夜。
私は芝生の上で寝転がり、空を見上げる。
空にはびっしりと星が敷き詰められていた。
あれがデネブ、アルタイル、ベガ。
こんなやり取りをしたのはもう何年前のことだろうか。
私は空を見上げる。
それは二人の約束だから。
私の隣にもうキミはいない。
夜空はあの頃のままなのに、
私達があの頃のままでいることは出来なかった。
唯「またケンカ~?」
唯の声にハッと我に返る。
でも、ここまで来たらもう引き下がるわけにいかなかった。
澪「だって律が…」
律「はいはい、全面的に私が悪ぅございましたぁ。すいませんねぇ」
澪「なんだよその態度!」
律「謝ってんだろ。まだ何か文句あるのかよ」
澪「だからお前のそういう態度が…!」
最近、律の一言一句に腹が立つ。
いつからこうなったのだろうか。
梓「兄弟喧嘩は犬も食わないってよく言いますけど…」
紬「もう放っておくしかないわね…」
文化祭前、私達がケンカをした時、
本気で心配してくれていた梓も今では呆れ気味だ。
後輩に呆れられるとは、我ながら情けなく思う。
ムギも梓同様、以前はケンカを止めようと努力していたが、
最近は静観を決め込んでいる。
律「空気悪くするなよ、まったく」
澪「おまっ!」
…。
言いかけてやめた。
こいつと言い争ってても不毛だ。
意味がない。
どうせ、どちらも譲り合う気がないのだから。
私はムギの方を向いていつもの椅子に腰掛ける。
もう何ヵ月も正面を向いて座ってない。
私の正面に座る律も同様だった。
唯「りっちゃん、あまりこっち見ないでよ~」
律「いいだろ~。私達親友なんだし」
「親友」を嫌に強調する。
嫌味な奴だ。
唯「それはそうだけど。うぅ、視線が気になる…」
梓「澪先輩も律先輩も姿勢が悪くなりますよ。ちゃんと座った方がいいと思います」
澪「ん…」
律「ちぇっ…」
紬「梓ちゃんに注意されるなんて、あまり誇れることではないわ」
さすがのムギも私達の行動に堪忍袋の緒が切れそうな様子だった。
律「先に澪がちゃんと座れよ」
澪「なんで私が先なんだよ。律が先」
律「嫌だよ。これは部長命令なの!」
澪「だから?」
唯「また始まった」
紬「もういいわ。私達はお茶を楽しみましょう。梓ちゃんもこっちにおいで」
梓「あ、はい」
大抵、私達があーだこーだ言ってる間に下校時刻となる。
したがって、最近はまともにバンド練習ができていない。
最悪。
私と律がケンカしていると、突然音楽室の扉が開いた。
入ってきたのはもちろん私達の顧問である。
さわ子「おいっす!」
唯「さわちゃーん。イラッシャーイ」
さわ子「はいはい。みんな今日はちゃんと練習してる?」
梓「いえ、今日も律先輩と澪先輩がこの調子で…」
律「」ムスッ
澪「」プイッ
さわ子「あんたたち相変わらずなの…せっかく今日はいい話を持ってきたのに」
唯「いい話って何々!?」
さわ子「慌てないことよ、唯ちゃん」
梓「ゴクリ」
紬「気になります…」
律「ふん…」
いい話ってなんだろう。
律の手前、唯のようにはしゃぐことはできないけれど、
私もすごく気になった。
さわ子「それはね…ふっふっふ。懸賞で温泉旅行が当たっちゃいましたー!」
唯「さわちゃんすごい!」
さわ子「アハハ、もっと誉めて~!」
唯「男運がない代わりにくじ運はあるんだね!」
さわ子「そうそう、そりゃもう私の男運は地べたを這いつくばるが如く…って何言わせるの」
唯「えへへ。うまいこと言っちゃった」
えへへ、じゃないだろ…。
別にうまくもないし。
明日は近場の温泉に一泊旅行。
楽しみ半分、律のことを考えると憂鬱半分と言ったところか。
恐らく、律も私と似たような精神状態だろう。
まぁ、律のことはどうでもいい。
もう寝ちゃおう。
次の日、唯は出発時刻を過ぎてから集合場所に到着。
今日はさわ子先生が運転するレンタカーで行くことになっていたから、
問題ないと言えばないのだが…
唯「えへへ~、みんなごめんね~」
いつもの唯スマイルのおかげで、怒る気も失せてしまった。
さっそく私達はバンに乗り込む。
私が助手席、中列に梓とムギ。
最後列が唯と律という案配だ。
道中、さわ子先生お気に入りのメタルを聴きながら目的地へと向かった。
さわ子先生はノリノリだったが、
私達からすれば、こんな曲を聴きながら数時間も車に乗らなければならないと思うと気が重い。
バックミラーを覗くと、唯と律が何かコソコソ話し合って笑っている。
曲のせいもあって二人の会話を聞き取ることはできなかった。
