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ズザァァァァァッ!
ザーボン「……う……?」
何だ? どうなったのだ……?
視界の先には青い空。耳には何やら喧騒。
──そうか、私は……
いかん。立ち上がらなくては。戦いはまだ終わってはいない。
……体が動かん……
ぐいっ!
突然強い力で引っ張られる感覚がして、上半身が浮き上がった。
それで視点が変わる事によりわかった。
ここは町だ。少し離れた周りにはかなりの数の野次馬。そして私の胸ぐらを掴んでいるベジータ。
ザーボン(なるほど……先程の引っ張られる感覚の正体はこれか……)
ベジータ「おい、さっさと話しやがれ!
オレはまだまだ強くなる! フリーザよりも、カカロットよりも!
そしてあいつらをぶっ飛ばしてやる!
その為にはこんなザコしか居ない星なんぞにいつまでも居られるか!」
……だ、駄目だな。戦闘力の差もさる事ながら、もはや体も満足に動かないのだ。
やはりどうやっても戦って勝てる相手では無い。
こうなったらこれも絶望的な可能性だろうが、私の話術で上手く切り抜けるしかない。
ザーボン「……っ……」
しかし、話そうとしても声が出なかった。
ベジータ「……まだ口を割らないつもりか?」
違う。喋りたくても喋れないのだ。
ダメージは思った以上に深刻らしい。
ザーボン(……ムギお嬢様、唯、皆……)
気持ちが切れそうになったその時、
『ザボちゃんっ!』
『ザーボンさんっ!』
突如聞こえてきたのは、よく知っている声だった。
──まさか!?
二人は野次馬をかき分け、凄い勢いで走り寄って来る。
ザーボン(な、なぜ二人がここに!?)
しかしよく見たら、ここは先程まで彼女達と歩いていた町ではないか。
あの爆発波で、私はここまで飛ばされて来ていたのか……
唯「ひ、ひどい!」
ベジータ「ん?」
紬「どいて下さいっ!」
ドンッ!
ムギお嬢様がベジータを突き、私の胸ぐらを掴んでいた手を離させる。
その隙に、唯が私の体を支えてくれた。
ザーボン(ば、馬鹿! 殺されるぞ!)
言おうとしたが、やはり声は出ない。
ベジータ「てめえらは、さっきザーボンと一緒に居やがった……」
紬「なんなんですか貴方っ!」
唯「ひどすぎるよっ!」
ザーボン(や、やめろ……っ)
ベジータ「……ふっふっふ。良い事を思い付いたぜ」
ザーボン・紬・唯『!?』
ベジータの笑みがより邪悪な物になったのを見て、私達三人は体を強張らせる。
ベジータ「──だがその前に……」
と、奴は私達から視線を外し、周りの野次馬達を見回した。
ザーボン「?」
ビッ!
ベジータが右手人差し指と中指を合わせ、右腕を下から上へと突き上げた。
……まずい!
ドンッッッ!
紬・唯『!!?』
その直後、周りの地面からドーナツ状の激しいエネルギー波が吹き上がった。
ザーボン(馬鹿な! 周りには無関係の人間達が……)
やがてエネルギー波が収まり、地面には底が見えないほどの大穴が空いていた。
──私とムギお嬢様、唯にベジータ……
そして野次馬との間に。
ザーボン(よ、よかった……被害者は出ていないようだ……)
私が安堵のため息を吐いた時、ベジータが叫んだ。
ベジータ「おいクズ共! 粉々になりたくなければ消え失せやがれ!
次はブッ飛ばすぞ!」
『ワアァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァッッ!!』
ベジータの一喝で、野次馬達が全員蜘蛛の子を散らすように逃げて行った。
ベジータ「くっくっく。これでやっと静かになったぜ」
紬「こ……こ、これは???」
さすがの二人も顔色を失っている。
紬「う、うふふ。
こんな物を見せられたら、ますますザーボンさんに以前聞かせて貰ったお話、疑いようが無くなりましたね」
ベジータ「さあ女共、こっちへ来やがれ!」
ザーボン「!」
紬・唯『!?』
ザーボン「な、何の……つもりだっ……!」
まだ立ち上がる事も出来ないが、今度は何とか声が出た。少しは回復してきているらしい。
ベジータ「決まっているだろう? そいつらを人質に取ってやるのさ。
……いや、人質なんざ一匹で良いな。
片方はコナゴナにしてやるぜ」
紬・唯『!』
な、何だと!?
