17 祝勝会 by 唯

律「ヒャッハー! カンパーイ!!」
紬「かんぱ~い」
澪「乾杯……」
梓「…………」

りっちゃんがパブ中に響き渡る大声で音頭をとると、各者各様の反応を見せた。

結果から言って、取引は成功し、私たちは大金を得ることが出来た。

夜行バスの車中、実を言うと私と澪ちゃんは売り物だったヘロインに手を出してしまった。
パーキングエリアのトイレの個室でほんの数グラムキメただけだったが、たぶんムギちゃんとあずにゃんにはバレているだろう。

ともかく予め話を通していた重量より、僅かに少ない量のヘロインにヤクザの幹部は一瞬顔をしかめたものの、
特に問題なく、希望の金額を、今りっちゃんの足元にあるボストンバックに放り込んでくれたのだ。

律「おい唯に澪! せっかくの目出度い席なんだからさ! そんなウーロン茶なんかチビチビやってないで酒飲めよ酒!」
澪「うう……そんなこと言われても……」
唯「わかったよ。じゃあ私、カシスオレンジ。澪ちゃんも同じのでいいよね?」
律「よっしゃ! じゃあ今日は特別にこのりっちゃん隊員様が直々にグラスを貰ってきてやろう!」

そう言うと、りっちゃんは一目散にカウンターへ向かっていった。


澪「それにしてもこんな大金……どうしようか?」
紬「山分けしましょ♪ 五等分してもこれだけあれば、しばらくは遊んで暮らせるわ」
梓「お金があればあずにゃん2号……戻ってきてくれますかね」
唯「…………」

確かに大金は得た。
五等分しても、私が出した資本金より大きい額だ。
でも、カスタネットを叩いても音が鳴らなかったかのような、この空しさはなんだろう?
そんなことを考えていると……

律「おいテメエ! 私の自慢の一張羅が濡れちまったじゃないか! どうしてくれんだ!」

背後からりっちゃんの怒鳴り声が聞こえてくる。
どうやら、両手一杯にジョッキを抱えたりっちゃんが、店内の中年男性客と肩がぶつかり、酒が跳ねてスーツを濡らしてしまったらしい。
そういえば「ヤクザに小娘と思われてなめられちゃいけない」と、今回の取引に備えてりっちゃんはスーツを新調していた。
でも、そんなものじゃ、にじみ出る暴力的チンピラの雰囲気は隠せなかった。

男「悪かったよ……気付かなくてさ」
律「気付かなかったじゃねえよ。どう落とし前つけてくれるんだ?」
男「……チッ。ジョッキもロクに持てねえのにパブなんて来るんじゃねえよ」
律「あ?」
男「それ以前にオメエみたいなチビのツルペタ小娘なんか視界に入らねえんだよ!」
澪「ダメだ! 律は体格のことを一番気にしてるのに……!」


まずいと感じた澪ちゃんがテーブルから立ち上がった時にはもう遅かった。
顎に中ジョッキを叩き込まれ、血まみれの顔面をおさえて倒れた男の頭を、
りっちゃんはサッカーボールのごとく遠慮なしに蹴り付けている。

澪「やめろ律! 今騒ぎを起こしたら……!」
律「うるせえ! 黙ってろ!」
澪「きゃっ!」

止めようとした澪ちゃんをりっちゃんはあろうことか平手打ちで退けた。
今まで身内に手を上げることなんてなかったのに……。

律「私の邪魔をするからこうなるんだ! わかってるか?
  私の邪魔をするやつはいつでも相手になってやる! 次はお前か!?」
別の客「……(ふるふる)」
律「それなら……お前か!?」
また別の客「……(ふるふる)」

懐からナイフまで取り出して周囲を威嚇するりっちゃんを店中の客が、
檻から逃げ出したライオンを見るかのように、遠巻きに眺めていた。



ムギちゃんやあずにゃんは「やれやれ」といった表情で俯き、目の前で繰り広げられる暴力沙汰に無関心を貫いている。
そして私は――

律「ったく、意気地なしのタマなし男共が! おい、唯!」
唯「…………」
律「聞こえてんだろ! 唯! 煙草もってこい!」
唯「…………」
律「唯!! 耳ついてねえのか!!」

渋々、ラッキーストライクを持っていくと、りっちゃんはゆっくりと火をつけ、煙を吸い込んだ。

律「……なぁ、唯」
唯「…………」
律「お前は私の味方だよなぁ?」
唯「…………」
律「なにせ軽音部のときからずーっと一緒にやってきた一蓮托生の仲だもんなぁ」
唯「…………」
律「仲 間 だよなぁ?」
唯「…………」

