4 『面接』 by 唯

律「唯、澪、いいか?
  面接ではそこそこにやる気を見せつつ、それでいて試験官が絶対に不採用にしたくなるよ
  うな面を見せるんだ。
  ただの失業手当目当ての冷やかしだとわかったら、とたんにハロワにその旨通報されちま
  う」
唯「あいあいさー」
澪「わかった。なんとかやってみるよ……」

金に困ると、私たちは決まって就職の面接を受けた。
そこで上手いこと不採用になれば、またしばらくは失業手当で食いつなぐ生活ができるから。
ここで大切なのは面接では、それなりのやる気も見せておくこと。
ハナから働く意思のない失業手当詐欺だと面接官にばれると、
ハローワーク、そしてお役所に通報されて失業手当がストップしちゃうから。

梓「……そんな小細工を使うくらいなら潔く働くのもいいじゃないんですか?」
唯「え~、働くなんて絶対にごめんだよぉ~。
  だからやる気は見せつつも、かならず採用の一歩手前で踏みとどまらなきゃ」
澪「踏みとどまる……踏みとどまるんだ秋山澪……」
紬「そんなに緊張しないで。深く考えすぎるのは澪ちゃんの悪い癖よ?」

そう言うと、ムギちゃんは懐から白い粉の入ったパケ袋を取り出した。
これは……スピード(覚醒剤)だね!


紬「ほら、これでもキメて、リラックスして面接に臨めば失業手当間違いなしよ?」
澪「ムギ……ありがとう」

澪ちゃんはそのスピードを食べていたカレーに混ぜ、一気に食べつくした。
所謂カレーちょっぴり覚醒剤たっぷりってやつだ。
私? 一応禁ヤク中だけど、スピードならヘロインよりはましだし、ね?

面接官はフケの溜まった頭が雪山みたいな中年の小太り男と化粧のばっちり決まった中年女だった。

面接官男「平沢唯さん……ですか。○○大学商学部卒、専攻はマーケティング戦略と。なるほど、素晴らしい学歴ですね」
唯「はい!」

経歴詐称など朝飯前だよね。

面接官女「ただ、平沢さんも知っての通り、我が社の主な業務は、刺身の上にタンポポを乗せる作業になりますよ? 変な話ですが、貴方のようにご立派な学歴を持たれた方がするような仕事ではないと思われるのですが」
唯「そんな、職業に貴賎はありません。
  私は刺身の上にタンポポを乗せる御社の仕事にこそ、自分の生きる道を見出したんです」

『貴賎』なんて難しい言葉、本当は意味すら知らない。
ムギちゃんとりっちゃんに吹き込まれた模範解答を機械のように読み上げるだけ。

面接官男「それはそれは……我が社の事業を評価していただき、ありがたい話です」

やる気は見せた。あとは、ここから上手いこと、面接官の心証を不採用に傾かせるだけ。


面接官女「ちなみに、これだけの学歴をお持ちでありながらなぜ今まで決まった職に就くことがなかったんですか?」

予想通り、履歴書の空白を突いてきた。
余りにもシナリオどおり過ぎて、嬉しくて思わずカスタネット叩きたくなっちゃう。

唯「ええ、実はですね、私は長年ヘロイン中毒に苦しんでいまして」

面接官の顔色が一気に変わった。

唯「止めよう止めようとは思っているのですが、気付くとまたキツイのを一発、静脈にブチ込んじゃうんです。
そのせいで今までは就職できずにいました。
あ、御社に就職した暁には勿論、一切ヘロインとは手を切って、仕事に邁進するつもりですよ?」


面接官男・女「…………」

どうやら上手くいったみたいだね!



4.5 『面接その2』 by 澪

ムギからもらったこのスピード、最高だ!
なんだか身体の底から勇気が湧いてくるような気持ちになるよ!
これは、面接が楽しみで仕方ないよ!

