部活が終わった後、梓ちゃんに呼び出されちゃいました。
実は私達付き合ってます。
今日はどこへ行こうかな、どんなお話をしようかな、と考えていると、梓ちゃんがやってきました。
だけど、梓ちゃんの口から飛び出したのは、とんでもない言葉でした。
梓「できちゃいました」
紬「なにが?」
梓「あのキスでできちったんです……赤ちゃん」
紬「……えっ」
梓「それでその……」
以前デートした時のことです。
家にきたお客さんがくれた「キスするだけで子供が出来る薬」を使ってみました。
ただのジョークグッズの類だと思って、軽い気持ちで試したんです。
梓「…責任、とってくれますか?」
紬「本当に、本当なの?」
梓「はい、病院で検査してもらいましたから、間違いありません」
紬「えっ、だけど」
梓「お気持ちはわかります。そんな簡単に信じられませんよね」
紬「ううん。信じないわけじゃないけど…」
梓「無理しなくても大丈夫です
私もまさか出来るとは思っていなかったので、ムギ先輩が信じてくれないのも無理ありませんから」
正直なところ、キスだけで子供が生まれるなんて、生物学的にありえないと思います。
でも梓ちゃんはこんな冗談をいう子じゃないし……。
何より瞳が本気のそれだと感じられました。
梓「信じていただけないようでしたら、これから一緒に病院に行きませんか?
医者の話を聞けば、ムギ先輩も流石に信じてくれると思いますから」
紬「……。
いいわ、私、梓ちゃんのこと信じるから」
梓「本当ですか!?」
紬「うん、本当。梓ちゃんは私の子供を身篭ってくれたのね」
梓「はいっ!」
紬「それでその……梓ちゃんは産みたいのよね」
梓「……反対ですか?」
紬「ううん。だけど……」
言いかけてやめました。
梓ちゃんには考える時間があったはずです。
高校はどうなるかとか、これからの人生のこととか、
色々考えた上で「産む」という結論に達した筈です。
大変なことは覚悟の上で、私の子供を産みたいと思ってくれた筈なのです。
不安で小さくなってしまってる梓ちゃん。
それなら私が言うべきなのは……。
紬「だけど、嬉しいなって思って!」
その言葉を聞いた梓ちゃんはパッと顔を明るくしました。
反対されるのを恐れていたのでしょう。
梓「私、産んでもいいんですね!」
紬「もちろん」
私は梓ちゃんをそっと抱きしめました。
その小さなからだは小さく揺れていました。
かわいそうな梓ちゃん。
紬「ごめんね。不安にさせてごめんね」
梓「ムギ……先輩」
梓ちゃんは強く抱きしめ返してくれました。
紬「それで……これからどうしよっか」
梓「先のことですね」
梓ちゃんの顔がにわかに曇りました。
たぶん私の顔も。
紬「ええ。まずは梓ちゃんの御両親にお話しないと」
梓「それなら大丈夫です」
紬「えっ」
梓「両親はよくやったって言ってました」
紬「えっ……どうして」
梓「良家の御嬢様の子供を身篭ったからです。
私達高校生で女同士なのに……。
あんないい加減な人達だとは思ってもいませんでした」
梓ちゃんの御両親には何度かあったことがあります。
とっても優しそうな人で……多分良い人だと思います。
だから照れ隠しにそう言ったのかなとも思いました。
でも今の梓ちゃんにそれを伝える必要はないでしょう。
紬「じゃあ難関一つクリアね!」
梓「そうなりますね」
紬「後は私の両親ね」
梓「はい。そこさえクリアできれば……その…」
紬「梓ちゃん。こうなった以上遠慮せずに本音でいいの」
梓「そうですね。……あの金銭的な援助も期待できるかと」
紬「子育てにはお金がかかるものね」
梓「はい、それに……」
紬「他にも何かあるの?」
梓「はい。ムギ先輩の御両親が賛成してくれないと、
私の両親も掌を返す可能性が……」
紬「……なんにせよ御父様と御母様を説得しないとはじまらないわけね」
梓「説得できるでしょうか?」
紬「……わからない」
梓「私もいきましょうか?」
紬「ううん。梓ちゃんは自分の御両親を説得してくれたんだもん
私は私で頑張るから大丈夫!」
斎藤はわかってくれるだろうし、御父様や御母様だってきっと……。
私は暫く俯いて考えを巡らせていました。
ふと梓ちゃんの方を見ると、目元が真っ赤になっていました。
私は梓ちゃんを抱きしめたまま、背中をさすってあげました。
紬「よしよし。もう大丈夫だから」
梓「ごめんなさい……、あれっ、涙が……」
紬「止まらないね」
梓「ごめんなさい。ちょっと安心したら涙が止まらなくなっちゃって」
紬「不安だったんだね」
梓「はい。ムギ先輩に反対されたらどうしようって」
紬「……ごめんね梓ちゃん」
梓「どうして謝るんですか?」
紬「私があんな薬をもってきたばっかりに」
梓「それはいいんです。私だって冗談の類だと思いましたし。それに……」
紬「うん?」
梓「嬉しい気持ちもあるんです
ムギ先輩の子供を産めるんだって」
紬「……梓ちゃん」
梓「きっとかわいいと思います
