今日も今日とて、澪ちゃんと二人でスーパーマーケットで万引き。
唯「いつもながらこの店はセキュリティが甘くて、楽勝だよね♪」
澪「ちょ……唯、早くしないと警備員が来るよ?」
唯「そうだね。盗るものは盗ったし、さっさとずらかろう」
澪「あ、唯……待ってよ!」
今の私はもう万引きくらいじゃ罪悪感すら感じなくなっていた。
いわばこれもひとつの『らいふわーく』っていうのかな?
澪ちゃん? 彼女は昔からビビリだから、少しは抵抗を感じているのかもね。
でもだからって私の誘いを断ることなんて出来ない。なんたってビビリだから。
店主「待て! この万引きクソガキが!!」
澪「やばいよ……追っ手が来た!」
唯「わかってる。早く逃げるよ、澪ちゃん!」
澪「ま、待ってよぉ~……」
私は追っ手から逃げながら最近覚えたばかりのロックンロールを口ずさんだ。
Here comes Johnny Yer again♪
With the liquor and drugs♪
And a flesh machine♪
She's gonna do another strip tease♪
人生を選べ。仕事を選べ。キャリアを選べ。家族を選べ。BDプレイヤーを選べ。
カスタネットを選べ。紅茶を選べ。MP3プレーヤーを選べ。
ムギちゃんに貰ったお菓子を頬張りながら、くだらない萌えアニメをカウチに座りながら見ることを選べ。
腐った体をさらすだけの、出来損ないのガキどもにも疎まれる惨めな老後を選べ。
未来を選べ。
人生を選べ。
だけどそんなもの私にはごめんだよ。
私に今あるのはヘロインだけ。
Well, I'm just a modern girl♪
Of course, I've had it in my ear before♪
'Cause I've a lust for life♪
'Cause I've a lust for life♪
1 『きんやく!』 by 唯
紬「だから、ジェフ・ベックは70年代初期の第2期ジェフ・ベック・グループまでが最高。以降はクソだと思うわ」
梓「………」
繁華街の外れのフラットの一室。
昔と比べて、恐ろしく言葉遣いが荒っぽくなったムギちゃんが、無言のあずにゃんの右腕をゴム管できつくくくっている。
澪「そうかなぁ、ベックは70年代以降もフュージョンやダンスミュージックに接近したり、常に革新的なギタリストだと思うけど……」
紬「澪ちゃんはわかっていないわ」
ムギちゃんはため息を吐きながら、注射器を手に取ると、
むき出しになったあずにゃんの静脈に一気にヘロインを流し込んだ。
あずにゃんは気持ちよさそうに、目を細めている。その様子は今でも可愛い子猫ちゃんみたいだ。
梓「どんなぶっといコック(=男性器)よりも素敵です……」
あずにゃんが感嘆の声をあげる。
いいなぁ、私も早く打ちたい……。
紬「次は唯ちゃん、打ってあげるわ」
ムギちゃんに手招きされるがまま、私もヘロインを決める。
これこれ!! この頭の天辺からつま先までが性感帯になったような感覚!!
まさに私そのものが快感を漏らさない避雷針になったような感覚!!
