
それでも私と戦うと言うのか?」

ベジータ「当たり前だ。
どんな理由にせよ、貴様がここに居ると言う事はフリーザ軍が関わっていやがるんだろう?
なら貴様をブッ殺しても宇宙船を見付ければ何も問題無いぜ」

ザーボン「……フリーザ軍など無関係だ」

ベジータ「フリーザの側近が抜かしやがるな」

ザーボン「嘘ではない。
それに、この星にはお前が求めるレベルの宇宙船など無いのだ」

ベジータ「貴様が居るのにまともな宇宙船一つ無いだと?」

ザーボン「先程言った事に合わせて、この星はそれほど高度な文明を持っている訳ではないのだ。
だから、お前の満足出来る性能の宇宙船など存在するはずも──」


ドウッ!


ザーボン「!」


唐突に放ったベジータのエネルギー弾が、私の顔の真横を通り過ぎて行った。

ベジータ「バレバレの嘘など必要無い! オレ様を舐めているのか!」

……良かった。建物を背にしている訳ではなく、かつ私と奴に身長差があったおかげか、エネルギー弾は空へと消えて行く。

被害は何も無い。

しかし、相手に自分が信じられない話をされただけでこの反応……

やはりこの男に話し合いは不可能か。

閻魔の事や、ここが別の次元で私達の世界に自力で戻る方法は無い事など、なおさらベジータには信じられない……
そして信じたくも無い話だろうからな。

嘘で上手く言いくるめ、同盟を結ぶと言うのも一瞬頭をよぎったが……

ザーボン(……いや、駄目だな)

例えそれが成功したとしても一時しのぎにしかならず、近い内に必ずばれるだろう。そうなれば奴は結局暴れる。

そもそも今日居なくなる私が、ベジータと同盟を組んでどうなると言うのか。

勝てるかどうかわからないベジータとの戦いは出来れば避けたかったのだが……難しいようだ。

ザーボン「ふ……
信じないのは勝手だが、他に話す事も無いぞ?」

ベジータ「なら死ね!」

やはりこうなるか。仕方ない。

だが──


ザワザワ。


ここは町中だ。ベジータの、地球では浮いた格好やTPOをわきまえない声量等で野次馬が集まってきているし、
何より退避させたとは言ってもまだ大して時間が経っていない為、ムギお嬢様と唯も気になる。


ザーボン「場所を変えるぞ」

ベジータ「好きにしろ。どっちにしろ変わらんがな」

よし。これでムギお嬢様や唯、無関係な人々や建物に被害を出さずにすむ可能性が高くなった。

ザーボン「ではついて来い!」


ドンッ!


言って私は飛び立ち、ベジータも続く。

人前で舞空術など使いたくはなかったが、ここは仕方あるまい。

画像や動画が出回ったら、映画か何かの撮影だったと思って貰える事を祈ろう。


────────────────

以前見た地図によると、確かこの先に……

──あった。島だ。


スタッ!


私とベジータは、海の真ん中に浮かぶ島に降り立った。

ザーボン(ここは完全な無人島のはずだ)

ここならば被害は出るまい。


ザーボン「では……」


ボンッ!


ザーボン「始めるか!」

私は変身をし、構えた。

ベジータ「ふん……そう言えば前はオレ様が先制攻撃をしたんだったな。
今回は貴様から攻めさせてやるぜ」

しかし余裕の笑みを崩さないベジータは、構えすら取らない。

ザーボン(……不気味だな)

こいつは度を過ぎた自惚れ屋だが、決して馬鹿ではない。

相手の実力がわからない場合はその過剰な自信で自滅する事もあるみたいだが、敵の力がわかっていたらそのような事は無い。

実際あの……私が殺された時の戦いでは、私に油断があったにせよ、策を使った先制攻撃で私に大きな手傷を負わせたではないか。

それが致命的な差となり、私は敗れた訳だが……

なぜこいつはこんなに舐めた態度を取るのだ?

構えすら取らないのは格下を相手にする時の余裕であって、さすがに作戦とは思えないのだが……

ベジータ「へっ。どうした?
来ないのか!?」

──ええい! 考えていても時間の無駄か!

あの時の戦いを見たら、私と奴の戦闘力はほぼ同じ。

ただ単純に、一回勝利したから自惚れて油断をしているだけなのだ。

……そう信じるしかない。


ザーボン「良いだろう。後悔するが良い!」


バッ!


私は飛びかかり、拳を何度か撃ち込む。

しかし、まったく当たらない。

ベジータ「ふん」

……それだけならまだ良かった。

ザーボン(な、何だと!?)

ベジータが避けている動きそのものが見えないのだ。


ビュッ、ビュッ、ビビビビッ!!


私の目には、奴は最初の構えすら取っていない体勢のままに見える。


ザーボン(なぜ当たらない!?
い、いや、それよりもどうやって避けているのだ!?)

ベジータ「当ててみるか?」

!?

ベジータが言った。余裕の笑みを崩さぬまま。

ザーボン「舐めるなッッッ!」


ガッ!


私の左フックが、ベジータの首の横に直撃した。


ドガッ、ガガッ、バキッ!!!


そのまま右ストレート、左脚中段横蹴り、上段横蹴り、右飛び膝蹴りと繋げる。


バッ!

ザーボン「エレガント・ブラスター!」


ズオッッッッッッ!!!


