やあ、皆さん初めまして。
これはキミの知る、どの世界よりからもかけ離れた、
遠方に位置する世界で始まるお話だ。
唐突で済まないね。でも、受け入れてもらいたい。
早速話を始めよう。
僕たちは“配達屋”と呼ばれる仕事をしている。
これは似たような職種を一括りにした言い方で、
本来僕たちの仕事はもっとニッチなものなんだけどね。
そんな僕たちの仕事内容は、人の“声”を届けること。
僕が人の声を音に乗せて記憶し、相棒と共に目的地へ移動するんだ。
そして、そこで再び音を奏で、声を届ける。簡単な仕事だろう?
なに、心配はいらない。僕の相棒はスペシャリストだ。
どんな声だって、目的地に必ず届けてみせるさ。
それが役目なんだからね。
え? ところで、僕は誰なんだって?
いいよ、教えてあげる。僕の名前はね―――
* * *
「寒い……」
風が冷たい。気温は一キロメートル毎に五、六度下がると
聞いたことがあるが、それはこの高地も例外ではないようだ。
「だけど綺麗だ~!」
銀世界とはこの景色のことを言うのだろう。
夜闇の中で映える、雪で覆われた白い世界は、
感動と寒さで身を震わせてくれる。
(銀世界と言ったばかりだけど、私には白にしか見えない)
私は雪を踏んだ時に出る、独特の音を聞きながら歩いていた。
時偶、それは三三七拍子のリズムをとってみたり、
四ビートを刻んでみたりしていた。
「……君はまたそうやって遊んで。少しは前へ進んだらどうだい」
うるさい。一応前には進んでいるし。
しかし、私の相棒は語りかける。
「そんなことやってるから、“のんびり屋”の名を欲しいままにするんだ。
唯は、もう少し時間に気をかけるべきじゃないかな」
私は自分が時間にルーズだとは思わない。
私の時間設定は常にのんびりすることを前提にしているから、
至極予定通りなのだ。
そう言ったら、今度は呆れられた。
……私は
平沢唯。配達屋をやっている。
配達屋は、あらゆる配達物をあらゆる方法で届ける、
この世界では需要のある仕事。
因みに私は、平沢唯は“声”を専門に届ける、珍しい配達屋だ。
配達屋は、まともな交通機関の通れない辺境も職場になり得る。
よって、頼りは自分の足のみになることが多く、
大変な仕事であることは違いない。
けどもそれ以上に報しゅ……、いや、達成感が得られる楽しい仕事だ。
現金になるのはよくない。
「まあまあ。失敗は一度も無いんだから、ギー太」
「失敗が無いからといって、のんびりしていい道理は無いよ」
ごもっとも。
この、さっきから憎たらしくも口を出す彼は、
紛れも無くギターだ。名を、ギー太という。
因みにギー太は当然のように喋る。
喋るギターなんて世界中探したって、ギー太以外にはいないだろう。
それぐらい貴重で大切な、私の仕事道具兼相棒だ。
「今度の依頼主は
秋山澪さん。……おや、キミの友人じゃないか」
「今更、なに驚いてるのさ」
「いやいや、こんな辺境の辺境にもキミの名前が
知れ渡っていたとしたら驚いていたよ。友人というなら納得だ」
…………。実に憎たらしい。
* * *
辺境の集落にやって来た。
ここにも雪は積もっているが、先程歩いてきた道と比べると随分薄い。
高地から下ってきたのだから当たり前か。
依頼主の家を見つけた。
呼び鈴を鳴らすと、家の中から依頼主が扉を開けて出て来た。
「久しぶり、澪ちゃん」
「久しぶりだな、唯。元気にしているようで、何よりだよ」
秋山澪ちゃん。学生時代の親友の一人。
学校を卒業すると、すぐにこちらの実家へと戻り、
それ以来私とは会っていなかった。
「澪ちゃんは変わってないね」
「唯こそ」
そうだろうか。私は結構自分が変わったと思っている。
澪ちゃんは元が大人だったからだろう、本当に変わっていない。
相変わらずの美貌を保持している。
「……じゃあ、早速だけど。
お届け物となる“声”を、私が演奏している間に言ってね」
「えっ?」
鳩が豆鉄砲を食ったような顔をしている。
呆気にとられるのも、無理はない。
私自身が原理を理解していないのだから。
私の仕事は、この不思議なギターの力で成り立っている。
そして、どういう原理かは知らないが、このギターは録音機能が付いているのだ。
私が演奏をしている最中に聴こえた声を記録し、
他の場所で同じ演奏をすることで、記録した声を再生する。
簡単で、摩訶不思議な機能なのだ。
「じゃあいくよ。制限時間は一分。
それ以上は超過料金を取るからね?」
「何だかよくわからないけど……よ、よし。いいぞ」
演奏を始めた。この際、弾く曲は何でもいい。
ただ相手に聴かせるために同じ演奏をする必要があるので、
