私はとっさに目を瞑る。
1秒2秒3秒。
あれ?平手打ちがこない。

それどころか頭に優しい感触がある。

ゆっくり目を開けると、律先輩は悪戯っぽくニカッと笑いながら私の頭を撫でていた。

律「ビックリした?」

ええ、しましたよ。
しましたとも。
とりあえず、どういうことか説明してください。

律「澪のことは好きだよ」

やっぱり…。
端から見ても二人はとても仲がいいもの…。

律「あと唯もむぎもさわちゃんも好き」

律「もちろん梓もな」

あ、あれ?

律「私の好きは、多分梓の好きと違う。私にとって軽音部メンバーは大切な仲間なんだ」

律「でもまさか梓がねぇ~。ふふ~ん、良いものを見せてもらいましたわん」

梓「な、何がですか!私は澪先輩の顔についたゴミを取ってあげようとしただけです!」

律「ふ~ん、そんな嘘を言うのはこの口か~?ウラウラ」

律先輩は笑いながら私の口を引っ張る。

梓「いたひれひゅー、はなひふぇ~」バタバタ

しばらくそうやって笑いあった後、律先輩は急に神妙な面持ちになった。

律「梓、やっぱり澪は私の中でも特別な存在なんだ」

律「澪を一番幸せにできる奴と付き合っていてもらいたい」

律「だから、澪が納得して選んだんだったら男と付き合っていてもらいたいんだ」

律「私には梓を応援することしかできない。こんなダメな部長を許してくれ」

律先輩は少し悲しそうな顔をしてそう言った。
ダメだ、また泣きそう。
律先輩が私達のことをこんなに想っていてくれてたなんて。

合宿の前に、律先輩みたいな大雑把な人はパス、なんて言ったけれど前言撤回。
律先輩みたいなお姉ちゃんが欲しいです。

律「好きです澪先輩」キリッ

梓「…」

律「あずにゃ~ん、かわええのぅ」ダキッ

梓「…」

律「なぁなぁ、さっきの私ちょっと格好良くなかった?」

梓「…」

律「私には梓を応援することしかできない。こんなダメな部長を許してくれ」キリッ

梓「…」

律「ぶははは、自分で言ってて腹いてー」

私達はこんなやり取りをしながら寝室に向かった。
寝室に着くまでの時間がえらく長く感じたのは言うまでもないだろう。
前言撤回を撤回しようかな。



合宿から一週間後

律「と、いうわけなんだ。みんな、梓を応援してやろうぜ」

梓「ぁぅう…」

紬「~♪」

唯「あずにゃ~ん、私のことも好きじゃないとイヤイヤ~」ダキッ

梓「唯先輩も好きですよ」

梓「でも…澪先輩はもっともっと大好きなんです」

律「や~っと素直になりやがって」

梓「えへへ…」

唯「頑張れあずにゃん♪」ナデナデ

紬「ぜひとも男から澪ちゃんを奪ってね!絶対に!」

律「まかせとけよ梓。お前が澪に告白しやすいようにセッティングしてやる」

私を見る律先輩の目はとってもとっても優しくて。

律「私達にできるのはここまでだからな。澪と男が別れるような工作はできないぞ」

それで充分です。
律先輩、こんなちんちくりんな私に勇気をくれてありがとう。

唯「あずにゃんなら可愛いしいい子だからきっとうまくいくよ!」

唯先輩、抱き付かれて暑苦しいなんて思っててごめんなさい。
唯先輩がいなかったらこの部にこんなに溶け込めてなかったと思います。
ありがとう。

紬「梓ちゃん!絶対に澪ちゃんを奪うの!絶対によ!」

…はい。

みんな大好き。
この部に入って先輩達と出会えて良かった。
澪先輩を好きになれて良かった。

今まで音楽を続けてきて良かった。
こんなにいい人達と巡り会えたんだもん。


ガチャ
澪「ういーす、みんな久しぶり」

律「ああわわわおおおっす!」

せせせ先輩、あわあわあわ慌てすぎです!

澪「何を緊張してんだ?おかしな奴だな」

唯「ほほほ本日はお日柄もよく…」

澪「…?みんなどうしたんだ?」

律「澪、今日部活が終わったら梓とデートしてやってくれないか?」

!?
あまりにストレートすぎませんか!?
うまくセッティングすると言ったのに。

澪「デートって…?んーよくわかんないけど今日はちょっと無理…かな」

律「なんでぇ」

澪「ちょっと用事が…な」

嫌な予感。
胸騒ぎがする。

律「男…か?」

澪「―――!」

澪「な、なんの話だ?」

律「この間夏祭りで見たんだ。澪と男が仲良く歩いているところを」

澪「それは…」

律「はっきり言え。今日は何をするんだ?あの男は澪にとって大切な人なのか?」

嫌だ。
聞きたくない。

澪「ああ、この後男に会うよ」

―!

律「そうか…澪にとって大切な人なんだな?」

澪「まあ…うん。そうかな」

律「そっかそっか。な、なんだよ!黙ってることないじゃんよ!私達に隠し事なんてさ!」

澪「色々煩そうだったからな」

澪先輩は私が思っていたよりずっと大人だった。
男との関係をあんなにサラッと言っちゃうなんて。

律先輩は慰めるような顔で私を見つめる。
私は精一杯の作り笑顔を返した。
涙は溢さなかった。

澪「そんなことより練習しよ、練習」

律「そんなことってお前…」

唯「あずにゃん…」

なんで唯先輩が泣きそうな顔をするんですか。
逆に良かったですよ。
あんなにはっきり澪先輩の気持ちが聞けたんだから。

それよりむぎ先輩を心配してやってください。
今にも泡を吹いて倒れそうですよ。

ジャジャ、ジャジャ、ジャーン

澪「ん~…」

澪「なあ、梓。今日は調子が悪いのか?」

さすが澪先輩だ。
音を聞いただけでその日の調子がわかるなんて。

梓「ええ、ちょっとまだ合宿の疲れが残ってて…」

嘘で誤魔化す。
精神的な疲れ、ということであれば嘘ではないけれど。

澪「そっか、あんまり無理しゃダメだぞ」

言いながら澪先輩は私の頭を撫でる。
その手つきは唯先輩や律先輩よりも優しくて、
私の全てを包みこんでくれそうな気がした。

思いっきり抱き付きたかった。
抱き付いて澪先輩の胸でわんわん泣きたかった。

でもそれはできない。

澪先輩の胸は私のモノではないし、
もはや告白することすら許されないのだ。

澪「それじゃあ私は先に帰るからな」

鞄を肩にかけ、扉に向かう澪先輩。
4人は黙って澪先輩の背中を見つめていた。

澪先輩が音楽室を出たら私の恋は終わり。
この夏は私の初恋の夏として一生忘れないだろう。
所謂一夏の淡い思い出ってやつ。
ちょっと臭かったかな?

律「澪!」

律先輩以外の全員がその声に驚いた。

律「梓とデートしてやってくれ…頼む…」

律先輩、もういいんです。諦めはつきましたから。

唯「私からもお願い!」

紬「澪ちゃん!」

澪「さっきからデートってのがよくわからないけど…とにかく、今日はごめん。じゃあね」

音楽室の扉が閉まる。
それと同時に、私の恋も


終わった。


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最終更新:2010年01月02日 20:35