7 テンプテーション2 by 澪
まさか! そう、まさかだ!
あの引っ込み思案で、恥ずかしがりやだった私が!
今! イケメンの車に乗って部屋に連れ込まれようとしてるなんて!!
よーし! これでもうムギに「澪ちゃんは処女だからね♪」なんて言われて馬鹿にされることもなくなるぞ!!
うん! きっと今日もムギにもらったあのスピードのおかげだなきっと!
ほんと、面接の時といい、ドラッグは私に力をくれるよ!!
そして! 今日はスピードを律に薦められてウオッカと一緒にしこたま飲んでやったのが功を奏したみたいだ!!
今まで下戸だった私だけど、なーんだ、全然、イケる口じゃないか……。
そうら……ひょうこそ……わらしはいけめんのうでのなかにらかれて……おとなのかいらんをいっぽのぼるんだなぁ……zzz……。
(翌朝)
私としたことが……まさかの寝オチなんて……。これじゃ、また律とムギに笑われるよ……。
うん……シーツには赤いシミ一つついてない。私の処女膜は無事なままだ……。
ああ……失敗したな……って、ん? なんか耳のあたりにピチャリと冷たい液体の感触が……しかもなんか臭い……すごく臭い……。
って、ああーーーーーッ!!
これは……紛うことなき 寝 ゲ ロ じゃないか……!!
そうか……昨日あんなに酒を飲んだから……。
って、どうしよう……これ、あの男の人のベッドだよな……思い切りゲロで汚しちゃったんだけど……。
って、ゲロを見てたらなんかまた腹の奥から色々とこみあげてきて……。
澪「ゲロゲロゲロゲロゲロゲロ」
男「起きたかい?」
すると部屋の扉が開き、昨晩私をお持ち帰りしたイケメンが入ってきた。
まずい! このシーツの惨状を見られるわけにはいかない。
男「澪ちゃん、昨日はちょっと飲みすぎちゃったみたいで調子悪そうだったから休んでもらったけど……。 うん、残念だったけど、俺たち、これっきりってわけじゃないからさ。
また今度ゆっくり……ってどうしたの? そんなにシーツをぎゅっと握りしめて」
澪「いや……ちょっとシーツを寝汗で汚しちゃって……」
男「いいって。それくらい洗えば。ほら、よこしてみ?」
澪「ああっ……それは嘘で……実は昨日私生理で……できなかったのもそのせいで……」
男「ああ……別にいいって、ほら」
澪「ああっ」
無理やりシーツを引っ張る男。
そして、飛び散るゲロ。宙を舞う私の胃液。昨日食べたカレーの具。
男「…………え?」
見事にイケメンの顔面に着弾。
どうやら私が大人の階段を登れるのは、まだまだずっと先の話のようだ。
8 MANABE NODOKA’S OVERDOSE by 唯
結局、私はまたヘロインへと戻ってきてしまった。
禁ヤク期間、過去最高記録の2週間を更新。
意味があったのかどうかなんて、考えることすらめんどうくさくて。
とにかく今は注射針が静脈に刺さり、めり込むその感触だけでうんたん♪してしまいそうで。
結局、何も変わらなかったということだよね。
そんな時、珍しく私が間借りしてるアパート(普段は殆ど寝に帰るだけ)を和ちゃんが訪ねてきた。
和「唯……お願いだから私にもヘロインを一発、恵んでくれないかしら?」
私は驚いた。
和ちゃんには、この堕落のスパイラルに自ら足を踏み入れる理由なんて、りっちゃんのバストサイズほどにもないはずだから。
聞けば、和ちゃんはあの彼氏と別れてしまったらしい。
和「今更恥も外聞もないから言うわ……実は私ね、彼との夜の営みをビデオにとって、保存する趣味があったの」
……知ってるよ?
和「彼もそれを見て喜んだりして……あくまで2人のうちの秘密の愉しみとして……だったんだけど」
……まさか、ね。
和「この前、その映像を収めたDVDが……無くなっちゃてね。 もしかしたらレンタルしてきたDVDと間違えて入れ替えて返却してしまったのかも知れなくて……」
唯「……ビデオ屋さんには確認したの?」
和「……したわ。それこそ私が過去に借りたことのあるDVD全部中身を調べて。でも見つからなかった……」
唯「そ、そう……」
和「それを知った彼が……案の定激怒しちゃって……ね。
私にとって……彼は全てだったのに……うう……タカシぃ……」
和ちゃんの目にはもはやジャンキーほどの生気すら感じられなかった。
彼と別れて人生を儚んだ和ちゃんは、勤めていた会社も辞め、自殺すら図りかけたらしい。
私は黙ってヘロインと注射器を和ちゃんに献上した。
寧ろ、『喜んで!』と言いそうな勢い。
こうして和ちゃんもめでたく私たちの仲間入りを果たしたのでした。
そう言えばあのDVD……どうしたんだっけ?