面接官男「履歴書を拝見させていただきました。桜ケ丘高校から……○○大学を卒業されているんですね。
そう言えばさっきも○○大の卒業生の方が面接にいらしたんですよ。なんだか同窓会みたいですなぁ」

えへへ。それはそうだよ……だってその履歴書の経歴は真っ赤な偽物ちゃーん。

澪「あー、あの、本当のことを言わなきゃいけないですよね。実は私、大学なんて出てないんです。 あ、桜高を出たのは本当ですけど……。と、言うのもですね、大卒って書いた方が楽に就職できるかなって。
ほら、就職って学歴差別が激しいって言うでしょう?
 大体、一流企業に就職して、したり顔で歩いてるビジネスマンもキャリアウーマンも、みんな一流大学卒じゃないですか」

面接官男「いや……あの、ですね。 まぁ、最近は学歴差別も大分和らいでおりますし、
何より今回の求人は刺身の上にタンポポを乗せる仕事ですし、高卒以上なら応募可だったんですが」

澪「あ、そうだったんですか。それは安心したなー。
だって、高卒のフリーターで毎日フラフラして遊んでるなんて言ったら、どこの会社でも白い目で見られてきましたから。
私、この仕事どうしてもやりたいんです。だから○○大卒って書いたんですよ。
あ、そうだ。私の高校の同級生の真鍋和って子は本当にその○○大を出ていて、
今じゃ立派なキャリアウーマンとして働いてるらしいですよ。同窓生として鼻が高いですよね!」


面接官女「いや、私たちが気にしているのは秋山さんの学歴でなく……人間性の方なんですよ? 同僚と円滑にコミュニケートして仕事を進められる社交性があるか、一日中流れる刺身を眺めていても平気な忍耐力があるか……」

澪「待ってください。私の履歴書、長所の欄に『コミュニケーション力に優れ、何事にも物おじしない度胸がある』って書いてありますよね? それ、全部ウソですから」

面接官男「そ、そうなんですか? 別にウソなどつかなくとも、あなたはハローワークの紹介でここに来ているので、面接は受けられるのですよ? それならば、ウソをついてまでこの仕事を志望される理由は?」

澪「そんなの、お金が必要だからに決まってる」

面接官女「そ、それでは改めて聞きます。あなたの長所は?」

澪「そうですね~……あ、歌とベースの演奏ならそこそこ。ファンクラブが出来るくらいには」


面接官女「……逆に短所は?」

澪「履歴書に書いてあるのと逆ですよ。私は在日の上に肝っ玉の小さいメンヘラですから。
  ほら、だから今日の面接うまくいくかどうかずっと気になっちゃって。
  でも安心ですね、すごく上手くいってる感触が、お二人にも伝わっていることでしょう。
  ね? ね?」

面接官男「ありがとうございました、秋山さん。結果は後日連絡します」

澪「いやぁ、今日は人生最良の日です。ありがとうございました」

面接が終わると、私は一目散に皆の待つパブへと行き、唯に抱きついてやった。

唯「どうだった、澪ちゃん?」
澪「大成功! 過去最高の出来だよ! いやぁ、これじゃあもしかしたら本当に採用されちゃうかもしれないなぁ。それにしても、このスピード、よく効くね!」
唯「そっかぁ~、それじゃ澪ちゃんの成功を祝して、乾杯しよっか?」
律紬梓「異議なぁ~し」

いやぁ、本当に私はいい仲間を持ったと思うよ。



5 MANABE NODOKA'S SEX TAPE by 唯

面接の翌日、私はひさしぶりに和ちゃんを訪ねた。

和「久しぶりね、唯」

和ちゃんは大学を卒業後、一流企業のOLとして働いているらしい。
お金も地位も立派なマンションも綺麗な家具も美味しい食事も高価なブランド物のバックも……。
なんでも手に入る勝ち組の人生ってやつかな。

和「唯……あなた、まだ定職にもつかないでフラフラしてるの?
  今はまだ若いからそれでもいいかもしれないけど、あと数年したら悲惨なものよ?
  全く、高校の頃は打ち込むものを見つけて、頑張ってると思ってたのに……。 
  それにあの……ヘロインなんてまだやってるの?」

