唯「みんなで露天風呂に入るのは初めてだね」

律「今年の合宿は露天風呂なかったもんな」

律「あの時は唯の言葉で澪が照れ…」

律は何かを言いかけて、口を閉じた。

唯「澪ちゃんがなんだって~?」ニヤニヤ

律「うるさい!なんでもないよ!」

さわ子「もう、あんたたち仲直りしたら?」

紬「せっかく一緒にお風呂に入ったことだしこのまま水に流してしまいましょう♪」

唯「うまい!」テレッテー

梓「割と使いふるされたネタのような気が…」

澪「私はもう別に…」

律が素直になって、練習もちゃんとしてくれるなら。

律「私も…」

律「…」

律「のぼせた!もう出る!」

唯「ちょっ、りっちゃん!」

さわ子「素直じゃないんだから…」

紬「溝は深いですね…」

澪「あいつのああいう所が嫌なんです。自己中だし、自分の思い通りにいかないとすぐ拗ねる」

唯「私が言うのも何だけど、りっちゃんは子供っぽいところがあるから…」

澪「だろ?唯もそう思うよな?」

梓「でもいきなりひっぱたくのはどうかと思います」

澪「それはあいつが言ってもわかってくれないから…」

唯「りっちゃんは澪ちゃんなら、言葉がなくても自分のことを理解してくれると思ったんじゃないの~?」

紬「そうかもね。それだけ長く一緒にいたら何も言わなくてもお互い理解できたりするもの。私も…」

澪「え?何?」

紬「ううん、なんでもない」

唯「私も和ちゃんが何を考えているかわかるよ時あるよ~!」

梓「幼馴染み、親友ってそういうものですよね」

紬「澪ちゃんは今りっちゃんが何を考えているかわかる?」

澪「それは…」

わからないわけがない。
あいつも私に謝りたくて仕方がないんだ。
ああ見えて律は不器用だから、どう切り出していいのかわからないのだろう。

澪「まったく、厄介な幼馴染みを持ったものだな」

紬「そういう割には嬉しそうな顔をしているわ」

澪「ん?そう?」

梓「いつもの澪先輩です」

澪「うん。私もちょっと意地になってたところがあった。ここは私が折れてやるか」

唯「やっといつもの軽音部かー。もー毎日肩凝ったよ~」

梓「嘘ばっかり」

唯「へへ、バレた?」

澪「ごめんなみんな、今まで気を使わせて」

いざとなると中々声をかけ辛いものだ。

何度もチャンスを伺うが、そのたびに逃げられる。

唯「澪ちゃん、しっかり!」

澪「う、うん…でもあいつ明らかに私を避けてるし…」

唯「もぅ!さっきの意気込みはどこに行ったの!」

澪「だって…」

唯「だってじゃないよ!あーもう、まどろっこしい!」

澪「え、ちょ唯!?」


唯「りっちゃん!」

律「えっ何?」

唯「ちょっとこっちおいで!澪ちゃんも!」

澪「うわっ」

私と律は唯に手を引かれ、宿の外へ躍り出た。

律「何…?」

唯「二人とも一晩頭を冷やしなさい!お母さん、もう怒りましたからね!」プンプン

澪「お母さん…?」

唯「ちゃんと話し合って、仲直りしないと部屋に入れてあげないからね」プンプン

澪「ちょっと待て唯!」

律「…」

なんということだ。
唯の奴、勝手に玄関の鍵を掛けやがった。
他に客はいないようだから問題はない…のか?

