紬「もし、世界があと10日で滅びるとしたら、梓ちゃんは何がしたい?」
梓「そうですね…」
梓「美味しい物も食べたいですし」
梓「遊びにも行きたいです」
紬「何か一つしかできないとしたら?」
梓「…結婚、してみたいですね」
紬「そう」
紬「それじゃあ」
紬「しよっか」
梓「…?」
紬「結婚」
紬「私と梓ちゃんの結婚」
梓「世界、滅びるんですか?」
紬「うん」
梓「どうして?」
紬「星が落ちてくるの」
梓「本当に?」
紬「嘘をつく理由がないわ」
紬「36時間後にはどこの局でもやるでしょうね。確実に民間でも観測できるようになるから」
梓「…私達死ぬんですか?」
紬「ええ」
梓「シェルターとか…」
紬「地球二倍以上の質量をもった星が降ってくるの」
梓「地球、割れちゃいますね」
紬「たぶんね」
紬「じゃあ結婚の段取りしましょうか」
梓「本当にするんですか? 結婚」
紬「梓ちゃんはしたくない?」
梓「…したいです」
紬「はやくオランダ国籍をとらないと」
梓「えっ」
紬「日本国籍のままじゃ籍を入れられないもの」
梓「…わかりましたとことんお付き合いします」
紬「ええ。琴吹のバックアップがあるから」
梓「ムギ先輩のお父さんとお母さんは?」
紬「まだ国内にいるわ。最後はフィンランドで迎えるそうよ」
梓「そうなんですか」
紬「ニュースで発表されたら大騒ぎになるから早く行くわよ」
梓「役所が機能しなくなって、国籍や入籍どころじゃなくなりますからね」
紬「ええ」
梓「何を使って行くんですか」
紬「プライベートジェット。空港まではヘリで」
梓「ヘリ…ムギ先輩の家は本当になんでもありますね」
紬「ええ。琴吹に生まれたのをこれほど感謝したのは初めて」
梓「そうですか」
紬「着いたね」
梓「はい」
紬「もうオランダ国籍はとれてるわ」
梓「えっ?」
紬「飛行機に乗ってる間に斎藤が根回しをしてくれたの。暇を出したのに…」
梓「…いい執事さんですね」
紬「ええ、本当に…」
梓「じゃあ婚姻届を役所に持っていくだけですね」
紬「ええ。じゃあこれに判子を押して」
梓「はい」
紬「私も…」
梓「じゃあ役所に持っていきましょう」
紬「これで私達お嫁さん同士だね」
梓「琴吹梓ですね」
紬「実感ある?」
梓「まだありません」
紬「私もないわ」
梓「そうですよね」
紬「梓ちゃんのお父さんとお母さんに報告しに行かないと」
梓「事後報告になっちゃいますね」
紬「ええ、とりあえず帰国しましょ」
梓「はい」
―――
紬「帰ってきたわね」
梓「はい」
紬「すごい騒ぎね」
梓「ええ。どうやら発表されたみたいですね、隕石」
紬「大人が何人も泣いてる…」
梓「泣くんですね、大人も」
紬「どうしようもなくなったら、人は泣くしかないんだね」
梓「そうですね」
紬「梓ちゃんのお父さんとお母さんはどうかしら」
梓「泣いていると思いますか?」
紬「そしたら、慰めてあげて、それからもう一度泣いてもらわないとね」
梓「いろんな意味で泣かれてしまいそうです」
紬「着いたね」
梓「ええ、ここが私の家です」
紬「お邪魔します」
梓「ただいまー」
梓母「梓! 良かった…無事だったのね」
梓「お母さん…」
梓父「あぁ、心配したんだぞ。…そのかたは?」
梓父「挨拶? 君の御両親も心配しているだろう。早く帰ってあげたほうがいいと思うが」
紬「…とても大切な挨拶ですから」
梓母「とりあえずあがってもらったら?」