和ちゃんは会う度に私の生き方を説教する。
けれど別に気にならない。昔から和ちゃんは説教臭い性格だったから。

唯「そういえば和ちゃん、最近彼氏ができたって聞いたよ」

話題そらしがてらに投げかけたその一言で、スキのないキャリアウーマンのだった和ちゃんの顔が、一気に綻んだ。

和「そ、そうなのよ……。相手は会社の同僚でタカシさんっていうんだけど……」

あらら。とうとう将来は出世確実の彼氏までゲットですが。
あまりの私との境遇の違いだね。
和ちゃん、今の私たち(特に澪ちゃんとか)の生活を見たら何て言うかなぁ。


そこから先は延々と彼氏とのノロケ話。
聞いているのもめんどうだったから、私は寝転んで和ちゃんの部屋の棚にあるDVDを物色していた。

うん? 大丈夫だって。いくら私でも友達のDVDパクって売りさばいたりしないからさ。
それにしてもいっぱいあるなぁ。殆どが映画、しかもラヴストーリーモノだ。
彼氏と一緒にこの部屋で見て、いい雰囲気になったりしてるのかな。

そして、何気なく開けた恋愛映画のDVDケースの中に入ったディスクを見て、私の動きは止まった。


台湾製のDVD-R、盤面に印刷されているタイトルは……

『和とタカシの愛の記録~クリスマス・イヴ 海の見えるホテルにて~』

それを見た私がそのディスクと、他の適当な映画のDVDを入れ替えるのには、おそらくものの数秒程度しかかからなかっただろう。
長年の万引き生活で得た技だ。ショップ・リフター万歳だね!

和「そうして彼は私の手を握り締めてこう言ったの。
 『眼鏡を外した和ちゃんは、全盛期のアヴリル・ラヴィーンより美しい』
 ……って、ちょっと唯、私の話聞いてる?」
唯「うん。聞いてるよ。すごく仲がいいんだね! それよりさ、この映画のDVD、借りてもいい?」
和「別にいいけど……唯って恋愛映画なんて見たっけ?」
唯「最近興味が出てきたんだ~。ほんと、最 近 ね !」



男『オラオラ!! バックから突かれるのがいいのかい!?』 
和『アアン……もっと……激しく……激しくしてぇ……アアン!!』


和ちゃんのところからパクってきた自家製ポルノDVDをムギちゃんとあずにゃんと見ながらふと思った。

私の人生には何かが欠けていると。

梓「これはっ……いや、なんでもないです」

そのまま終始無言のあずにゃんと、

紬「男とするのなんて、なにがいいのかしら。真鍋さんも墜ちたものね」

相変わらずのムギちゃんであった。

やっぱり私の人生には何かが欠けているよね?



6.テンプテーション by 唯

先日の面接の結果は、澪ちゃんも私もめでたく不採用だった。
これでまたしばらく失業手当で食いつなげるよね!

そのお祝いと言ったらなんだけど、今日は皆でクラブに繰り出したんだ。
目的は決まってる。私も和ちゃんみたいな素敵な出会いを探すこと。
思うに、今までの私の人生に足りなかったのって、そういう要素なんじゃないかな?
ちょうどヘロインを絶って、そっちの意欲も出てきたことだしね♪
ほら、どこぞの団長様も言ってたし。『私にだって身体を持て余すことぐらいある』って。

紬「唯ちゃん、お先に♪」

ムギちゃんはさっそく目を付けた女の子をゲットしたようで、
私に目配せをすると、ポニーテールのよく似合う健康的な容姿の女の子と二人で、女子トイレへと消えていった。
私が思うに、眉毛の太さと性欲って比例するのかな?

律「ケッ、大した男がいねえなぁ。どいつもこいつも去勢されたバックストリートボーイズみたいなオカマ野郎ばっか」

りっちゃんは悪態をつきながら、何杯目かわからないウオッカをあおる。
自分より30センチもデカイ男の脳天を椅子の角でカチ割るようなりっちゃんに、
釣り合う男の子なんてそもそもいないんじゃないかな?


