唯……先輩。

 今日はあなたに手紙を書いてみようと思います。

 昔から(といっても出会ったのは高校に入ってからなのですが)、

 ここ数年間、ずっとずっと私はあなたを見てきました。

 二人暮らしを始めてもう二年、たまにはいい機会でしょう。

 あなたを見てきた私なりに、昔のような気持ちでちょっと書いてみます。

 ……なんだかひどく照れくさいんですけどね。


 さて唯先輩。

 あなたは本当にだめだめなひとですね。


  ◆  ◆  ◆

唯「――すみません! あのっ、今から支度しますから」

唯「……はい、はい。今後はこのようなことがないように、」

唯「あっはい、それではあの、清掃の方に」

唯「え? カウンターですか、分かりました! 今すぐ準備します!」



唯「はぁ。マックであんな爆睡しちゃうなんてさ」

唯「今度から大学行くのも目覚まし時計持ち歩かなきゃダメかなぁ。あは」

唯「……わたしだめだ、ちゃんとしなくちゃ」


唯「ご注文の品は以上でよろしかったでしょうか?」

唯「はい、ありがとうございました!」


唯「えっ? 申し訳ありません、少々お待ちください!」


唯「……はい、申し訳ありません、こちらのミスです」

唯「この度は大変ご迷惑をおかけしました」


唯「いらっしゃいませ、当店のポイントカードはお持ちでしょうか?」

唯「あっ……すみません、失礼いたしました」



唯(……今日、ぜんっぜんダメだ…)


  ◆  ◆  ◆

 N女子大 構内

唯(……やっと終わった)

唯(つぎは大学だ、大学いかなくちゃ、うん)


唯(……つぎはー、N女子大ー、N女子大まえー)

唯(出席日数、評価、単位をお求めの方はこちら)

唯(創業うん十年。信頼と安心の“必修科目”はN女子大23号館C403教室にて営業中!)

唯「ぷふっ、あははっ」

唯「……そんなこと言ってる場合じゃないのに」


律「お。唯じゃん」

律「よおっ」

唯「ふあっ?! ――い、いらっしゃいませ!」

律「あははっ」

唯「って、りっちゃんじゃん! おどかさないでよぉ…」

律「制服着替えてもまだバイトしてるとか、唯は仕事熱心だなー」

唯「ちぇ、りっちゃんのくせに・・・ねぇりっちゃん、演習って」

律「へ? 今日って休みじゃん? 唯のは違うの?」

唯「あ。……あぁー、そっかあっ」

律「まさか唯、そのためだけに来たのかー? あはは、お疲れさまでーす」

唯「りっちゃんだって大学来てるくせにぃ」ぐいーっ

律「いふぁいいふぁい! 私はあれだ、澪に教養科目のプリントを」


澪「おーいりつー……って、唯も来てたのか」

律「それが唯のやつ、休みなのにえんしゅいだだだっ」


  ◆  ◆  ◆

 ついでなので、昔の唯先輩のことも思い返してみましょうか。

 はっきしいって第一印象は変な人って感じでした。

 着ぐるみきて新勧してるし(あの時はわかんなかったけど)、

 部室でメイド喫茶みたいなことやってるし(純から聞きました)、

 もうほんとぜんっぜん期待してなかったのに、

 ライブだってよくあるアマチュアバンドの自己満にきまってるとか一人ですねてたのに、

 それなのにあの日、あの体育館で聞いた「ホチキス」が、忘れられなくなっちゃったんです。

 あなたの歌声と、バンドの空気と、揺れながら歌う姿が、きらきらしてて、目を離せなくなっちゃって。

 終わった後の帰り道も頭の中で鳴りやまなくて、思わず弾けるかなって頭の中でコピーしてみたりして、

 そしたら唯先輩たちと一緒に演奏する自分の姿が浮かんで眠るころにも離れなくって……。

 一目惚れとか運命なんて信じてなかったですけど、

 あのころから、放課後ティータイムには魔法みたいなものがありました。

 そんなキラキラした場所に私なんかがって思うと、最初は部室のドアを開けるのも怖くって。

 でも、あの日みた光に近づきたい、ふれてみたい、って子供みたいな気持ちで踏み出したんです。


 なのになんですか! 入部してからのあのざまは!!

