唯「ねえねえ。ギターってかっこいいねえ」

じゃぎぃぃいん。
唯先輩が適当に音を出した。

唯「あずにゃんもやってみなよ」

梓「こうですか」

じゃぎぃぃいん。

律先輩もドラムを叩き始める。
どんどこどんどこ。

律「へえ。これはおもしろいな」

紬「あ、待ってわたしもやる」

ぽろろんぽろろん。

澪「こ、こうかな」

ぼーんぼん。

いけるかもな。
みんながそれなりの音を出すようになってきた頃、律先輩が言った。

澪「どこがいけるんだ」

唯「わたしギター弾ける気がしてきたよっ」

梓「そんなわけないじゃないですか」

紬「でもやってみようよ」

律「じゃあ、いくぞー」

一呼吸間があった。
わーんつーすりーっ。
唯先輩のギターがすぐに聞こえた。
遅れてドラムの音が鳴り出す。
ときどきムギ先輩がキーボードを叩く。
わざと大きなため息をついた澪先輩と顔を見合わせてから、楽器に触れた。
適当に弾いた。

雑音が響く。
それはもちろん音楽なんてのとはぜんぜんかけ離れたもので、みんながみんな自分の好きなように楽器から音を出しているだけだった。
それでも、そこにいたわたしたちには、その姿がまるでステージの上で演奏しているかのように思えてしまったんだ。
途中で唯先輩が歌い出した。
ぐちゃぐちゃな演奏とは似ても似つかないきれいなメロディー。
それはあの宇宙人の歌だった。

ふわふわたいーむーふわふわたいーむー…………

どれくらいそんなふうにしていただろう。
気づくとわたしたちは、疲れきってへなへなと座り込んでいた。
まだ陶酔感が残っていてあたりがぼやけて見えた。
輝くステージみたいに。
かっこよかったね。
ぽつり、ムギ先輩が言った。

唯「うんっ。すごいよっまるでプロみたいだったよっ」

梓「それはいいすぎですよ」

律「でもへったくそだったなあ」

澪「へたとかそういう以前の問題だったよ」

唯「でも、よかったよねー」

澪「まあ」

律「それはな」

あっと澪先輩が声を上げた。
ほとんど同時に他のみんなもあっと言った。

律「ここってさ……」

紬「駅だ……」

梓「最初にいたとこですね」

唯「やったよっ戻ってこれたんだよっ」

澪「でもおかしいよな」

唯「台本全部やったから戻れたんだよ」

澪「それはそうなのかもしれないけど」

紬「……もしかして、最初からずっとここにいたとか、ね」

唯「でもさ、みんなちゃんと覚えてるよ部室にいたことは」

梓「なんかしらの方法で戻ってきたとか」

唯「なんかしらってなにかな」

梓「それは……わからないですけど」

律「あああっもうっ。なんでもいいよっ。とにかく帰ってきたんだからそれでよしっ」

梓「そんなテキトーでいいんですか」

律「じゃあ、宇宙人のせいにしておこうっ。なんなら幽霊でもいいぞ」

澪「こんなときまで怖い話をしようとするなっ」

律「わかんないことは幽霊か宇宙人のせいにしとけばいいんだよ」

澪「他のがいいっ」

律「たとえば?」

澪「……たぬき、とか」

律「うんじゃあそうしよう。わたしたちはたぬきに化かされたんだっ。これでいいか?」

澪「うん」

紬「そうね……りっちゃんの言う通り考えてもしかたないのかも」

律「わかんないことは何も考えないっ」

梓「さすがにそれは行き過ぎだと思いますけど」

紬「帰ろっか。暗くなってきたし」

唯「たぬきが泣いたら帰りましょー♪」

たしかに暗闇が深くなっていた。
電灯がともるのが見えた。
わたしたちは5人で横に並びながら道を歩いた。

梓「それにしてもあれですね。ぐだぐだな青春でしたねー」

律「だなー。いつもとおんなじ」

梓「でも思ったんだけどこれ、意味ないですよね」

唯「どういうことー?」

梓「結局は青春の思い出も作り物ってすぐにわかっちゃうじゃないですか。だから、それじゃあ思い出を手に入れられないじゃないですか」

澪「ちゃんとやればちゃんとした思い出になるんじゃないか?」

梓「そうなんですかね」

唯「きっとさ、それも含めて青春なんだよ。だからもうちゃーんとした思い出なんだよっ」

律「なんだそれー」

唯「違うかな?」

律「さあなあ」

頭上にはちょうど夕暮れと夜の間の紫色の空が広がっていた。
途中で逃げ出したからきっとうまくいかなかったんだよと律先輩が言った。
不意に、もしかしたら今もまだあの台本の続きをしているのかもしれないという考えが浮かんだ。

