純「おっす、もしもしー?」
その日の夕方、家に帰ってから、私は純ちゃんに電話をした。
憂「あのね、純ちゃん……」
まずは一人であるかを確認して、口外しないように伝える。
純「うんうん。いいけど、なに内緒話って。どうしたの?」
憂「実は。宝くじに当たっちゃって。それでお姉ちゃんとみんなで焼き肉に行こうってなったんだけど」
純「ほう、焼き肉……って、みんなって?」
憂「梓ちゃんと、それから軽音部の先輩たちに、あと和さんも」
純「へー。さわちゃんはいいの?」
憂「……うーん。いちおう誘ってみようかな?」
純「あ、ウソウソ。冗談、同窓会じゃないんだから。で、いつなの?」
純ちゃんは、さわ子先生の話が少し苦手だ。
別にお互い嫌っているというわけじゃないけれど、
なにぶん純ちゃんはまだ大学にいる長老なのだ。
送り出してくれたさわ子先生に対して引け目を感じるのも無理ない。
憂「次の日曜のつもり。日程変わったらまたメールするけど」
純「日曜なら平気かな。おごりってことでいいんだよね?」
憂「うん。せっかく宝くじ当たったのに、そんなにけちくさいことしないよ」
純「ま、いくら当たったとかはあえて聞かないけど……大事に使いなよ」
憂「……うん。大事にする」
じゃあまた、と軽く電話を切られる。
次は梓ちゃんに電話をかけることにした。
憂「もしもし、梓ちゃん?」
梓「珍しいね、憂から電話なんて」
確かにそうかもしれない。
私は主婦の身分だから、働いているみんなに対して遊びに誘おうというのには億劫だ。
早くみんな結婚して家庭に入ってしまえばいいのに、
純ちゃんといい梓ちゃんといい、どうにも恵まれていない。
梓ちゃんに至っては恋愛放棄宣言をして、就職した会社であくせく働いている。
何が梓ちゃんをそうさせたのかは分からないけれど、おかげで社内では信頼されているらしい。
実際、結婚をせずに働く男の人は多いのだし、
いくら梓ちゃんが女の子でも、そういう生き方は大いにアリだと思う。
憂「ごめんね、あんまり電話しなくて」
梓「いいよ。憂から電話がくるだけで、ぜんぜん嬉しいし」
電話口の向こうで、梓ちゃんはくすっと笑う。
昔に比べて、笑い声が小さくなったなと感じる。
梓「それで、どうしたの? わざわざ電話したからには、用があるんでしょ」
憂「あ、うん」
耳もとの遠くから、オフィス電話が鳴る音がした。
まだ会社に残っているらしい。
憂「次の日曜日なんだけど、軽音部のみんなで集まるんだ。梓ちゃん、来れる?」
梓「日曜日のいつ?」
憂「夜から……7時くらいかな。焼き肉屋に行くつもりなんだけど」
梓「7時……遅れても平気?」
憂「大丈夫、まだちゃんと決まってないし。都合つかないんだったら、8時にでも9時にでもするよ」
梓「ありがとう。できたら、8時ぐらいにしてくれると嬉しいかな」
憂「わかった。ちゃんと決まったら場所と一緒にメールするね」
梓「うん、よろしく」
一瞬、電話が切られかけて、また梓ちゃんの耳に戻ってきた。
梓「そういえば、どうして急に集まることになったの?」
憂「あぁ、それがね。ちょっと、お金が入ったから。みんなにごちそうおごりたいなって」
梓「へぇ……宝くじでも当たった?」
憂「えっ。あぁうん、その通り。……誰にも言っちゃだめだよ」
梓「ああ、けっこうデカい金額当たったんだね……」
デスクの前で遠い目をする梓ちゃんが容易に想像できた。
宝くじが当たってしまったことは、
一生懸命に働いている梓ちゃんに大してとても申し訳なく感じるのだけれど、
それについて詫びればよけいに嫌みたらしくなるだけだから、そのまま沈黙しておいた。
梓「まぁ唯先輩も仕事を頑張ってるわけでしょ? 憂と二人で生きるために」
憂「うん。お姉ちゃんはすごいよ……」
性転換のことは言わないでおこう。
私は携帯電話を握りしめる。
梓「まあ、天網恢恢疎にして漏らさずってわけだね。神様は頑張りを見てるんだって」
果たしてお姉ちゃんの努力を神様が快く感じているかどうかは分からないけれど、
私は電話を耳に当てたまま、小さく頷いた。
梓「じゃあ、そろそろ」
憂「あ、ごめんね。それじゃあ」
梓「うん。バイバイ」
憂「またね、梓ちゃん」
もっとお話がしたいところだけど、残業中なのに時間を取っては悪い。
そのまま、電話を切った。
お姉ちゃんはまだ軽音部の先輩達に電話をかけているみたいだ。
今話しているのは、紬さんらしい。
いまのうちに晩ご飯の支度を始めておくことにした。
宝くじは明日の朝、換金に行く。
けれど、少しだけ調べたが、明日すぐにお金を受け取れることは少ないそうだ。
貯金もほとんどない私たちにまだ贅沢をする勇気はないし、
外食をするにもまずは冷蔵庫の中の食材を使わないといけない。
ただ少し、いつもより豪勢な晩ご飯を作っても大丈夫だろう。
二人で分けていた一尾の魚を、二尾焼いても些細な問題にもならない。
一生そうして暮らすには足らないだろうけれど、
1億円という金額の重みと安心感が身にしみてわかる。