即興で作った曲などは好ましくない。
澪ちゃんはメッセージをギターに向けて、送り始めた。
「……律。まず、誕生日おめでとう。
これが届いている頃には、もうとっくに過ぎているかもしれないけれど。
驚いた? そうだよね、驚いたよね。
でも、律にはこうするしか無いと思ったから。だから唯にも頼んだんだ。
別に特別なメッセージを送ろうとしたわけじゃない。これが最後のメッセージだ。
うん、それだけ。頑張れよ、律」
制限時間の一分は半分と過ぎていない。
けれど澪ちゃんのメッセージはそれで終わった。私も演奏を止める。
「りっちゃんが配達先でいいんだね?」
「うん。場所はわかるか?」
「わかるよ。だいぶ離れているけど、ここから南。
そこで先生をやっているんだよね?」
「そうそう。それじゃ、あとは任せた」
田井中律ちゃん。通称、りっちゃん。学生時代の親友の一人で、
卒業後、学校が無い程の辺境へ越し、そこで先生を務めている。
今では、生徒から良く慕われる先生だという……噂を聞いたことがある。
もっとも、しばらく会っていない。
それは澪ちゃんも同じのようだ。
「あっ、そうだ。これも持って行ってくれないか?」
「配達物の追加となると、追加料金が発生するんだけど……」
澪ちゃんが私に差し出したのは、小さな布製の小袋。
ううん、この程度なら料金取るのも悪く感じてしまうなあ。
それに澪ちゃんは他でもない、親友の一人だ。
「……わかった。じゃあ私は個人的に、それを貰うよ」
「ふふっ、ありがとう。優しいな唯は」
「違うよ澪ちゃん。私は個人的に澪ちゃんの厚意を受け取っただけだよ」
仕事としての配達ではない。
それをあくまでも強調しながら、私は小袋を受け取った。
澪ちゃんは笑ってそれを承認していたが、
恐らく心の中では違うのだろう。
それがわかっているせいで、
私は自分でも顔が赤くなってきたのがわかった。
目を逸らす。
逸らした目線の先には違う色の花が咲いていた。
同じ種類の色違いに見えるが、どうだろう。
一つは白い花。この寒さだというのに外の鉢植えで咲いている。
流石に雪を被らせるのは良くないのか、軒下に鉢植えは置かれていた。
もう一つは、紫色の花。これは家の中の鉢植えに咲いている。窓から見えた。
「唯、まだ行かなくて大丈夫なのか?
のんびり屋の名だけなら、こっちの辺境まで伝わってるぞ?」
「えー」
本名より先に、異名が辿り着いているとは。
これはイメージを払拭する必要がありそうだ。
「……それじゃ、行ってきます」
「行ってらっしゃい。そして、頼んだぞ」
* * *
「おやおや、唯。キミが持っている小袋は、
配達物ではないのかな?」
「これは貰い物だよ。もっとも、これから誰かに
あげるかもしれないけど」
ギー太の追及を、私は適当にやり過ごした。
別に間違えたことをしたとは思わない。
「冗談さ。僕だって、伊達に人間を見てきたわけじゃない。
キミの心理なんてお見通しだよ」
「そうかい、そうかい」
ギターのくせに、達観したような口振りを。
それに多くの人を見てこれたのは、私が一緒にいるおかげだ。
私は背負われたギターの方へ振り向いて抗議したが、
受け流されてしまった。
「それにしても、キミの友人の秋山澪は、
悩みを抱え込みやすい人間なのかな?」
「どうしてそう思うの?」
「キミの目は、いや耳は節穴なのかい。
さっきのメッセージでそれが読み取れるだろう」
耳には元々穴が開いているよ。
とか言ったら、また何か言われそうなので黙っておく。
さっきのメッセージ……。思い出せない。
まあ、思い出す必要は無い。
ギターをケースから取り出し、私はさっきの曲を再び演奏した。
記録したメッセージが再生される。
『……律。まず、誕生日おめでとう。
これが届いている頃には、もうとっくに過ぎているかもしれないけれど。
驚いた? そうだよね、驚いたよね。
でも、律にはこうするしか無いと思ったから。だから唯にも頼んだんだ。
別に特別なメッセージを送ろうとしたわけじゃない。これが最後のメッセージだ。
うん、それだけ。頑張れよ、律』
確かに改めて聞くと、不思議な部分が多い。
例えば“最後のメッセージ”とは、一体どんな意味を含んでいるのか。
澪ちゃんが死んでしまう? いやいや、あんな健康そうだったのだ、それは無い。
きっと止むを得ぬ事情があるのだ。
そう思っていると、またギー太が口出しをしてきた。
「いいのかい、こんなところで配達物をひけらかして。
誰かに盗み聞かれていたとしたら、キミには厳重な処罰が下るだろうね」
「まさか、こんな辺境の、雪降り積もる道なき道に人が?
