【20%あずにゃん】
梓「わた」
唯「たこ」
梓「こい」
唯「鯉って食べられる?」
梓「たぶん」
唯「いか」
梓「かき」
唯「きび」
梓「びわ」
唯「わーわー……えーと、わ?」
梓「はい負けです」
唯「……ああーまた負けたあーっ。あずにゃんは強いなあ。じゃあ、はい罰ゲームスタートっ」
梓「えと、開店準備をしてきてください」
唯「それはやったよ」
梓「じゃあ、コンロの掃除を」
唯「それもやった」
梓「えーと、えーと……なにもしないでください」
唯「はい……」
そのまま230秒。
唯「ぷはーっ」
梓「え?息も止めてたんですかっ?」
唯「びっくりした? うそでしたーっ」
梓「べつに」
唯「ほんとー? えって言ったよー」
梓「ほんとですよ……。ていうか唯先輩負けすぎですって。どうしたらそんなに負けられるんですか」
唯「あずにゃん勝って嬉しくないの?」
梓「違います。ただですねこうも勝ちすぎるとこの『食べ物しりとりをして負けたほうが5分間相手の言うことを聞くゲーム』がつまらなくなるじゃないですか」
唯「あ、わかったよー。あずにゃんわたしに命令されたいんだ」
梓「違いますよ」
唯「おすわりっ」
梓「しませんよっ」
唯「ほら、指舐めていいよ」
梓「なめないですっ」
唯「だきつけーっ」
梓「唯先輩が抱きついてきてどうするんですっ」
首もとにひっついた唯先輩をわたしは振りほどいた。
唯先輩はへなへなと床に座り込んだ。
唯「もうっ照れちゃって、かお、まっか、だよ」
梓「ちがいますから」
唯「あーあ。あずにゃん分がないとわたし動けなくなっちゃうよー」
梓「だってどうせあれですよね」
唯「なに?」
梓「夜とか」
唯「うん?」
梓「接着しない日の夜とか」
唯「とか?」
梓「……いたずらしてるんですよね」
唯「その発想はなかったよ。ありがと」
梓「いえいえ」
唯「それにしてもお客さんこないねー」
梓「そうですねー」
唯「……へんたい」
梓「あぅ……」
唯「へんたいのあずにゃんは唯先輩に抱かれる必要があるんではないでしょうか」
梓「わたしはへんたいではないのでその必要はないと思います」
唯「20%あずにゃんはもっと抱きつかれるべきだと思います」
梓「なんですか……その、20%あずにゃんって」
唯「20%あずにゃんっていうのはあずにゃん分が20%しか入っていないあずにゃんのことだよ」
梓「はあ」
唯「20%しかないからね、見える人にしか見えなくて、通常の5倍抱きつかないとまともにあずにゃん分を得られないんだよ」
梓「残りの80%は何なんですか?」
唯「それは……秘密だよ」
梓「決まってないんですね」
唯「とにかくだからまだあずにゃん分がぜんぜんたりてないんだ……だきつかないと……しん……じゃ……う……」
梓「あ、止まった」
唯先輩はゆっくりと崩れ落ちた。
わたしは唯先輩の体を揺すってみた。
梓「おーい唯先輩っおーい……だめだ。最近メンテさぼってたからかなあ」
人工生命にはときどきメンテナンスが必要だった。
唯先輩の場合、展示品として置かれいたものをわたしが盗んできたという経緯があるので、購入証明書とか説明書とかそんなオプションがない。
だから、正規にメンテナンスしてもらうことができない。
まあ、友人のつてなんかを用いてなんとかメンテナンスしてもらうことはできるにはできるのだけど、やはりなんとなく気を使う。
それに唯先輩はメンテナンスに行きたがらない。
そんな理由があってメンテナンスに行きしぶっていたのが、まさかこんなふうに止まってしまうとは。
実は、はじめてのことじゃなかったりするんだけど。
とりあえず唯先輩のすみからすみまでを眺め回してみる。
やはり完全に停止していた。
