唯「ん?あれ、澪ちゃん?」

律「へ?澪がどこにいるんだよ?あいつ今日は来れないだろ」

唯「いや、ホラあの黒い浴衣でポニーテールの」

律「あ、ホントだ。おーい、み…」

律唯「!?」

律「と、隣に男!?」

唯「か、彼氏…!?彼氏だよりっちゃん…!」

律「落ち着け唯!私達を差し置いて澪に彼氏ができるわけがない…!ありゃあ何かの間違いだ!」

唯「だだだだだって澪ちゃんの草履直してるよ!」

律「う、裏切り者じゃー!」ウガー!

紬「ぶくぶく」

紬「」バタッ

唯「りっちゃん隊員!むぎちゃんが泡を吹いて倒れました!」

律「想定の範囲内だ!私は澪の監視を続ける!」

唯「ラジャー!」


澪先輩に彼氏?
嘘だよ、何かの間違いだよ。
だって澪先輩、彼氏なんていないって言ってたもん。
澪先輩は嘘つかないもん。

その時の澪先輩は私と同じ黒い浴衣。
本当はすごく嬉しいはずなのにこんなに悲しいの何でだろう。
こんなに胸が痛いのはなんでだろう。

律「おいおいマジかよ…見ろよ唯!今手触れたぞ!」

唯「うひゃー!」

紬「ブクブク」

律「…!」

唯「…!」

紬「」

唯先輩達の声が聞こえない。
何を言ってるか理解できない、脳まで届かない。
それくらい澪先輩に彼氏がいたことがショックだった。
せっかく唯先輩に買ってもらった水風船が、落ちて割れたことにも気付かなかった。

梓「…!」ダッ



唯「お?りっちゃんりっちゃん、あずにゃんが」

律「うはぁ!何か興奮してきた!」

唯「りっちゃん!」

律「あ?」

唯「あずにゃんが走ってどっか行っちゃった」

律「梓が?ははぁん、なるほどな…」

梓「ハアハア…」

どのくらい走っただろうか。
私は人のいない林の奥で膝をついた。
せっかくの浴衣が汚れることなど考える余裕はなかった。

梓「んっ、っは…ゲホッ」

とにかくあそこから逃げ出したくて、
澪先輩が男の人と仲良くしてるのが我慢できなくて。

梓「なんでだろ。澪先輩が幸せなのは嬉しいはずなのに」

なんで涙が溢れるんだろう。
もしここに唯先輩がいたらきっと私を抱き締めて頭を撫でてくれるだろう。
でも、

梓「澪先輩じゃなきゃ…ダメです…」


私は涙を溢すまいと空を見上げる。
空にはこれから始まる花火に劣らぬ綺麗な一番星が輝いていた。

あぁ、星ってこんなに綺麗なんだ。
澪先輩と一緒にこの星を見れたらどんなに幸せだろうか。
手を繋ぎながら
「梓、あれが一番星だよ」
なんて言われたら、どんなに心が温まるだろうか。

