少し離れた木陰
?「たく、世話をやかせてくれるわね…」
そして一行は、蔓と木の棒でイノシシを縛り上げると、
梓を除いた四人がかりで背負い、竪穴住居へと帰路についたのだった。
けれど…逆さまに木に括り付けられ、
次第に体温を失っていくイノシシを、横目に見て…
梓「…」
梓(気が落ち着いてみたら、やっぱり、生き物を殺すのって…)
梓(それに、なんだかわからないけれど、このイノシシ、
何かに取り憑かれてるようだった…)
-竪穴住居-
律「ただいまー!」
澪「重かった…百キロ近くあるぞコイツ…」
唯「さわちゃん!見てーーーー!!」
さわ子「あー?何よ昼間ッから…ヒック」
梓「またお酒飲んでる…」
唯「イノシシつかえまえたよー!」
さわ子「へーやったわね!どらどら…」
さわ子「…」
さわ子(ふむ、コイツは…やっぱりね。)
さわ子「まずまずの大きさね!お昼ごはん食べたら解体しましょうか!」
梓「か、かいたい!?」
さわ子「肉片にしないと食べられないでしょうが…」
梓「う…」
-そして解体準備開始-
さわ子「穴を掘って、それに木組みを立てて、
イノシシを吊るす土台を作りましょう。」
唯「はーい!」
さわ子「コイツの重みに耐えれるのを作らないといけないから
太くて頑丈なやつを持ってくるのよ。」
-土台作成中-
さわ子「よし、吊るし上げまで完了!」
さわ子「えっとりっちゃんは確か、イノシシの解体を見たことあるって言ってたわね?」
律「うん、田舎のじいちゃんちに行った時に何回かね。」
さわ子「解体プロセスもわかってる?」
律「もち!」
さわ子「じゃ、りっちゃんは補助お願いね。
あんたらの腕じゃ無理だろうから私がメインでやります。」
※澪は解体が怖いので竪穴住居に退散しました。
イノシシ狩りに参加しといてなんですが。
律(ずっと気になってたんだけど、
なんで先生はこの手のことに詳しいんだ?)
紬(サバイバル好きの彼氏でも居たのかしら?)
さわ子「んっ!?なんか言った!!??」
律「な、なーにもー…」
紬「言ってないです…」アセアセ
梓「…」ガクガク
さわ子「あずさちゃん、怖いなら、
澪ちゃんみたいに竪穴住居に帰ってて良いのよ?」
梓「だ、大丈夫です…」
さわ子「じゃ、はじめますか。
まず、イノシシのお尻の穴に布を入れておきます。」
唯「なんでー?」
律「ウンコで肉が汚れることがあるからなんだってさ。」
唯「ほー。」
律「あ、その前に。」
イノシシに向って手を合わせる律。
さわ子「ずいぶんと信心なことじゃない。」
律「じいちゃんに、こうしろって言われてるんだ。」
そして、さわ子と律は石包丁でイノシシの皮を剥いでいく。
梓「ぅ…」ガクガク
唯「…」
さわ子(この子たちよく頑張ってるわね…)
さわ子(さて…)
-皮剥ぎ完了-
梓「ヒ…ヒ…」ガクガクガク
唯「…」ガクガク
唯と梓は身を寄せ合って震えている。
紬「あんまり脂肪がついてないですね?」
紬はもう慣れたようだ。
さわ子「まあ、そりゃそうよ。夏場だもの。
冬篭り前が一番おいしいんでしょうけど。」
律「でもその割には、コイツお腹がでっぷりしてない?」
さわ子(フフ…)
さわ子「じゃ、りっちゃん、はじめの一刀はまかせるわ。
下半身のこの辺、一番膨らんでるとこに
切れ込みを入れてちょうだい。」
律「あれ?先に頭は落とさないの??」
梓「ア、アタマ、オト…」ガクガクガクガク
さわ子「今日は特別工程よ。」
律は言われるまま、皮膚に切り込みを入れていく。
律「あー!石器じゃ難しいな…」
さわ子「そう?この黒曜石の切れ味も中々のものよ。」
律は10cm程度の切れ込みを入れる。
イノシシの内臓が傍目にもよくわかる。
梓「…」ガクガクガクガクカ
唯「…」ガクガクガク
さわ子「さて、あななたち、もっと近寄ってきなさい。」
そう言うとさわ子は、内臓のうちの、ひときわ大きな袋のようなものに
切れ込みを入れ始める。
律「!?」
さわ子(りっちゃんは気付いたかしら?)