そして飛び膝蹴り後の着地を待たず、左手を右腕に置き、一瞬で放てる中では最強の必殺技を撃った。


バッ、スタッ。


土煙が舞う中私は後ろに飛び、距離を取る。

私がベジータの前で初めて変身したあの時は弾き飛ばされてしまったが、今のは間違いなく直撃したはずだ。

やがて土煙が晴れ、そこには……

ザーボン「!」

無傷のベジータが立っていた。

ベジータ「はっはっは! それで全力か? ザーボンさんよ!」

ザーボン「…………」

やはり……

薄々とは気付いていた。ベジータはさらに強くなっている。

あの時とは比べ物にならない程に。

ザーボン(どうする……どうすれば良い!?)

私には奴の動きが見えず、あれだけ攻撃を『当てさせて貰って』もダメージは無い。

もはや、策かどうとかと言う次元ですらないのだろう。

ベジータ「次はこっちから行ってや」


ビッ。


ベジータ「──ろう」

声は途中で、後ろから響いた。

ザーボン「!!?」


ガッ!


ザーボン「っ!」

振り向く間も無く、背後からベジータが私を空中へと蹴り上げた。

ザーボン(い、いつの間に後ろを取られたのだ!?)

空中で何とか体勢を立て直し、地上に視線をやる。


ベジータ「後ろだバカめ!」


ドガッ!


ザーボン「ぐあぁぁっ!」


ドズゥゥゥン!!


またも背後からの攻撃に、私は地面へと叩きつけられた。


ザーボン「ぐ……っ!」

ベジータ「はっはっは! 良いザマだな!」

空中で勝ち誇るベジータ。

──むっ? この位置は……

……こ、これに賭けるしかない!

ザーボン「ベジーターーーーッ!!!!
いくら貴様が強いと言っても、これをまともに受け止める勇気があるかーーーーーっ!!!」


ぐぐっ……


叫びながら、私は全身に力を溜める。

ベジータ「ほう? 面白い。
やってみやがれ! 何だか知らんが受けてやるぜ!」


よし、挑発は成功だ。

この技は完成までに少々時間がかかるし、地球へのダメージを考えたらベジータの位置も考慮しなければならない。

つまり、今が最大の──そして恐らく最後のチャンス。

ザーボン「ふっふっふ……後悔するなよ!」

ベジータ「させてみやがれ!」

ザーボン「うぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉっ!」


ゴゴゴゴゴゴゴゴゴ……


ベジータ「……ふん」

……よし、出来た。

頼むぞ、効いてくれ。この技に私のすべてを込める。


ザーボン「エレガント・バスタァァァァァァァァァァッッ!!!」


ゴウッ!


私の魂を持って行け!

ベジータ「──!」


ドゴォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォン!!!!!


──手応えはあった! 間違いなく当たったはずだ!

ザーボン「はぁ、はぁ、はぁ……」

……そう言えばこの技を使ったのは随分と久しぶりだな。

ジースと組んでフリーザ、サウザーと戦った時以来か。

奥の手を使わなければならないような相手はずっと出てこなかったし、現れたと思ったら使う間も無く殺されてしまった。

だからこそこれだけ戦闘力に差があっても、
力を溜める間を稼げ、こうして当てる事さえ出来れば何とかなるのではないかと言う希望を抱けたのだが……

ザーボン(昔とは違う、今の私の戦闘力での一撃なら……!)

だが、そんな僅かな希望は打ち砕かれた。

ベジータ「…………」

激しい光と煙が消えた空には、ベジータが変わらずに存在していた。

──いや、唯一片腕を軽く上げて防御をしたような体勢になっている所だけ変わっている。

だが、それだけだった。


スー……

スタッ。


ベジータが地上に降りて来る。

ザーボン「ぐ……」

ベジータ「くっくっくっ。
やるじゃないか。正直驚いたぜ。
あんな技を隠し持っていやがったとはな」

ザーボン(あ、あれでも通用しないのか……)

ベジータ「油断している所を直撃出来さえすれば、変身前のフリーザにダメージを与える事も出来たかもな?
──くっくっく。
まあ、撃つまでに時間がかかる上、別に受けずに避けるなり弾き飛ばせば良いんだ。
そのレベルの奴相手にそんな事、実戦ではまず不可能だろうがな」

ベジータが一歩、二歩と近寄って来、私はそれに合わせて後ずさりする。

ザーボン(ぐ……!)

ベジータ「だが、戦闘力を抑えすぎたまま防御もせずに受けていたら、オレもかすり傷程度は付いていたかもしれん。
褒めてやるぜ」

変わらぬ奴の笑み。

……あれでもまだ力を抑えていたと言うのか……


──ん? 待てよ。こいつはさっき……

ザーボン「待て。貴様は『変身前のフリーザ』と言ったな?」

ベジータ「? ああ」

ザーボン「そうか……貴様は変身したフリーザと戦ったのか」

ベジータ「……!」

この戦闘の中で、初めてベジータの顔色が変わった。

……と言う事はその戦いで殺されたのか……

私はフリーザが変身してどんな姿になるか、どれだけ強くなるかは知らない。

だがあの大怪物がわざわざ変身したと言う事は、
最低でもベジータは、変身前のフリーザと多少なりとも対抗出来る力があると考えるのが自然だろう。

……勝てる訳がない。私は変身前のフリーザの強さにすら足元にも及ばないのだ。

それなのに、フリーザを変身させるほどの戦闘力を持つ相手だと……!?

ザーボン(だ、だが、諦める訳にはいかん!)

気が付いたら、

ザーボン「!」

ベジータが目の前に居た。


ドゴッ!


ザーボン「ぐはっ!」

強烈なボディーブロー。


そして……

ベジータ「ずあっ!!!!!」


ズァウォッ!!!


爆発波。

ザーボン「!!!!!」

ベジータを中心とした爆発の衝撃波が、私を吹き飛ばした。


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最終更新:2012年07月25日 23:50