【DropOut】

飴玉が降る。
わたしと唯先輩は傘を持っていった。
相合傘で歩いた。
あめがわたしたちの上で跳ねてぼこぼこ音を立てた。
赤青黄色緑紫ピンク。ありとあらゆる模様のビニールの袋に包まれたありとあらゆる色の飴。
空が1年で一番カラフルな日だった。
車が通って、飴が溜まった場所――飴溜まりなんていうのかもしれない、を壊すたびわたしはちょっと悲しくなった。
唯先輩は楽しそうに口笛を吹いていた。
わたしは口笛が下手だった。
だから、唯先輩に聞こえないくらいのか細い声で唄を歌っていた。
あめーふれーあめーふれー。

唯「あずにゃん、きれいだね」

梓「まぶしすぎますけどね」

唯「そうかな」

梓「ちょっとだけ」

小さな公園の休憩所の屋根の下にわたしたちは座った。
公園にいたのはわたしたちだけだった。

唯「ちょっとはやかったかな」

梓「そうですね。でも遅刻するよりはいいですよ」

唯「それもそうだね……よしっ」

唯先輩が屋根の下から飛び出して、痛ったいなあ、なんて言いながら地面に落ちていた黄色い飴を2つをとってきた。
その1つをわたしにくれて、もうひとつをぱくりっ。食べた。
わたしもそれにならって包みを開き、薬指の爪くらい小さい飴玉を口の中に放り込む。
レモンの味がした。
甘くてすっぱかった。

唯「これなめ終わる前にはみんな来るかな」

梓「どうでしょうね。律先輩とか遅刻しそうですけどね」

唯「だねー。おいしい?」

梓「まあ。普通のレモンドロップですけど」

唯「へえー。あずにゃんのはレモンだったのかあ。わたしのはバナナだったよ。交換する?」

梓「口の中にあるのに」

唯「口の中にあるけど」

梓「……いいです」

唯「ざんねんだね」

梓「べつに。それにしてもいつやむんでしょうかね、飴」

唯「夕方にはやんじゃうんだって」

梓「よく覚えてますね」

唯「お天気予定で言ってたよ。だから、それまでにいっぱい飴を食べなきゃねっ」

梓「いやしいですね。飴なんてどこだって買えるじゃないですか」

唯「違うよっ。空から降った飴だからいいんだよっ。特別なんだよっ」

梓「そういうもんですかね」

唯「あずにゃんは何もわかってないんだねー」

唯先輩は嬉しそうな顔で、でもどこか寂しそうに言うのだった。

二人で並んで飴が降るのを眺めていた。
唯先輩が寒そうに手をこすった。
わたしもその真似をした。
別に寒いわけでもなんでもなかったのに。
なんとなくわたしたちは黙っていた。
飴が跳ねる音を聞いていたかったのかもしれない。
唯先輩は遠くを見ていた。
わたしは唯先輩を見ていた。
その表情は今にも壊れてしまいそうだった。
飴の音はなんだかせつないね。
唯先輩が呟いた。

唯「だから、あめ降りの日はちょっとせつないよ」

あのメンテナンス以来、唯先輩はときどきこんなふうに儚げな表情を見せることがあった。
わたしもそのたびにちょっとだけ心細くなった。
だけどそれもほんの一瞬のことで、すぐにいつもの唯先輩に戻るのだ。

唯「せつないからあずにゃんにあっためてほしいな?」

梓「ほしいなもなにも、もう勝手に抱きついてるじゃないですか」

唯「あったかーい、ねっ」

梓「……まあ」

こんなときにはどうしても唯先輩に対し甘い態度をとってしまう。
だからこの表情自体唯先輩のポーズじゃないかとも思える。
まあだとしたってわたしは結局、唯先輩に抱きつかれてしまうんだろうな。

少しあとで律先輩、澪先輩、ムギ先輩の3人がやってきた。
カバンを傘のようにしてたたたっと歩いてくる。

律「いやあ。けっこう降られちゃったよ」

梓「傘、持ってくればよかったじゃないですか」

律「だってさ、壊れちゃったんだよ。どこ見ても売り切れだったし」

澪「律が振り回したりするからいけないんだ」

律「なにをー。そんなこと言うならムギだってはしゃいでたぞー」

紬「だって、今日が飴降りなんて思わなかったもの。飴が降らない年も多いのに」

唯「だよねー。わたしも朝テレビで見てびっくりしちゃった」

澪「飴降りの日のティータイムもいいよなあ」

唯「ねー」

休憩所の机の上にひと通りのティーセットが広げられる。
ムギ先輩が持ってきたものだ。
そして、それぞれが持ってきたお菓子。
ポテトチップスとかベルギーチョコレートとか拾ったあめとかたいやきとか。
わたしたち5人はよくこんなふうにみんなで集まってお茶会みたいなことをする。
それがいつどんなきっかけでどうしてこの5人ではじまったのかなんてことは思い出せもしないけど。

