ちょっとむかし。とある洋館にひとり少女が住んでいました。
少女の名前は秋山澪。彼女は吸血鬼でした。

吸血鬼は人の生き血を吸って生きていきます。
しかし、澪は人見知りで恥ずかしがり屋だったので、その勇気がありませんでした。

このままでは駄目だと考えた澪の両親は、彼女一人を残して館から出て行きました。
吸血しなければならない状況を作り、澪に一人前の吸血鬼になってもらうためです。

しかし澪はなかなか家をでる勇気が持てず、すっかり衰弱してしまいました。

一人の少女が館を訪れたのは、その頃のことです。

紬「森に花を摘みにきたのはいいけど、迷っちゃったみたい」

紬「ここはどこかしら」

紬「あら、あんなところにお家があるわ。ちょっとお邪魔してみましょう」

紬「誰かいますかー?」

紬「あれ、鍵が空いてる」

紬は扉を開け、館に入りました。
澪はそれに気づいていたのですが、怖くて自分の部屋に閉じこもっていました。

紬「誰もいないのかしら‥…ひょっとして空き家かしら。ちょっと探検してみましょう」

紬は次々と部屋を巡り、ついには澪の部屋の前に辿り着きました。

紬「あれ、この部屋から人の気配を感じる」

澪「‥‥」

紬「この布団‥‥あやしい」

紬はベッドの上の布団が膨らんでいることに気づきました。
誰かが隠れていると確信した紬の顔には、悪い笑顔が浮かんでいました。

紬「わっ!!!」バッ

澪「うおおおおあああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!!!!!!」

紬「キャッ」

澪「わ、私をどうするつもりだ」

澪「食べてもきっと美味しくないぞ」

びっくりした澪は自分が食べられてしまうと思い込んでしまいました。
布団で頭部を守りながらガクガクと震えています。

紬「驚かしてごめんなさい。食べたりしないから出てきて」

澪「‥‥ほんとう?」

紬「本当」

澪「‥‥嘘だっ! そうやって安心させた後、パクリと食べちゃうんだ」

紬「どうしたら、信じてくれる?」

澪「‥‥」

澪は少し考え、布団の下から紬の顔を覗き込みました。
紬はとても綺麗な金色の髪をしていました。
やわらかく輝く髪を見て、異国のお姫様みたいだな、と澪は思いました。

澪「‥‥きれい」

紬「えっ」

澪「その髪、さわってもいい?」

紬「‥‥うん」

紬はためらいながらも承諾しました。
すると澪は布団から出てきて、恐る恐る紬の髪を触りました。

澪「やわらかくてすべすべだ」

紬「くすっぐったい//」

澪「きれいな、髪」

紬「あなたの髪も、とってもきれい」

澪「//」

紬「触ってもいい?」

澪「うん」

紬はやさしく澪の髪を撫でました。
澪は気持ちよさそうに目を細めます。

紬「でもお肌はちょっと荒れてるみたい」

澪「‥‥っ」

その言葉を聞いた澪はまた布団を被ってしまいました。
荒れた肌を見られるのが嫌だったのです。

紬「ごめんなさい。無神経なこと言ってしまって」

澪「いいんだ。仕方のないことだから」

紬「ひょっとして、アトピーか何かの病気?」

澪「ううん。違うんだ」

紬「家から石鹸をもってきてあげる。とってもお肌がすべすべになるの」

澪「違うんだ。私は吸血鬼なんだ」

紬「吸血鬼?」

澪「うん」

紬「‥‥」

澪「長い間血を吸わなかったから、肌がカサカサになっちゃったんだ」

紬は少し考えてからこう言いました。

紬「それじゃあ、私の血、吸う?」

澪「へっ」

紬「私の血を吸ったら、お肌きれいになるんでしょ?」

澪「いいの?」

紬「うん」

澪は紬の首筋を見つめました。
両親が帰ってこない以上、いずれ血を吸う必要があります。
紬の首筋はとてもやわらかそうで、その中にある血もとても美味しそうだと澪は感じました。

