*  *  *


 町に到着した。
 この町は夜であるにも関わらず、明りが消えていない。
 眠らない町、とも呼ばれているこの町には
 私の勤めている配達屋の総合機関の施設がある。

 その施設の扉の前で、私は和ちゃんに配達屋専用のパスを渡された。
 これがあると、通常では馬鹿みたいに金のかかる交通機関を
 無料で利用できるのだ。
 配達屋が唯一持っている特権だ。


 「いい? 途中までは馬車と汽車を利用すれば行けるけど、
  この町を過ぎると自分の足だけが頼りになる。
  食料は手前の町で調達、あとは自分の努力次第よ。
  とはいっても、手前の町から歩いて半日程度、あんたなら行けるでしょうね」


 と、和ちゃんが地図を片手に色々注意していた気がするが、
 特に気にすることもない。私はマイペースを貫けばいいだけだ。


 「……聞いてないわね。
  まあ、いいわ。あとはこれ、持っていきなさい」


 私が受け取ったのは、何かが包まれた紙。
 中にはサンドイッチが入っていた。


 「憂があんたのために作ってくれたのよ。
  今日のぶんの食事は、それで済ませなさい」

 「わあ~……。ありがとうって、憂に伝えといて」


 わかった、と言う代わりに和ちゃんは背中越しに手を振りながら、
 施設の中に入って行ってしまった。
 もう少しお見送りしてほしかったのが、正直な気持ちだけれど。


 「……さて、行こうか唯」

 「ダメだよギー太、まだ喋っちゃ。ここじゃ人目が多すぎるよ」 


 ギー太もしまった、と思ったのだろうか、すぐに黙る。
 周りを見てみるが、気付いた人はいないらしい。

 喋るギターを珍しがるのは、当然のこと。
 だが、私は興味本位でギー太に触れられるのが嫌なのだ。
 なので人目につくところでギー太とは会話しない。
 ギー太もそれを理解して、出来るだけ喋らないようにはしている。

 このことを知っているのは、私と憂と和ちゃんだけだ。


  *  *  *


 町を後にし、馬車に乗り込んだ。
 私の身体は馬車の振動に合わせて揺れている。
 ここはまだいいが、この先舗装されてない道では揺れが酷くなるだろう。
 今のうちにブランチとしての食事は済ませておく。
 私は受け取ったサンドイッチの半分を頬張った。

 同乗者はいなかった。
 少し移動するのにも大金が必要とされているのだから、
 一般人が利用できないわけで、当然のことだが、
 ギー太に話し掛けるには丁度よい。


 「ギー太」

 「どうしたんだい、唯」

 「澪ちゃんの手紙をりっちゃんが受け取らない理由、
  気にならない?」

 「おや、キミは他人の私的領域に踏み込むほど、
  悪趣味だっただろうか」

 「ギー太の口の悪さには負けるよ」


 さて、冗談の言い合いはここまでにして。
 真剣に考えよう。

 幸い、馬車に乗っていられる時間は長い。
 馬車がダメなら、汽車に乗りながらも考えればいい。
 汽車はさっさと目的地に着いてしまうけれど。


  *  *  *


 しばらく考えてみた結果、いくつかわかったことがある。

 まず一つ目に、“最後のメッセージ”の意味。
 今まで五十通以上の手紙を送ったが、これ以降は送らないという意味だろう。

 二つ目。どうしても伝えたい言葉は、
 今回のメッセージに入っていないということ。
 確かに澪ちゃんは“それだけ”と言っていた。
 ここからは妥協が読み取れる。

 恐らく本当に伝えたい言葉は、
 この手紙の中で散々書かれたものなのだろう。
 答えはやたら重い鞄の中を見れば、
 すぐにわかるだろうが……。流石に、それをするのは憚られる。
 予想される言葉は“会いたい”だろうか。

 三つ目。これは推測でしかないが、
 澪ちゃんはりっちゃんと何らかのトラブルを抱え込んでいる。
 もっとも、それがどんなものなのかは想像がつかない。


 「分かりきった答えばかりだ」

 「ギー太、それこそ分かりきった評価じゃない?」


 珍しくギー太が口を噤んだ。
 ……口なんてあるんだろうか。

 さて、これはどうも答えは簡単に出そうにない。
 りっちゃん本人の境遇を理解しないと、
 本質は見えてこないのではないだろうか。

 そう思っていると、馬車の揺れが酷くなった。
 私は座っていた椅子から飛ばされ、床に顔から落ちた。


  *  *  *


 次に利用する汽車の駅前で、馬車を降りる。
 人は疎らで、特に多くもない。雪も無く、岩肌が露出している。
 先程私を床に叩き付けた地面は、やはり塗装されていなかった。