そう言って、りっちゃんは吸い込んだ煙草の煙を思い切り私の顔面に吹き付けた。



18 CagayakeないGirls by 唯

ちょっとだけ昔のことを思い出した。

唯「もうさ、放課後ティータイム、解散しようか……」
澪「な、何を言い出すんだよ、唯……」
律「そうだぞ! 冗談きついな~」

高校を出て、4年もバンド活動を続けた頃だろうか、私の突然の提案に、皆は一様に戸惑った表情を浮かべていた。

紬「そうよ唯ちゃん、せっかく皆で頑張ってきたのに……」
梓「私だって……このバンドに賭けていたのに(中退までしてたのに……)」

確かに、放課後ティータイムは高校時代には聴衆にウケた。
学園祭での演奏で喝采を浴びたことも一度や二度ではない。
若い女の子ばかり5人という編成が珍しく、卒業後の活動も出だしは好調だった。
しかし、その後、地道にライヴハウス出演等の活動を重ねてきたが、一向に芽は出ない。
一度だけ自主制作でCDも作ったが、全く売れていない。
最近ではライヴでの動員も頭打ち。

唯「みんなも内心は思ってるでしょ? ……私たち、もう限界だって」
澪「……確かに、がむしゃらに活動してきたけど、私たちももう20歳過ぎてるんだ。同級生で就職した子は勿論、結婚した子だって……」
律「ちょ! 澪まで弱気になるなよな~!」
紬「最近は創作意欲も沸いてこなくて新曲も出来ませんよね……」
梓「そう言えば澪先輩もめっきりいい歌詞が浮かんでこなくなったって……」
律「確か……に……」
唯「やっぱり……潮時なんだよ」

そう言えば解散の言いだしっぺは私だったんだな。
でも私が感じていたことは皆同じだったようだから、私は皆のためにあえて言いだしっぺになった。

唯「別にさ、メジャーデビューを目指さなくてもいいじゃない。皆、これからはそれぞれの人生を生きてさ。 お仕事とか学校がない日に、スタジオに集まって練習して……たまにライヴハウスで演奏して……楽しくやれれば」
澪「確かに……このまま続けていってもあるのは焦りと義務感だけだしな」
律「そしたら私は……大学ってガラでもないし、仕事でも探すしかないな」
紬「私はもう一回大学受験をしてみます」
澪「私もバイトしながら予備校にでも通うよ」
梓「…………(……だから私の最終学歴は中卒だって!!)」
唯「決まりだね。放課後ティータイムの絆は、これからも変わらないよ!!」
澪律紬「うん!!!」
梓「だから私は中(ry」


結局、私の言った通り5人の絆は固かった。
もっともそれは全員がケンカ好きのアル中やヘロイン中毒のニートになって、ぐだぐだとつるみあうという結果になったが。

律「よく考えれば私たちがここまで来れたのも、あの1年の春、唯が入部してくれて、軽音部が廃部を免れたおかげだもんな」
澪「そうだね。唯には感謝してるよ」
紬「ありがとう、唯ちゃん♪」
梓「だから私は(ry」

唯がいてくれたから……か。
ありがとう……か。

なんかあの頃のこと、我ながら誰かの人生を映画にしたものを見せられてるみたいだなぁ。




19 Born Slippy by 唯

とある格安のビジネスホテル。
ヤクザとの取引と血塗れの祝勝会を終えた私たちはここに宿をとり、ツインのルームに五人で雑魚寝していた。

「あずにゃん2号……」と寝言で遺児の名を呼ぶあずにゃん。
スースーと静かな寝息をたてて落ちついているムギちゃん。
りっちゃんに平手を喰らった頬に湿布を貼って眠る澪ちゃん。
そして稼ぎの詰まったボストンバッグを抱えてベッドを占領しているりっちゃん。

私はなぜか眠りにつくことが出来なかった。
起き上がり、洗面所で顔を洗う。頭がちょっとだけすっきりする。
部屋に戻り、バッグを抱えて爆睡するりっちゃんの姿を見下ろす。
気持ちよさそうに眠っている。それこそちょっとやそっとのことでは起きそうにないくらいに。

バッグに手をかけると、驚くほどあっさりとそれはりっちゃんの手を離れた。
りっちゃんは全く気付くこともなく、空気を抱きしめて寝息を立てている。
ハンガーから上着を取る。
もう一度眠る四人を見渡し、ひとつ息をつく。

すると寝息を立てていたはずの一人と視線が合った。澪ちゃんだ。

澪「(唯……!! だめだ!!)」

澪ちゃんは化けものをみたかのような表情で首を振り、その深刻すぎる視線で私がこれからしようとしている行動をとがめた。

私はそのまま部屋を出て、フロントを何食わぬ顔で通り過ぎるとホテルを後にした。
現在時刻朝の8時半。
通勤途中のサラリーマンが行き交う通りを、私はボストンバッグを持って歩き始めた。


