それからまた、日が過ぎていく。
軽音部の面々も、表面上はしこりを残すことなく、和気藹々とやっているように見えた。
そして、縄文生活開始から、ちょうど三週間後。
紬「できた!できたわ!!」
律「へー上手いもんだな…」
さわ子「ウクレレみたいな形してるわね。」
紬は、木片や猪の骨、イラクサを組み合わせて、
ウクレレに似た楽器を二つ作り上げていた。
紬「本当はもう一個つくりたかったんだけど、時間がね…」
唯「いいよいいよ!澪ちゃんとあずにゃんが使ってちょうだい。」
梓「いいんですか??」
唯「うん!私はボーカルだけでいくから。」
澪「なんかそれも悪いな…」
紬「あ…」
律「ムギ、どうした?」
紬「完成はしたんだけど、イラクサを全部つかっちゃったの。
イラクサで作るとすぐ弦が切れちゃうから、もう少し予備の弦が欲しいなって。」
唯「じゃあ、私がとってくるよ!」
紬「いいの?」
唯「うん。水場の近くに生えてたよね?
今日は私がお水汲む係だし、そのついでに。」
紬「ありがとう、お願いするわ♪」
―湧水のほとり―
唯「よいしょっと。」
唯「お水も汲んだし。イラクサもたくさんとったし!」
唯「…」
唯「あ、採りすぎちゃった…」
唯「持てるかな…」
?「持ちますよ?」
唯「え、ありがとう!」
声のした方へ振り向く唯。
唯「!!」
唯「な、なんで…」
唯「なんで君がここにいる…の!?」
その日、日没間近になっても唯は帰ってこなかった。
―竪穴住居―
律「おい!どうだ??見つかったか!?」
梓「どこにもいません…」
紬「唯ちゃん…」
澪「立ち寄りそうなところはあらかた探したんだが…」
律「キレイな蝶を見つけて、で、追いかけて、
そのまま迷子になったとか…?」
梓「ありそうだから怖いです…」
さわ子「まだ見つからないの?」
律「ああ…って、さわちゃんも探すの手伝えよ!
緊急事態なんだぞ!?」
さわ子「ええ…」
さわ子(そろそろ来るかしらね。)
そのときである。
紬「あ、あれ!!なに!?」
律「どうしたムギ!?」
紬「あっち!変な灯りが近づいてくるわ!!」
澪「炎…??」
澪「たいまつか!!」
さわ子(やっと来たようね。)
たいまつを持った何者かが、竪穴住居に近づいてくる。
澪「近づいてくる!?」
律「斉藤さんか?」
紬「たいまつを使うわけがないし、そんな悪ふざけだって…」
紬「あ!」
紬「先生!何か知ってますね!?」
さわ子「ぜーんぜん。」
梓(知ってる目です…)
そして、その人物は律たちから5mほど離れて歩みを止める。
律たちと非常に親しい人物であった。
律「あっ!!」
澪「えっ!?」
紬「なんでここにいるの…」
梓「それに…その格好…」
「「「「憂(ちゃん)!!!」」」」
律たちの目前に現れたのは憂であった。
しかし奇妙なのはその格好である。
長袖の、白いローブのような服を着込み、その上から黒色の、
美しい光沢を放つ鎧を着込んでいる。おそらくは木製で漆を塗ったもの。
剣道の胴を厚手かつ縦に引き伸ばしたような形をしている
いわゆるブレストアーマーの一種か。
よく見れば表面に、凹凸上の幾何学文様が彫りこまれている。
腰にはいびつな形の、銅色にかがやく剣を二本、両腰に佩き、
背中には鎧と同じ色、光沢の縦長の盾を背負っている。
そして首からは、緑色のガラス管を糸にとおした首飾り。
憂「みなさんをお迎えに上がりました。」
律「!!」ゾクッ
憂「唯のいるところまで…」
憂の声は底知れず冷たく、
その目からは何の感情も読み取れない。
梓「うい…」
梓の問いかけに対し、憂は何も答えない。
憂「さあ、こちらへ。」
憂は、なおも促す。
律(なんかすげーやばい雰囲気だぞ…)
梓(でもついていかないことには…)
澪「憂ちゃん、唯はいったいどこにいるんだ?」
憂「…」
一瞬、間が空き、憂は答える。
憂「"わがきみ"の御許(おもと)にいます。」
澪「わが…きみ?」
憂に先導される形で律たちは先に進む。
律「憂ちゃん、そこまでどんぐらいかかるんだ?」
憂は答えない。
律(すっごくやりづらい…)
澪「先生もついてくるんですね?」
さわ子「ま、私のことは気にしないように。」