少し前まで、唯の位置にいたのは私なのに、
と思った瞬間、顔が熱くなった。
何を嫉妬しているんだ、私は。
さわ子「澪ちゃん、りっちゃんとはまだ仲直りできないの?」
澪「まぁ…」
さわ子「何があったかまで聞くのは野暮だろうから聞かないわ。でもあなたたちらしくないわよ」
澪「それはわかってますけど」
さわ子「前はあんなに仲良しだったじゃない。澪ちゃんとりっちゃんは軽音部を引っ張る存在なんだから、いつまでもそんなことじゃダメよ」
澪「…」ムスッ
私は律が素直になれば、いつでも仲直りするつもりだけど、
あいつがあんな態度だから…。
ケンカの原因は実にくだらないものだ。
確かあれは、1ヶ月前。
律「ほげ~」ダラー
唯「アハハ~りっちゃん、両さんみたい」
律「なんだ唯。あんなつまらないドラマ見てんのかよ~」
唯「つまらなくないよ!シンゴくん格好いいもん」
律「慎吾は格好いいけど、脚本が…ね」
唯「ぶー、りっちゃんのくせに…」
律「おいこら」
唯、律「ほげ~」ダラー
澪「おい律。もう文化祭終わって1月経つぞ。この1ヶ月間全然練習してないじゃないか」
律「いいのいいの。どうせ後は来年の新歓まで何もないんだから」
澪「だからって毎日こんなにダラけてていいわけないだろ!」
梓「そうです!最近は私と澪先輩とムギ先輩でしか合わせてないんです!そろそろ真面目にやりましょう」
紬「さすがに私もみんなと合わせて練習したいわ」
律「なんだよ~みんなして。でもこっちにはダラケ女王唯がいるもんね~!」
唯「でも私もそろそろギー太に触りたいかな~。コードも忘れちゃうし」
律「えー…」
澪「後はお前だけだぞ律」
律「む~…じゃあ明日!明日から本気出す!それでいいだろ?」
澪「本当だな…?じゃあ、明日はみっちり練習だからな」
梓「やっと普通に部活ができるです」
紬「良かったわね梓ちゃん」
唯「よーし!明日に向けて今日は帰るぞー!おー!」
一同「おいおい…」
そして次の日。
予想通りと言えば予想通りだったが、練習直前、
また律がゴネ始めた。
律「今日は筋肉痛でさー。あいたたた」
一同「…」
さすがの私も堪忍袋の緒が切れた。
ここで甘やかしたら、またこいつは付け上がる。
ならば、幼馴染みとして渇を入れてやらねばなるまい。
バシン!
乾いた音が音楽室に響く。
私以外、一瞬何が起きたかわからないようだった。
律「へ…?何…」
律は右頬を赤く染め、困惑している。
澪「いい加減にしろバカ」
最初に状況を理解したのは意外にも唯だった。
唯「み、澪ちゃんいくらなんでもツッコミ激しすぎだよ~。りっちゃんがギャグできなくなっちゃう」
唯は少しでも場の空気を和らげようとしたのだろう。
心優しい唯らしい。
だが、それは無駄に終わってしまった。
律「いったいな!急に何すんだよ!」
澪「お前が約束を守らないからだろバカ」
律「何だよさっきからバカバカって!」
澪「バカだからバカって言ったんだ。何か間違ってるか?」
バシン!
またしても小気味いい音が響いた。
殴られたのが私という違いはあったが。
澪「――――!」
律「これでおあいこだバーカ」
梓「あぅ…」
紬「ちょっと二人とも…」
澪「そんなに無責任ならもう部長なんてやめろ!」
律「文句あるならお前がやめればいいだろ!」
澪「こいつ…!」
私は律の頬にもう一発くれてやろうと手を振り上げた。
唯「た、タイムタイム!タイムアウト!」
私と律の間に唯がわって入った。
唯「ね、練習しよ?ね?」
澪「…」
律「ちっ…」
唯の機転で久しぶりに5人で合わせて演奏したが、もう最悪。
1ヶ月ぶりということもあるだろうが、
音も気持ちもバラバラだった。
その後はみなさんの知る通りである。
回想終わり。
思い出したらまた腹が立ってきた。
そうこうしているうちに、私達が今日泊まる温泉宿に到着した。
さわ子「それじゃあさっそく温泉かしら!行くわよ唯ちゃん!」
唯「らじゃあ!」
紬「私も楽しみ♪」
梓「先輩達元気いいですね…私なんてあの曲と車の揺れで疲れが…」
澪、律「私も…」
澪「…」
律「…」
唯「りっちゃん、サウナだよ!露天風呂だよ~!GOGO!」
律「待ってましたぁ!…ふぅ」
梓「疲れてるなら疲れてる顔すればいいのに。律先輩は素直じゃないです」
律「むっ、そんな生意気な事を言うのはこの口かー?うりうり」
梓「やめふぇくらはいー」
紬「♪」
律と梓のやり取りを見ながらムギはうっとり顔をしている。
私と律以外は平和だ。
最終更新:2010年02月09日 00:34