これは工場まで連れて行くのに一苦労だなとわたしは思った。
いつものお返しに少しくらいいたずら――ほっぺになんか書くとかしようと思ったけれどやめた。
その発想が唯先輩みたいだったからだ。
唯先輩を背負った。
人工生命とはいっても重さは人間と同じだった。しかし、それが重い。
ふら、ふらふらふら。
店を出る時に『営業中(唯先輩が描いたへんてこなイラスト)』の看板をひっくり返した。
『準備中(唯先輩が描いたへんてこなイラスト)』
唯先輩を肩に商店街を歩く。
人々の視線が痛かった。
顔が赤くなった。
でも、歩く。
歩く。
そうしているうちに、なんとか工場に着いた。
あの丘のふもとの工場。
一度大きく息を吐いてから、敷地内に足を踏み入れた。
受付の前で立ち止まり取り付けられたベルを鳴らした。
少し後で足音がした。
澪「あ、梓、またなんだ」
澪先輩は一目わたしを見るなり言った。
この工場ではわたしは有名なのだと澪先輩が前に言っていたのを思い出した。
梓「またですね」
澪「だから、メンテナンスはちゃんと来いって言ったのに」
梓「だって……」
澪「重くない?手伝おうか」
梓「大丈夫ですと言いたいところですけど手伝ってください」
澪「うん」
澪先輩は唯先輩の足の方を抱え上げた。
とても丁寧な動きだった。
澪先輩はわたしの友人であると同時に唯先輩の友人でもあるのだ。
梓「なんかこの姿勢辛いですね」
澪「そうだな。はやく中に行こうか」
工場内に入った。
鉄とサビの匂いがした。
遠くで機械の動く音がしていた。
きいいいかああんきいいいかああんぷくぷくとうんぷくぷくとうん。
なぜか、その音がいつでも耳についてなかなか離れなかった。
小さな部屋に唯先輩を置いた後、応接間のようなところにわたしは通された。
ソファーに腰を下ろすと、もう少しで和先輩がやって来ると澪先輩が教えてくれた。
澪「はい、お菓子とお茶でも食べて待っててくれ」
梓「ありがとうございます」
澪「ムギがいれるやつみたいにおいしくはないけど」
ムギ先輩はわたしたち共通の友人だった。
梓「いえいえ十分です。それにしても澪先輩はしっかりしてて羨ましいですよ。唯先輩にもみせてやりたいというか」
澪「あはは。まあ、唯は」
梓「まったく困りますよ」
澪「どう商売の調子は?」
澪先輩がわたしに訊いた。
梓「いやそうですね。まあ、あんまり人は来ないですけど、こうして生活しているわけですし」
澪「そっか。なんとかやってるんだな。唯はどんな感じ?」
梓「どんなかんじで言われても……いつもぐうたらで仕事はしないしたぶん売れない原因の八割は唯先輩にありますよ」
澪「楽しそうだ」
梓「……まあ。澪先輩はどうです?」
澪「相変わらずかな」
梓「そうですか。あれ、唯先輩ってここで作られたんですよね」
澪「うん」
梓「澪先輩が作ったんですか?」
澪「ううん。流れ作業がほとんどだよ。でも中枢部分は和がやってるからそういう意味では和が生みの親って言えるのかもな。それにわたしは事務だし」
梓「わたしもけっこうここに来てるのにあんまり知らないですね」
澪「うんまあ普通にしてたらなかなかわかんないよね。そうだ唯を待ってる間工場見学でもしてみれば?」
梓「いいんですか?」
澪「和に聞いてみるよ」
澪先輩がそう言ったとき、部屋の扉が開いて和先輩が現れた。
和「こんにちは梓ちゃん」
梓「どうもいつもありがとございます」
和「お礼なんていいわよ。それより唯はバッテリーが切れただけみたいだったわ。最後に交換したのはいつかしら?」
梓「まだ一度も」
和「でしょうね。他のところに行くとは思えないし」
梓「はい」
