律編とオリキャラ編の、交互で二部構成です。
オリキャラの名前は別スレの方からいただきました、許してね。
幸・壱
春。
進学に就職。クラス替えに職場異動。寮生活に一人暮らし。
そんな新生活のスタートとなる季節は、この街にも例外なくやってきた。
私の名前は横山 幸(さち)。
親の異動で引っ越してきたこの街の桜ヶ丘高校に入学する、ホヤホヤの高校一年生だ。
中学時代、運動部と文化部を掛け持ちしてたものの、
ボールを追いかける傍ら、楽器の演奏練習をする、そんなハードな日課をこなせるほど私は器用でなかった。
せめて高校では文化部一本にしぼって、マッタリと三年間を過ごしたいと思ってたんだ。
幸「こんにちはー!入部希望なんですけど……」
私はほぼ迷うことなく部活を決め、軽音部の扉をたたいた。
ガタッと派手に椅子を引く音がして、まちきれんとばかりの勢いで扉が開かれた。
「はいはい!入部希望!?わはぁぁぁ!さ、入って入って!」
袖をムンズとつかまれ、音楽準備室の中に引っ張りこまれた。
「入部希望者だぞっ!
ムギっ!お茶の準備だぁ!!」
「はい♪」
ムギと呼ばれた先輩はそそくさとティーセットを用意する。
……ってかティーセットがあるよこの部屋……。
幸「横山 幸です!新歓ライブ見ましたっ!
私この部に入部したいです!」
まずは自己紹介。大事な“通過儀礼”だ。できれば明るい子だなぁって思われたいし。
「キーボードを担当しています、三年の
琴吹紬です」
綺麗な金髪をした、育ちの良さそうなお姉さんだ。
髪をツインテールに束ねた、小柄な先輩だ。
……なんだか抱きついてみたいかわいさがある。
「んで、私が部長やってる、ドラム担当の三年
田井中律だ!よろしくな幸!!」
活発そうな部長さん。カチューシャがとても似合ってる。
不本意ながら、これまで「さっちゃん」「さっちん」としか呼ばれることがなかった私にとって、
初回から「幸」と呼んでくれた先輩には、なんだか無意味に好感が持てた。
……あれ、でも……
幸「よろしくお願いします!!
あれ、でも田井中先輩は新歓のときギター弾いてませんでした?」
確か、そうだ。
律「下の名前、律でいいよ。
あ、うん。そうだな。ただ私本職はドラムなんだ」
幸「本職がドラムなのに、ギターがあれだけ弾けるなんて凄いですよ!」
律「まぁな!!めちゃくちゃ練習したし」
紬「ふふ♪ところで幸ちゃんはどんな楽器を弾くの?」
幸「うっ……。そ、その……。
律先輩がドラムだって知らなくて……。私ドラムなんですけど必要ないんじゃ……?」
次の瞬間、私は三人が三人とも違う表情をしたのを見逃さなかった。
紬先輩はどこかホッとした表情、律先輩はなにか不満そうにむくれた顔。
そして梓先輩は二人の顔色をおそるおそるうかがっている、そんな感じだった。
紬「ちょ、ちょうど良かったじゃない?ね、りっちゃん?
これでギターに専念できるじゃない!」
律「……」
律先輩は押し黙ったままだ。
私がドラムだとやはりまずいのだろうか。新規参入の私が部の秩序を乱すわけにはいかないよね……
私が楽器の変更を申し出ようとした、その時……
紬「…………唯ちゃん」
律「ムギ!!!」
私を含めて全員がビクッと体を硬直させた。
誰かも分からないその名前は、かなり律先輩の癪にさわったらしかった。
大声で紬先輩を制止、わなわなと体をふるわせている。
律「その名前は口にするなって言ったろ!」
紬「ごめんなさい!……りっちゃん……」
なんだ……?場の状況が飲み込めない。唯?