ああ、ムギちゃんが『男と女のセックスなんて認められません!!』なんてラリってキレて、割っちゃったんだっけ。
ほんと、レズビアンって性質が悪いね!
9 8時ちょうどのあずにゃん2号 by 唯
その日のフラットの朝は、絹を裂くような悲鳴で始まった。
悲鳴の主はあずにゃん。すさまじい声をあげて、私たちの寝ている部屋に飛び込んできた。
唯「あずにゃん、どうしたの……こんな朝早くから……」
梓「あずにゃん2号が……あずにゃん2号が……私の子供が……ああ……どうしよう……」
それしか聞き取れなかった。
あずにゃんはそのままソファーに倒れ込み、ひたすらに嗚咽を上げ続けていた。
悲鳴のあまりの五月蠅さに、ムギちゃんが、そして澪ちゃんが、
そして珍しくフラットに泊まっていったりっちゃん(りっちゃんはクスリのヤリ部屋になっているこのフラットには普段あまり来ない)が目を覚ました。
紬「……梓ちゃん?」
澪「なんだなんだ、どうしたんだ?」
律「ったく、朝っぱらからうるせえなぁ」
ムギちゃんも澪ちゃんも私も、ヘロインで靄がかった頭でも何かとんでもないことが起きたのはわかった。
何かを察したムギちゃんがすぐに寝室に向かう。澪ちゃんとりっちゃんもそれに続いた。
私は行かなかった。なぜなら何が起こったか、なんとなくわかっていたから。
そう言えばここ最近はずーっとヘロインをやりっぱなしで、誰もキャットフードのことになんて頭が回らなかったから。
一つだけ言えるのは、寝室には腐乱しきってハエのたかった、猫の死体があったということ。
あずにゃんはこうして2人目の子供も失ってしまった。
紬「…………」
ムギちゃんは起こったことが信じられないのか、ただひたすらに大きな眉をしかめて黙りこんでいた。
澪「ちくしょう!! ちくしょう!! なんてことだ!! 私たちは大馬鹿だ!!」
澪ちゃんは泣きながら膝を叩いて、悔しそうに唇を噛んだ。
律「だから言ったんだよ。ヘロインばっかやってると、ロクなことにならないって」
りっちゃんはそう吐き捨てて、そっぽを向いてしまった。
そして私は……。
唯「あずにゃん、待っててね。今ヤクを作るから」
出来ることなんて、それくらいしかない。
梓「ああ……私の……あずにゃん2号が……お腹を痛めて生んだ……私の子供……」
紬「どうして……どうしてこんなことになったの? 誰か教えて? こんな時にはどうすればいいの?」
澪「嘘だ……嘘だよな……あんなに可愛かったあずにゃん2号が……」
律「ケッ! サイアクだよ……」
誰もが一様に混乱している。
その一方で私はへんに落ち着いている。
こんな生活を続けていれば、いつかこういうことが起こるのと、うすうすわかっていたからかもしれない。
澪「クソッ!! もう耐えられない!! 私はずらかるからな!」
紬「ダメよ! 澪ちゃん、誰もこの部屋から出てはダメ!!」
ムギちゃんがものすごい形相で怒鳴った。
紬「考えてもみて! ここにはヘロインが山ほどあるのよ!?
しかもここ最近、この辺りはポリ公だらけなの、澪ちゃんだって知ってるでしょ!?
今ずらかったら、確実に全員ブタ箱行きよ!?」
澪「そうは言うけどさぁ……」
律「そんなことより、今は梓に誰かついていてやったほうがいいんじゃないのか?」
ここにきて今さらの仲間意識。悪くはないが、なにせ今さらだよね。
すると、ヤクを作る私の腕をあずにゃんの小さな手が掴んだ。
梓「唯先輩……ヘロインを……私にヘロインを……キツイ一発をください……。
とてもじゃないけど……シラフじゃいられそうにないから……」
私は何も言わず、あずにゃんの左腕の静脈に注射針をつき立てた。
ムギちゃんが改めての禁ヤクを宣言したのは、そのすぐ後のことだった。
紬「私はもう二度とヘロインには触らない」
と、今までの遊び半分の禁ヤクとは一線を画した、随分と気合の入った宣言であった。
あとで知ったことなんだけど、あずにゃんが最初に子供を身籠った時、
あずにゃんを行きずりの男とのセックスに導いたのは誰ならぬムギちゃんだったんだって。
異性と交わるのが一体どんなものなのか、後輩を使って実験したってことだね。
しかもあずにゃんが中絶した病院を手配したのもムギちゃんだったとか。
もしかしたら、ムギちゃんはあずにゃんに負い目を感じていたのかもしれない……ね。
それからムギちゃんは、本当にドラッグとは手を切り、万引きや強盗、処方箋詐欺に私たちを誘うようになった。
私と澪ちゃんがムギちゃんに唆されてやった万引きでへまをして捕まったのは、そのすぐ後だった。
