【思い出3(2つのうちから選ばれなかった思い出の話)】

妹は笑っていた。
大学ノートに書かれた文字を読んでいた。
姉の部屋を掃除しているとき見つけて、そしてそのまま読んでいた。
がちゃり。
ドアが開いて姉が入ってきた。
熱中している妹はそれに気が付かない。
姉は妹の名前をよんだ。
わあっ、と妹は大げさに驚いてみせる。

姉「何してるのー?」

妹「掃除してたらね。おねーちゃんが昔作ってくれたお話があったんだよ」

姉「そんなことあったっけ?」

妹「ほら、まだ小学生に上がりたての頃、よく」

姉「うーん。そうだっけ」

妹「そうだよー。忘れちゃったの?」

ここで映像が滲む。
声にノイズが混ざる。
フィルムが傷ついた映画のように。

妹「……たとえば……じぃいいい……ここんななな話」

姉「……ぎちぃいい、んな……どんな?」

少しあとで映像は元に戻る。

妹「それはいらなくなっちゃった世界の話なんだけどね」

姉「うん」

妹「女の子、ぜんまい仕掛けのロボットが現れて、その世界を壊そうとするんだ」

姉「怪獣さん?」

妹「おねーちゃんほんとに覚えてないんだー。ちがうよ。そのロボットのぜんまいを回すと惑星がいつもよりずっとはやく回っちゃうんだよ。それだからすぐみんな壊れちゃうんだよ」

