律「髪、黒に戻そうかな」

別に理由なんてない
年頃の乙女は得てして気分屋というものだ

律「ブラシ、何処にしまったっけ」

律「…あった」

ふと、鏡の中の自分と目が合う
我ながら面白くもなんともない顔だ

律「…明日は学校行かなきゃな」

そう呟くのが、今の私には精一杯だった

律「…寒い」

まだ9月なのに朝の通学路は随分冷えていた
…マフラー持ってくれば良かったな

律「みんな心配してただろうなぁ」

脳裏に軽音部の仲間達の顔が浮かぶ

律「…心配してただろうなぁ」

私は少しだけ歩くスピードを落とした

見慣れた学校の廊下
ここの階段を上がれば教室はすぐそこだ

律「…」

理由は分からないけど足取りが重い
いや、本当は分かってる…でも

律「行くか」

私は二段跳びで階段を駆け上がり
教室の戸に手をかけた

律「おっす、みんな!」

唯「りっちゃん!?」

紬「嘘!?」

律「おう!世紀の美少女、田井中律だぞ!」

唯「りーーーっちゃーーーん!!」

律「うおお!?」

唯が私にダイブをかます
超痛いっつーの!

唯「久しぶりだねりっちゃん!もう元気になったの?」

律「うん、心配掛けたな」

紬「良かったぁ…」

唯「私達、もうりっちゃんが学校に来ないんじゃないかって
  ずっと心配してたんだよ?」

紬「そうよりっちゃん」

律「へへ、もう大丈夫だよ」

二人は心底嬉しそうに私の顔を覗き込んでいる
するとムギが「おやっ?」とした表情で私に話し掛けてきた

紬「りっちゃん…」

律「ん?」

紬「髪、黒くなってる」

唯「あ、本当だ!」

唯、お前が一番最初に気付けよ
いのいちに跳びかかったのはお前なんだから

律「染めたんだ、イメチェンって奴」

唯「へぇ~、似合ってるよりっちゃん!」

律「ありがとー!唯ー!」


ムギがなんとなく心配そうな顔で私を見ている
…やっぱり変かな?