紬「それ、胃ですか?」
さわ子「こんなとこに胃なんてあるわけ無いでしょう。」
律「さ、さわちゃん、そ、れ…」
さわ子が入れた切れ込みから赤紫色のような物体が見える。
律「あ…」
さわ子「これ、何だと思う?」
梓「…」ガクガクガクガク
唯「え?え…?」
さわ子「これはね、イノシシの子宮、このなかに入っている赤紫の物体は…」
さわ子「イノシシの胎児よ。」
梓「え…」
梓はまじまじと赤紫の物体を凝視する。
そして、意識を手放した。
…
梓「…」
梓「ん…」
「!」
梓「んん…」
「あずにゃん!」
梓「ゆ、い、せんぱい?」
唯「よかった!あずにゃん!!やっと目をさましたよー!」ギュ
梓「あ…」
梓「わたし、気を失って…」
唯「うん、もう夜だよ。」
梓「他のみなさんは?」
唯「外で火をおこしてご飯食べてる。」
梓「ご、はん…」
フラッシュバックするように、梓はイノシシの解体の場面を思い出す。
梓「あ、あ、」
唯「あ、あずにゃ…」
梓「あああーーーーーーーー!!!」
澪「どうしたんだっ!!」
澪たちが飛び込んでくる。
梓「うあああああーーーーーーーー!!!」
律「あ、ずさ…」
さわ子「やっぱりね…」
梓「ひどいっっ!!ひどすぎるよ!!!残酷だよ!!!!!」
梓「せんせい!!!せんぱい!!!」
梓「最低です!!!!!!!」
梓「あの子、もう少ししたら生まれてこれたかもしれなかった…
なのに…なのに!!!」
澪「先生!!いくらなんでもやりすぎですよ!!
梓にも…生き物の解体なんて耐えられるはず無かったんだ!」
何を見て梓が気を失ったかについては、澪には伏せられている。
さわ子「たしかに、そうかもね。やりすぎだわ。」
律「肉食べてるのに、解体工程に文句言うやつはどうのこうのって、
よく言うけど…」
律「さわちゃんはやり過ぎた。それに、事前に私に断っとくべきだった。」
さわ子「そうしたら、りっちゃんは私を止めた?」
律「ああ。」
さわ子「はぁ…」
さわ子「私もC・W・ニコルの真似したり、
偽善者/偽悪者ぶるつもりはないんだけどね…」
澪「結果も、多分、動機も…両方最悪ですよ!とくに結果!!梓には、やっぱり…!」
梓「…」プル…プル…
唯「あず、にゃん??」
梓「もう…」
梓「もういやああああああーーーー!!!!!」
梓は竪穴住居を飛び出す。
澪「あずさっ!!」
唯「大丈夫!!私にまかせて!!」
さわ子「梓ちゃんは唯ちゃんに任せて、わたしは食事に戻るわ。」
澪「先生!!どれだけ無神経なんですか!?」
さわ子「じゃあ、あのイノシシの骨の前で、泣きながらひたすら
許しを乞えっていいたいの?」
澪「な…!?」
さわ子「今日調理したものは内臓。土の中に埋めた部位と違って、
早く食べないと傷んでしまうわ。」※
澪「話にならない…!」
※土中に埋めて熟成を促す過程
澪「だいたい、律もムギも、解体工程見ておいて、
よくも肉を口に出来たなっ!」
紬「…」
律「なっ!?お前だって食べてたじゃないか!!」
澪「わ、わたしは…!」
さわ子「先に戻ってるわよ。」
そういうとさわ子は、火のほうへと戻っていく。
紬「…」
紬も無言でさわ子に続く。
澪「ムギ…!?」
さわ子「…」モグモグ
紬「…」ヨリヨリ