梓「……私達結婚しました」
紬「はい。娘さんを私のお嫁さんにさせて頂きました」
紬「報告が遅れてしまい、申し訳ありません」
梓母「冗談よね?」
紬「冗談では御座いません」
紬「つい先程オランダ国籍を取得し、現地にて籍を入れさせて頂きました」
梓父「本当なのか?」
梓「うん」
梓母「でも、どうして」
紬「愛しあっているからです」
梓父「これは喜ぶべきなのかね、母さん」
梓母「地球が壊れる前に娘が結婚できるんだから、喜んでおくべきじゃないかしら」
梓父「しかし女の子同士だよ」
梓母「10日じゃ子供は生まれないんだから男でも女でも一緒よ」
梓父「それもそうか」
梓父「紬さんと言ったかね」
紬「はい」
梓父「梓は私達の大切な娘なんだ」
梓父「至らないところもあると思うし」
梓父「あと、一週間ちょっとの短い結婚生活でしかないだろうけど」
梓父「どうか、幸せにしてやって欲しい」
紬「はい。必ず」
梓母「私からもお願いします」
紬「はい。御母様」
梓父「…私のことも呼んでくれないか」
紬「御父様…」
梓父「ありがとう」
紬「それで、私達結婚式を挙げようと思ってるんです」
梓父「できるのかい? この混乱の中」
紬「家に教会があります。簡式なら準備もなんとかなります」
梓母「そう…私達も参加していいのかしら?」
紬「是非ともお願い致します」
梓父「それは楽しみだな」
紬「結婚式は明日。梓ちゃんは今日はこの家に泊まって」
梓「えっ……私も…」
梓父「そうだ。残り少ない時間なんだから二人は一緒にいるべきじゃないかい」
紬「結婚式の前日、新婦が実家で家族と過ごすのはしきたりです」
梓母「…そうね」
紬「式が終わったら、それから最後までの時間を全部頂きます。だから今は家族で過ごしてください」
梓「…それでは、また」
紬「ええ、また明日」
―――
紬「もしもしりっちゃん?」
律「あぁ、ムギか」
紬「ええ、届いたみたいね」
律「いきなりケータイ送ってくるから驚いたよ」
紬「普通のケータイは使えなくなるってわかってたから」
律「用意周到だな」
紬「ええ、それでね。連絡をしておこうと思って」
律「なんの?」
紬「私と梓ちゃん、明日結婚式をするの?」
律「結婚式?」
紬「ええ、もう入籍もしたわ」
律「…ありといえばありか」
紬「りっちゃんもくる? 残り少ない時間だから、無理にとは言わないけど」
律「なぁ、ムギ」
紬「なぁに? りっちゃん」
律「友だちとしての最後のお願い、してもいいか?」
紬「いいよ」
律「一緒に私達の式もあげてくれないか?」
紬「澪ちゃんと?」
律「あぁ」
紬「でも、まだ付き合えてないんでしょ」
律「今から告白する」
紬「準備はしておくから…吉報を待ってる」
律「…ありがとう」
紬「友達の最後のお願いだもの」
―――
紬「もしもし澪ちゃん?」
澪「む、ムギか?」
紬「ええ」
澪「私達、死ぬんだな」
紬「ええ」
澪「ムギの力でもどうしようもないんだな」
紬「ええ。人類は一人も生き残れないでしょうね」
澪「……私も」
澪「パパもママも聡も」
澪「唯もムギも梓も和も」
澪「律も」
澪「みんな死んじゃうんだな」
紬「ええ」
澪「仕方ないことなんだよな」
紬「ええ」
澪「体の震えが止まらないんだ止まらないんだ」
紬「そう」
澪「ムギ、私を助けてくれよ…」
紬「それは私の仕事じゃないわ」
澪「えっ」
紬「今お姫様がそっちに向かってから、しばらく待ってて」