律「ムギ」

紬「な、何?りっちゃん」

律「私の髪…変?」

紬「ううん、そんなことない!」

紬「とっても素敵よりっちゃん」

そういうとムギはいつもの柔らかい笑顔に戻る
でもちょっと不自然な気がした

律「そっか、良かった」

律「…唯、いつまで乗っかってるんだ。重いだろ」

唯「おお、ゴメンゴメン」

唯「でも、重いは言い過ぎじゃないかな…」

唯が一人ごちる
へへーんだ

紬「ふふ、ドンマイよ唯ちゃん」

唯「ムギちゃんまで…しどい」

律「少しは痩せたらどうだ?」

唯「ちょっと前までは幾ら食べても平気だったのになー」

そんなたわいもない話をしてるうちに授業の開始を告げる鐘が鳴った
勉強は嫌いだけど、今日は少し楽しみかも

さわ子「ここはこの公式を当てはめることで…」

数学の時間
さわちゃんが一生懸命に黒板に何かを書いてる
…全く持って理解不能

律「(…頭がゴチャゴチャしてきた)」

ノートに目を落とすと紙はまだ真っ白だった

律「(…イタズラ描きでもしようかな)」

シャーペンをしまい、ボールペンを取り出す

律「ふーふん…ふふん♪」

軽やかにペンを走らせる私
やっぱ勉強よりこっちの方が楽しい

律「ここがこーなって…」

律「梓は…こう!」

しばらくすると、真っ白だった紙には
軽音部のみんなの絵が出来ていた

律「ぷっ…似てらぁ」

お茶を飲んで嬉しそうな唯
それを咎めるプンプン梓
楽しそうに眺めるムギ
美味しそうにケーキを頬張る私

律「我ながら凄い完成度だな」

チラッと自分が描かれた絵の隣を見る
そこには呆れ顔でベースを弾く…

さわ子「田井中さん?」

律「!」

さわ子「授業中に何をやってるのかな?」

律「あ、あはは…」

あとでミッチリ怒られたのは言うまでもない

唯「りっちゃんお弁当食べよー」

律「いーよー」

気が付けば太陽は既に真上に昇っていた
珍しく朝ご飯を抜いたからか、私のお腹はとっくにスカスカだ

唯「どこに座る?」

律「窓側安定だろ」

唯「だよねぇ」

唯「いただきまーす」

律「いただきます」

唯「うーん…美味しい!やっぱり憂のお弁当は世界一だよ」

律「自分も料理覚えたらどうだ?」

唯「たまに挑戦はするんだけどね…」

唯の顔が曇る
ははぁ、大体想像出来たぞ

唯「お察ししていただきたい!」

律「胸を張って言うな胸を」

唯「りっちゃんはお料理出来て良いよねぇ」

律「まぁねぇん♪」

唯「…頭の良さは同じくらいなのになー」

律「どーゆー意味だよ!」

唯「ねーねー」

律「無視かい」

唯「どうやってお料理覚えたの?」

どうやって…?
うーん…


律「気が付いたらかな?」

律「ほら、私の家って家事は当番制だからさ」

律「やってくうちに色々覚えた」

唯「ほうほう」

唯「それだけ?」

それだけってなんだ
何を期待していたんだ

律「そんだけ」

唯「ふーん…つまんない」

唯「そこは好きな人の為にお料理を覚えたとかさ」

唯「こう…ドラマチックなエピソードをね」

律「あるかよそんなもん」


「凄い、これ律が作ったのか?」

「…美味しい!料理上手なんだな」

「なぁ、今度はもーっと美味しいのを作ってくれないかな//」


…あるかよそんなもん


午後の授業…この時間は外のグラウンドで体育だ
体を動かすのは嫌いじゃない。けど今日は…

唯「寒いです!りっちゃん隊員!」

律「寒いです!唯隊長!」

紬「この冷え込みは異常ね…ぶるっ」

朝からこの街を包んでいた冷気がより一層強くなっていた

唯「こんな日にランニングなんて正気の沙汰じゃないよ…」

唯「ムギちゃん、手触らせて~…」

紬「はい、どうぞ♪」

唯「おおう…いつ触ってもムギちゃんの手はあったかあったかだね!」

紬「喜んで貰えると嬉しいわ」

唯「りっちゃんも触らせて貰いなよ~」

律「よーし!むぎゅー!」

紬「ひゃっ!りっちゃんの手、凄く冷たーい」

勢いよくムギの手を握る
なるほど、これは確かに暖かい

律「暖ったけぇ…ムギは人間カイロだな!」

紬「褒めても何も出ないわよ?//」

律「あったかあったかー」

律「…?」

ふと、自分の手に目を落とす
すっぽりと隠すようにムギの手を包んでいる私の手はさながら…

律「…」

紬「りっちゃん」

律「何?」

紬「ちょっと…痛い」

律「あ、ごめん!」

意識せずに思いっきりムギの手を強く握ってしまってたみたいだ

唯「駄目だよりっちゃん、ムギちゃんは大切にしなきゃ」

律「はは…ごめん」

紬「気にしないでりっちゃん」

ムギは笑顔で私を赦してくれる
いつもこの甘さに甘えちゃうんだよな

ピッ!

唯「お!」

遠くで集合のホイッスルが鳴った
…なんかやる気出ないや

紬「りっちゃん、今日部室に行く?」

帰り支度を始める私にムギが問い掛ける

律「うーん…今日は良いや、明日から行くよ」

紬「そう…」

ムギが残念そうな顔をする
しかしすぐに表情が戻った

紬「なら、せめて梓ちゃんに顔だけ見せてあげて」

紬「りっちゃんが学校を休んでいる間、一番心配してたの梓ちゃんだから…」

あの梓が…?
人には意外な面もあるもんだ

紬「…どうかな?」

律「分かった、行くよ」

紬「良かった…きっと梓ちゃん喜ぶわ」

…嬉しそうなムギ
正直、この時のムギの顔は反則レベルに可愛いと思う

紬「私と唯ちゃんは教室を掃除してから行くから」

律「ん」

そう言って鞄を肩に背負い、私は教室を出た

部室前の階段の踊り場に差し掛かると
階段の上からギターの音が漏れてくる
梓はもう音楽室にいるみたいだ

律「…また上手くなってるな梓」

もともとそういう才能があるのだろう
久々に聴いた梓のギターはかなり進歩していた

律「…」

しばらくそこで立ち聴きしていると不意に音が止んだ
…?

