【こっそりピクニックに行こう】


夢を見た。
今にして思えばそれは夢だった。
唯先輩は布団の中で楽しかったよ今日は、日曜日はこうじゃなくちゃって言った。


※ ※ ※

唯「よっ。あずにゃんっ」

梓「今日は日曜日ですよ」

唯「ピクニックに行こうっ」

梓「いきなりなんですか」

唯「聞いてた?」

梓「ピクニック」

唯「ピクニックっ」

梓「嫌ですよ。雨宿り中ですし」

唯「だって、ほら今日はピクニック日和だよ」

わたしは窓ガラスの方を見た。
世界はぼんやりとしか見えなくて。
でも、それはいつものことだったけど。

梓「ひぃああ……どこがピクニック日和なんですか。日曜日は寝ていたいんです」

唯「そんなに真っ暗な部屋の布団の中にいるとあずにゃん、もぐらになっちゃうよっ」

梓「もぐら?」

唯「もぐらだよ」

梓「いいですよもぐらでもなんでも」

唯「ねえー。いこうよーーあずにゃんいこうよーー」

梓「大きな声出さないでください。眠いので」

唯「もう、お弁当だって作ってきちゃったんだよっ」

梓「憂が」

唯「わたしがだよっ」

梓「へえ」

唯先輩はわざとらしく四角いバスケットを掲げた。

梓「あ、そういえば、わたし、朝ごはんまだでした」

唯「はい」

梓「どうも」

わたしの手にはスニッカーズ。
それをもぐもぐ。

唯「お昼じゃないとあーげないよっ」

梓「むう……」

唯「それにね、こっそりならへいきだよ」

梓「なにがですか」

唯「ここで雨宿りしてることにして、こっそりピクニックに行くんだよっ。そうすれば誰にも文句言われないよ」

梓「文句言ってるのはわたしなんですけどね」

唯「じゃああずにゃんにも秘密にしよう」

梓「わっ……ちょっとなんですか」

唯「えへへー。見えないね」

梓「外してくださいよ」

頭になんか巻かれた。
視界が黒色でいっぱいになった。

唯「こっちだよこっちー」

わたしは素直に声のする方に歩いていく。
ふらふら……ふら。

梓「いじわるしないでくださいよー」

ふらふら……ふらふら……。

梓「あっ」

つまづいた。
そして、予想通りのなんだか柔らかいやつ。。
ぽすっ。
収まった。

唯「おおっ。あずにゃんから抱きついてきたー」

梓「ず、ずるいですっ。事故ですよ」

唯「えへへー」

唯先輩はわたしの頭をなでた。
こどもみたいに扱わないでくださいって、頬を膨らませて怒る。
目隠しが外された。
唯先輩の顔がすぐそばにあった。

梓「はあ……なんでこんなことに」

唯「あずにゃんが猫だったときは猫耳つけたけど、今はもぐらだからね。あず……もぐらってなんて鳴くんだろ?」

梓「しりませんよ」

唯「あずきーとか」

梓「は?」

唯「もぐら、きーきー泣くかなあって」

梓「おいしそうですね」

唯「小豆?」

梓「みるきー」

唯「なめたい」

梓「ダメですけどね」

迫ってきた唯先輩を押しのける。

梓「唯先輩は獣大好きですね。変態ですか」

唯「えー大好きなのはあずの部分だよ。とにかくもぐらになりたくなかったらピクニックに行こうっ」

梓「……そこまで言うならいいですよ。もぐらがどうとかは関係ないですけど」

唯「やったあっ」

外に出ると唯先輩の乗ってきたボートがあった。
小さなボートだからわたしたち二人が乗ると揺れて、一度深く沈んだ。
わたしが傘を忘れたことに気づくと、相合傘をしていけばいいよって唯先輩が笑った。
持つくらいしますよって唯先輩の傘をひったくる。
カラフルの傘。

わたしが右のオールで唯先輩は左の。
進まなかったんだ。
唯先輩はさぼってた。
水の中に沈んだ『桜が丘センターパーク』の看板。
他にも憲法がどうとか、なんとかクリニックとか、工事予定地の看板、…………。
水の中で溶けて見えた。
わたしだけがオールを漕ぐから、ボートはくるくる回る。
くるくる、くるくる……くる……くるくるくるくる。