 すっかり空の太陽は頂点に達していた。
 もうそんな時間だったとは。

 次の汽車が出るまで三十分ほど時間があるので、
 私は近くのベンチに腰を下ろした。


 「ところで唯。一つ、気になるモノがあるんだけど」

 「何?」


 ギー太が唐突に話し掛けてきた。
 前触れのない会話なんてザラなんだから、
 唐突なのは珍しいことでもないけど。


 「キミは鞄を受け取る前に、
  ちょっとした配達物が追加されなかったかな?」

 「えー?」


 覚えていない。……というと、嘘になる。
 これだからギー太は憎たらしくて、意地悪なのだ。


 「……冗談だ。何か貰わなかったか?」

 「この小袋だね」

 あくまで配達物ではない、個人的に貰った物なのだ。
 もしかしたら、りっちゃんに渡してしまうかもしれない。
 そんな感じの貰い物なのだから、別に配達物ではない。断じて。


 「中身は何か、わかるかい」

 「……ギー太はさ、さっき私が悪趣味って言ったよね。
  もしかして私を悪趣味にしているのは、ギー太なんじゃない?」

 「うーん、僕にその自覚は無いよ。
  僕がしているのは、キミが見落としている点を指摘しているぐらいだ」


 上手いこと逃げおって。
 ただ、まあ、私も気にならないことでもない。
 試しに“貰った”(これを強調することに意味がある)小袋を揺らしてみる。
 中からはさらさらした音が聞こえる。

 細かい粒子状の物体が、この袋の中に入っていると推測された。
 候補としては、一体何があるだろうか。

 例えば砂とかどうだろう。
 「この砂を持っていると幸福が舞い降りてきます」みたいな。
 無いか。


 「ギー太は何だと思う?」

 「小麦粉じゃないかな」

 「……金輪際ギー太の弦は変えなくてもいいかなと思ってるけど、いい?」

 「冗談に決まってるじゃないか、冗談だ」


 全く。触った感触は粒々しているというのに。
 小麦粉だったら、もう少し固まってしまっているはずだ。


  *  *  *


 私たちはやっと来た汽車に乗り込んだ。
 結局、その中身に明確な答えは出せずにいた。
 最後の最後でりっちゃんに渡した時に見せてもらえばいいだろうか。


 「あら、唯ちゃん?」


 不意に、座る私を呼ぶ声が聞こえた。
 声のする方を見ると、そこには私のよく知る顔がいた。


 「おお、お久しぶりだね~! ムギちゃん!」

 「ええ、お久しぶり。元気でやってる?」

 「うん!」


 琴吹紬ちゃん。通称ムギちゃん。
 学生時代の親友の一人だ。

 外見は学生時代より大人っぽく、きりっとした顔立ちになっている。
 世間知らずな節があったムギちゃんも、今では立派な大人の一人ということだ。


 「唯ちゃんは今、何をやっているの?」

 「配達だよ。澪ちゃんから、りっちゃんへのお届けもの」

 「まあまあ! 今日は本当に懐かしい名前が沢山聞けて、幸せね!」


 ただ、内面は相変わらず可愛いままだった。
 私はそれが半分嬉しくて、半分の半分くらい悲しかった。
 残りの半分の半分は、よくわからない。

 ムギちゃんは私の正面の席に座った。
 私から見て右側の窓の外に、ムギちゃんは釘付けのようだった。


 「わあ……。なんか、ただの岩肌なんだけど、
  こうして見てみると圧巻ね。どうせならお花畑の方が良いんだけど」


 とムギちゃんはクスクス笑いながら言った。
 私はそれを真似するように笑った。お花畑は、まだ見えない。


 「私ね、汽車に一人で乗るのは初めてなの。
  ……あっ、でも唯ちゃんと一緒ね。これじゃまだ初めてにならないわ」

 「そんなに一人で乗りたいの?」

 「うーん、別に特別望んではいないの。
  誰かが一緒に乗ってくれるのなら、それだけで有難いわ」


 と言った後、ムギちゃんは一呼吸置いて、


 「でも、ただ見えているだけじゃ、悔しいじゃない?」


  *  *  *


 汽車は揺れる。塗装されていない道にも
 線路は走っているので、馬車に比べれば酷い揺れは無い。

 ふと、ムギちゃんなら、何かわかるのではないかという
 期待が芽生えた。


 「ところでムギちゃん、ちょっとこれ見てくれる?」


 私は澪ちゃんから貰った小袋を渡した。


 「澪ちゃんから貰った物なんだけど、
  中身を見ないで中身を当ててみてくれる?」

 「ふふ、難しい問題ね。
  これは……何かしら、粒状のものが沢山入っているわね」


 始めは、私と同じ見解。私が期待するのは、この先だ。


 「ううん……。あっ」

 「何か気づいたの?」

 「もしかしてこれ、花の種じゃないの?」


 私ははっとした。そうだ、花の種。まさにその感触だったのだ。


 「そうだよ、きっと!
  凄い、私が見つけられなかった答えを、もう見つけちゃった!」

 「そ、そんな大したことじゃないわ。ただ偶然思いついただけだし、
  本当にそうだとは限らないし……」


 思い出せば、澪ちゃんの家では花が育てられていた。
 それを考慮すれば、小袋の中身は花の種であるという線が濃厚だろう。
 ムギちゃんはあっという間に答えを出してしまった。