さわ子「…」ゴクゴクゴク
さわ子は猪の内臓の煮物をビールで流し込むように食べている。
紬は時々、煮物を口にしながら、植物の繊維のようなもの―
イラクサを縒(よ)る作業を行っている。
紬「先生、ビールを飲むペースが早くなってますよ。」ヨリヨリ
さわ子「余計なお世話。」モグモグ
さわ子「ムギちゃんもなに作ってんのよ?」
紬「これですか?ジ○ンちゃんの本に書いてあったんです。
この縄文生活でも、楽器を作って演奏ができないかなって思って。」
さわ子「弦…ね。」
紬「ええ。それに、あの子の毛皮も骨も牙も腱も楽器の材料にできますし。」
さわ子「そう…」
紬(楽器を作って、演奏ができるようになれば、みんなも…)
澪「…」
律「ふぅ…」
律と澪が戻ってくる。
律は無言で自分の土器茶碗を手に取ると、煮物を口にし始める。
澪は、煮炊き用の大型土器―臓物の煮物が入っている―を少見つめた後、
黙って土器茶碗を手に取り、律にならう。
―とある湧水の側―
チョロチョロチョロチョロ…
湧水の流れる音。
ジー…ジー…ジー…
ホー…ホー…
生き物の鳴き声。
梓「ぅ…ぅ゛ぅ…」
そして少女の、啜り泣く声。
梓は湧水のほとりで泣いていた。
梓「…」ヒック
周りは暗く、誰もいない。
けれど。
「あずにゃん。」
梓「!」
梓「ゆい、せんぱい?」ヒック
唯「隣り、座っていい?」
梓「…」
梓「はい…」
唯は梓の隣に座る。
唯は、梓の背に右手を伸ばし、梓の頭を自分の頬によせる。
唯は何も口にしなかった。
梓も同じく。
ただ、時間と人間以外の出す音のみが、ゆっくりと背後を流れてゆき。
どのくらいたっただろうか?
ふと、唯の目にほんのりとした灯りが目に入る。
黄金のような淡い翠のような、うっすらとした輝き。
唯「あれ?」
梓「せんぱい?」
梓「どうしたん…です、か?」
唯「あれ見て。」
唯は輝きのほうを指差す。
梓「なん、だろう…?」
湧水からは小さな小川が流れ出しており、
唯の見つけた輝きはその小川の流れの先にある。
唯「…」
唯「あずにゃん、いってみよう?」
梓「え?」
唯たちは小川を下る。
下るにつれ、灯りが散在するように輝いているのがわかる。
そして、それは小さな光が群れ集まって、舞うように、輝いているのがわかる。
梓「あ…」
そして唯と梓は、光の大群のすぐ目の前まで近づく。
唯「ホタル、だね。」
梓「はい。」
無数のホタルが淡く輝くながら飛び交っている。
梓「キレイ…」
唯「うん。」
唯「…」
梓「…」
梓「せんぱい?」
唯「うん?」
梓「ホタルは輝き始めたら、すぐに、死んでしまうんですよね?」
唯「そうなんだ?」
梓「はい。」
それから二人は言葉を交わさずに、ホタルの群れの中、
その輝きをぼんやりと、見つめていた。
―竪穴住居前―
梓「ただいま…です…」
澪「おかえり。」
梓「はい…」
紬「梓ちゃんお腹すいたでしょう?果物を絞ったジュースとクッキーがあるから。」
梓「あ、あの、せんせい、せんぱい、いきなり飛び出してすいませんでした…」
律「いいんだよ…、いいんだ。」
さわ子「ええ…」
さわ子(私も謝…)
さわ子(いえ、まだね。)
さわ子(最後の…)
最終更新:2010年02月14日 04:04