梓「ちゃんと漕いでくださいよっ」

唯「がんばってるあずにゃんを見るのが好きなんだよ。がんばって進まないあずにゃんを見るの」

梓「最低です」

唯先輩のほっぺたをつねって、やっとボートは動き始めた。
なんだ唯先輩のほっぺをつねるのが船の原動力なんだって気がついてずっとそうしていたら、唯先輩は怒ったふりをした。
それで原動力はわたしの体温に変わった。

梓「ピクニックでどこに行くんですか」

唯「ピクニックと行ったら山だよ山」

梓「山?」

唯「あの山に行こうと思うんだ」

唯先輩の指さした方には山、2つの小さな山が並んでた。
ここからそう遠くもないなとわたしは思った。

唯「おっぱい山って言うんだって聞いたことない?」

梓「ないですよ」

唯「あれ、2つ並んでるのがおっぱいみたいだからそう言うんだってね」

梓「へえ」

少し後で目的地にたどり着いた。
小さな山で、雨は3分1くらいまで溜まっていた。
そこからは階段を登っていく。

梓「転ばないように気をつけてくださいよ」

唯「わかってる。わかってるー……わっ」

言ったそばから唯先輩は足を滑らした。
同じ傘を2人で持ってたから、わたしも尻餅をついた。
ぱしゃんっ。
水が跳ねて、ちょっと濡れた。

唯「えへへ……すべった」

梓「……はあ」

そんなふうにして山のてっぺんについた。
そこには木がたった1本生えていた。
中がうつろになった大きな木。

唯「ほら、ここで雨を避けられるよ」

梓「へえ、こんなとこよく知ってましたね」

唯「えへへ。前にね、クラスの子から聞いたんだ。で、ずっとあずにゃんと行きたいと思ってたんだよ」

梓「そうですか」

唯「ね、お昼にしよ」

わたしたちはうつろの中に身を滑りこませた。
ポケモンのビニールシートをしいて、その上にわたしたちは座った。
唯先輩がバスケットに巻かれたビニール袋をはがす。

唯「興味しんしん?」

梓「べつに」

唯「どうぞ、粗品ですが」

梓「それ、違いません?」

バスケットの中身はサンドイッチだった。
唯先輩から1つ受け取る。
四角いと三角の間みたいな形をしていた。

梓「変な形ですね」

唯「ちょーっと、失敗しちゃったんだ。でも味は保証するよっ」

梓「では、いただたきます」

サンドイッチを口に挟んだ。
ちょっとだけ湿気っていた。

梓「もぐもぐ……む」

唯「どう?」

梓「おいしいです。意外と」

唯「でしょでしょー自信作ですからっ。どれ、わたしも……おいしいっ」

梓「自分で言っちゃいますか」

唯「だってさ、こういうところで食べるといつもよりずっとおいしく感じるよ」

梓「まあ、でも、サンドイッチ美味しく作れないなんてことはないですよ」

唯「あずにゃんは素直じゃない」

梓「そういうわけじゃ……うっ」

唯「どしたの?」

梓「いや、これなんですか?」

唯「なんだと思う?」

梓「ピーナッツ、チョコレート、キャラメル」

唯「スニッカーズサンドイッチでしたーっ」

梓「……できるじゃないですか」

唯「え?」

梓「おいしくないサンドイッチ」

唯「あずにゃん、ひどいっ」

梓「まあ他のはおいしいですから」

唯「むむ……貸して」

梓「はい」

唯「ぱくりっ…………ん、ホントだ……絶対おいしいと思ったのになあ」

梓「ま、無理がありましたよ」

唯「むー」

梓「それより何か飲むものありませんか? 口の中がベタついて」

唯「はい」

梓「ごくごく……ん、なんで炭酸なんですか」

唯「雨の日はペップシコーラ♪って」

梓「それって毎日じゃないですか」

唯「雨の日はあっずにゃんと一緒にー♪」

唯先輩は目の前に広がった雨の海に向かって歌い続けていた。
その声と雨のリズムに包まれて、わたしは……。

気がつくと、夕暮れだった。
まだ眠気が残っていた
隣を見ると唯先輩も寝ていてわたしが体を動かすと、むにゃむにゃとかなんか言って、起きた。

梓「寝ちゃいましたね」

唯「そうだねー」

梓「唯先輩はいつまで起きてたんですか」

唯「ついさっきまでだよ」

梓「すいません……寝ちゃって」

