そうだ。ここでわたしは唯先輩の電源を入れたんだ。
それは覚えていることだった。
唯先輩は起きてすぐわたしに言ったのだった。
ごめんね。
なんでそんなふうに唯先輩が言ったのかわたしは未だにわからない。
謝ったのはもしかしたら、わたしの方だったんじゃないかとさえ思えた。
だって、勝手に唯先輩を連れてきてしまったんだから。

唯「あのときのあずにゃんはもっと素直だったのに」

梓「そんなことないです」

唯「うそだー。あんなに喜んでにこにこしてたんだよー」

梓「あれは……」

唯「ほらほらー初心忘るるべからずだよ」

梓「それは意味が違うような」

唯「そうかなあ」

梓「唯先輩はどんな感じだったんですかはじめてその生まれたときっていうか」

唯「えっとね……最初は暗くてね何も見えなかったんだ。でもねあずにゃんがずっと耳もとで唯先輩唯先輩言ってたのは聞こえたよ。だからそれがわたしの名前だってわかったんだ」

どうしてわたしは唯先輩の名前を知っていたんだっけ。

梓「あの」

唯「何?」

梓「唯先輩、怒ってないんですか」

唯「なんで?」

梓「だって……勝手に連れてきたんだし」

唯「ううん。わたしはあずにゃん会えてよかったと思ってるよ。それにね……」

梓「それに?」

唯「やっぱ、なんでもない」

唯先輩はそれ以上黙ってしまった。
唯先輩に似つかわしくないむつかしい表情がわたしを少し不安にさせた。

唯「でもね」

ずっと後で唯先輩は誰に言うとでもなくそう言った。

唯「わたしがあずにゃんでもきっとそうしたよ」

帰ろっか。
唯先輩が立ち上がった。
わたしたちの秘密基地に。
秘密基地って言い方はなんだかおかしかった。
まるで、わたしたちがなにか不思議な秘密を隠し持っているようなそんな。

家に帰って、お風呂に入って、ご飯を食べた。
唯先輩は1回おかわりをした。
お互い疲れていたのでもう寝てしまうことに決めた。
わたしたちが共同で住んでいる家はちっちゃくて部屋も寝室とリビングの2つしかないし、そういう事情でベットもひとつしかないから、わたしたちはいつもそこで一緒に寝ていた。

唯「今日もくっつく?」

唯先輩が訊いた。
わたしは肯いた。
くっつくといったってホントに抱き合ったりするわけではない。
いや、まあ、結果的には肉体的にもくっつくわけなんだけどそれが目的じゃないっていうかそれは手段なんだ。
接着、というのがその行為の正式名称だった。
ずばり、接着こそがロボットにも人間にもない、人工生命特有のセールスポイントだったんだ。
人工生命が夢と現実の架け橋になって、その結果夢を共有する。
簡単に言ってしまえばそういうことだ。
『人工生命で素敵な夢を』
そんな風にCMなんかでも宣伝されている。
いやでも、夢とは少し違うのか。
だって、覚えているから。
起きたあと夢の記憶はだんだん薄れていくけど、接着して見た世界のことは忘れない。

唯先輩がわたしの方に寄ってきた。
わたしたちはおでこを合わせた。
唯先輩はくすくす笑ってた。
顔が近くてなんだかおかしいって。
わたしは恥ずかしいから視線を下にやっていた。
そうして、だんだん眠くなって、わたしたちは夢の中へと落ちていく。
わたしと唯先輩、同じひとつの夢の中に。

唯先輩で素敵な夢を――。


【思い出2】

波の音が聞こえた。
夏の日のことだった。
メロディ一が流れていた。
それをたどっていくとスタジオがあった。
唯先輩がいた。
ギターを弾いてた。
わたしは扉の丸窓ごしにその光景をぼうっと眺めていた。
あずにゃん?
唯先輩が言った。
わたしは適当な笑みを浮かべた。

唯「そんなとこにいないでこっちにおいでよ」

梓「あ、はい」

唯「ほらほらここに座りなよ」

梓「はあ……何してたんですか?」

唯「秘密特訓だよっ。突然上手くなってあずにゃんを驚かせよーかなあって」

梓「失敗しちゃったじゃないですか」

唯「ふっふっふ……あずにゃんはまだここから生きて帰れると思ってるのかな?」

梓「へ?」

唯「とつげきーっ」

唯先輩が迫ってきたので押し返した。
先輩のギターを傷つけないように、そっと。

梓「やめてください」

唯「むう」

梓「でも、そういうことなら一緒に練習しましょうか」

唯「ほんとにっ?」

梓「はい。ギターとってくるのでちょっと待っててください」

ギターはスタジオ内にあったのですぐに持ってくることができた。
その間、唯先輩がこっちをじっと見続けてきたから変な歩き方になった。
唯先輩と向い合うようにしてわたしは座った。
ギターを抱えた。