梓「唯センパイ!驚かそうとしても無駄ですよ!」

梓「足音でバレバレです!」

いきなり音楽室の戸が開け放たれたかと思うと
梓が開口一番にソレを叫んだ

梓「…って、あれ?」

律「よう」

梓「え…?」

梓「律センパイ…!?」


梓「お茶です、ムギセンパイのほど美味しくないですけど」

律「いや、ありがと」

梓から温かい紅茶の入ったティーカップを渡される
ぶっちゃけ味の違いなんて分からないし暖まればそれでいいや
そんな失礼なことを考えていると、梓が心配そうにこちらを見てきた

律「…なんか私の顔についてる?」

梓「いえ!そんなことは!」

梓の手が猛スピードで顔の前を往復する
…少し笑える

梓「…髪、黒くしたんですね」

律「ああ、似合わない?」

梓「似合わないですね」

…ハッキリ言うな

梓「心境の変化…ですか?」

律「…まぁ」

梓「それってやっぱり…」

梓が目を伏せる
…その意味は理解したくない

律「深く考え過ぎー、イメチェンだよ」

梓「そうですか?…それなら」

それでも梓は心配そうだ
その態度にちょっとだけ私は不機嫌になる

律「…そんな目で見るなよ」

梓「!」

梓「…ごめん…なさい」

少し辛い言い方だったかもしれない

梓「…」

律「…」

部室の空気が重い
それと同時に梓に大して申し訳ない気持ちが増してくる
彼女は私を心配してくれただけなのに…

律「…ごめん帰るわ」

律「また明日な」

そう言い残して私は逃げようとする

梓「ま、待って下さい!」

律「…何?」

梓「久しぶりに律センパイの顔が見れて嬉しかったです」

梓「また明日、部室で…」

梓が私に笑い掛ける
…ありがとうな

律「私も梓の顔が見れて嬉しいよ」

律「またな」

私は足早に部室を出て行った



梓「律センパイ…」

梓「なんだかまるで…」



律「ただいま」

返事は無い

律「…誰も帰ってきてないのか」

そうぼやくと私は自室に向かう
いつもは気にならない階段の軋む音が今日はやけに響いた気がした

律「あー…疲れた」

律「とおっ」

鞄を床に投げ、ベッドにジャンプ!
顔に当たる毛布が心地いい

時計を見るとデジタルの数字は午後4時を示していた

律「今日の洗濯当番私だっけ」

律「取り込まなきゃ」

律「…でも面倒臭いな、体ダルいし」

律「なんだか熱っぽいんだよな」

今朝からの寒さで風邪を引いたかもしれない
…今日の家事は聡に押し付けよう、うん

律「今はベッドでお休みだー」

律「ふふーん♪」

ベッドに入り、枕の位置を整える
寝る準備は万全だ。が、しかし…

律「…寝れない」

体は重いが脳はハッキリ冴えている
これまた面倒臭い状態になってしまった

律「うー」

律「悪化したらどうすんだよ…」

律「羊でも数えてみようかな」

律「羊が一匹…」

律「羊が二匹…」

律「羊が三匹…」

律「羊が…」

紬『ぴょ~ん♪』

律「ムギが四匹…」

律「っておい!」

何故か頭の中に羊になったムギのイメージが浮かぶ
…結構似合ってる

律「はぁー、やめたやめた」

律「…」

律「…ムギ、心配してたな」


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最終更新:2012年09月26日 19:42