唯「いいんだよ。あずにゃんの寝顔もよかったよ」

梓「む……」

ほっぺたが濡れていた。
わたしは唯先輩をにらんだ。

唯「それは、雨だよ」

梓「なにも言ってないのによくわかりますね」

テレパシーだっすごいねって唯先輩はわざとらしく笑った。

梓「ばあか」

唯先輩のほっぺたを思い切りつねった。
オレンジ色になった。
夕日に照らされて、きらきら輝くあの巨大な水溜りと同じ色。

唯「か、かえろ」

梓「逃げるんですか」

唯「もう、遅いから、しかたないんだよ」

わたしたちはシートとかバスケットとかその他のゴミとかいろんなものを片付けた。
外に出るとうつろの中はまた空っぽに戻った。

唯「ちょっとさびしいね」

梓「ですね」

唯「さよならはいつもさびしい」

冗談混じりにわたしにバイバイって手を振る。
わたしはそんなに変な顔をしたんだろうか、唯先輩は小さく笑った。
拾った木の枝で唯先輩が地面に何か書いた。

唯「でもさ、こうすればいなくならないよ」

それは相合い傘だった。
中心線の左側には平沢唯、右にはあずにゃん。
そんなふうに記してあった。

唯「わたしたちがここから帰ってもわたしたちはここにいるから空っぽじゃないよ」

梓「こんなに雨が降ってるんですよそんなのすぐ消えちゃいますよ」

事実、上から流れる雨水で絵は崩れはじめていた。

唯「消えないよ」

梓「なんでですか」

唯「だって傘だもんっ」

梓「へ? 傘だから雨に負けないとかですか」

唯「違うよ、2人は仲良しだからね」

地面に開いた相合い傘をもう一度見る。
流れる雨水の勢いは強くなっていた。
それなのにまだちゃんと文字が読めた。
にじんでいるのに、消えないんだ。

唯「じゃあ、今度は帰ろっか」

梓「そうですね」

唯「でもこっそりだよ。わたしたちはホントはここにいるんだから」

梓「行きもこっそり来たくせに」

唯「こっそり来たからこっそり帰るんだよ」

あたりまえだよそんなのー。
唯先輩が言った。

帰り際わたしはずっとあの落書きの方を眺めていた。
残してきたわたしと唯先輩を。
あまりにもそれに気をとられすぎてて、唯先輩に三回も抱きつきを許したほどだった。
消えてないといいなって思った。
そんなのはあり得ないって知ってるけど。


今もあの小さな山のてっぺんで唯先輩とわたしの二人が笑っているのが見える気がした。
ただ、雨のせいでぼんやりとしか見えないのだけれど。
だから、それはまるで夢の中の景色のようで、ずっと後でわたしは今日の景色をありもしなかった思い出として眺めるような気がした。
昔見た夢を突然思い出すみたいに。
もしかしたら、今まで出会った嘘も本当はあったことなのかもしれないな。
唯先輩がときどき話すくだらない冗談とか、昨日見たえっちな夢とか。
こっそりしたから自分でさえも忘れてしまってるだけで。

唯先輩が発明したこっそりの魔法はきっとあらゆることを現実にしてしまえるだろう。
だけど、それはいつだって雨降りの景色のようにぼんやりとしているのだ。


※ ※ ※

わたしは布団の中でまだ唯先輩のことを考えている。
時刻は2時で雨が降っていた。
だって、ほら、やっぱり、今日は、ピクニック、向いてないじゃあないですか。
ひとり、呟いた。
隣に唯先輩はいなかったけど、なんか欠けてる感じがした。
ベットはたった一度唯先輩と寝ただけなのに、まるで唯先輩をものにしたかのよう。
それがなんだって言うわけ。
もしかして、わたしの方に原因があるとか。
最近見る悪夢(ってとりあえず言っておこう)にはいつも唯先輩が出てきた。
それに、唯先輩は夢じゃないとこでわたしにお話を聞かせてくれた。
それは唯先輩の空想したユートピアの話でたいていわたしは唯先輩の横でなんだか眠そうにしている。
雨のやまないユートピアなんて、暗くてじめじめしていやですよって、眠くないわたしは言った。
いつかあずにゃんは絶対雨が好きになるよって唯先輩が笑った。


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最終更新:2012年08月24日 07:44