かなり歩いただろうか?一時間以上。
律たちは少し開けた、小高い丘のような場所に出た。
紬「あれ!あそこ!」
そこには何棟かの木製の住居らしきものがあった。
粗末な社(やしろ)とでもいったような形をしている。
梓「どっかで見たことがありますね…」
澪「高床式の建物だな。」
紬「弥生時代に現れたっていう?」
澪「ああ。」
そして一行は高床式の住居群でも、一際大きいものの前に到着する。
中はかがり火でかなり明るく、何人かの人間がいるようだ。
憂「この中です。」
律「わかった…」
律「入るぞ。」
梓「ゴクリ」
澪(あ、鼠返し。)
一同は階段をのぼり、中へと入っていく。
「久しぶりね、みんな。」
そこには、軽音部の面々となじみのある人間が、
"あぐら"をかいて座っていた。
紬「あっ!!」
律「聡!」
梓「純ちゃん!」
澪「そして…和、か。」
和「そういうこと。まあ気楽にして。」
和が一番奥に座り、和の両側から二列、入り口に伸びるような形で
他の三人が座っている。
皆、憂と似たような白い服を着ているが武装はしていない。
和だけは、さらにもう一枚、ノースリーブの紫色の服を着込んでいる。
装飾も和のみ、憂たちと同じ首飾りに加え、ヒスイの勾玉の首飾りをかけ、
頭には、金色の、金銅製とおもわれる冠をかぶっている。
憂はそのまま和の斜め前あたりに着座する。
いつのまにか、表情はいつものニコニコ顔だ。
律「で、唯、お前も…」
和の隣りには唯が正座で座っており、
木製の茶碗片手にご飯をかきこんでいる。おかずは焼き魚のみ。
唯「はぐはぐはぐはぐはぐ…」
梓(ゆいせんぱい…お米たべてる…)ゴクリ
唯「あっいらっしゃーい♪」
律「いらっしゃーい♪じゃないだろ!!」
唯「イラクサが持てなくて困ってたらね、聡君が運ぶの手伝ってくれたんだ。」
聡「いやぁ…そんな!!手伝いのうちにも入りませんて…あはは////」
律「この愚弟が…」
聡「ねーちゃん、その格好すっごく似合ってるよ。
ねーちゃんの野性味が出てるってゆーか…」
律「な・ん・だ・とぉーー!!?」
和「まあまあ、二人とも。姉弟喧嘩は家に帰ってからにして。」
律「くっ…」
澪「それにしてもさっきの憂ちゃん、すごく怖かったぞ。」
憂「え、そ、そんなにですか?」アセアセ
和「少し脅しをかけとけっていったのよ、憂には。」
澪「脅し?」
澪「そうだ!なんで、和たちがここにいるんだ?」
和「そうね。澪、私たちの格好と、この住処、
今の憂の武装を見てどう思う?」
澪「すごく…弥生人の格好だよな?」
和「まあそうね、一部古墳時代のものも混ざっているけれど。」
和「あんたたちの縄文生活。」
和「その"ラスト"は、始まる前から決定済みなの。」
律「そうなのか、さわちゃん!?」
さわ子「イエス!」
和「で、私たちは、条件付きで『弥生人』になることを承諾したの。」
澪「条件?」
和「うすうす感づいてる人もいるでしょうけど…」
和「簡単に言えば、『縄文人vs弥生人』よ。」
紬「縄文人と弥生人が戦うってこと?」
和「そういうこと。」
和「今から三日後、太陽が南中した瞬間に、」
和「私たちはあんたらに襲い掛かるわ。」
律「は??」
和「さわ子先生、弥生時代の戦争で捕虜になった人間は
どういう末路をたどったんでしょうか?」
さわ子「捕虜として返還されなきゃ、まあ、かなり酷い末路をたどった可能性が高いわね。
魏志倭人伝だと中国皇帝に、生口と呼ばれる人間が献上されたそうだから…」
さわ子「生口=奴隷かどうかはわからないけれど、まあ、他の国に献上されるのと
同レベルの扱いは受けたでしょうね。」
和「そして、勝ったほうには勝者の権利が与えられる。」
その瞬間、律は聡が澪と唯に視線を送ったことに気付いた。
梓は、憂がとろん、とした目で唯を見ていることに気付いた。
和(唯たちが勝つほうが望ましいけれど、こちらが勝ったとしたら
この子達の暴走は私が食い止めないと。)
和にはわざと敗れるという考えはない。
それは生徒会役員としてのプライドが許さないのだ。
また、そんなルールを設けないという考えも、さわ子の頭の中にはない。