姉「ふむふむ。それで?」

妹「それである女の子がロボットを拾うんだけどね。間違ってぜんまいを逆向きに回しちゃうんだよ。だから、世界は壊れないし止まったままになっちゃうんだ」

姉「あ、思い出したっ。そのロボットって」

妹「うん」

姉「じぃいいっ……だよねっ」

姉が言った妹の名前にノイズがかぶる。

妹「そうだよ。それで女の子のモデルがおねーちゃんなんだよ」

姉「うん思い出したあ」

妹「ノートにはそこまでしかないんだけどその後はどうなるんだっけ?」

姉「その後はねー……」

消灯。


【思い出4】

律「次の曲で我々放課後ティータイムは解散しますっ」

紬「わあああっ」

唯「終わらないでー」

律「じゃあ行こうか、みんな」

澪「うん」

紬「梓ちゃん、泣いてるの?」

梓「えーと……」

紬「じっ」

梓「……ちょ、ちょっとだけ」

唯「そうだよ、わたしたちは別れるんじゃないんだよ。別々の道を行くんだよっ」

律「それではラストソングっ。わんつーすりーっ」

唯「すぅっ…………君を見てるといつもはーとドキドキっ……」

紬「はい、かっとかっとー」

唯「あー歌うとこだったのに」

律「なかなかいい出来だったよな」

唯「うんっ。もうこれで最後感がすごくでてたよねー」

紬「ねえねえ、わたしのアドリブどうだったかしら?」

律「あれはすっごくよかった。なんかこう、最後って感じがよく出てた。ただなあ……梓が」

梓「だって、いきなりふられたってわかりませんよ。アドリブ苦手ですし。ていうかこんなことより……」

唯「あのさあのさ、わたしのもよかったよねー」

梓「ぜんぜんよくないです。別れるのと別々の道行くのとは同じじゃないですか」

唯「ちぇ。あずにゃんは自分は真剣にやらないくせにダメ出しばっかなんだもん」

梓「じゃあ唯先輩は真剣に練習してくださいー。ていうかなんですかデスデビルごっことかこれとか」

紬「ラストライブごっこね」

唯「いつかのラストライブのためのリハーサル、これも練習だよっ」

梓「そんな練習はしたくないですよ」

律「梓は放課後ティータイムが大好きだもんなー」

梓「別にそんなんじゃ……」

紬「嫌いなの?」

梓「好き、ですけど」

唯「大丈夫だよっ。放課後ティータイムは解散なんかしないよ」

梓「そういうことじゃなくて」

紬「ほら、梓ちゃんの大好きなお茶よ」

梓「あ、どうも」

紬「おいしい?」

梓「はい」

唯「えへへーあずにゃんもすっかりこの空気の一部だねー」

梓「そんなこと……」

律「たまにはこうやってお茶もいいだろ」

梓「……まあ。たまあああにはこういうのも……たまにはが多すぎですけど」

律「やったな唯」

唯「うんやったねりっちゃん」

梓「なんですか?」

唯「ちょっといい話ふうに練習サボろう大作戦成功だねっ」

律「うんっ」

唯「いえーいっ」

律「いえーいっ」

ぱしんっ。

梓「あー、ひどいですよっ。ていうかムギ先輩まで一緒になって……」

紬「えへへ。面白そうだったからつい」

澪「やれやれ、そろそろほんとに練習するぞー」

律「あら、澪さんずっと蚊帳の外でさびしいのかしら?」

澪「う、うるさいっ」

律「いちっ」

5人で机を囲んで本日二度目のティータイム。
せっかく楽器まで用意してこれだから困ってしまう。

唯「でも、こんなに紅茶ばっかり飲んでるとわたしたちが紅茶になっちゃうって思うよねー」

澪「いや思わないって」

律「朝起きたら体がどろどろのぐちゃぐちゃになってたりしてなあ」

澪「やめろ」

紬「澪ちゃんおかわりいる?」

澪「い、いらないっ」

梓「結局、今日も練習しないんですねー」

なんんとなくだらだらした空気。
わたしは今日はもう練習ないなあと諦めていた。

律「なんか退屈だなあ」

唯「ねー」

澪「よく言うよ」

律「あれでも作るか」

紬「なになにー?」

律「活動記録」

梓「なんでまたそんなものが」

律「ほらわたしたちそろそろ卒業じゃん。だからさ、なんーか残しておいたほうがいいのかなってさ」

唯「そういえばクラスの子も作るって言ってたね」

紬「あー言ってた言ってた」

律「だからわたしたちもそういうの欲しくね」

澪「またはじまった」

梓「だいたいなんのためにそんなもの作るんですか」

律「そりゃあわたしたちの輝かしい功績を後世に残すためだっ」

梓「そんなものがあるといいんですけどね。どうせわたしたちの活動記録なんてお茶お茶休憩お茶練習遊びお茶ですよ。そんなもの誰が見たがるんですか」

紬「やってるほうは楽しいのにね」

唯「あずにゃん、でもさでもさ」

梓「なんですか」

唯「宇宙人とかならわたしたちの活動記録でも知りたがるんじゃないかな」

梓澪「それはおこりえないっ」

唯「わわっ。澪ちゃんまで」

律先輩が何かささやいて、澪先輩が耳をふさいだ。
どこか楽しそうな顔。
ぱしゃっ。
シャッター音。
でも、もうあるよねえ。
そう言った唯先輩が携帯をぽちぽちやりはじめた。
みんながそれを覗きこんだ。
まずさっきの澪先輩が画面に映り、その後で様々な写真に切り替わっていく。
ちょっとしたけいおん部の活動記録。

唯「あ、りっちゃん変な顔ー」

梓「ぷっ」

律「笑うなー」

紬「あ、澪ちゃん寝てるね」

澪「こんなのいつ撮ったんだっ」

唯「ヘヘへ」

澪「けしてー」

唯「だめだよー活動記録だもんっ」

澪「携帯よこしなさいっ。このー」

唯「ぼうりょくはんたーい」

いつの間にか、カーテンの開いた窓から西日が差し込んでいた。
そろそろ帰るか。
律先輩が言った。
そうだな、と澪先輩。
わたしが部室を最後に出た。
夕日に染まった部室はどこか欠けたような感じがした。
扉を閉める時の大きな音にわたしは少し震えた。