幸「あ、あの……」
会話の真意が分からない私はこう続けるしかなかった。
律「えっ?……あぁ悪いな幸!おいてけぼりにしちゃったな!
悪い悪い、気にしないでくれ!」
律先輩は瞬時に明るさを取り戻した。……けむに巻かれた感じだ。
幸「は、はぁ……」
律「そうだなぁ、幸がドラムやってくれるなら助かるよ!
私もギターに専念できるし、その方がみんなやりたい楽器できるしな!」
紬「りっちゃん!」
紬先輩も梓先輩も嬉しそうな顔をする。
梓「良かったね、えぇーと、さ……幸!ドラム期待してるよ!」
後輩相手にまだ慣れてないのだろう。目線を伏せがちに、顔を赤くして後輩を呼ぶ梓先輩は可愛らしかった。
幸「す、すみません律先輩!紬先輩も梓先輩も。なんだか私がわがまま通しちゃったみたいで……あの、私一生懸命練習して皆さんと演奏できるよう頑張ります!!これからよろしくお願いします!!」
紬「こちらこそよろしくね、幸ちゃん。
あ、あと私のことはムギでいいわよ?」
梓「先輩……先輩……ハッこちらこそですっ!」
律「梓ー、敬語出てるぞー。
よろしくな、幸。一年間頑張ろうぜ!」
幸「はいっ!」
良かった、私なんとかやっていけそうだ!
ちょっと不穏な空気があったけど、大雑把な私はまるで気にしていなかった。
律「よっしゃー!!軽音『部』昇格を祝ってぇ!!」
一同「かんぱ~い!!」
ティーカップの縁が陽気に口笛をならす。
…………って!
幸「えぇー!今結成なんですかぁ!?」
紬「うふふ♪まあそうなるのかもね」
律「なにしろ部の条件は四人以上の入部が必要だったからなぁ」
梓「昨年までは同好会だったんだよ?
それでも、ムギ先輩の家で練習してたけどね」
幸「そうなんですか。でも練習なさってたことに変わりはないですよね!
私も頑張って追い付きたいと思います!」
今年度、部として誕生した、と聞いてなぜか急に先輩方が身近に、親密に感じた。
軽音部スタートの一員として、先輩達と一緒に名前を刻めるんだから。
一生懸命練習して楽しい高校生活を送ろう!!
決意を胸に、私の、新しい街での生活は始まったのである。
律・壱
唯「ストーカー?」
その日は見事な秋晴れで、いつにも増して、軽音部はのんびりと放課後のティータイムに興じていた。
パンケーキをほうばりながら、唯がはふはふと答える。
うつらうつらしていた私も、澪の突然の話に、起きかけの聴覚を働かした。
澪「そおなんだよ!!昨日律と別れたあと誰かにつけられたんだ!!」
さっきから澪だけそわそわしていると思えば……
存外、深刻な話だった。
律「勘違いじゃねーの?大方、帰る方向が一緒だったサラリーマンだった、とかさ」
唯「澪ちゃんなら、猫でも怖がりそうだもんね」
うん、澪ならありうるな。
澪「ホントだって!!
あれは……あれは勘違いなんかじゃない!!」
澪が食い下がる。
話をまともに聞いてもらえず、涙目になっている澪。
やっぱかわいいなぁ。からかうのはやめてやるか。
紬「まぁまぁま(ry
最近世間も物騒ですし、澪ちゃんの言ってることが本当なら、気を付けないと」
ゆっくりとした口調でムギ嬢が場を落ち着かせてくれる。
梓「そうです!澪先輩にもしものことがあったら……
唯先輩も律先輩も、もっと心配すべきです!」
軽音部に入部してはや五ヶ月、もうすっかり“ダメになって”しまった我が部の猫ちゃん。
律「さっきまで日溜まりでごろにゃんしてたくせに、急にはりきりだしたなぁ」
梓もからかってやると、う、と言って顔を赤くする。
律「分かってるって、澪!からかって悪かった!