 今度こそ失望しちゃいましたよ、あのときは。


  ◆  ◆  ◆

 ガスト 渋谷道玄坂店

澪「ほら、プリント。唯も授業休むなら取り返せる程度にしとくんだぞ?」

唯「ありがとう澪ちゃあん!」

律「あれー、秋山さんソレ、旧友の田井中さんへのプレゼントだと――」

唯「りっちゃんは今さらがんばっても出席日数足りないじゃん」

律「あんだとー?! 人のがんばりをジャマするのはこの口かぁー!」ぐいっ

唯「あふっひっひゃんはんほふーっ!?」

澪「お前ら本当に成人してるのか…?」

律「しとるわ! こないだだってラブクラたちと飲み行ったじゃんかぁ」

澪「律はともかく。唯も微妙なとこだけどさ、問題は梓だと思う」

唯「あぅ……ほえ?」ひりひり

律「何の話だよ。……あーでも分かる。あいつコンビニでも年齢確認されてたし」

唯「もー、あずにゃんだって意外と気にしてるんだよ?」

律「『だって意外と』って言っちゃったよ、この子」

澪「あはは、でもときどきメール来るんだ。『澪先輩みたいにどうしたらなれるんですか』って」

律「私じゃねーのか!」

唯「あずにゃんはあずにゃんのままでいいのに・・・・」

澪「そうも言っていられないよ。てか律、あのあとマキちゃんとまた会ったんだよな?」

律「ああうん。対バン断られちゃった、きゃはっ!」

澪「ま、しょうがないよな。あっちはもう3枚目出すみたいだし」

唯「ええっまたアルバムだすの?!」

律「5曲入りの軽いのだって言ってたけど。すげえよなー、あっちは」

澪「……そうだな」

唯「うーん……放課後ティータイムも、またデモ作ってみる?」

澪「いいかもな。うん」

律「んだよー乗り気じゃなさそうじゃん」

唯「ムギちゃんも曲たくさんあるって言ってたよ? あずにゃんだって、」

澪「あー、そのことなんだけど……まあいいか、ちょっとトイレ」

律「あたしメロンソーダ!」

澪「コップもってトイレなんか行けるか。自分で汲んできなさい」

律「ちぇっ。唯も……ん、ゆい?」

唯「……」

律「……おーい、ひらさわさぁーん。閉店の時間ですよーっ」

唯「うあっ、なんだりっちゃんか」

律「唯、最近意識飛ぶの多くね? まっまさか! これが噂の若年性アルツハ」

唯「もー。そんなんじゃないってば」

律「……ならいいけどさ」

唯「……」

律「……」

唯「……りっちゃん、就活始めた?」

律「あーあーきこえなーいきこえなーい」

唯「りっちゃんさすがー!」

律「だろ? 元・部長だからなっ!」

唯「……」

律「……うぐ。今の沈黙、割と本気で刺さった」

唯「私は朝から刺さりっぱなしだよ……はぁ」

律「どうしたんだよー。梓とトラブった?」

唯「そういうんじゃないしそういうのはないもん。てかそのカルピス私のだよ」

律「いいじゃん別に。それで?」

唯「なんか……このままでいいのかなって、思ったり思わなかったりとか」

律「すげー。今の、入部先に悩むJK1年にめっちゃ似てた」

唯「あはははっ」

唯「……私、変わってないなあ」

律「いいじゃん。あずにゃんだってあずにゃんのままでいいんだろ?」

唯「それとこれとは! ……どうなんだろね?」

律「そこで私に振るか。ってか唯、年明けめっちゃ張り切ってたじゃん」

唯「うーん、そこはこう、マイペースでロックンロールを……みたいな?」

律「うおー、ファミレスで夢を語る自称クリエイターみたいだ!」

唯「ふふーん。オレぇ、時代のアクセシビリティーにこう、イノベーションするのが夢なんっすよぉー」

律「きゃーひらさわさんかーっこいいーっ! 平沢センパイっ、将来の夢は??」

唯「うーん。……歴史の教科書に名を刻むこと、かな?」

律「きゃーっ抱いてー!!」

唯「あはははっ」
律「ははは、ばっかみてー!」


唯律「……はぁーあ」

唯「りっちゃんなんか面白い話して。責任とって」

律「無茶ぶりだなオイ。あ、こないだすげーことマキから聞いちゃったぜ」

唯「おおっ」

律「……唯、耳貸せ。あんまり大声では言えん」

唯「了解しました! んしょっ」

律「言っとくけど私が言ったんじゃないからな?! てか私だってそういう経験ないし・・・」

唯「え、なにそっち系のネタなの? あははっりっちゃんさいってー!」

律「静かにしろってば! ……でな。唯……のうまs……ひれ…」ごにょごにょ

唯「ええっそうなの?! うっわりっちゃん発想えげつなーい」

律「だから言ったの私じゃねーってば! なんかそのときは納得しちゃったけど!」

唯「ああでも分かるかも。舌とかくちびる動かすって意味では、歌も、えっちなことも一緒かも」

律「おい唯やめろ、生々しさハンパないから」

唯「ってことは、澪ちゃんも私たちの知らないうちに、こう、ダンセイケイケンを……」

律「やめろー! 身内で想像するのほんっとに無理だから!!」

唯「りっちゃんが言い出したんじゃん! あーあ、私のあずにゃんにもおちんちん生えないかなー」

律「前提がおかしいわ! つーかそれだけのために梓に性転換させる気かよっ」

唯「いいじゃん。りっちゃんも生やしてあげなよ、澪ちゃんのために」