帰り道、律先輩澪先輩、ムギ先輩と順に別れ、唯先輩と二人になった。
頭上を飛行機が横切った。
わたしたちは顔を上げてそれが消えてしまうまで見守っていた。

唯「南極に行きたいねー」

梓「なんでよりによって南極なんですか」

唯「南極にいけばみんながわたしたちの毎日を、いいねってほめてくれるのになあ」

梓「南極に人は住んでませんよ」

唯「でも、ペンギンがいるよー」

梓「ペンギン?」

唯「ペンギンさんはこうていしてくれるんだよ」

梓「あ……こうていぺんぎん」

唯「ぴんぽーんっ」

梓「ダジャレじゃないですか」

唯「えーでもきっとペンギンさんならわたしたちのこともすごいって認めてくれるよ」

梓「ペンギンが」

唯「肯定ペンギンさんが」

梓「まあ、そうかもしれませんね」

唯「だって、ペンギンって鳥なのに空飛べないけどいつもあんなに楽しそうなんだよ?」

梓「自分たちで肯定しあってるからですか」

唯「うん絶対そうだよ」

梓「でもそういえば、にわとりも飛べない鳥ですけど、こくこくこくこくいつもうなずいて歩いてるようにも見えますよね」

唯「でしょー。みんな空飛べないのを自分たちでそれでもいいよって言い合ってるんだよ」

梓「でもそれってずるいじゃないですか。自分たちで肯定しあうのは」

唯「どうかなあ。そのとき励まされたらそれでいいんだよ、たぶん」

梓「そうですかね」

唯「それにきっとペンギンもにわとりもそんな難しいこと考えてないよ。あずにゃんは、ほら無駄に考えるのが好きだから」

梓「唯先輩なんて3歩歩けばみんな忘れちゃいますもんね」

唯「こけーこけー」

梓「つつかないでください」

唯「あ、せっかくだから動物園いこうよ」

梓「今からですか?」

唯「うん」

梓「いいですけど、ペンギンいるのは皇帝ペンギンじゃないですよたぶん」

唯「それでもいいよー」

わたしたちは動物園に行った。
残念なことに入り口の門は固く閉じられていた。
『本日は休園です』
いろんな動物の匂いが、ぐちゃぐちゃに混じった匂いがした。
なんだか落ち着く。
誰か鳴いた。


梓「休みですね」

唯「そうだねー」

梓「残念ですね」

唯「あずにゃんは動物園好き?」

梓「好きですよ匂いとか雰囲気とか。唯先輩だってそうじゃないんですか?」

唯「うん、いっぱい動物さん見れて楽しいよね。だから好きだったんだ」

梓「だった……今は?」

唯「今も好きだよもちろん。でも、最近たまに考えるんだ。動物園にいる動物さんたちはどんな気分なのかなって」

梓「そんなに悪い気もしないんじゃないですか。人気者ですし」

唯「ほんとに?」

梓「たぶん」

唯「檻の中でも悲しくならないかな?」

梓「でも、楽しいこともありますよ。きっと」

唯「それじゃあわたしたちとおんなじだ」

梓「そうですね」

唯「よかった」

梓「変です」

唯「そうかな」

梓「唯先輩らしくないです。そんな難しいこと考えるのは」

唯「えっへん。成長したんだよ」

梓「どうですかね」

唯「なんだとー。くらえー」

梓「あははっ、くすぐるのやめてくださいよっ」

唯「このこのー」

梓「はっひゃひゃっ」

唯「ほらほらーっ」

梓「あーひゃっひゃっひゃっ……ってやめてくださいっ」

唯「あんっ」

梓「はあはあ。疲れました」

唯「わたしも疲れた」

梓「それはずるいです」

唯「えへへ」

梓「くすぐってやりましょうか」

唯「それはかんべん」

梓「まったく」

唯「……でもさっ」

梓「はい?」

唯「もしわたしが難しいこと考えるとしたらそれはあずにゃんのことだと思うな」

梓「なんですかいきなり」

唯「なんでもなーい、よ」

梓「そうですか」

唯「帰ろうね」

梓「そうですね帰りましょうか」


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最終更新:2012年08月18日 22:09