そうだな……しばらく家まで送ってやるよ!」
澪「ほ、本当か!?ありがとう、律!」
当たり前だ。澪になにかあったらたまんない。
律「当たり前だろ?怖がり澪しゃんは私が守ってやらないとだなぁ!」
澪「う、うるさいっ!」
素直に『澪が大事だから』なんて、とても言えない。
いつもの照れ隠しだ。
唯「ねぇねぇムギちゃん」
紬「どうしたの唯ちゃん?…………あぁ、お菓子が食べたいのね?」
唯は返事の代わりに、とびきり幸せそうな笑顔で首肯した。
ムギは、しかし、全く嬉しそうにお茶菓子の準備をし始める。
もはやみんなに給仕することは、ムギの楽しみの一つとなっているのだろう。
梓「深層心理が表にでるって怖いですね……」
律「もろに顔に出てるもんな……ってか話聞いてろよ、緊張感ねぇなぁ」
唯「だって後ろからついてこられるだけでしょ?危なくないし、怖くないじゃん」
菓子をほおばりながら、唯が呑気に応じた。
危機感のなさは唯らしいなぁ。
澪「いや怖いって!!」
紬「そうよ唯ちゃん?ストーカーがエスカレートして殺人事件まで発展することもあるのよ?
相手を思いすぎるあまりに、ね。歪んだ愛、というものなのかしら」
唯「ほぇ!?そうなのムギちゃん!?
……気を付けてね、澪ちゃん!」
ひとごとかよっと澪のツッコミがはいる。
えへへーと笑う唯。
律「殺人かよ……ヤバいな。
ま、なんにせよ、だ!しばらく気を付けて下校しようぜ!」
―――
―――――
―――――――
帰り道!
律「ここまでは特に変わったことはなかったな」
梓「そうですね。いつもの解散場所まで来ちゃいました」
律「ここからは私が責任もって澪を送りとどけますっ!」
唯「うん、気を付けてねりっちゃん隊員!」
唯がビシッと敬礼を返す。
紬「ホントに気を付けてね……?」
澪「う、うん……たぶん大丈夫だよ……それに今日はでないかもしれないし」
澪のヤツビクビクしてんなー?
大丈夫っ!!私が守ってやるって、安心しろ!
唯・紬・梓「それじゃまた明日!(です)」
律・澪「(お-)またなー」
―――
―――――
―――――――
律「大丈夫だって澪!
というか本当に勘違いかもしれないぞ」
後ろが気になるのだろう、そわそわと、しきりに背後をふりかえる澪を私は勇気づける。
澪「信じてくれ、律!昨日のは間違いなかった!
私のペースに絶対合わせて歩いてたし……それに、勘違いならそれに越したことはないよ……」
律「そ、そうだな。……言っとくけど、澪のこと疑ってるわけじゃないぜ?」
澪は本気で怖がっているように見えた。部活のときからそうだが、冗談だなんて毛頭思ってない。
律「私は澪を信じてるよ!」
澪の顔に少し安心の色が戻ったようだ。澪にはいつも笑顔でいてほしい。
ストーカーへの畏怖を少しでも払拭させようと、たわいもない世間話を持ち出す。
話も弾み出し、このままなにごともなく家にたどりつけそうだ、そう思っていたら……
…ジャリッ
律・澪「!!!」
その音は、まるで無音の世界でその音だけが鳴り響いたように、私の耳にはっきりと聞こえた。
隣の澪の膠着具合からして、おそらく澪にも聞こえたのだろう。
澪「り、り……」
律「あ、あぁ……」
澪はもう呂律も回っていない。
しかし……私もそうだ。言葉をしぼり出すのに精一杯だった。
これは…………
これは……確かに怖い!!
分かる。見られている。ソレの視線に舐められるように。
背中がジトッとしてくる。冷や汗が止まらない。
首さえ動かせたら、犯人の姿も自ずとわかるだろう。
だが。動かない。動かせない。
どうした私のからだ。動け、動けよ。澪を守るんだろう?