澪「ちょっと待て!お前ら金属製の武器持ってるだろ!?」
憂「銃刀法に引っかかるんで、刃はついてません。
安心してください。」
澪「いやいやいや…」
さわ子「みんな!」
さわ子「私たちの先祖もまた、太古の昔から延々と続いてきた
生活圏を求めての民族間闘争を生き抜いてきたのよ。」
さわ子「弥生人と縄文人を民族的人種的に区別することは
あまり意味が無いと思うけど…」
さわ子「かつて…『土ぐも』や『まつろわぬひとびと』とされた集団が
いたことも確か。」
さわ子「彼らの思いを身をもって知りなさい!」
律「いや意味わからんから!!」
和「ということで、三日後にまた会いましょう。」
純「私、一言もしゃべってない…」
……
律「たく!」
梓「すっごく不安です…」
さわ子「あ、みんな。」
さわ子「一応安全を考えてね、矢や投槍みたいな飛び道具は全部
これから用意するものと交換してもらうわ。」
律「はぁ…?」
さわ子「さきっぽが、朱肉と同じ塗料をしみこませた布を
何十にも巻いたものになってて…」
さわ子「その塗料が付いた部分が負傷したとみなされるわ。
死亡判断は、審判側がするけど。」
さわ子「斉藤さんたちの協力のもとね。」
紬「斉藤…」
さわ子「白兵戦の勝ち負け判定も、審判に委ねられてるわ。」
さわ子「そして一度負ければ、復活はなし。」
唯「むずかしそう…」
唯「それにさ、憂が使ってたような武器や鎧を、
あっちは持ってるんでしょ?」
唯「勝ち目無いじゃん。」
澪「まあ、そうだよなぁ…」
梓「あの、例えばなんですけど…」
梓「今から何千年も前に縄文生活を送っていた人たちは
鎧とか金属の武器もった人たちに、どうやって抵抗したんですかね?」
澪「抵抗したっていっても、すげなく殺されたか捕らえられるたかだろうな。」
律「いや。」
律「縄文生活をしていた人たちの中には、
上手に抵抗した人たちもいたかもよ?」
紬「アテがあるの?」
律「○モン大先生は、文明の利器をもたずに大自然のなかで敵戦力と
渡りあう方法についても書いておられるんだ。」
唯「ほんとう!?」
澪「それはあの人だからこそできるんだろ…私たちじゃ…」
さわ子「あ、ブービートラップとかはだめよ?
縄文時代の人が考え付くはずないでしょ?」
律「わかってるって!」
律「私たちは、今日まで、短い時間だけど、培った縄文生活の智恵が…」
律「たぶん…ある!」
澪「多分じゃ意味ないだろ…」
律「とにかくだ!やってやれないことはない!
今日明日で出来る限りの準備をするぞ!」
こうして残りの二日間は、万全を期するための準備に費やされたのだった。
三日後、縄文生活24日目
憂「太陽が南中しました。」
和「了解。」
聡「和さん!はやくいきましょう!」
憂「聡君、和さん、じゃなくて『わがきみ』だよ!
(聡君の下心は重々承知なんだから!)」
和「呼称なんてどうでもいいけれど…」
和「これより、"土ぐも"たちを討ちに行きます。
各自装備の最終確認。」
憂(お姉ちゃん…まっててね!)
右手→青銅製七支刀
左手→青銅製七支刀
頭→なし
胴体→木の鎧/弥生人の服
足→わらじ
その他→唯の写真
管玉の首飾り
木製の大盾
純(あの人を必ず倒す…)
右手→なし
左手→弥生人の弓
頭→なし
胴体→木の鎧/弥生人の服
足→わらじ
その他→矢×10
管玉の首飾り
木製の大盾
青銅の小剣
聡(勝者の権利!勝者の権利!勝者の権利!)
右手→青銅の鉾
左手→木製の大盾
頭→なし
胴体→木の鎧/弥生人の服
足→わらじ
その他→管玉の首飾り
和(この子たち…すさまじい欲望のオーラね…)
右手→鉄剣
左手→赤漆の大盾
頭→金銅のかんむり
胴体→赤漆の鎧/弥生人の服/紫衣
足→わらじ
その他→管玉の首飾り
ヒスイの勾玉
眼鏡
―竪穴住居―
和「当然ながら、いないわね。」
憂「竪穴式住居の中は空っぽです。土器も道具もありません。」
和「さて、これから探すのは骨が折れるわね。」
聡「遠くに逃げて、時間切れ狙ってるんじゃないすか?」
和「いえ、それはないわね。あの律が許すはず無いもの。」
和「無謀だけれど、勝ちをねらってくるわ。」
最終更新:2010年02月14日 04:14