和「まあバッテリー交換はすぐに終わるけど一応メンテナンスもするから少し時間がかかるかもしれないわ。だからど悪いんだけどこかで時間をつぶしててくれないかしら?」
澪「あ、和そのことなんだけどさ梓工場内を見学したいんだって」
和「別にいいけどこんな工場なんか見ても面白いものはなにもないわよ?」
梓「いえ、まあ」
和「ならいいけど。はい、見学者は一応これをつける決まりになってるの」
そう言って和先輩はわたしの首にカードのついた赤い紐をかけた。
カードには『見学中』の文字、手書きのイラスト。
梓「あのひとついいですか?」
和「なに?」
梓「この絵誰が書いたんですか?」
和「たしか澪よね?」
澪「うんそう」
唯先輩の絵に似ていたということは黙っておいた。
みんな忙しいというのでひとりで適当に工場内を見て回ることになった。
なんというかアバウトすぎないだろうか。
まあ、いいけど。
工場内では機械の手が右へ左へ動き、得体もしれない物体が組み上げられていた。
そのどれもが物珍しくてわたしはいちいち立ち止まっては長い間そこから動かなかった。
そうして工場内をうろうろしていると、後ろから声をかけられた。
おーい梓っ。
梓「あ、なんだ律先輩ですか」
律「なんだとはなんだ」
梓「いえいえ」
律「なにやってんだこんなとこで。あれか泥棒か」
確保ー。
律先輩に首根っこをとらえられる。
わたしはぱたぱたと手を振った。
梓「やめてくださいー」
律「あ、このカード。工場見学?」
梓「そうです」
律「じゃあさ、わたしが案内してやるよっ」
梓「えー」
律「なんだその不満そうな顔は」
梓「それに律先輩仕事はいいんですか?」
律「梓を案内するのがわたしの仕事だっ」
梓「要するにサボりたいんですよね」
律「そうだっ」
梓「自慢気に言うことじゃないですよ」
律「まあまあ、固いこと言うなって」
というわけでわたしは律先輩に連れて行かれることになった。
梓「ていうかどこ向かってるんですか?」
律「ほら、せっかくだから社員しか知らない特別な場所を見ておくのもいいだろ?」
梓「そんなとこわたしが行ってもいいんですか」
律「へーきへーき」
その間にもいろんな目新しいものが右から左へと流れていった。
梓「あの、わたしが見た限りだと同じ形の人っていうか、同じ形の人工生命はないんですか?」
律「そりゃあそうだろ。梓だって唯みたいな唯じゃないやつが道を歩いてたら困るだろ?」
梓「たしかにそうですね」
たどり着いたのは小さな階段だった。
奥を見下ろしても真っ暗でなにも見えない。
梓「なんですかここ?」
律「いいからいいから。ついてこいって」
かちり。
律先輩が懐中電灯のスイッチを入れた。
こつんこつん。
わたしたちの足音が狭い通路に反響した。
律「ここ、出るらしいんだよ」
梓「なにがです?」
律「決まってるだろ幽霊だよ幽霊。ここ、少し行くと行き止まりで小さな部屋みたいになってるんだけどさ」
梓「そんなとこ行ってどうするんですか」」
律「隠れ家だよ。仕事をサボるための」
梓「へえ、ひどいですね」
律「まあねー。それでその部屋が死体を埋めるために作られたんじゃないかって噂なんだよ」
梓「死体?また物騒ですね」
律「なんでもな、この工場を作るときにさ人柱って言うの? まあなんかそういうので死んじゃったらしんだよ」
梓「その幽霊?」
律「そうそう。しかもだぞその幽霊な、決まった日に現れるらしいんだよ。13日の金曜日みたいにさ。きっと、そうすれば忘れられないとでも思ってるんだろうなあ、うんうん」
梓「なんで同情してるみたいに言うんですか」
律「しかも今日がその日だ」
梓「幽霊の出る日?」
律「怖いだろ?」
梓「よくある話じゃないですか」
最終更新:2012年08月18日 22:00