ベジータ「さあ、それが嫌なら──」
ザーボン「うおおおおっ!」
ドウンッ!
……不思議な物だ。
この二人がベジータに捕まる。そしてどちらかが殺される……
それを考えた時、言う事を聞かなくなっていた私の体が反射的に動いていた。
ザーボン「ふ、二人共っ、私に掴まれ!」
ベジータにエネルギー弾を撃った後、私はムギお嬢様と唯を抱えて飛び立った。
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無我夢中で飛び続け、やがて私は力尽きた。
ドシャァッ!
ザーボン「ぐっ……」
紬「ザーボンさんっ!」
唯「ザボちゃんっ!」
ザーボン(こ、ここは……)
私が地球に送られた時、最初に立っていたあの森林……いや、山だった。
唯「大丈夫!? ねえっ、しっかりして!」
ベジータと離れられ、かつ彼女達が側に居てくれる事で多少落ち着いたのか、私はここに来てようやく自分の体の様子に気付いた。
服はあちこち破れていて、肌は血に染まっている。恐らく髪の毛もボサボサだろう。
そして、変身が解けていた。
私の変身は維持に消耗があるのだが、それは普段なら気にも止まらない程度の本当に極々微量な物だ。
ザーボン(それなのにこのザマか……
大怪我をしているのはわかっていたが、ここまでとは)
タイムリミットが来るよりも先に、私は再び死んでしまうのかもしれんな……
紬「あっ、わ、私ばんそうこう持ってますっ!
小っちゃいけど、せめて……」
ザーボン「いや、ありがたいが私の事は気にしないで……」
ベジータ「──ムダな事をしやがるぜ」
ザーボン「!?」
紬「っ!」
唯「ひっ!」
ベジータ「逃げられると思ったのか?」
木々の影から現れたベジータは、ゆっくりとこちらに近付いてくる。
ザーボン「ふ、二人共逃げろ! 逃げるんだ!」
私は力を振り絞り、立ち上がった。
体が悲鳴を上げるが、そんな事に構ってはいられない。
紬「でも……でもっ!」
ザーボン「大丈夫だ! ここは私が何とかするからっ……!」
唯「む、無理だよっ!」
……確かにどちらにしろ、ベジータがその気なら逃げられはしない。
もはや私には、空を飛ぶ力すら残って無いのだから。
……そうか。『貴女』はあの時、こんな気持ちだったのですね。
ザーボン(これまでも頭ではわかっていたつもりだったけど、こうやって体験・実感してみると違うなあ。
やっぱり貴女は凄いや)
不思議と、私の口元には笑みが浮かんでいた。
ベジータ「何をゴチャゴチャ言ってやがる!
そいつらに痛い目見せたくなかったら、さっさと……」
ザーボン「待ってくれ!」
ベジータ「……ほう?」
ザーボン「た、頼む、助けてはくれないか!?」
ベジータ「ふん……また命乞いか?」
ザーボン「そうだ!
私はどうなっても良い!
だ、だが、この二人だけは助けてやっては貰えないか!?」
紬・唯『!?』
ベジータ「なに?」
ザーボン「何でも言う事を聞くし、また私の命が欲しいと言うのなら好きにしろ!」
ベジータ「ほう? 随分と殊勝じゃないか。
なら……」
ザーボン「何だったら、土下座でも何でもする!
ほら、この通──っ!?」
ドザッ!