澪は、私が傷つけさせない!
律「クソオォォ!」
私は大声を出して体の呪縛を解き、おもいっきり右足で大地を踏みつけた。
足を軸に一気にからだを反転させる。
数m後ろの電柱の陰から現れたのは……
唯「イェイ☆わたしだよンッ!」
って!
律・澪「おいぃぃぃッ!!!!!」
澪「なんで唯がいるんだよ!?」
唯「えへへー、お二人さんがあまりに仲良さそうに帰ってくの見て、つけてこっかって。ね、ムギちゃん?」
紬「はい♪」
律「うひゃぁっ!?」
反対側の電柱からヒョコッと顔を出す。忍者かおのれらは!!
紬「唯ちゃんがどうしてもって聞かなくて♪」
梓「私のレーダーが反応するわッって言ってつけだしたのムギ先輩じゃないですか」
澪「あ、梓までぇ」
澪がその場にへなへなと崩れおちる。
私にも一気に安心感と脱力感が襲ってきた。
律「お・ま・え・ら・なぁぁぁ!めっちゃめっちゃめぇぇっちゃびっくりしたぞ!!」
紬「ごめんなさい、驚かすつもりはなかったんだけど……」
律「いやいや、これ以上はないってくらい驚かしてくれてありがとう!!」
唯「どういたしまして~」
律「誉めてねぇっ!!」
梓「ほんとにすみませんでした。……澪せんぱぁい?」
澪は泣きながら口をパクパクさせている。……うん、私も泣きそうだった、正直。
唯「りっちゃん隊員だけだと力不足だよ~。やっぱ私達もいないとね!」
律「なにお~?あのなぁ!!おまえらがいなくたって、私一人で澪くらい守れるわい!!」
紬「まぁまぁ、今日は大丈夫だったことですし」
律「そうだな……予想以上にストーカーって怖いんだな」
唯「ほぅ?」
なんでもねぇよ!と強がる。
梓「でもこれからもこんな恐怖に脅えるのはやですよね……
何かいい方法はないでしょうか?」
唯「あっそおだ!明日土曜日で休みでしょ?
みんなでお店に対策グッズ買いにいこーよ!」
澪「対策グッズ?」
澪がようやく口を聞けるようになった。
対策グッズ?唯がまた変なこと言い出すんじゃ……
唯「ほら例えばおっきな音がなるヤツとか身を守る武器とか」
紬「防犯ベルと護身刀?」
律「刃物?物騒だな、おい。」
梓「とか言って先輩はみんなと買い物に行きたいだけじゃないですか?」
唯「えへへー。……はっ、澪ちゃんの心配してるんだよ、もちろん」
うんうん、と唯が殊勝にうなずく。
梓の指摘のほうが的を射てるなこりゃ。
澪「私は……構わないよ?」
一同「さんせー!(です)」
律「じゃ、明日の昼、駅前商店街集合なっ!……唯遅れるなよ?」
唯「了解しました、りっちゃん隊員!」
本日再敬礼だ。残念ながら甚だ疑わしい。
澪「じゃ、私達家すぐそこだから。……ここまできたら怖くな、ないぞっ!」
律「今度からストーカーに遭ったらダッシュだな!」
梓「普通はそうする……あいてっ」
天誅っ!そんなに私達怖がって見えたか?お?
紬「では、また明日」
澪「解散だな」
梓「律先輩、澪先輩を家までお願いしますね?」
律「分かってるって!私一人で全然大丈夫!
そんじゃあし…………」
瞬間
ゾクッ、とした。
俗っぽい言い回しがこうも当てはまるほどに、背筋が凍りつく。
さっきのあの視線だ。
あの視線だ。……見られている。明らかに敵意を持った者の目だろこれは……
とっさに周りを見回す。……誰だ?……誰なんだ?
瞬間的に出処を探りだした私は、小さな声で呟いた。
律「……唯?」
幸編、律編・壱終わり
最終更新:2010年02月21日 03:35