Drive boy dog boy ♪
Dirty numb angel boy♪
In the doorway boy ♪
She was a lipstick boy ♪
She was a beautiful boy ……♪

いつかクラブで流れていたテクノの曲が頭の中で流れている。

なんで私が仲間を裏切ったかって?
いくつも答えがあるけど、それは全部間違っているかも。
ほんとうのところは私が悪い子だから。

でも、私は変わる。私は変わるんだ。

私が最初に人生を選んだのは高校1年の、あの軽音部に入部した時だった。
あの3年間で私は大きく変わることが出来た。
でも今は、あの時の3年間で背負った重荷が私の行く手を阻んでいる。



りっちゃんは怒り狂うだろけど、そんなのもう知ったこっちゃない。

ムギちゃんだってどうせいつか裏切る。

でも、あずにゃんと澪ちゃんは別だ。
あずにゃんは巻き込まれたんだ。2度も子供を失った。

澪ちゃんは根がいい子だ。
だから私は二人にだけメモを残した。

二人が後日そのメモを頼りに駅前のコインロッカーにたどり着けば、
私が今持っているボストンバッグの中身の何割かがそこにはあるだろう。

どっちにしろ、こんなことはもう終わり。
足を洗って真っ当に生きる。そして今度こそ人生を選ぶんだ。
もう楽しみでしょうがないよね! だってこれを見ている皆と同じ人生だよ?
仕事、家族、高級なステレオ、洗濯機、カスタネット、MP3プレイヤー、
電動こけし、健康、低コレステロール、歯の保険、美容院、
住宅ローン、マイホーム、よそ行きの服、新しいバッグ、健康食品、
サプリメント、スイーツ、隠れ家的なお店、ネイルアート、テレビドラマ、美味しいハーブティー、
死ぬまでの寿命をせっせと勘定して、なんとか生きていくんだ。

唯「ふふふ……♪」

本当、楽しみで仕方ないよね?



19 エピローグ

それから風の噂で色んな話を聞いた。

HIVを発症した和ちゃんはほどなくしてあの世に旅立ったらしい。
余り苦しむこともなかった最後だったらしいのが唯一の救いかな。
そういえば例の「タカシくん」も最期に立ち会ってくれたって。

さわちゃん先生は未だにジャンキー兼売人をやっているらしい。
ただ、とうとう動脈に注射を打つまでになったらしく、右腕を切り落とす羽目になったとか。
あの超絶的なギター捌きがもう見られないのが残念だよね。

憂は結婚して、子供も生まれたって聞いた。
姪っ子の顔、見に行きたいけど、今更どんな顔して実家に帰ればいいのかな。
しかも憂の相手はあの聡君だって言うんだから、なおさら始末が悪いよね!


あずにゃんはその後、本格的に精神を病み、施設に入所してしまったらしい。
だけど施設では何匹もの猫に囲まれ、穏やかに過ごしているとか。
ちなみに私が残したお金であずにゃんは2人の子供のお墓を建てたって聞いた。

ムギちゃんは実家の家業が少しだけ持ち直したらしく、そっちの仕事で忙しいらしい。
ただし最悪の女癖は相変わらずで、その内財産を巡って愛人同士の骨肉の争いが起こることは確実かな。
どっちにしろ、幸せな死に方はしなさそうだよね。

りっちゃんはあの後、ホテルの部屋で暴れているところを現行犯で逮捕。
その後地元での余罪も判明してブタ箱入り。
今は判決を待つ身らしいけど、おそらく懲役10年はくだらないだろうって。
因果応報ってやつだね。

澪ちゃんに関しては、全くその後の話を聞かなかった。
もしかしてオーバドーズで死んじゃったか、またへまでもやらかしてブタ箱に入ってしまったか。
そんな風に考えていたある日、テレビを見て驚いた。
澪ちゃんは今売り出し中のとあるパンクロックバンドのベース兼ボーカルにおさまっていたのだから。
バンド名は『ぴゅあ☆ぴゅあ』、高校時代に廃案になったあの名前だ。
どうもそっちのセンスは相変わらずらしい。

ともかく私は今それなりに充実した暮らしを送っている。
トレインスポッティング(電車オタク)のように挙動不審なヘロイン中毒の時代はもう遠い昔のよう。
こうやって人生を選ぶのは私にとって2回目。
今度こそ上手くいくといいなぁ。



『とれすぽ!』True End



最終更新:2010年02月08日 03:28