澪「お姫様?」
紬「泣き虫ロミオを救うジュリエットのことよ」
澪「なんのことだ?」
紬「じゃあ切るね」
澪「ムギ! おいムギ! まだ切――」
―――
紬「もしもし唯ちゃん?」
唯「あっ、ムギちゃんだ~」
紬「唯ちゃんは完全に平常運転なのね」
唯「うんうん。こういう時こそ落ち着かなくっちゃねー」
紬「実は梓ちゃんと結婚式をあげることになったの」
唯「あずにゃんと!? ムギちゃん、おめでと~」
紬「ええ、ありがとう。でねっ、式に参加してくれるかな?」
唯「もちろんだよ~」
唯「あっ、私からもお願いがあるんだけどいいかな?」
紬「なぁに?」
唯「私と憂の結婚式も一緒にあげてくれない」
紬「もちろんよ!」
唯「やった~。ムギちゃん大好き」
紬「うふふふ。その言葉は憂ちゃんに向けてあげなさい」
唯「は~い」
紬「それじゃあ電話切るね」
唯「ねぇ、ムギちゃん」
紬「どうかした?」
唯「死んだら人の魂はどこに行くのかな?」
紬「きっとどこにもいかないわ。灰に還るだけ」
唯「ムギちゃんはリアリストさんだね」
紬「そうかしら?」
唯「そうだよ」
紬「じゃあ、こんどこそバイバイ。明日迎えの車が行くから」
唯「楽しみに待ってるよ~」
―――
紬「もしもし和ちゃん?」
和「ムギ?」
紬「うん。和ちゃんは今何してる?」
和「妹と弟を慰めてる」
紬「そう…それは大変ね」
和「ううん。だいぶ落ち着いたから大丈夫よ。何のようかしら」
紬「実は明日私達の結婚式をやるの」
和「ムギと梓ちゃんの?」
紬「唯ちゃんと憂ちゃんの結婚式もやるわ。りっちゃんと澪ちゃんのもやるかも」
和「そうなんだ」
紬「驚かないのね」
和「ムギならそれくらいやりそうだもの」
紬「和ちゃんも誘おうと思ってたんだけど、忙しいなら別に‥」
和「私も行かせてもらうわ。唯と憂の晴れ姿を見ておかなきゃ死に切れないもの」
紬「そう? じゃあ明日、楽しみにしているわ」
―――
紬「もしもし、純ちゃん?」
純「…琴吹先輩ですか?」
紬「ええ、突然電話を送ったりしてびっくりしたかしら」
純「はい、驚きました。私と先輩ってほとんど接点ないのに」
紬「実はね、私と梓ちゃんが結婚式をあげることになったの」
純「えっ! 先輩と梓が?」
紬「ええ」
純「本当ですか?」
紬「ええ」
純「梓のやつ…親友に相談もせず…」
紬「時間がなかったのよ」
純「それはわかってます。それで日時は」
紬「明日だけど、いいの? 残り少ない時間なのに」
純「親友の結婚式ですから。それに憂もくるんでしょ?」
紬「えぇ、憂ちゃんは唯ちゃんと結婚式をあげるわ」
純「げっ…結婚しないの私だけ?」
紬「純ちゃんはそういう相手いないの?」
純「いませんねー。こんなことなら作っておけば良かった」
紬「そう。それは残念」
純「でも、こんな状況で結婚するほうが変わり者だと思います」
紬「そうね。ねぇ、純ちゃん」
純「なんでしょうか?」
紬「結婚相手は用意できないけど、明日は沢山ドーナツを用意するから」
純「いいんですか?」
紬「ええ、それくらいしかできないもの。だから純ちゃんも楽しんで」
純「ありがとうございます」
紬「どういたしまして」
―――
紬「もしもし、さわ子先生ですか?」
紬「繋がらない」
紬「そういえば先生、最近パートナーが出来たって言ってたような…」
紬「…お幸せに」
最終更新:2012年07月26日 21:56