和はそんな憂の心境を当時から察していた
 同じチームにいる時ですらその和に対する闘争心はかなりのものだった

 和が打てばもっと派手な当たりを憂も打つ
 和がエラーをすれば憂は更にとんでもないエラーをしでかす

 全ては唯に見られるため。和さんなんかよりも絶対に目立ってやる
 和にはそんなつもりはなくとも憂の和に対するライバル心は日に日に大きくなっていった

 ましてや今は敵同士。憎悪ににも似た闘争心は打席に立つ和にヒシヒシと伝わってくる

和(でも憂。私に固執するあまり周りの状況がよく見えてないのよ)

 和はさわ子に先程伝えた作戦を実行する様にアイコンタクトを送る

 さわ子はそれを受け3塁ベースコーチの紬にサインを発信する

紬「……レフト子ちゃん、ちょっと」

 さわ子からのサインを受け取った紬は3塁ランナーに耳打ちでそれを伝える
 3塁ランナーは平静を装うように2度3度頷く

 更にさわ子は2塁の唯に飛びっ切りの笑顔を振りまいた

唯(さわちゃん監督めっちゃ笑顔だ。と、言うことは……!!)

憂「絶対に和さんを打ち取る!!」

 ランナーがいるにもかからわず大胆なワインドアップで投げ込む憂
 もはや今は和を打ち負かすことしか頭に無かった
 唸りをあげた豪速球がキャッチャーミットへと向かって行く

 しかしこの状況を想定していた和の眼鏡がキラリと光りを放つ

和「1死2、3塁で初球からストライクを投げるなんて、なっちゃいないわよ憂!!」

 和が状態を下げバットを寝かせている事を目の当たりにしたがもう遅かった
 この時やっと憂は自分の犯したミスに気がつく

憂「しまった!!」

実況「なんと! 不用意に投げた初球をスクイズだ!!」

 急いでマウンドから駆け下りる憂
 手を伸ばし捕球するがもう3塁ランナーはホームの手前にまで来ていた
 この時点で同点になることは誰の目にも明白だった

憂「っち!! せめて和さんはアウトにとらなきゃ!!」

梓「憂!! 1塁に投げちゃダメっ!!」

憂「えっ?」

 梓のその言葉も虚しくすでに投球動作に入っていた憂には
 もはや送球を止めることはできなかった

 憂は更にミスを犯していた

 和との勝負に固執するあまり今2塁にいる人間の特徴を忘れていたのだ

 同じ血を分け合いながら全てにおいて姉を上回る妹
 しかしそんな完全無欠の妹に唯一優っているであろう姉の能力

 そう、足の速さを……!!


紬「唯ちゃん! 回って!!」

唯「チョイヤーーーーー!!」

 紬は憂が1塁へ送球するであろうことを確認すると腕を勢い良く回す
 彼女は「腕をグルグル回すのをいつかやってみたかったの」と試合後に嬉しそうに語ったという

 サードベース手前で様子を伺いながら少し失速した唯だったが
 紬のジェスチャーを見てギアを入れ直し再加速
 躊躇なく3塁も蹴る


 後にこの試合をスタンドで観戦していた者は
 桜高指定の3年用ジャージが青かったことから口々にこう言った

 青い稲妻を見た、と

 ファーストが憂からの送球をうけとり和はアウトになったものの
 急いで本塁へ投げ返す

 唯はキャッチャーのブロックをかいくぐろうと試みる
 そうはさせじと捕手も体を張って阻止をする
 クロスプレー────!!