澪「…」

律「…」

沈黙が続くこと5分。
せっかく唯がお膳立てしてくれたのだ。
その好意をありがたく頂こう。

澪「とりあえず歩くか」

律「うん」

律「夕飯、うまかったな」

澪「うん」

律「…」

澪「…」

澪「茶碗蒸しが美味しかった」

律「うまかったな」

澪「…」

律「…」

残念ながら、もう修復不可能な気がしてきた。

林道を抜けると、
だいぶ開けた場所に出る。

木のせいで気付かなかったが、
今日は雲ひとつない夜だった。

夜空には無数の星が瞬いている。

私も律も、数分間口をポカンと開けて、空を眺めた。

澪「くくく…」

律「どうした?」

澪「いや、だってさ…ぷふ」

客観的に見たら、ひどく間抜けな絵面だろうなと思ったら、
笑わずにはいられなかった。

律「なんだよ。何が可笑しいんだよ」

澪「いや、なんでも…ふふ」

律「何なんだよ、気にな…ぶふ」

律も私につられて笑い出した。

澪「アハハハハ、お腹痛い」

律「ハハハ、何が可笑しい!」

澪「…」

律「…ぷっ」

澪、律「アハハハハ」

律「はぁ、あー何かもう疲れた!」

澪「私も」

律「よいしょっと」

律が芝生に寝転がる。
私は余り服を汚したくなかったので、
その場に腰を下ろすだけにした。

律「なあ澪。あれって何座?」

澪「さぁ?」

律「さぁってお前、会話終わっちゃうじゃん。織姫様とか彦星様とかあるだろ」

澪「さすがの私でもそれくらいわかるぞ。織姫と彦星は七夕の代名詞ってことくらいな」

律「てことは、織姫と彦星は見れないの?」

澪「そうなるな」

律「こんなに星があるのに?」

澪「えっ、ああ、うん」

律「そっかぁ、それは大変な事だな」

澪「律ってやっぱりバカだな」

律「んなっ!?」

律「はいはい、どうせ私はバカですよー」

澪「ふふ、バーカ」

律「うるさいわい」

澪「星、キレイだな」

律「うん」

澪「…」

律「…」

律「澪、あの時は悪かったな」

澪「私もいきなり殴っちゃったから…」

律「…」

澪「…」

律「私達なんでケンカしてたんだっけ?」

澪「んー、忘れた」

律「私も忘れた!バカだからな」

澪「じゃあ私もバカか。仲間だな」

律「だな」

律「ずっと親友な」

澪「うん」

律「ごめんな」

澪「何の謝罪?」

律「この先またケンカすると思うから、先に謝っておく」

澪「なんだよそれ。その時に謝って欲しいな」

律「私は素直じゃないからな。できるときにしておくんだよ」

澪「自己分析はバッチリか」

律「おお!今すぐ履歴書を書けるぞ」

いつもの私達がそこにいた。

楽しげな一つ隣の君。

律「また来年ここに来ような」

澪「ん?ああ」

律「今度は二人で」

澪「わかった」

律「そうだ!来年と言わず毎年この日にここに来ようぜ!高校卒業しても働き出しても結婚してもばーさんになっても」

澪「死ぬまで律と会わなくちゃいけないのか?出来れば遠慮したいな」

律「なーに言ってんだ。いいだろ、親友なんだから」

澪「まあ、律だから特別な」



私達は別々の大学に入っても、
お互い県外に就職しても、
約束の日には必ずここにいた。

数え切れないほどケンカをした。
取っ組み合いのケンカをしたこともある。

それでも私達の関係が続いたのは、
この時間、この場所を共有できたからに他ならない。

律はどう思っているか定かではないが、私はそう信じている。




70年後、私は服の汚れを気にせず芝生の上に寝転がった。

どうやら今年から、ここに来るのは私一人になるらしい。

一人と言っても、ここまで来るために、
息子の車に乗せてもらうわけだけれど。

結局、軽音部の中で一番長生きだったのは私だった。
唯だけは…。
うん、これは私の口から語ることではあるまい。

70年前、せっかく星を眺めに来るのだからと、
星座の勉強をしようと思い参考書を手に取ったが、すぐに諦めた。

わかるのはせいぜい北極星くらいだろうか。

今となってはどうでもいいことだが。

ふと横に目を向けると、高校生の律が隣にいるような気がした。

澪「何してるんだ?」

律「約束だからな。澪がここに来れなくなるまでは顔を出すさ」

澪「そっか。縁起でもないから早く成仏してほしいものだけど」

律「相変わらずの減らず口だな」

澪「律にだけ、な」

律「私は特別ってか?」

澪「ふふ、よくわかったな」

律「その調子ならあと20年はここに来るつもりか?勘弁してくれよ」

澪「私はまだまだやりたいことがたくさんあるんだ。悪いけどもう少し待っててくれ」

律は私に微笑みかけ、そのまま闇夜に溶けていった。
気がした。


息子「母さん、そろそろ宿に戻ろうか。だいぶ冷えてきた」

澪「ええ」

息子「ほら、手を貸すよ」

澪「悪いね」

お恥ずかしながら、私は人の手を借りないとすぐに立ち上がることもできない。
老いとはおそろしいものである。

車が林道に入るまで、私はずっと名も知らぬ星を眺めていた。

それじゃあ律、来年またここで。






最終更新:2010年02月09日 00:31