コレがあるから、ヘロインは止められないんだよね~。
この状態でカスタネット乱打したらきっともっと気持ちいいんだろうなぁ~、えへへ。
紬「やめておいた方がいいですね。唯ちゃん、この前本当にラリッたままカスタネット叩いて、転んで頭打ったんだから」
唯「あはは~そうだっけぇ~?」
私の人生には選ぶべき人生も仕事もキャリアも、未来もない。
ただあるのはヘロインだけ。
こうなったきっかけは、高校時代の3年間、あの軽音部での活動だ。
学園祭での演奏で喝采を浴び、自分達が音楽の神に愛された選ばれた人間だと勘違いした私たちは、
卒業後進学はせず、本格的にバンド活動に乗り出した。あずにゃんに至っては高校すら中退してしまったのだ。
勿論、高校の学園祭でウケる程度レベルの私たちのバンドが、
より広い層に必ずしも受け入れられるかといえばそうではないわけで、当然のように私たちの活動は挫折した。
そうして残ったのは絶望と空しさと、ただの高卒のフリーター5人(1人に至っては高卒ですらない)だった。
私やりっちゃんは頭がよいわけでもなかったし、遅かれ早かれこうして社会の爪弾き者になることになったかもしれない。
しかし、澪ちゃんとムギちゃんは別。
二人は頭もよかったし、バンドをやってなければ間違いなく違う道があったように思う。あずにゃんは言わずもがなだよね。
いずれにせよ、私たちがそれに気付いたときは後の祭り。
もう一度大学を目指すでもなく、定職に就くわけでもなく、アルバイトすらするでもなく、だからといって部屋に引き篭もるでもなく、
いつのまにかこの住人がいなくなり、空き家となったフラットを不法占拠してたむろし、クスリをやりまくる毎日だったいうわけ。
紬「さ、キメるものもキメましたし、今夜はクラブにでも繰り出してナンパでもしましょうか」
私たちの中で一番こういう悪事と程遠いはずだったムギちゃんは、
お父さんが経営している会社が長引く不況のあおりを受けて倒産してしまい、
一気に庶民以下の生活に身を落とした。(もっとも本人はあまり気にしていないようだが)
そんなムギちゃんは今、この界隈では『シック・ガール』という仇名で呼ばれている。
別に病気(=Sick)にかかってるわけじゃない。
ムギちゃん自身の人間性がとことん病的なだけだ。
紬「唯ちゃんも一緒に今夜、どう?」
唯「ん~、私は~えんりょしとくぅ~」
紬「もう、ラリってるばかりじゃなくて、気持ちいいセックスを楽しまなくちゃ、人生損よ?」
ムギちゃんはセックス中毒ともっぱらの噂。
でも性質が悪いのは……
紬「あそこのクラブは女の子のレベルも高いんですよね♪」
ムギちゃんはバリバリのレズビアンだということだ。
澪「そんなことよりムギっ、早く私にも一服分けてくれ」
ムギちゃんの服の袖を掴んで、餌をねだる犬のように舌を出す澪ちゃんこそ、本当はこの場に最も相応しくない人間なのかもしれない。
元来繊細で恥ずかしがりな性格だった澪ちゃん。
軽音部の活動で人前に出ることでそれを克服しつつあると思ったが、今は前よりももっと酷くなってしまった。
そのせいで、バンドを辞めた後も唯一就職活動をしてみるものの、悉く面接で不採用。
かくして失業手当と万引きした商品の転売で食いつなぐ今の生活に落ちてしまった。
澪「クスリって凄いなぁ! こんな私の恥ずかしがりやな性格も全部なくなっちゃったみたいに気が大きくなるよ!」
訂正。少なくとも本人は『落ちた』なんて自覚、これっぽっちもないみたい。
梓「あ……あずにゃん2号が泣いてる」
突然だけどあずにゃんはつい最近堕胎した。
このフラットには私たち以外にも街のジャンキー、チンピラ、ぽん引きの男の人が頻繁に訪れていて、あずにゃんが身篭ったのはその内の誰かの子供だ。
たぶん、男たちもそうだが、あずにゃん自身も父親は誰かわかっていなかったと思う。
きっとあずにゃんもすがりつく対象が欲しかったのかもしれない。
梓「あずにゃん2号に、ごはんあげなきゃ……」
ふらふらした足取りで、ベッドルームに向かうあずにゃん。
堕胎をした後のあずにゃんは、フラットに迷い込んだ野良猫に名前をつけて、まるで死んでしまった自分の子供の生まれ変わりのように溺愛している。
と、まぁこんな感じ。
一つだけいえるのは、高校を出た今もわたしたち5人は一緒になってつるんでいるってこと。
紬「ところで唯ちゃん、また禁ヤクするって聞いたけど本当なの?」
唯「そうらよ~?」
澪「そんなこと言って……実現できたためしがないじゃないか」
唯「らからぁ~、これが禁ヤクのらめの景気づけの最後のいっぱつ~」
ムギちゃんと澪ちゃんが呆れたような顔で私を見ている。
もう失礼だな~二人とも。どうせ私に禁ヤクなんて無理だと思ってるんでしょ?