でも澪先輩の隣にいるべきなのは私じゃない。
女の私じゃ、澪先輩を幸せにすることはできない。
認めたくなかったけれど、それが真実なんだ。


私は澪先輩の心がずっと輝いていられますようにと一番星にお願いし、
花火の音を聞くことなく帰宅した。



次の日、音楽室

梓「こんにちは」

唯「あずにゃ~ん!昨日急にいなくなってどうしちゃったの?」

梓「ちょっと具合が悪くなっちゃって…」

律「だったら電話くらい出ろよ。心配したんだぞ」

梓「ごめんなさい」

澪「大丈夫か?祭り会場は人混みがすごいから具合悪くなることあるよな」

律「あぁん?なんで澪が夏祭り会場が人混み凄かったってわかるんだ~?」ニヤニヤ

澪「な、夏祭りはいつも混むからな!別に私は祭りに行ったわけじゃないぞ!」

律「おやおや~、私は澪が祭りに行ったなんて一言も言ってないけどな~」ニヤニヤ

澪「う、うるさいっ」

ボカッ

唯「アハハハ、相変わらず仲いいね~」

紬「~♪」

いつもの風景だった。
昨日のことがあったからどこかギクシャクするのかなと思っていたけど、
いつもの律先輩に唯先輩、紬先輩だった。

そしていつもの綺麗で優しい澪先輩だった。



一週間後、私達はむぎ先輩の別荘に合宿にきました。

合宿と言っても律先輩と唯先輩はずっと遊び呆けていたのは言うまでもないけど…。

律先輩の陰謀(?)で練習は夕方の数時間しかできず、
時間のほとんどを海水浴に費やしていました。

こんな遠くまできて、一体何をしてるんだろう…。

あの日以来、私は澪先輩とうまく接することができない。
澪先輩が何か話しかけても素っ気ない返答をしてしまう。

あんな態度とりたくないのに。
本当はもっとたくさん喋りたいのに。

あんな態度を取ってたらいつか嫌われるに決まってる。
でも、それが一番いいような気がした。



澪先輩に嫌われれば、きっと私の気持ちに諦めがつくから。

そう思っていた矢先、この日はなぜか澪先輩と二人きりになる時間が多く、
何か見えざる力が働いているような気がした。

その日は練習に海水浴にバーベキューで私達の体はクタクタ。
みんなすぐに深い眠りについた。



深夜

梓「zzz」

梓「んぁ…トイレトイレ…」

私の隣には澪先輩が寝ている。
呼吸をするたびに澪先輩の大きな胸が上下に動く。
女の私でも少し興奮した。

梓「な、何を変なことを考えてるんだ…!そうだトイレに行こう!」

トイレから戻り、寝床につくと澪先輩の顔がこちらを向いていた。

艶のある唇、大きな胸、綺麗な寝顔、
澪先輩は女として完璧だった。
こんな人を世の男性が放っておくはずがない。

ちんちくりんな小娘の私では初めから叶わぬ恋だったのだ。

梓「澪先輩、ごめんなさい…」

梓「でもこれできっぱり諦めるから…」

梓「好きです澪先輩」

私はゆっくりと澪先輩の顔に近づく。
こうなると変に冷静になるのは何故だろう?
頭は冴え、耳はどんな音でも聞き分けられる。
外で何種類の虫が鳴いているのか、言い当てられる気さえする。

そんなことを考えている内に、私の顔に澪先輩の息がかかるほど近付いていた。
澪先輩の甘い息のせいで頭がクラクラする。

私の唇の1センチ先には、澪先輩の唇があった。

でも、それ以上進めなかった。
これは澪先輩に対する一番の裏切りだから。

梓「優しくて格好いい澪先輩が大好きです」

梓「先輩と一緒に部活ができるだけで私は幸せです」

そう呟きながら、自分の頬に冷たいモノが伝うのに気付いた。
ダメだな私。
最近すごく泣き虫になってる。

澪先輩みたいな、いい女になれないぞ。

「梓」

心臓が止まるかと思った。

澪先輩はまだスヤスヤと寝息を立てている。
声の主は私のもう一方の隣、律先輩だった。

律先輩は何か思い詰めたような顔で天井を見つめていた。

梓「あ、こ、これはですね…そう、澪先輩の顔にゴミが付いていたのでとってあげようと…」

我ながら苦しい言い訳である。

こんな嘘を信じるとしたら恋愛経験皆無か余程の鈍感だろう。
律先輩は少し考え込むように目を瞑ったかと思うと、
急にガバッと起きて私の手を乱暴に引いた。

梓「い、痛い…離して…」

律先輩は私の言葉を無視して部屋を出る。

律「ちょっと話があるから来い」

梓「い、いや…」

律「いいから来い!」

怖くてそれ以上言葉が出なかった。
今まで律先輩のこんな顔を見たことはない。
眉がつり上がり、目は血走っていた。

律先輩はなおも私の腕を引っ張ってズンズン歩く。
肩が脱臼するかと思うほど強い力だった。


別荘の外に出ると、律先輩はやっと私を解放してくれた。
良かった、脱臼せずにすんだ。

律「さっきのこと説明してもらおうか」

梓「さっきって…?」

律「惚けんなよ」

梓「惚けて…ない…」

自分の膝が笑ってるのがわかる。
それほど今の律先輩は怖くて、まるで鬼のようだった。

律「お前、澪が好きなんだな?」

梓「…」

律「何も言わないってことはそうなんだろ。バレバレなんだよ」

なおも律先輩は鬼の形相で話す。
そうか、律先輩も

梓「澪先輩が好きなんですね?」

律「…」

律「ああ、好きだよ。だからお前が―――」

律先輩は思いっきり腕を振りかぶった。



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最終更新:2010年01月02日 20:33