澪「ふう……。いつムギのいれるお茶はおいしいな」

律「そうそう。これがあるから毎日を乗りきれるよ」

紬「ありがと。それにしてもけっこう降ってるね、飴」

律「こんなんだと飴屋さんは商売あがったりだな」

唯「そんな素敵な店があるのっ?」

律「いやあ。わたしは知らないけどさ」

唯「なあんだ」

梓「駄菓子屋があるじゃないですか」

律「梓の秘密基地だな」

梓「どういうことですか」

律「ちっちゃいってことだよ」

梓「うるさいです」

唯「でもりっちゃんもいい勝負だよっ」

律「その話じゃねーよ。ばかっ」

梓「ぷっ」

律「お前が笑うかっ」

梓「きゃー」

紬「どうしたの?」

澪「いや。さっきなめてた飴が中にぱちぱちがあるやつだったんだ」

唯「えーいいなあ。わたしもなめたい」

律「梓、顔がこわいぞ」

梓「べつに」

律「へえー」

唯「そういえば、飴ってどうなっちゃうのかな」

紬「どうなっちゃうって?」

唯「降った飴は道に落ちるよね。それでそのうちなんでなくなるのかなって」

梓「たしかに次の日にはほとんどなくなってますもんね」

唯「そうそう」

律「それはもちろんあれだろ。回収するんだろ」

唯「誰が?」

律「宇宙人とか……なあ、澪っ」

澪「うん。そうかもな」

律「あれ、いまいち怖がんないな」

澪「だってそういうのはたいていアメクイの派生の話なんだよ」

唯「アメクイ?」

澪「うん。アメクイっていうのは動物でね、クマみたいな姿をしてるんだけど、両側の腰のあたりがぷっくり膨らんでるんだ」

律「とうとう澪が恐怖現象にファンタジーで対抗し始めたぞ」

紬「でもわたしもそのアメクイの話聞いたことあるわ。たしか、2足歩行なんだけどゴリラみたいに手を前について歩くのよね」

澪「そうそう。群れを作らないで距離をとって歩くんだ。まあ、たまには組みを作ってるのもいるらしいけど」

律「で、澪は見たことあるの?」

澪「いやないけど……でもそういう噂だし」

律「へえ。じゃあ宇宙人や幽霊みたいなものじゃん」

澪「やめろ」

律「今夜、澪が寝ているうちに、澪が拾った飴を奪いにくるかもよ」

澪「ひっ」

唯「飴捨てちゃうの?」

澪「だって……律のせいで飴持ってるのが怖くなった」

律「じょーだんだって」

澪「ほんと?」

律「うん」

唯「澪ちゃん、アメクイの絵描いてよ」

唯先輩はどこから取り出したのか紙とペンを澪先輩に手渡す。

澪「えーと…………わたしが聞いたのはこんな感じかな。体毛は黄色なんだけど」

紬「あ、わたしが知ってるのもこんなのだった」

唯「わあっ。かわいいね」

澪「うん」

唯「やっぱり飴を拾うのはかわいい動物じゃなくちゃおかしいよ」

澪「だよなだよな」

唯「うんうん」

律「梓、あれかわいいか?」

梓「それは……個人差はありますよ」

律「そんなもんか」

アメクイを見に行こう。
と、唯先輩が言い出しのは家に帰ってすぐのことだった。

唯「たしかめるんだよっ。わたしたちが」

梓「アメクイを」

唯「そうっ」

唯先輩はわたしのうでを掴んで走りだしている。
別に誰も同意したわけじゃないのに。
いつの間にか飴はやんでいた。

唯「この辺ならわかるかな」

そこは商店街の入り口のすぐ近くでちょっとした広場になっているところだった。
外はもうずいぶん暗くなっていて、街灯の黄色い光がぼんやりと円を描いていた。
夜の商店街というのは案外暗いものなんだなとわたしは思った。
自分の周囲しかよく見えなかった。
あのデパートができたせいで商店街から少なからず人が減ったせいもあるのかもしれない。