律「その前に普通にボイトレしろ!」

澪「律うるさい。って、何の話してたの?」

律「っわあ?! なんでもないなんでもなーい」

唯「ちょーっと、ギリシャの経済事情、DDTについて、ギロンをしょうしょう…」

澪「いやそれGDPだから……自信ないけど」

律「いや、ね? なんかさー、私ら変わんないなって。すっげえ今さらだけど」

澪「お、青春っぽくてよさそう。それで?」

唯「いろいろ考えて、あずにゃんにおちんちんはえないかなーって」

澪「ぶふっ?! ごほっげふぉっこほっ」

律「あだっ! って、いま私なんもしてないじゃん?!」

澪「こほっ、かはっ……とりあえず律のせいって気がしたから。第六感で」

律「ひでえ言いがかりだ! でも言い返せない、くやしい!」

唯「もーうりっちゃんはしたなーいだだっふいぁふぇん ふぉえんなはいっ」

律「元はと言えばおまえが言い出しっぺじゃんか。てかどうよ。私ら、めっちゃ青春じゃん?」

澪「聞いて損した…」


  ◆  ◆  ◆

 昔といえば、入部してはじめての文化祭ライブの時も大変でしたね。

 おぼえてますか? 澪先輩と律先輩がちょっとトラブちゃって、

 おまけに唯先輩まで風邪ひいちゃったりして。

 本当、体調管理しっかりしてくださいよ? もう成人してるんですから。

 ついこないだもバイトの飲み会で飲み過ぎたなんて……。

 って、こんなこと書いてもしょうがないですよね。

 でも文化祭のあのときだって、本当に怖かったんですから。


 せっかく律先輩が回復したのにあなたが倒れてしまって、ほんと気が気じゃなかったです。

 せっかく見つけた光が目の前でひとつずつくずれてしまうような、そんな感じ。

 わかりますか?

 だからあの日、部室でのんきに衣装に着替えた唯先輩を見つけたときは本当どうしてやろうかって思いました。

 イライラして、顔が熱くなって、泣きそうで、でも同時にすごくあったかい気持ちだったからです。

 なんとなく認めたくなかったし、おまけに唯先輩はデリカシーとかぜんぜんなくって、

 たしか思わずはり倒しちゃったと思うんですが。まぁこれは時効です、時効。


 あんな風に崩れていくのが、五色で編み上げた完璧な糸がほつれていくのが怖かった。

 前に進まなければ光は保てないのに、前に進むほど色と色が離れてしまいそうで怖かった。

 そんな気持ちが先輩たち最後の文化祭の後で、いや夏祭りに行ったあの日やもっと前から、

 それともたぶん、先輩への気持ちに気づいたその時からみるみる膨らんでいったんです。

 別れたくない。離れたくない。甘えんぼで、子供っぽい感情ですよね。

 でも本当は今だってきっとそんな感じです。

 あなたが上京するって聞いて抑えきれずに結局泣きすがった時から、私だって成長してないです。

 だから今さらこんな手紙を書いてるのかも。書きながらちょっとそう思いました。


  ◆  ◆  ◆

律「わり、電話。ちょっと行ってくる」

澪「はいはい。……それで唯、本当はどんな話してたの?」

唯「……私、思ったんだ。やっぱ、おちんちん生やすとしたら私じゃないかなーって」

澪「そ、そうなのか」

唯「やっぱこう、これからのこと考えると、あずにゃんだってさ、」

澪「唯。性転換でもするつもりなのか?……うえっ、氷が溶けて薄くなっちゃってる」

唯「そういうんじゃないよ。……あれ? やっぱ、そういう話になるの?」

澪「私に聞かれても。……でも、言いにくいけど、その、梓と二人で暮らしていくなら」

唯「いや、それだけじゃなくて。二人もそうだけど、今は五人のことなんだよ。たぶん」

澪「うん? バンドのことなら、この五人ならずっと続けていけると思うけど」

唯「そうも言っていられないって言ってたじゃん。ドリンクくんでこないの?」

澪「いいよ、律が帰ってきてからで。あとそれは違う話だから」

唯「同じだよ。それで、デモ音源どうするの?」

澪「そりゃあ、作るよ。だって、一歩一歩成長してる実感はあるだろ?」

唯「……うん」

澪「今は相当テクニカルな曲だって演奏できるし、曲の方向性も変わってきた」

澪「ふわふわ時間作ってたころとは全然違う場所に立ってるはず」

唯「そうかなあ。てかりっちゃん遅くない?」

澪「いつか帰ってくるだろ。そうだ、こないだ梓と「唯の声質はエレクトロニカ向きだ」って」

唯「聞いてる聞いてる。なんだっけ、ヨーロッパの何かをコピーしたいねって言ってた」

澪「うん、でも今はアメリカが面白いよ。アニコレもヴァンパイアも、みんなブルックリンのバンドでしょ?」

唯「うーん…」

澪「私たちのベースも桜ヶ丘なんだから、スフィアン・スティーブンスやアーケイド・ファイアみたいに郊外のにおいを、」

唯「それって、放課後ティータイムなのかな」

澪「たしかにね。でも、日本の風土を意識した歌詞やメロディーラインも考えていかなくちゃ」

唯「そういうことじゃなくって……わかんないけど」

澪「唯だって、バンドでいろんな可能性を確かめたいだろ? だからこその練習なんだ」

唯「練習……あのね。澪ちゃんは、これからの――」


2
最終更新:2012年08月26日 08:41