唯「でも、楽しかったよね」

唯先輩が言ってみんなが肯いた。


【CM】

ちゃっちゃっちゃっ。
一定のリズムでギターが鳴っていた。
わたしはその音を聞きながら通りを眺めていた。
ときどき誰かが現れてそしてどこかへ消えていった。
眼の前に並んだいくつものオレンジ色にわたしはため息をついた。
たい焼きは売れない。
いつものことだけど。

唯「あずにゃーん。シーマイナーってどうやるんだっけ?」

店の奥のほうから唯先輩の声がした。
メロディーは止まっていた。

梓「こうやるんですよ」

唯先輩の方を見ないでわたしは言った。

唯「こう?」

梓「そうですそうそう」

じぎぃんん。
何かひっかかるような音。

唯「って見てないのにわかるかっ! あずにゃんきてー」

わたしは立ち上がってギターを弾いてる唯先輩のところへ向かった。

唯「どう抑えるんだっけ?」

梓「ちょっとギター貸してください」

唯「ギー太ね」

梓「ギー太」

唯「わあーギー太がねとられるー」

梓「教えませんよ」

唯「じょーだんだよ」

わたしはシーマイナーのコードを抑えて弾いてみせた。
メジャーコードより切なくて縮こまった音が響いた。

唯「おおっ。すごいね」

梓「ていうかそろそろコードくらい覚えましょうよ」

唯「あずにゃんがすごすぎるんだよー」

梓「それにそうじゃないと他のみなさんに遅れをとりますよ」

唯「むむむ……それはやだ」

梓「じゃあ、がんばってください」

唯「はーい」

バンドをやろうっ、と言い出したのは律先輩だった。
青春に帰った翌日のことだ。
なんでもみんなでしたぐちゃぐちゃの演奏がすごく楽しくて忘れられなかったらしい。
悔しいけど、その気持ちにはとても共感できた。
他の先輩たちもそれは同じだったようで、その提案は満場一致で可決された。
わたしと唯先輩がギター、澪先輩がベース、律先輩はドラムで、ムギ先輩がキーボード。
これはあの台本通りだった。
わたしは、自分でも驚いたのだけれどギターの才能があるみたいで、すぐに弾けるようになってしまった。
唯先輩はわたしにこう言った。
あずにゃんずっと昔からギターやってたみたいだね。
もしかしたら欠けている幼い記憶の中にはそんな思い出もあったのかもしれないな、とちょっと思った。