10 判決 by 唯
裁判長「被告
平沢唯、貴方は楽器店に侵入し、転売目的で楽器を盗難した――この事実に間違いはありませんね?」
唯「はい」
裁判長「貴方が盗んだ物品は、社会の中の誰かが汗水をたらして生産したもので、消費者も同じく額に汗して働いて得たお金でそれを購入しているのです。 それを盗むという行為がいかに反社会的なものであるか、ということの自覚もありますね?」
唯「はい」
裁判長「しかし、事件当時貴方は長年常用していた違法薬物であるヘロインを絶っており、その禁断症状で苦しめられ、まともな精神状態になく、善悪の判断がつかなかったと」
唯「はい」
裁判長「それらの事情を含めて判決を言い渡します。被告平沢唯には、禁固六ヶ月、執行猶予1年とします。 なお、貴方にはヘロイン中毒から脱しようとする明確な意思が見られることから、国営の薬物依存症治療のためのメタドンプログラムを受けてもらうこととします」
唯「ありがとうございます、裁判長。きっと、更生してみせます」
傍聴席を見やると、執行猶予の判決に胸を撫で下ろしているお父さんとお母さんの顔が見えた。
そして、その横には両親以上にホッとした表情を見せ、人目もはばからず泣いている憂の姿が……。
でも、ごめんね、憂。お姉ちゃんはもう昔のお姉ちゃんじゃないんだ。
裁判長「そして……被告
秋山澪、貴方は常習的に万引きを繰り返している上に、度重なるヘロインの乱用から、足を洗おうとする姿勢が全くもって見られません」
澪「は、はい……」
裁判長「よって、被告秋山澪を禁固六ヶ月の刑に処します」
澪「ありがとうございます……って、え? 執行猶予なし? しかもそんなに長い……」
裁判長「それではこれにて閉廷とします」
裁判所を出た後、私たちは行きつけのパブで判決確定祝いをやった。
律「いやぁ、しかしよかったな唯、執行猶予付きでさ!」
唯「でも澪ちゃんが……」
律「なぁに半年くらいどうってことないさ。それに刑務所の中でおとなしくしてりゃもっと早く出れることもある」
りっちゃんは澪ちゃんの一番の親友じゃなかったの?
どんな短い間でも、大の親友が手錠を嵌められ、
囚人服に身を包んで、臭い飯を食べてる光景なんて、想像するだけで吐き気を催すのに……。
そういえば今日の裁判にはあずにゃんとムギちゃんの姿がなかった。
あずにゃんはあの猫の死から今も立ち直れずにいる。
ムギちゃんはよく知らない。きっとどこぞのクラブでまた女の子をひっかけているんだろう。
唯「それにしてもメタドンプログラムかぁ。いやだなぁ」
律「なんでだよ? メタドンだって麻薬だろ? 身体の中に入れられるならなんでもいいんじゃないか?」
唯「そうじゃなくて、嫌なのは施設の医者とか看護師とか、あーいう人間のしたり顔でえらそうな態度なんだよ。 『カウンセリング』なんて言っちゃってさ」
律「ふーん……まぁ頑張れよ」
11 パーフェクト・デイ by 唯
もうすぐ、憂鬱なメタドンプラグラムが始まる。
その前に私はどうしてももう一発だけ、ヘロインがやりたくなった。
だけど残念なことに、手持ちの弾はもう一発もない。
仕方ないので、いつも私たちにヘロインをあっ旋してくれるディーラーのもとに行くことにした。
さわ子「あーら、いらっしゃいお客さん♪」
唯「こんばんは、さわちゃん先生」
そう、高校時代の軽音部顧問、
山中さわ子先生こそ、私たち御用達のドラッグディーラーなのだ。
さわちゃん先生は深刻化する不況の煽りを受け、教師をリストラされ、
今の仕事にありついたそうだ。そういえば桜高って、私立だったね。
さわ子「それでお客様、本日のオーダーは?」
唯「遠慮なしにフルコースでお願いします♪」
さわ子「お支払の方は現金で?」
唯「ツケでお願いします」
さわ子「申し訳ございませんがお客様、既に限度額一杯です」
唯「ん……それじゃあ有り金全部で」
さわ子「かしこまりました~。オードブルはいかがしますか?」
唯「要らないです。さっさとキツイのを血管にブチこも~」
さわ子「了解♪」
さわちゃん先生から、夢と希望の詰まった注射器を受け取る。
うんたん♪ うんたん♪
カスタネットを叩くリズムでヘロインをポンピング♪
ほ~ら、またたく間に身体中に流れる血液にヘロインが混ざり合わさって昇るような快感に……。
ん?
あれ? おかしいな?
なんだか目の前がくらくらするよ?
どうしてこんなに天井が近いんだろう?
あれれ?
あれれれれ?
最終更新:2010年02月08日 03:25