土下座をする為に膝を曲げようとしたが、その瞬間私は倒れこんでしまった。
その時の体重を支える力すら、今の私の脚には無かったのだ。
唯「ザボちゃん!」
そんな私を見て、唯とムギお嬢様がお互いの手を取りつつ、私をかばうように前に立った。
ベジータ「バカが。くだらん事をしやがる。
いいか、貴様は……」
紬「やめてっ! お願いですからザーボンさんにこれ以上酷い事しないで!」
二人は声も掠れているし、足もガクガクと震えている。
誰かを守る為に、絶対に勝てない・恐ろしい相手に勇気を振り絞って立ち向かう恋人達。
その姿は、言葉では言い表せられない程……
美しかった。
ベジータ「てめえら……」
ベジータが、怒りの表情で凄まじい殺気を放ってくる。
……やはり無理だったか。
当たり前か。ベジータに情など通用しない。
初めから泣き落としなど期待出来なかったのだ。
……いずれにしても、本当の意味ですべてを理解した私が、いつまでも彼女達に見惚れている訳にはいかん。
自爆。
最後の手段だが、逆に言うとまだ手は残っているのだ。
本当にすべてが終わってしまうまで、決して諦めんぞ!
私も、最後の最後まで自分に出来る事をやってやる。
そして必ず君達を守ってみせる!
ザーボン(いくぞベジータ……!
これが私の最後の力だ!)
そう覚悟を決めたその時、
ベジータ「いい加減オレ様の話を聞きやがれぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!!!!」
ザーボン・唯・紬『!!!』
ベジータの怒号が辺りに響き渡った。
ベジータ「貴様ら内輪で勝手に話を進めやがって!
いいか!? オレ様はてめえらの事なんざどうでも良い!
これ以上痛い目見たくなったり、その女共を殺されたくなかったらここがどこかとか全部説明しやがれ!」
ザーボン「な……
まさか、そうすれば助けてくれると言うのか?」
ベジータ「何度も同じ事を言わせるな! オレは貴様らを殺す事そのものには興味が無い!」
こいつは嘘を吐くタイプではない。
と言う事はその通りなのだろう。
……待てよ? そう言えば、ベジータはなぜか最初人通りの多い町中から場所を変える事をあっさり了解した。
いや、それ自体は余裕の表れだったとしても、先程の野次馬を追い払った時や、
ここまで私を生かしたり、どちらかだけとは言えムギお嬢様や唯を人質に取ろうとしたり……
冷静に考えてみたら、どうにもベジータらしくない。
奴ならば、邪魔だと思った相手はもちろん、求める情報を持っている者が居ても、
話すつもりがなさそうなら無理に聞き出そうとはせずにさっさと殺そうとするであろう事は前述した通りだ。
人質を取るなど、さらに輪を掛けて違和感が強い。
……もしや……
私は何とか体を起こし、座り込んだ。
ザーボン「ぐ……っ。
ベジータ、お前まさか……迷っているのか?」
ベジータ「!?
何の話だ!」
ザーボン「人を殺す事を、だ」
ベジータ「何だと……!?」
ザーボン「な……何となくそんな気がしてな……」
ここまで言って私は咳き込んだ。
ムギお嬢様と唯が、そんな私の背中をさすってくれる。
ザーボン「ち、違ったか?」
ベジータ「……てめえらを殺す事自体は迷いなんか無い。
だが……気に食わんしムカつくが、どんどん強くなって行きやがるカカロットの野郎は、無闇に他人の命を取ったりは……
──!
チッ! 下らん話を……!」
ベジータは吐き捨てると頭を掻き毟った。
ベジータ「いいか! オレ様の言う事を聞きさえすれば、
オレ様が強くなる為にてめえらみたいなザコの命は助けてやろうと言っているんだ!」
正直、こいつが何を言っているのか私にはわからない。
だが、そうか……
ザーボン「ふ……はは、はははっ」
ベジータ「!?」
紬「ザーボンさん?」
唯「ザボちゃん?」
ザーボン「決めつけは良くないな。
初めからきちんと話していれば、こうも遠回りしなかったと言う事か」
ベジータ「チッ。
貴様は確かに頭が良いが、前オレを治療した時言い今回と言い、マヌケすぎるぜ!」
ザーボン「ふふっ。違いないな。
……ぐぅ……っ!」
座った状態を維持する事にも苦心し始めた時、ムギお嬢様と唯が体を支えてくれた。
ザーボン「す、すまない。
……では話そう……と言っても、町中で話した事は正しいのだが……」
ベジータ「まだ抜かしやがるか……!」
ザーボン「待て。異論があるなら最後まで聞いてからにしてくれ」
ベジータ「…………」
最終更新:2012年07月25日 23:51