澪「本当にいいの?」

紬「うん」

澪「‥‥」カプッ

紬「‥‥っ」

小さな牙を紬の首筋に突き立て、血を吸い始めました。
澪は血の味を楽しみながら、顔に触れる紬の髪の感触を楽しみました。
数十秒ほどの食事の後、澪は口を離しました。

澪「まろやかー」


澪「うん」

紬「あっ、肌が綺麗になってる」

澪「‥‥本当だ」

紬「吸血鬼って凄い!」

澪「//」

紬「ねぇ、他に何かできるの?」

澪「ちょっと力が強いんだ」

紬「他には?」

澪「怪我の治りもちょっと早いんだ」

紬「凄いっ!」

澪「//」

紬「ねぇ、私とお友達になってくれないかな?」

澪「‥‥いいの?」

紬「うん!」

紬「私の名前は琴吹紬

澪「ことぶきつむぎ‥‥?」

紬「うん。親しい人はムギって呼ぶわ」

澪「琴吹さんでいいかな」

紬「うん」

澪「私は、秋山澪」

澪「親しい人は‥‥澪って呼ぶ」

紬「澪?」

澪「うん?」

紬「うーん。あっ、ひょっとして澪ちゃんは桜が丘の生徒?」

澪「えっ、なんで知ってるんだ?」

紬「同じクラスだから」

澪「琴吹さんも桜ヶ丘に通ってるの?」

紬「うん。あっ、それじゃあ、りっちゃ‥‥田井中律さんも知ってるよね?」

澪「もちろん知ってるよ。たった一人の友だちだから」

紬「りっちゃんから一度だけ澪ちゃんのこと聞いたことあるわ」

澪「律‥‥」

田井中律は狼少女でした。
吸血鬼が栄養を吸収できるのは人間の血からだけなので、律の血を吸っても意味がありません。
だから、最近は律が来ても居留守を使っていました。
カサカサの肌を見られるのが嫌だからです。

