梓「――ねぇ憂、今週末くらいに唯先輩帰ってきたり、しない?」


高校三年の夏の終わり際、学校帰り。
一日中悩んで、ようやく意を決して私は憂に尋ねた。


憂「ん、どうして?」

梓「……相談事、かな……」

憂「……それは、私じゃダメな内容なの?」

梓「うっ……えっと……」

憂「………」

梓(私と憂は付き合ってる。だから、憂に最初に相談するのが筋ではあるんだけど……)

  「……正直、内容的に憂にだけは言いづらいというか……」

憂「ん……」

梓「恥ずかしいというか……」

憂「……そっか、ごめんね? 梓ちゃんにも言いづらいことくらいあるよね……」シュン

梓(……言葉と裏腹にすごく落ち込んでるよ……)

  「……ごめん、やっぱり言うよ」

憂「いいよ、無理しなくて」

梓「ううん、どうせすぐにわかることだし……それに、恋人に隠し事なんてできないよ」

憂「梓ちゃん…!」ウルウル


唯先輩に相談するほどの悩みごと、こっそり克服して恋人の憂を驚かせてあげたかった面もあるけど。
でも、もういいや。内容的にも二人で向き合うべきものなのかもしれないし。


梓「えっとね……」

憂「うん」

梓「…あのね」

憂「うん」

梓「……その……」

憂「………」

梓「わ、私のエッチってマンネリじゃないかな!?」


憂「あ、梓ちゃん!? 大きな声でいきなり何を!?」シーッ!

梓「あ、うぁ、ごめん……」

憂「も、もうっ! 周りに誰もいないからいいけど……」

梓「……でも、相談しようと思ってたことは、ホントにこれなんだ」


私と憂が付き合い始めて、順を追ってキスとかいろいろして、時は流れて唯先輩が寮暮らしになったということで憂の家には誰もいないことが多くなって。
まぁ、その、えっと、憂が可愛いわけで。家に遊びに行ってそのまま押し倒してしまう、ということも割とよくある。
もちろん憂にされたい日も多いけど、それよりも憂にしてあげたい日のほうが多い。可愛いところをもっと見たい日のほうが多い。
だから、そういう面では私がイニシアチブを握っているんだと思う。
そしてそれなりに数をこなしてきて、余裕が出てきたような気になって、そのせいで今、不安を抱えてしまった。

……憂も同じように余裕が出てきて、私のやり方に飽きているんじゃないか、って。

憂自身にはそんな様子はない。けど、大丈夫と言い切れるほどの工夫を私はしていないから。
そこで唯先輩に相談しよう、と思ったわけだ。というかアドバイスを貰おう、と。
なぜなら、唯先輩は私達よりも長く同性の恋人と続いているから。……まぁ、相手は澪先輩なんだけど。


憂「そっか……うーん、でもお姉ちゃん、特に帰ってくるとか言ってなかったなぁ」

梓「そっかぁ……」

  (別に電話とかメールでもいいんだけど……そのとき唯先輩の周囲に誰かいる可能性もあるし…誰かいても構わず話しそうだし、あの人)

憂「……そうだ」

梓「ん?」

憂「週末は二連休あるし……覗きに行っちゃう?」

梓「え? えっ?? の、覗き? 誰を?」


憂らしくない……とも言い切れないけど、少なくとも予想外で意外な提案に、思わず問い返してしまう。


憂「お姉ちゃんと、澪先輩を」

梓「ど、どこに? 大学寮?」

憂「もう、梓ちゃん。そうじゃないの知ってるでしょ?」

梓「あっ……」


そうだった、聞いたことがある。
さすがに大学の寮でそういう情事に耽るのはプライバシー諸々の面でどうだろうか、ということで、唯先輩と澪先輩は密かにバイト代を出し合って近くに格安のワンルームの部屋を借りているらしい。
二人きりでイチャイチャするときは密かにそこに行き、密かに楽しむ。そういう苦労も、憂と付き合い始めたということで私は教えてもらえていた。