よ~し、こうなったら二人に私のいしのつよさってやつをみせて……あぁ~、『ラッシュ』がきたぁ~……。
2 幼馴染 by澪
律「唯が禁ヤクだって? そんなんムリムリ! あいつのことだから、どうせ3日もすればまたラリラリになってるって!」
律は荒っぽい手つきでジョッキを掴むと一気に黒ビール(生卵入り)をあおった。
まだ夕方だというのにパブは律のような飲んだくれのろくでなしで満ち溢れており、うるさくてかなわない。
律「なぁ、澪もそう思うだろう?」
澪「まぁそうだけど……。何度禁ヤクに挫折してもまたチャレンジしようとするのは凄いと思うよ……私なんて絶対ムリだもん」
律「それはチャレンジ精神旺盛でなくてただの学ばないアホって言うんじゃないか?
それに唯はアレだろ。定期的に身体からヤクを抜いて、それでまた明けの一発を気持ちよく頂きたいって魂胆なんだろう?」
澪「そうなのかな……?」
律「だいたいヘロインのどこがいいのかがわからないよ」
そう、律は仲間内で唯一ドラッグとは無縁の人間だった。
もっともバンド活動の挫折を期に、毎日のごとく酒に溺れ、自堕落な生活を送っているということは私たちとなんら変わらなかったが。
律「しっかし今日は混んでるなぁ。くそっ、忌々しいぜ」
ただ、律にはヘロイン中毒よりタチの悪い悪癖があるんだ。
あ、ほら今酔っ払った男の肘が律の背中にぶつかって……。
律「おい、人の背中に肘鉄カマしとして挨拶もなしかよ」
男「あぁ? こんなに混んだパブに来て人とぶつかるのが嫌なら、家でテメエのザーメンでも飲んでろよ!!」
その瞬間、私には律の中で何かが切れる音が聞こえた。プツンと、それはもうプッツンと。
男「って、何だよ、女かよ。女がこんなパブで飲んだくれてるんじゃねえよ!!」
酔っ払いに男も女も関係ないだろうに――。
私はそんなことを思いながら、律の表情を伺うと……ああ、思いっきり笑ってるよ。
律のこの笑顔はメチャクチャ機嫌の悪い時の笑顔だ。
律「どうでもいいけどアンタさぁ」
男「あん? まだなんか文句でもあるのか?」
律「そうじゃなくてさ、私のツレがどうもさっきからアンタのことが気になってるみたいなんだよ。 良かったら一晩、相手してやってくれない?」」
男「え?」
男の目が驚きと期待を込めた厭らしい目で私を見た。
こうやって私のことをダシにするのも律のいつもの手口。
律「バカが見るぅ~ってなッ!!」
すると注意の背けられた男の顔面に、律はあろうことか手に持っていた大ジョッキをそのまま叩き込んだ。
肉とガラスの潰しあう嫌な音に私は思わず耳をふさぐ。男はビールと血に塗れた顔面をおさえてうずくまる。
律「澪がお前みたいなキモブタに股開くわけないだろボケ」
すると一部始終を見ていた男の仲間と思われる数人が、仲間がやられて黙っていられるかと大挙して押し寄せる。
一気に店内は大パニックに。
律「かぁ~っ! 願ってもない展開だね!」
律は嬉しそうな顔をして、騒ぎの中心に飛び込んでいく。
そうなのだ。今の律は正真正銘のケンカ中毒、目が合っただけで拳が飛んでくるような凶暴人間になってしまったのだ。
澪「ホント、これならラリってるだけで他人には無害なジャンキーの方がましだよ」
私は巻き添えを食わぬよう、店の隅に移動すると飲みかけのウーロン茶にまた口をつけた。
え? そんなケンカ中毒のバカは放っておいて逃げてしまえばいいのにって?