紬「澪ちゃんは学校にこないの?」

澪「えっと‥‥」

紬「学校楽しいよ。そうだ澪ちゃん、軽音部に入らない?」

澪「軽音部?」

紬「うんっ! 軽音部。りっちゃんがメンバー集めてやろうって。後一人足りないんだけど」

澪「琴吹さんもメンバーなの?」

紬「うんっ!」

澪「全部で何人なの?」

紬「今のところ3人だよ」

澪「律と琴吹さんと‥‥あと一人か」

紬「唯ちゃんって言うの」

澪「唯ちゃん?」

紬「うん。素直でとってもいい子なの。私の入れた紅茶もとっても美味しそうに飲んでくれるの」

澪「紅茶?」

紬「うん。いつも練習前にティータイムをやってるの」

澪「いいなぁ‥‥」

紬「澪ちゃんもおいでよ」

澪「だけど‥‥」

澪は迷いました。
軽音部は楽しそうです。
しかし外界との関わりを断って久しい澪は、なかなか踏ん切りを付けることができませんでした。

紬「迷ってるんだ?」

澪「‥‥うん。最近人に会ってないから、怖いんだ」

紬「そうなんだ‥‥」

澪「‥‥」

紬「‥‥あのっ、澪ちゃん」

澪「‥‥?」

紬「明日学校にきてみない? 私がずっと一緒にいるから」

澪「いいの?」

紬「うん。だってお友達だもん」

澪「‥‥あっ、ごめん」

紬「えっ」

澪「さっき律のことたった一人の友だちって言ってごめん。琴吹さんとも友達になったのに」

紬「‥‥澪ちゃんって繊細なんだね」

澪「うん、そうなんだ」

紬「ふふっ」

澪「笑うなんて酷い‥‥」

紬「ごめんなさい。澪ちゃんがあまりに可愛かったから」

澪「//」

二人は約束をかわして別れました。
次の日の朝早く、紬は澪の家に迎えに行きました。

紬「澪ちゃん、いきましょ」

澪「本当に大丈夫かな?」

紬「大丈夫だって、ねっ」

紬は澪の手をとりました。

澪「あっ‥…やわらかい」

紬「澪ちゃんの手もやわらかい。それにとってもすべすべ」

澪「//」

紬「さぁ、行きましょ」

澪「‥‥うん」

二人はゆっくりと森を歩き出しました。
久しぶりのおいしい空気を澪はいっぱい吸い込みました。
紬はそれをニコニコ見つめました。愛しそうに。

しばらく歩くと、通学路に出ました。

律「おーい! ムギ‥‥と澪!?」

澪「り、りつ」

紬「りっちゃんおはよう」

律「なぁ、どうして澪が‥‥」

紬「実は‥‥」

紬と澪は律に昨日のことを話しました。
澪はちょっとだけ居心地が悪そうにしています。

律「そんなことがあったのかー」

澪「うん」

律「でも、なんで今まで私に会ってくれなかったんだ?」

澪「い、言いたくない」

律「そんなこと言わずにさ~」

澪「嫌なものは嫌だ!」

紬「メッ! りっちゃん!!!」

律「うおっ!」

紬「女の子は色々あるんだから、りっちゃんは追求しちゃ駄目よ!」

律「まぁムギがそう言うなら‥‥」

紬「わかってくれればいいの」

律「‥‥ん?」

紬の言葉は、自分のことを女の子扱いしていないのでは、と律は思いましたが。
紬がそのような皮肉をいう訳がない、と思い、文句は言いませんでした。

紬「それじゃあ、そろそろ行きましょうか」

律「あぁ」スタスタ

紬「‥‥りっちゃん、一人で歩いていっちゃ駄目」

律「えっ」

紬「りっちゃんは澪ちゃんのもう片方の手を握ってあげて」

澪「えっ?」

意外な提案に面食らってしまった律でしたが、
それはそれで面白そうだと思い、紬の言葉に従いました。

律「澪の手暖かいな」ギュ

澪「ううっ、これは恥ずかしいよ」

紬「そう?」

律「それにしてもこの状況、あれを思い出すよ」プッ

澪「あれって?」

紬「CIAに捕獲されたエイリアンの図のことね!」

律「そう、それ!」

澪「お、おまえら‥‥」ピキピキ

律「澪が」

紬「怒ったー」

二人は手を解き、澪を置いて走り出しました。
澪は怒ったフリをして二人を追いました。
学校はもうすぐそこです。

教室に入ると、皆の視線が澪に集まりました。
その中の一人が近寄ってきました。そうです、平沢唯です。

唯「ムギちゃん、りっちゃん、その子は?」

紬「新しい軽音部員よ?」

澪「へっ」

唯「へぇ?そうなんだ?。ふーむ」

唯はじっと澪のことを見つめました。
澪は少し居心地が悪そうにしています。

唯「えいっ」

澪「きゃっ」

突然唯は澪に飛びつきました。

唯「なかなか良い抱き心地ですな?」

紬「ふむふむ」

澪「は、はなれてくれ」バシ

唯「あっ‥‥」

澪は走って教室から出て行ってしまいました。
紬はそれを追いかけます。

澪「はぁはぁ‥‥びっくりした」

紬「澪ちゃん、大丈夫?」

澪「あぁ、うん。あの唯って子、誰にでもあぁなのか?」

紬「唯ちゃんが抱きつくのは、気に入った子だけよ」

澪「‥‥私は気に入られたってことか」

紬「いや?」

澪「嫌じゃやないけど、いきなり抱き付かれるのは困る」

紬「そうね。じゃあ唯ちゃんに言っておくから」

澪「えっ、それはいいよ」

紬「そう? じゃあ言わないでおくね」

澪「あぁ」


2
最終更新:2012年09月22日 19:57