いるわけがないよ、私たち以外はね」
「そうか。だとすれば、キミの後方にいるのは人間以外のなにかなんだね」
えっ? 私は嫌な予感を肌で感じつつも、振り向いた。
そこには、確かに人間らしき何かがいた。知った顔だ。
……というか、
「和ちゃん!?」
「ちょっと今のはいただけないわね、唯」
真鍋和ちゃん。配達屋機関に勤める、私の上司。
赤いフレームの眼鏡と、ボーイッシュな髪型が特徴で、
優しくも厳しい人物。
私とは同じ年齢どころか、幼馴染の親友でもあるが、
どうしてこうも差がついたのだろうか。
そして、どうして此処にいるのだろうか。
「やあやあ、和ちゃん。ごきげんよう」
「この極寒の中、私の機嫌が良いとでも思ってるの?」
「ごもっともです……」
「はあ……。まあ、私以外に人はいないみたいだし、
見なかったことにしてあげる」
有難い。
「それで和ちゃん、どうしてここにいるの?」
「あんた律に届けるものがあるんでしょ?
それならついでに、これも持って行ってちょうだい」
和ちゃんから渡されたのは小柄な鞄。
しかし小柄ではあるものの、中身は外見からわかるほど
ぎゅうぎゅうに詰められており、持ち歩くのも一苦労しそうだ。
「あのー、和ちゃん。これはちょっとばかし重いです」
「上司からの命令よ、従いなさい」
「でもでも~」
「そういえばさっき預かった配達物をあろうことか、
雪道だからといって、ひけらかしていた人がいたわね」
「喜んで運ばせていただきます」
「そう、助かったわ」
和ちゃんにはどうしても敵わない。
弱みを作っているのは自分自身なのだが、
こればっかりは絶対何があっても敵わないのだ。
「折角だし、これに乗って町まで一度戻りましょう。
その鞄に関しての話もしたいし」
と言って指差した先にあったのは、沢山の犬が引くソリ。
そんなものがあったとは。
* * *
速い。行きの時とは段違いの速さだ。
今度からここに来るときには、これを使うことに決めよう。
そう思っていると、和ちゃんが喋り始めた。
「それで、鞄の話なんだけど」
「うん」
「中に入っているのは、およそ五十通の手紙よ」
ご、五十? それはいくらなんでも、多すぎるのでは……。
「一度の配達で五十通……?
そんな重労働を虐げられるほど、私は何かをしたのっていうの?」
「何が、虐げられる、よ。それに重いのは質量だけ。
実際の仕事量は変わらないわ」
それはつまり、どういうことなのか。
私はそれなりにしか知識が蓄積されていない
頭を回転させて考えるが、答えは出なかった。
「つまりね、この五十の手紙は全部律宛てのものなの」
えっ。……それは、その、熱心な方がいるようで。
「何か勘違いしてない? これは、受け取り拒否された手紙よ」
「受け取り拒否?」
「そうよ。受け取り拒否された手紙が、五十通溜まったの。
それを今回あんたに託して、全部配達してもらうの」
なんだ、そういうことか。いや、どういうことなんだ。
「受け取り拒否された手紙を届けていいの?
その、りっちゃんは受け取りたくないのに、無理に……」
「公的な違反が無い限り、配達物は必ず届ける。
それがあんたたちの仕事なの。そこに私情を挟まない」
むう。
「それに、手紙なんて読まないで処分も出来るでしょ。
……もっとも、それだけでは済まされない何かがあるんでしょうけど」
「といいますと?」
今まで流暢に喋っていた和ちゃんは、少し言葉を詰まらせた。
話しにくいことを話す覚悟を決めているようだった。
「驚かないでね。……差出人、全て澪なのよ」
「えっ。ほんとう?」
「本当よ。あの二人の間に何があったのかしらね。
あんなに仲良かったのに……」
和ちゃんの寂しそうな声を出したとき、
ザザッと音が鳴り、ソリを引いていた犬が停止した。
目の前には雪が積もっていない道が見え始めていた。
最終更新:2012年09月28日 21:10