 これは汽車を降りた途端にギー太に悪態を吐かれそうだ。


 「あら、もうこんなところまで。
  ごめんなさい唯ちゃん、私、次の駅で降りなくちゃ」

 「あっ、そうなんだ。もうちょっとお話ししていたかったのにね」

 「ええ、残念。今度また会いましょ」


 汽車は駅に到着した。ムギちゃんは胸の前で、小さく手を振りながら下車していった。
 窓から見ると、駅のホームからこちらに手を振るムギちゃんが見えた。
 こちらも振り返す。汽笛が鳴り、汽車は出発した。

 そういえば、もう少しでお花畑に到着することを言い損ねていた。


  *  *  *


 終点。私はここでついに下車をした。
 ここからは、自分の足のみが頼りとなる。
 ムギちゃんと別れた直後、車内でサンドイッチを口にしたので、
 お腹は空いていない。

 空気は暖かい。
 駅の周りには、先程の一面岩肌とは対極的に
 花畑が広がっていた。

 花畑の間に整備されている道が敷かれている。
 ただ道幅が狭いせいで、馬車などは走れない。
 故に自分の足のみが頼りとなるのだ。

 汽車を利用する人は多くなくとも、ここは人が集まっていた。
 何故だろうと思っていると、なるほど近くにレストランがある。
 外装も内装もセンスがある。内装は窓から覗ける範囲でしかないが。
 きっと味も最高の質なのだろう。

 とはいえ、先程言ったように、私のお腹は空いていない。
 少々後ろ髪を引かれながら、私は道幅の狭い道を進んでいった。


  *  *  *


 「唯、思ったより呆気なく答えは出たようだね」


 ギー太が周りに誰もいないことを確認し、喋りだした。
 この後は想像通りの悪口が聞けることだろう。


 「残念ながら、ずっと小袋を持っていたキミよりも
  初めて渡された彼女の方が早くね」


 ほら。


 「でもねギー太。小麦粉よりはマシだよ」

 「それは冗談だと言っただろう?
  キミは冗談と本気も見分けられないのかい?」

 「面白くない冗談は、ただの間違えよりも恥ずかしいと思うけどね」

 「……キミも言うようになってきたじゃないか、唯」

 「信頼関係が築かれただけだよ、お互いに」


 私たちはー、見えないけど強固な絆で繋がっているのですー。

 心の中で繰り返し言ってみるが、どうやっても棒読みになってしまう。
 決して信頼関係が無いわけではないのに。何故だろう。


  *  *  *


 町に着いた。目的の町はさらに南にある。
 そこへは明日向かう予定だ。今日はこの町で宿をとる。

 一部屋だけ空いている小さな宿を見つけたので、
 そこに泊まることにした。
 配達屋は、交通費は免除されるのだが、
 残念ながら宿代や食事代は自腹になってしまう。
 なので、この宿が安かったのは有難かった。

 部屋の中で少し硬いベッドに寝転がりながら、
 ギー太に話し掛けた。


 「ねえギー太。私、ちょっと怖いかも」

 「怖い? 一体、なにが怖いんだい?」

 「りっちゃんの気持ちを知るのが。
  もし、りっちゃんが澪ちゃんのことを嫌いになっていたら……」

 「さっきまで欲しがってた答えを、今度は怖がる。
  随分気紛れな性格なもんだね」


 それもそうだね、と私は返事をする。笑いながら言えていただろうか。
 勝手なこととはわかっていても、やはり怖い。
 けれどこれは仕事にも関わること、解決しなくてはいけないのだ。


 「あーあ、ギー太が全然優しくない。
  もう寝よっかなー」

 「僕が優しいことと、寝ることに何の繋がりが?」

 「どちらも私が望むことなんだよ」

 「If you run after two hares, you will catch neither...だよ。
  僕は、どちらかを選んだ方がいいと思うけれど」


 この、けちんぼギー太。もう知らない。
 私は枕に顔を沈め、そのまま眠りに入った。

 この後、私は本当に眠ってしまったので知らない。
 だが、確かにギー太はこう言ったのだという。


 「……僕はこれでも感謝しているんだよ、唯」


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最終更新:2012年09月28日 21:12