唯「あ、憂ごはん作るの?」
電話中のお姉ちゃんが台所に立った私を見上げて言う。
憂「うん。食材使っちゃわないと」
唯「そだね、たくさん使おう」
そうは言っても、冷蔵庫に残る食材は多くない。
お腹一杯になっても、必要以上ではないように。
憂「ごはん食べたら、おいしいお酒も買おうか」
唯「んお、いいね!」
お姉ちゃんと笑いあって、私は晩ご飯の準備を始めた。
むかし、大学のころに二人暮らしを再開した日の夜のうきうきを思い出した。
唯「じゃ、またねームギちゃん」
鳥のむね肉を切っていると、お姉ちゃんが紬さんとの電話を終わらせたらしい。
そしてまた携帯を動かして、誰かへ電話をかけた。
唯「わっ、どうしたの、風邪?」
ふと、お姉ちゃんが驚いた声を上げる。
律さんか澪さんか、体調を崩しているのかもしれない。
日曜日までに治ればいいな、と思った。
――――
お腹一杯になって、それぞれお風呂に入ってあたたまったあと、
お姉ちゃんと一緒にスーパーまでお酒を買いに行った。
普段は買わないちゃんとした赤ワインと、ワインオープナーも一緒に買い、
お姉ちゃんが両手で大事そうに抱えて帰った。
家につき、ワイングラスを買わなかったことを思い出して、
はにかみながらいつものグラスにワインを注ぐことにした。
私はパジャマに着替え直してから、またひとつ、ボタンをとる。
唯「ねぇ、憂」
憂「うん?」
お姉ちゃんはおそろいのグラスにワインを注ぐと、ひかえめな声で言った。
唯「私が男の人の体になっても、えっちしてくれる?」
憂「それって……おちんちんを」
唯「……うん」
まだその実物はありませんが、いずれお姉ちゃんの股間につけられる男性器。
それが、私の中へ入る。一般的なセックスを行うのだ。
憂「……どうだろう」
怖いと感じる気持ちはあるけれど、
もうとっくに、お姉ちゃんの指は私のずっと奥まで触るようになっている。
もしかしたらオチンチンなんて目じゃないくらいに合わせた指を、深くまで。
問題や危険があるとすれば、むしろお姉ちゃんの方だ。
作って取り付けた男性器が、取れてしまわないか。
憂「それはお姉ちゃんだから、大丈夫なんだけど……お姉ちゃんこそ、平気なの?」
唯「えっ? ……ああ、どうなんだろう」
意図が伝わったみたいで、お姉ちゃんは腕組みをした。
唯「……今度、和ちゃんに会う時にこそっと訊いてみる」
憂「うん、それがいいね」
唯「もし、いれるのは無理でも、憂が欲求不満にならないようにするからね」
ワインを注いだグラスを手に、お姉ちゃんは笑った。
憂「お姉ちゃんのえっち」
そんなお姉ちゃんの隣にくっついて座り、私もグラスを手に取った。
猫を甘えさせるみたいに、お姉ちゃんの手が首の後ろを通り、私の顎をぺたぺた撫でる。
憂「……だいすき」
――――
お姉ちゃんのキスと愛撫に溺れて、気が付けば朝になっていた。
歯茎や舌のつけねに残る疲れは、
声を出しすぎたせいで、お姉ちゃんがずっと舌を絡めて塞いでいた証だ。
宝くじの当籤で気が抜けた上に、ワインを飲みすぎてしまったのかもしれない。
お姉ちゃんとのえっちが嬉しくてたまらないとき、たまに声を抑えることを忘れてしまうのだ。
憂「ふう……」
隣でぐったりと眠っているお姉ちゃんを横目に起き上がる。
カーテンの向こうからすずめが小さく鳴く声がする。
仕事の無い日は、こうやってお姉ちゃんが疲れ果てるまでセックスができる。
言いかえれば普段のお姉ちゃんは、ある程度手加減をしてえっちをしているのだ。
あれで。
憂「……」
そういえば、なし崩し的にお姉ちゃんは会社をやめてしまった。
しばらくは生活費に困ることもないからいいけれど、いずれまた働きだす必要がある。
これからのお金の使い方は重要だ。
私たちは決して裕福な暮らしなどしていなかったのだし、これからの収入も少ないままだ。
ただ、なにか新しい仕事を始めるためのお金ならある。
お姉ちゃんが手術を受けても、1億円は尽きない。
どこか田舎の安い土地に家を建ててそこで働いたり、
広い土地を買い、田んぼをつくるのもいい。
マンションかアパートを買い、家賃収入で暮らすのもいいだろう。
そのための勉強は、今度こそきちんとやろう。
憂「ん~……」
体をよく伸ばし、ベッドを降りた。
シャワーを浴びて着替え、朝ごはんの支度をする。
そのうち、もぞもぞお姉ちゃんが起き出した。
お姉ちゃんがしゃんと目を覚ましてから朝食を食べ、
宝くじの券を持って、銀行に向かった。
案の定、次の日にまた来ることになったけれど、日曜日まではまだ余裕もある。
私たちは快く頷いて、その帰りにちょっと高い鉄板焼き屋さんでランチをとった。
それから家に帰って、余ったお金をどういう風に使おうかと相談した。
相談というにはあまりにボケボケしてて、子供の夢の語らいのようだったけれど。
三時にはお菓子屋さんでフルーツタルトを買ってきて二人で食べ、
あとはワインの残りをあけ、ずっとお姉ちゃんに唇をふさがれていた。
最終更新:2012年08月23日 00:35