ちなみに余談だけど、その部屋に二人は「愛の巣」だとか「秘密の花園」だとか「ピンク色の楽園」だとか散々な名前をつけようとしていた。
更に余談だけど私は「プレイルームでいいじゃないですか」と言おうとして飲み込んだ。
実際二人がどう呼んでいるのかは私たちのあずかり知らないところだ。


憂「とても狭い部屋だけど、あそこ、クローゼットがあるから忍び込めるよ?」


どこかウキウキしたような憂が鍵をチラつかせて目配せする。
「何かの時は使っていいよ?」と唯先輩が憂に預けた鍵だ。一方の憂はたまに掃除に行っていて、そのことは先輩達も了承済みだ。使ったことはまだないけど。
使ったら料金を払わないといけないんだろうなぁ………いや、なんでもないです。


梓「クローゼットって、バレないの?」

憂「うん。お姉ちゃんも澪さんも服は寮の自室にほとんど置いてるし、夏だから上着着たりとかもしないだろうし」

梓「そもそも使わないから開けたりもしないだろう、ってことね」

憂「そういうこと。……行く? 週末だし、お姉ちゃん達も使うと思うよ?」

梓「………」ゴクリ




そして。


梓「来てしまった……」

憂「~♪ とりあえずお弁当と水筒は持っておいて、買ってきたお茶は冷蔵庫に入れて……あ、トイレはそこだからね」

梓「う、うん」

憂「お姉ちゃん達がいつ来るかわからないし、今日はじっと息を潜めて待たなくちゃね!」


憂、ずいぶんとノリノリだね。
とはいえ、キッカケは私なんだけどさ……


梓「……狭い部屋だね。タオルケット以外何も無いよ……」

憂「一応、季節に応じて布団持ってきたりはするらしいけど」


他にあるのはギリギリ二人隠れられそうなクローゼットと、お情け程度のキッチン、さっき憂がペットボトルを入れた冷蔵庫、くらい。
バスルームと一緒とはいえトイレが備え付けであるだけ充分すぎるのかもしれないけど。

梓「本当に、その、してから寝るだけの部屋なんだね……」

憂「そ、そうだね……///」


生活感が無さ過ぎて、逆にそういう面が目立っている部屋だなぁ、と思う。
たぶん、私の顔も赤い。


梓「と、とりあえず隠れよっか!///」

憂「そ、そうだね! 元通り鍵閉めて……あ! 梓ちゃん、靴!」

梓「あっ、忘れてた……」




梓「あ、卵焼き美味しい」

憂「ありがと、もっと食べてね?」

梓「うん。今度は私が作るね?」

憂「わぁい、楽しみにしてるね」


梓「……って、まったりしてる間にお昼過ぎちゃったわけだけど」

憂「……来ないね、お姉ちゃん達」

梓「クローゼットの中もそろそろ飽きてきた……」

憂「狭いもんね……」

梓「狭い中に憂と二人きりって考えると悪くはないんだけど、でもだからって何をするわけでも――」

憂「――! 梓ちゃん、来たかも!」

梓「!!」


クローゼットの中とはいえ、意外にもわりと外の音は聴こえる。
憂のほうが気づくのは先だったけど、私にも聞こえた、扉の鍵がガチャって回る音。


唯「ただいまー」

澪「ただいまって……それは変だろ」

唯「お邪魔します?」

澪「……それもなんか変だけど」


梓「(来た……!)」

憂「(うん、見える?)」

梓「(大丈夫)」


小声で囁き合いながら、クローゼットの隙間からそっと様子を窺う。
うん、ちゃんと見える。狭い部屋だしね。
憂が言ってた通り、クローゼットに過去使われた形跡もないし。バレることはないはず……


唯「……ん?」

澪「? どうした、唯?」

唯「……憂とあずにゃんの匂いがする」


憂「!?」ビクッ

梓(匂いって!? そんなのわかるわけ……)