澪「う~……こういうところはやっぱり苦手だな……。ねぇ、律、帰ろうよ?」

澪ちゃんは居心地悪そうにもじもじ。
澪ちゃんって一番男の人からしたら性的魅力があると思うのに。もったいないよね。

梓「あずにゃん2号……ちゃんとご飯食べてるかな……」

マリファナをしこたま吸ったと見えるあずにゃんは、うつろな表情でフラットに置いてきた猫の心配をずっとしてる。
仕方ないよね、自分の子供なんだし。

DJがレコードを替えると、Underworldの『Rez』が大音量で流れ始めた。
フロアに一気に人が増える……よしっ! 私も頑張ろうっと!

?「ねぇねぇ、君、一人で来てるの?」

すると、いきなり一人の男の子から声をかけられた。私も捨てたものじゃないかも。
背はそんなに高くないけど、顔は可愛い系でちょっとキュンときちゃうタイプの男の子だった。うん、悪くはないかな。

唯「ううん。友達と一緒だよ?」
男「そうなんだ。じゃあさ、その友達も一緒に、俺たちとちょっとお喋りしない?」
唯「うーん……そうだなぁ~」
男「ちょっとだけ、さ。ね、いいでしょ?」
唯「……それより、今すぐに二人きりになりたい……かな?」

男の子の表情が一瞬で変わった。
ちょっと台詞を決めすぎたかな、とも思ったけど、どうやら効果があったみたい。
すぐに私はその男の子と一緒にクラブを出て、彼の部屋に向かうタクシーをつかまえた。


男「でもよかったの? 初対面の男の誘いにホイホイついてきちゃって……って、まぁ自分で言うのもなんだけどさ」
唯「いいんだよ。私の人生に欠けていたのは、こういうことなんだから」
男「そっか。そういえば君、名前はなんていうの?」
唯「平沢唯だよ……よろしくね」
男「唯ちゃんか……なんか初めて聞いた気がしないな。これって運命なのかもね」


そうして彼の部屋で私は大人への階段を上る……はずだったのだが。
どうやら私は、彼のベッドに飛び込むと、あろうことかコトに及ぶ前に寝てしまったらしい。
そう言えばクラブで飲みなれないお酒を一杯飲んだのがまずかったのかも。
あはは……ヘロインなら平気なのに……駄目だな私。


そして、驚いたのはぐっすり眠ってしまったその翌朝のことだ。
目を開けると、そこには学ランに身を包んだ、昨晩の男の子の姿が。

唯「え……なんで制服着てるの? もしかしてコスプレ?」
男「なんでって、これから学校に行くんだよ。
  クラブで夜遊びするような親不幸の悪ガキだけどその分、こういう擬態はしっかりやっておかないとね」
唯「……高校生だったの?」
男「そうさ。今年で高1」

なんてことだろう。
まさか相手が高校1年生なんて!! これって私、普通に「いんこうみすい」ってやつ?
それに……この子の顔、どこかで見たことがあるんだよねぇ……。


男「今日はウチ、親も誰もいないからさ。せっかくだからリビングで朝飯でも食べていきなよ」

リビングへ行くまでの道のりでさらに考える。っていうか、私……この家来たことがあるような?

唯「ちょっといいかな……?」
男「ん?」
唯「そう言えば昨日聞いてなかったよね。貴方の名前……」
男「ああ。俺の名前は聡、田井中聡だ」
唯「……な」
男「?」
唯「なんですとーーーーーーーーーーーッ!!!???」

どうりで、この子の顔にも見覚えがあったわけか。そう言えば昔りっちゃんに写メ見せてもらったし……。
どうりでこの家にも見覚えがあったわけか。昔遊びに来たことがあったし……。

聡「平沢唯ってどこかで聞いたことがあると思ったら……姉ちゃんの友達かよ……そういえば姉ちゃん、アンタの話、よくしてたよ……」
唯「そ、そうなんだ……」
聡「それよりさ、昨日のこと、絶対姉ちゃんには黙っておいてくれよな。
  未遂とはいえ、自分の友達に手を出されたなんて知ったら、姉ちゃんきっと俺のこと殺すよ……」
唯「う、うん……」
聡「でもさ……姉ちゃんには内緒で……また会えるよな?」

私は聡君のその問いに答えることはなかった。自分でもよくわからなかったんだと思う。


3
最終更新:2010年02月08日 03:19