ムギ先輩と私の子供」
紬「そうだね」
梓「名前、考えといてくださいね」
紬「ねぇ、梓ちゃん」
梓「なんですか?」
紬「今日は梓ちゃんの家に泊まってもいい?」
梓「いいですけど、……御両親の説得は?」
紬「それは明日にしようかなって。
その前に梓ちゃんの御両親にご挨拶しておかないと」
それは半分ホンネで、半分ウソ。
本当はこの状態の梓ちゃんを一人にするのが不安だったのです。
梓「そういうことでしたら……」
紬「ふふっ、梓ちゃんの家にお泊りするのも久しぶりねー」
梓「はいです」
私は家に連絡を入れて、梓ちゃんの家に向かいました。
御両親との会話は、終始和やかなものでした。
紬「……お腹いっぱい」
梓「お母さん張り切って作りすぎちゃいましたから
ムギ先輩も無理して食べることなかったのに」
紬「好意はもらっておくものよ」
梓「そういうものですか」
紬「ええ。だけど、ちょっと安心しちゃったな」
梓「安心、ですか?」
紬「うん。梓ちゃんはああ言ってたけど、
実際に会ったら『大事な娘に手をだしくされやがって』と、
怒られるんじゃないか、ってちょっとだけ思ってたから」
梓「ふふふ。杞憂に終わってよかったですね」
紬「本当」
梓「それじゃあもう電気消しますね」
紬「うん」
梓「こうしてムギ先輩が泊まるの二回目ですね」
紬「一回目はまだ付き合ったばっかりだったね」
梓「ふたりきりで枕投げしましたね」
紬「うん。枕が少なくてとっても大変だったね」
梓「はい。枕投げは2人でやるものじゃないです」
紬「そうだね」
梓「ねぇ、ムギ先輩」
紬「どうしたの?」
梓「……」
紬「梓ちゃん?」
梓「あのっ」
紬「うん」
梓「いつかくるんでしょうか
軽音部のみんなで枕投げできるような日が」
紬「……そうだね」
梓「……」
紬「……」
梓「……」
紬「……」
梓「……あのっ」
紬「じゃあ、それを目標にしようか」
梓「もくひょう?」
紬「うん。目標
いつかみんなで枕投げできる日を目指そう」
梓「……できるでしょうか」
紬「きっと大丈夫。うん、大丈夫」
自分に言い聞かせるようにそう言うと、
梓ちゃんが抱きついてきてくれました。
梓ちゃんの体はとっても小さく、
新たな生命を宿すには不相応な感じさえします。
私はその小さなからだをぎゅっと抱きしめました。
梓ちゃんは小さく息を吐いた後、もっと強く抱きしめ返してくれました。
それから暫くして、寝息が聞こえてきました。
梓ちゃんの目元に触れると、濡れていました。
私には……何ができるんだろう。
―――
澪「じゃあこの中にムギと梓の子供がいるんだ」
紬「そうなのー」
澪「なんだか凄いな」
梓「はい」
次の日、私たちは軽音部のみんなに梓ちゃんが身篭ったことを伝えました。
りっちゃんと唯ちゃんは冗談だと思ったみたいだけど、
澪ちゃんだけはあっさり信じてくれました。
澪「なにか問題があったら言ってくれよ。
私にできることなら相談に乗るからさ」
紬「澪ちゃん、ありがとう!」
律「まさか、本当なのか?」
紬「うん」
梓「そう言ってるじゃないですか」
唯「……信じらんないよ」
紬「無理もないわ」
唯「でもムギちゃんが言うからには本当なんだろうね」
そう言うと、唯ちゃんは自分の耳を梓ちゃんのお腹にくっつけました。
鼓動を聞こうとしてるみたい。
唯「……何も聞こえないよ」
梓「まだ妊娠したばかりですよ
聞こえるわけがないですか」
唯「でもここに2人の子供がいあるんだねー」
律「まだ信じられないけど、そうなんだな」
紬「それでみんな……協力してくれる?」
澪「あぁ、私はもちろんいいぞ」
唯「もちろんだぞー」
律「正直半信半疑だけど、
本当なら勿論協力するよ」
梓「……先輩」
3人の優しい言葉を聞いて、梓ちゃんは泣いていました。
なんだか最近梓ちゃんは涙もろくなったみたい。
紬「もう、泣いちゃって」
私がハンカチで梓ちゃんの目元を拭うと、澪ちゃんに指摘されちゃいました。
澪「そういうムギも涙出てるよ」
紬「あっ、嘘っ」
私が慌ててハンカチで拭うと、梓ちゃんが笑いました。
それにつられて3人も笑いました。
軽音部のみんなに話して本当によかった……。
しかし、全部が全部上手く行くわけがありません。
そうです。私の御父様と御母様の説得のことです
結論だけ言うと、御父様の説得には失敗しました。
御母様も味方というわけではなく中立です。
そして意外なことに斎藤にも反対されてしまいました。
「人生の選択肢を狭める」というのが斎藤と御父様の言い分です。
2人が私のことを大切に想い、そう言ってくれているのはわかります。
それでも……応援して欲しかった……。
御父様に反対されてしまったことを梓ちゃんに伝えなければならない。
それだけで私の心はずしりと重くなってしまいました。
明日、どんな顔をして梓ちゃんに会えばいいんでしょう。
最終更新:2012年09月05日 20:40