唯「ねえ」

ギターを弾きながら唯先輩が訊いた。

唯「売れてる?」

梓「どう思います?」

唯「売れてないねー」

梓「あたりです」

唯「なにがいけないのかなあ。あんなにおいしいのに」

梓「まあでもクリームのおかげで売り上げも少しはあがりましたし」

唯「ういさまさまだねー」

梓「そうですね」

唯「みんな知らないのかな、この店のこと」

梓「どうでしょう。でもどうどうと看板も出してますしねー」

唯「うーん……そうだっ」

梓「なんですか」

唯「CMだよ」

梓「しーまいなー」

唯「こまーしゃる」

梓「どんなCMにするんですか?」

唯「そうだなあ。みんなで演奏するのとかどう? たいやきの歌、みたいなオリジナルの曲作ってさ」

梓「いいじゃないですか。ギターうまくなったらですけど」

唯「あずにゃん先生厳しい」

梓「唯先輩のためを思ってです」

唯「むー」

唯先輩は再びギターをがしゃがしゃ。
ぽろんぽろんぽろん。
しばらくしてまた顔をあげた

唯「そういえば、ちょっとえっちなのもいいんじゃないかな」

梓「はあ?」

唯「だから、やっぱり、そういうの方が覚えてもらいやすいよ」

梓「たいやきとえっちが結びつかないんですけど」

唯「こういうのだよっ」


真っ暗な部屋。
あらい息づかい。
えっちな声。
不意に点灯。
ベットの上には2匹のたいやき。
声が重なる。
「わたしたちが丹誠込めて作りましたっ!」


唯「みたいな?」

梓「ばかなんですか」

唯「ひどいっ」

梓「それに唯先輩のえっちな声を公共の電波にのせていいわけないじゃないですか」

唯「嫉妬しちゃうね」

梓「違いますっ。はしたないって意味ですよ」

唯「そうかそうかあ」

梓「嬉しそうに言わないでください」

すいませーん。
入り口の方から声が聞こえた。

唯「あ、お客さんだ」

梓「どうせ知り合いとかですよ」

唯「はーい、ただいまーいきまーす」

唯先輩が店の方に消えた。
わたしは押し付けられたギターを抱えながらそのまま突っ立ていた。

唯「えーはい。どうぞ。あ、それはおまけですよ。あはは」

唯先輩は愛想がいい。
常連さんとは仲がいいのはもちろんのこと、はじめてのお客さんともそのまま立ち話をしている時もある。
わたしにはできない芸当だなとは思う。
嫉妬しちゃうね。
さっきの唯先輩の言葉を思い出し、そんなんじゃないですとひとり呟いた。

少しして唯先輩が戻ってきた。
手に何かチラシのようなものを握っている。

唯「これだよっあずにゃん」

梓「なんですか?」

唯「CMだよCM」

梓「CM?」

唯「宣伝だよ」

梓「見せてください」

そのチラシにはこんなふうに書いてあった。
『商店街振興フェスタ。あなたも自分の店を出して見ませんか。一番人気のお店には豪華景品も』

唯「さっきのお客さんが言ってたんだけどね。デパートの前でやるんだって」

あのデパートの建設が決まった時、商店街の人々の反対は大きかったらしい。
それこそデモをやったりなんだり。
それで、たしかデパート側が地域振興に尽力するとかいうことで決着がついたのだ。
あんなもの口約束でどうせ守られないとみんな思っていたが、それがこんな形で一応は果たされたわけだ。

唯「ね、でようよっ」

梓「別にいいですけど、いつなんですかこれ?」

唯「明日だよ」

梓「……急ですね」

次の日、わたしたちはデパートの前の通りに仮設店舗を出して、その後ろでクーラーボックスを椅子にして座って店の前を通る人たちにたいやきを売っていた。
周りにも同じようにたくさんの店舗が出店していて、そこはちょっとした商店街のようになっていた。
魚屋、肉屋、饅頭屋、花屋、八百屋、その他いろいろ。
中には見知った顔もあって、時折唯先輩は声をかけに行ったりした。

唯「ねえねえ、あずにゃん、隣のチョコ屋さんもう用意してきたの全部売れちゃったんだって」

梓「へえー、すごいですね」

唯「わたしたちもがんばろうねー」

梓「そですね」

こういうイベントだから当然といえばそうなのだけれど、わたしたちのたいやきもいつもより多く売れた。
それでも、唯先輩の話からするとわたしたちは売れてない方なんだとか。
まあ、そういうのは慣れている。

「たいやきくださーい」

梓「はい。100円になりま……って純か」

純「あーはいはい。100円くらいケチらないって。はい、どうぞ。憂の分もだから2つね」

梓「なんか腹立つ」

憂「どう調子は?」

梓「あんまりよくないかな」

純「だと思った」

梓「むっ」

純「まあまあ、アンケートにはいれといてあげるから。よかったって」

梓「アンケート式なんだ」

憂「知らなかったの?」

梓「だって……唯先輩が急に言い出したから」

唯「わたしも知らなかったよっ」

純「こりゃだめだね」

憂「あはは」

そのうちして夕暮れがやってきた。
わたしたちはすでに出店をたたんでいた。


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最終更新:2012年08月18日 22:11