澪「……私にはわからないけど」

唯「気のせいかなぁ……それとも、ここ、使ったのかな? 今度聞いてみないと」

澪「やめなさい。プライベートだろ、それは」

唯「私は気にしないのにー」

澪「唯の基準だといろいろおかしなことになるからな……あ、これじゃないか?」ガチャ

唯「おっ、冷蔵庫にお茶が入ってる」

澪「匂いが本当だとしたら、二人で運んでくれたんだな」

唯「夏場は助かるね~。一本ちょーだい?」

澪「仕方ないな、ほら」

唯「ありがとー」


梓(……た、助かった。憂に感謝しないとね)


澪「……しかし、匂い、ね……私には唯と律の匂いしかわからないな」

唯「付き合いの長いりっちゃんは当然として、私の匂いもわかるのは、やっぱり……」

澪「ん……まぁ、付き合ってるから、かな……///」

梓(おおっ、いいムードに)

唯「えへへ、みおちゃーん!」

澪「っと! ストップ、唯! 今日はここに何をしに来たか、忘れたとは言わせないぞ!」

梓(えっ? この部屋はするための部屋なんじゃ)

唯「ぶー…。うん、でもそうだね、今日はよろしくお願いします、澪ちゃん」

澪「よろしい。はい、ノート広げて」

唯「はーい。とうっ」ゴロン


梓「(……勉強始めちゃったよ?)」

憂「(そうだね……しかも床に寝転んで)」

梓(寮の自室でやればいいのに……)


唯「……あんまり晶ちゃんにばかり頼ってもいられないもんね」カキカキ

澪「そうだな。……あ、そこ間違ってる」

唯「えー、どこ?」

澪「そこだよそこ、左上の……あー、その下の」

唯「…澪ちゃん、見にくいでしょ? ほら、一緒に寝転がろうよ」ポンポン

澪「ん……じゃあ、隣、お邪魔します……」モゾモゾ

唯「どうぞどうぞ」


梓(澪先輩まで寝転んでしまった)

憂「(時間かかりそうだねー)」

梓「(うん……)」





そうしてそれなりの時間、唯先輩と澪先輩は二人で勉強していた。
わざわざ寮を出てこっそり勉強しにくるあたり、唯先輩もいろいろ考えているんだなぁ、とちょっと見直した。
一方で、私達が期待していたようなことが起こりうる要素は、意外にも澪先輩のほうにあった。


澪「………」ジーッ

唯「……ん、よし。次」

澪「………///」


成り行き上仕方ないとはいえ間近で唯先輩の横顔を見つめざるをえない状況になり、澪先輩が顔を赤くしているのがこちらからでも見て取れる。
唯先輩が集中しているからどうにかバレていないものの、見ていて危なっかしいほどに。
もちろん、その気持ちはすごくわかるんだけどね。


唯「……よし、終わりっ!」

澪「!! う、うん、お疲れ様、唯」

唯「……澪ちゃん」

澪「な、なんだ?」アセアセ

唯「ありがとね」

澪「……え?」

唯「今も、今までも、助けてくれてありがとう」

澪「……な、何だ、急に」

唯「今日、こうやって無理言って付き合ってもらっちゃったから」

澪「無理だなんて、そんなこと――」

唯「ううん」フルフル

澪「………」

唯「……私、いろんな人に甘えてるよね。憂に、晶ちゃんに、澪ちゃん。行く先々でみんなに甘えちゃってる」

澪「………」

唯「大学生になったら少しはしっかり出来るかなぁって思ってたんだけどね、なかなか上手くいかないや」

梓(………)

憂(………)


澪「……いいんだよ、唯はそのままで」

唯「……そうかな?」

澪「変わりたいんだとしても、ゆっくりでいいよ。急ぐ必要はない。その代わり……」グイッ

唯「え……んっ」

澪「んっ……ちゅ…っ」


梓(澪先輩からキスした!!)

憂「(わぁ……)」


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最終更新:2012年09月19日 20:33