そうは言うけど……あれでも一応、律は私の小さい頃からの幼馴染で親友なんだ。
それに律がああなった原因の一端は、私にもあるわけだし……ね。連帯責任っていうのかな。
律「うおりゃ~!! 私のデコはダイヤより硬いぜ~!!」
律が屈強な男の顔面にヘッドバッドをかますのを遠めに眺めながら、私はウーロン茶をひたすら啜り続けていた。
どちらにせよ、私も律も今となってはどうしようもないただの不良少女(20歳を超えてるのに少女ってのもないかな。ま、いいけど)に過ぎない。
社会に適合することのできない怠け者なんだね。
高校時代とは大違……いや、それを思い出すのは止めよう。
澪「どっちにしろ、今の私にはもう『Please Don’t Say You’re “Lazy”♪』なんて、歌えないなぁ。 むしろ、『Yes, I’m So Fucking Lazy♪』か」
そういや、唯の禁ヤク、今回はどうなるんだろうなぁ。
3 公園にて by 紬
紬「ルー・リードもイギー・ポップもクスリを止めてからはいい作品が作れてないわ。
クスリがアーティストのインスピレーションの源になるっていうのはあながち間違いではないのかもね」
唯「でももう私たちはアーティストでもなんでもない。ただのニートだよ?」
結局、あれから1週間たっても唯ちゃんの禁ヤクは続いている。
今までは3日ももたないことが殆どだったので、今回はかなり頑張ってるみたい。
個人的には禁ヤクしている時の唯ちゃんは好き。
だって禁断症状に耐える表情とかグッとくるんですもの。
それに今回は唯ちゃんと一緒に私も禁ヤクにチャレンジしてみた。
別に本当にクリーンになりたいからというわけではなく、
ただ単にそうすれば唯ちゃんが私にシンパシーを感じて擦り寄ってきてくれるから。
唯「やっぱり、夜の公園ってなんかちょっと怖いね」
今日はちょっとコールド・ターキー(禁断症状)も落ち着いてるみたい。
だから私は唯ちゃんを久しぶりに公園に誘った。
茂みの中は決して心地よいとはいえないけど、
唯ちゃんの吐息がかかるくらいに密着できるのはなかなかナイスなシチュエーション。
紬「早速来たわね」
私の言葉に、唯ちゃんは双眼鏡を覗き込むことで反応した。
このあたりの公園は夜にもなれば青姦目当てのアベックがたくさんやってきて、ベンチや芝生の上で絡み合う。
今、やってきたのもそんな今夜のラヴホテル代わりの場所を見つけにやってきたアベック。
芝生に寝転がるや否や男は女の衣服の中を弄り始めた。
紬「いけない。これはいけないわ」
唯「?」
紬「男とヤるなんて、あっていいはずがない」
私は持ってきたエアライフルで男のコックに狙いを定める。
唯「ムギちゃん、鉄砲なんて撃てたっけ?」
紬「昔は屋敷の庭でよくクレー射撃をしたものだわ」
引鉄を引くと、挿入寸前の男のコックが波を打ったように跳ね上がった。
そして、この世の終わりのような悲鳴をあげると、男はもんどりうって倒れた。
紬「命中ですか。意外と大きかったんですね、あの男♪」
唯「…………(唖然)」
男なんて汚らわしい生き物です。
下半身丸出しでのた打ち回る彼氏を呆然として見下ろすあの彼女にも、
いい女(ひと)が見つかることを願っていますわ。
紬「唯ちゃん、お互い禁ヤクがうまくいくといいわね♪」
最終更新:2010年02月08日 03:15