 「セーフ!!」

実況「触れています! 右手が僅かにベースに触れています!!」

実況「逆転です! なんと2ランスクイズで逆転!!」

ムッシュ「確かに何度か練習しましたが、まさか試合本番でやってくるとは思いませんでした~」

福本「いや~。ええもん見させてもらいましたね」


澪「や、やった~!! 律、逆転だ! 逆転!!」

律「おやおや? あれだけ勝ち負けはどうでもいいって言ってた澪さんがこの喜びようとは」ニシシ

澪「う、うるさい///」

律「でも、よかったな澪」

澪「……」






澪「うん!」

実況「続いての打者は打ち取られましたが、なんとこの9回表の土壇場で3年2組逆転です!!」



澪「ありがとう、和」

和「言ったでしょ、リードした状態で9回の裏は投げてもらうって」

和「それに、お礼なら唯に言ってちょうだい」

和「あの、ブロックのかいくぐり方は中々のものよ」

和「2006年のWBC決勝で見せた川崎の神の手スライディングを彷彿させるわ」

澪「うん。ありがとう唯」

唯「でへへ///」

唯「勝とうね、澪ちゃん!」

紬「あと裏を守りきったら私たちの勝ちね♪」

さわ子「澪ちゃん。頼んだわよ!!」

律「よし、澪行くぞ!!」

澪「抑えたら、勝ち……!!」


澪「勝てる……!!」

澪「勝つには……!?」

澪「私がシッカリ投げて」

澪「そうしたら勝てる!!」

澪「みんなが逆転してくれた」

澪「だから今度は私が抑えなきゃ……!!」





  「抑えなきゃ!!」



──
─────
──────────

「ボール! ボールフォア」

実況「どうしたことでしょうか? 秋山これで2者連続フォアボールと制球が定まりせん」

実況「これで、ノーアウトランナー1、2塁となり逆転の興奮冷めやらぬまま
   一転、今度はサヨナラのピンチです」

実況「しかも次の打者はあの平沢憂です。この前の2打席ともバッテリーは敬遠を選んでいますが」

ムッシュ「しかしこの場面は敬遠するには非常に難しい場面ですよ」

福本「逆転のランナーをただでセカンドに送るのは怖いですよね」

ムッシュ「ここは無理してでも勝負する他ないと思いますぅ~」

福本「打たせたら正面ついてラッキーってこともありますが
   敬遠したらそんなもん関係なしにランナー溜りますからね」



律「澪……。タイム!」

澪「ハァハァ……抑えなきゃ……」

律「おい澪! どうした?」

澪「抑えなきゃ……抑えなきゃ……」

紬「……澪ちゃん」

和「澪、落ち着いて」

澪「みんなが逆転……私が抑えて……」

律「澪っ!!」ダキッ

紬「あら///」

澪「……はっ!? り、律!?」


律「もう何も考えるな。私のミットだけ見て投げ込めばそれでいいから!」

澪「り、律……」


律「ここまでよく頑張った。でもあとちょっとだから。な?」

澪「……うん」

和「なんとか大丈夫そうね」

紬「こっちが大丈夫じゃないかも……」タラ~

唯「みっおちゃ~~~ん!!」

澪「唯?」

唯「外野に飛んできたら私が全部アウトにしてあげるよ~!!」

和「まったく、外野からあんな大声でみっともないったらありゃしないわ」

紬「でも唯ちゃんらしくって素敵」

澪「ありがとう。みんな」


澪「私、最初は勝ち負けなんてどうでもいいって思ってた」

澪「でも、今はすごく勝ちたい」

澪「このチームで……。みんなで勝ちたい!!」

和「私も一緒の気持ちよ」

紬「勝ちましょ。澪ちゃん」

澪「律。私、律のミットめがけて思いっきり投げるよ」

律「……」




律「ああ!」

憂「どうしちゃったんですか? 澪さん」

律「いや、なんでもないよ」

憂「そうですか……。もしかしてまた敬遠ですか?」

律「いんや。今回は真っ向勝負!!」

憂「よかった」

憂(どう考えてもお姉ちゃんの中のメーターは和さんに傾いているはず)

憂(ここで一気に逆転したら、今夜はお姉ちゃんと熱い夜を過ごせそう)

憂(……)



憂「絶対打つ!!」

律(スゲェ気合だ……)


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最終更新:2010年02月03日 02:16