唯「そろそろアメクイがでてもおかしくない時間だよね」

梓「もし、そんなものがいるならですけど」

もうだいぶ遅い時刻だった。
残念ながらアメクイらしき存在は現れない。
唯先輩はなにかしゃがんでごそごそやりはじめた。

梓「なにやってるんですか?」

唯「飴を拾ってるんだよ。よく考えたらアメクイが来ちゃったらもう飴を拾えないんだもんね」

梓「そんなに飴いいですか?」

唯「せっかくの日だもん」

梓「そうですかね」

わたしは立っているのに疲れて、ぱっぱっと2回地面を払って、そこに腰を下ろした。
ああ目がころころと転がっていった。
試しにひとつ手にとってみて、これがねえ、なんて呟いてポケットに入れた。

しばらくあとで影がひとつ現れた。
わたしは飴拾いに熱中している唯先輩の肩をたたいた。

梓「ほら、先輩、誰か来ました」

唯「えっほんとだっ!」

影は、4足歩行に近い形で地面と背中を並行にして歩き、しきりに立ち止まってはその腕のような部分であめを拾う。
なるほど、たしかに澪先輩の絵のとおりだ。
遠いし暗いから色まではわからないけれど。

梓「あれがアメクイなんですかね」

唯「しっ。あずにゃん、小さな声で喋らなきゃ」

さっきあんな大声を上げたくせによく言うよ。

そのうち影の数はどんどん増えていった。
そして影はお互いの間に一定の距離を保ちつつ徘徊を続ける。
ある一定のラインからは近づかないようにしてるみたいに。
これも話のとおりだ。
それでも、ときおりは2匹や3匹で組を作って行動しているものも発見できた。
たしか、そんな話もあったから驚きだ。

唯「アメクイだっ。アメクイだよあずにゃん」

梓「どうでしょうか」

そのまま地べたに座ってアメクイの徘徊を眺めていた。
わたしたちのすぐそばにはアメクイが寄って来なかったけど、その辺りの飴は唯先輩がみんな集めてしまっていた。
時がたつにつれ、アメクイがぽつり、ぽつり、と消えていつの間にか広場に残っているのはわたしたちだけになった。
帰り道、飴はほとんど落ちていなかった。

唯「それにしてもホントにアメクイいたねっ」

梓「ちゃんと見てたんですか。自分の飴とることばっかに集中してたくせに」

唯「できる女はいっぺんにこなすのだ」

梓「なんですかそれ」

街灯の黄色をたどるようにして家を目指した。
唯先輩がポケットを叩いては、こんなにいっぱい食べきれないねーと嬉しそうに言う。
その姿を見てわたしは閃いた。
その考えを唯先輩に話してみた。

梓「もしかしてアメクイは無数の唯先輩なのかもしれないですね」

唯「何言ってんのさ。わたしは増えたりしないよー」

梓「違いますよ。唯先輩がそうしたように、せっかくなんだから飴をたくさん集めておかなきゃってみんながみんな考えて、それでその人々がお互いの影を見てアメクイなんてものを想像したんじゃないでしょうか」

アメクイなんてものを考えつくのが、そもそもおかしい。
だって、もし他に飴を拾う影を見つければそれは自分と同じ理由で自分と同じ生き物がそうしているのだと普通は思うはずだ。
ただ、特別な瞬間――例えばあめ降りの日の夜なんかには、誰もが夢を見たくなる。
欲望に突き動かされた人々の群れなんていうのよりは、おとぎ話の中だけの動物の方がずっといい。
アメクイはそんな人々の願望が生み出したのかもしれないな。

唯「そんなのってないよー」

唯先輩が言った。

梓「不思議な話なんてのはそんなものですよ」

唯「だって、あずにゃんもポケットいっぱいにしてるもんねー」

梓「……べ、別にいいじゃないですか」

唯「うん。特別な日だもんねっ」

梓「……ちえ」

唯「でも、わたしたちがアメクイだったなんてすてきだよね」

梓「そういうことが言いたいわけじゃないんですけど」

唯先輩はわたしのポケットを指差した。
今日のあずにゃんは何を言ってもダメダメだ、って笑った。
そうですねとわたしも苦笑いした。

ポケットをぱんぱんに膨らませた、2匹のアメクイが暗闇に消えていく。


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最終更新:2012年08月18日 22:05