唯「ごめんね。わたしの練習に付きあわせて」

梓「ぜんぜん気にしないでください。わたしも唯先輩ともっと一緒に練習したいと思ってたんです」

唯「ありがとー」

梓「いえ」

唯「そういえば。あずにゃんなんで布団巻いてるの?」

梓「寒いからです」

唯「夏だよ?」

梓「まあ、そうですけど。ちょっと風邪っぽくて」

唯「昼間、はしゃぎすぎ?」

梓「違います……たぶん」

梓「でも、布団は薄いやつですし、下は涼しいかっこうしてるんですよ」

唯「何も着てないとか?」

梓「どうでしょうか」

唯「へへへ」

梓「なんですか?」

唯「とつげきーっ」

唯先輩が近づいてきてわたしの布団を剥いだ。
わたしのギターを傷つけないように、そっと。

唯「あれれ、パジャマ着てる」

梓「あたりまえですよ」

唯「ちぇー」

梓「じゃあ、いきますよ……えっと」

唯「そのかっこで弾けるの?」

梓「たぶん」

ちゃちゃちゃちゃーんちゃらあん。
わたしはギターを弾いた。
筆ペンのイントロが流れる。

唯「わあーあずにゃんうまいねー」

梓「そんなことないですよ」

唯「じゃあ、次、わたしね」

ちゃちゃちゃととた……
唯先輩の演奏は途中でつまずいた。

唯「あー。ここが難しいんだよねー」

梓「最初はスローテンポで弾いてみればいいんですよ」

唯「こう……」

ちゃちゃちゃちゃーんちゃらあん。

唯「あっできたあっ……えへへ。あずにゃんに出会えてよかったよーっ」

梓「え?」

唯先輩が抱きついてきた。
わたしを傷つけないように、そっと。
同じシャンプーの匂いがした。
それがなんだかおかしかった。
照れ隠しにわたしはそんなことを考えていた。

唯「ねえねえ。外に行こうよ」

梓「まだ、ちょっとしかやってないじゃないですか」

唯「じゃあもう少しやったらね」

梓「はい」

その後30分くらい、唯先輩とギターの練習をした。
途中何度も唯先輩がちょっかいを出してきたので、成果はあまり芳しくなかった。
それでも唯先輩が満足気な顔でにこにこしていたので、まあいいかあなんてわたしも考えてしまった。
こんなんだからいつまでたっても唯先輩が甘いことばっかり言ってるんだろうなあ。

ビーチサンダルを履いて外に抜けだした。
先に走りだした唯先輩を追いかけてわたしはのろのろと歩いた。
てけてけとんとん。
虫たちが鳴いていた。
はやくはやくと、砂浜から唯先輩が呼んでいた。
唯先輩がつけた足跡の上を踏んづけて前に進んだ。
空を見上げると無数の星が輝いていて、そうか今は深夜なんだと思い出して、思い出した瞬間眠いような気がしてあくびをした。
やっと唯先輩に追いついてその横に座り込む。

唯「いやあ。夜の海もきれいだねー」

梓「そうですね」

唯「あ、クラゲっ」

梓「どこですか?」

唯「むっ」

梓「わたしですか?」

唯「うん」

梓「なんでですか?」

唯「火星人はクラゲみたいだって本で見たよ」

梓「火星人? 何言ってるんですか?」

唯「だってあずにゃんは地球人にしてはかわいすぎるよ」

梓「なんですかそれは」

唯「きっと地球の大気に弱いから布団なんて巻いてるんだよ」

梓「たまたま今日そうしてるだけじゃないですか」

唯「うわーあずにゃんの真の姿を知ってしまったー。触手にやられちゃうーっ」

梓「はいはい」

唯「ねえあずにゃん」

梓「なんですか」

唯「あの星の中でどれが火星なのかな」

梓「今日は見えないんじゃないですか。少し赤っぽく見えるんですよ」

唯「そっか。あ、今日のお月様は満月だね」

梓「そういえばそうですね」

月の光が海に反射してきらきらと輝いていた。
あの月がやけに青っぽく見えたのは海のせいだろうか。
幽霊でも現われそうな妖しい月の日だった。

唯「海は広いねー」

梓「何を今さら」

唯「お月様が浮かんでるよ」

梓「船の明かりですよ」

唯「船に乗って旅とかしたら楽しいよねきっと」

梓「どこに行くんですか?」

唯「そりゃあもちろん誰も知らない新大陸を……」

梓「いつの話してるんですか。そんなのもう地球にないですよ」

唯「えー。夢がないね」

梓「夢とかそういう問題じゃないですけど」

唯「じゃあ、宇宙だっ。宇宙ならまだ知らないところがいっぱいあるよ」

梓「唯先輩じゃあ無理ですよ」

唯「なんでさ?」

梓「宇宙飛行士は頭いいんですよ」

唯「む……それはつまり」

梓「戻りましょうか」

唯「あずにゃんめーっ」

梓「ひゃっ」

唯先輩がわたしを押した。
砂浜に人形のへこみができた。
視界が全部星空になったと思ったら、唯先輩の顔がひょっこり現れた。

唯「火星人の身体調査」

梓「怖いです」

唯「じゃあ、やっつけちゃってもいい?」

梓「そっちのほうがまだマシです」

唯「ダーイブっ」

梓「うわっ」

唯先輩はわたしの隣に倒れた。

唯「楽しいねー」

梓「布団砂だらけになっちゃったんですけど」

唯「じゃあ、わたしの部屋で一緒に寝ようよ」

梓「……へえ」

唯「なに?」

梓「賢いじゃないですか」

唯「まあねー……ってどこが?」

梓「ばあか」

唯先輩の部屋のベットに入った。
2人いるから狭かった。
唯先輩はもう熟睡しているみたいだった。
寝たふりをしていたわたしにくっついて離れない。
なんとか唯先輩を剥がして水道でコップ一杯、水を飲んだ。
夢の中にいる間に宇宙人が攻めてきても困らないように部屋の鍵を閉めて寝た。
すぐにまた唯先輩がひっついてきた。


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最終更新:2012年08月18日 21:58