幸・弐


幸「こんにちはー」

紬「こんにちは、幸ちゃん。
今日はフルーツジュレよ♪今流行りのヒアルロン酸入り♪」

ムギ先輩は今日も笑顔でお茶菓子をふるまってくれる。

幸「わあぁぁ!おいしそうです♪どんどんぐれーどあっぷしてる感じですよね。
いつもいつもありがとうございます!」


紬「いいのよ、たんと召し上がって♪」


鞄を長椅子に放り、席につく。
スプーンでふるえるゼリーをすくいとり、口へ運ぶ。
どこかで冷やしてたのか、と思うほど冷たいゼラチンがほてった喉をとろけ落ちた。



軽音部に入部して一ヶ月半、街にも学校にも慣れてきた。

音楽室の扉をくぐるのも、はや50回か……早いものだ。

紬「幸ちゃん、調子はどう?」

ムギ先輩はティーカップを口に運んだ。窓から入る涼しい風が、ふわりと金髪を撫であげる。
三時のティータイムがこれほど似合う女性もいないのではないか。

幸「はい!ドラムの方はだいぶ勘が戻ってきました。
返却されたテストは散々でしたけど……」

紬「幸ちゃんならしっかりしてるから大丈夫よ♪
次で取り戻しましょう。私も頑張るから♪」


どうやら私はしっかり者に見えるらしい。
あはは、と苦笑い。


梓「横ちゃん、食べ終わったら早く練習しよっ」

梓先輩はまるで私が親友であるかのように後輩を可愛がってくれる。
今日も練習熱心だ。早くもベースを取り出している。


幸「はぁぃ!横ちゃんすぐ行きま~す!」

元気よく返事をかえす。
横ちゃんとは梓先輩が使う呼び名だ。幸と呼ぶのは恥ずかしいとのこと。
新しい呼び方、私は好きですよ?先輩。


幸「あれっ?律先輩は今日はどうしたんですか?」

紬「りっちゃんは今日は月例のクラブ部長の集会ね。
遅くなるだろうから、先に練習始めてましょうか」

幸「は~い!」

最後の一口を味わいながら流し込み、設置されたドラムの方へ向かった。


椅子に腰掛け、個別練習に入る。
運動部の忙しさのあまり、軽音部に出られず、ドラムをほとんど触る機会のなかった私も、最近ようやく感覚を取り戻してきた、という感じだ。


ジャーン

ドラムの音に負けない、ベースの重低音が響く。
梓先輩は最近同じパートを繰り返し、練習している。
……なかなか上手くいかないみたい。

梓「ふぅ、やっぱり四本は慣れないなぁ」

幸「四本?今弾いてる部分のことですか?」

梓「え?あ、あぁなんでもないよ。うん、ここ難しいんだ。
……頑張らないと」

そう言ってうつむいてしまった。

梓先輩のベース演奏は上手だと思う。それに練習にここまでひたむきにうちこめるのはすごいことだ。
しかしたまに違和感のようなものを感じるのは気のせいだろうか?

例えば、梓先輩がベースを持つポーズはキマってるし、ストロークからも、長年やってきた、という感じを受ける。

だが、そこそこ簡単だと思われる場所で間違えることがよくあるのだ。
あと、たまに弦を押さえる指が泳いだりする。

なんと言えばいいか、そう、『楽器に苦心している』、そんな印象をうけるのだ。


幸「せんぱぁーい」

梓「にゃっ!」

元気づけようとして後ろから抱きついたら、驚かれた。
……先輩は猫ですか?

梓「もぉっ!びっくりするじゃん!
……大丈夫、落ち込んでないよ?」

梓先輩は顔を赤くしながらも、優しい表情で後輩を気にかけるのを忘れない。
ほんとにいい先輩だ。


幸「ふふ、先輩抱きつきやすいんです。あったかぁい」

先輩に少し寂しげな表情が浮かんだ。

紬「うふふ♪ほんと仲良いわね二人とも」

幸「先輩方すごく面倒みてくれるんで、私もつい甘えちゃうんです」

私が梓先輩に抱きつく時、いつも以上にムギ先輩はニコニコする。
……いやニヤニヤかもしれない。


ムギ先輩は、うん、どちらかと言えば率先して練習しないほうだ。ちなみに律先輩もそう。
なのに二人とも担当楽器はすごく上手い。三年間そうとう練習してきたんだろう。


ムギ先輩は、時折、遠い目をして窓の外を見つめている。なんとなく哀愁を感じてる大人の女性に見えて、妙に色っぽい。
ただ、そういう日には練習の方に身が入らないみたいであるが。


梓「ムギ先輩も練習しましょうよー」

紬「え?……えぇそうね……」

どうやら今日はそんな日らしい。


と、そこでドアがいきおいよく開いて、律先輩が入ってきた。

律「いやー、終わった終わった!」

梓「お疲れ様です。意外に早かったですね」

律「ん? あぁさわちゃんにプリントもらってちょい話聞くだけだったからさ」

さわちゃんとは、顧問のさわ子先生。
私は今年度からの新任教師と聞いているが……
昨年謹慎処分となっていたとの専らの噂である。


律「今日はやる気しないなー。ムギ、お茶ー」

梓「もぅっ!練習しましょうよぉ!」

紬「まぁまぁ、梓ちゃんも幸ちゃんもお茶にしましょ?」

幸「梓先輩、ちょっと休憩しましょ?」

う゛ーと言って席につく梓先輩。

私はこの放課後のティータイムが気にいっていた。
練習より、ティータイムの時間が長いことにも特に抵抗なく楽めた。

とりとめのない話に花を咲かせる。
やっぱり何が楽しいかって、雑談している時が一番楽しい。


律「そんな焦るなよ、梓。
今年の文化祭までまだ五ヶ月以上あるんだからさ!」

梓「文化祭……そうですね……」

先輩の表情が陰る。

幸「ん、梓先輩どうかしました?」


梓「えっ? ううん、軽音部で初めての文化祭だなぁって思ってさ……」

幸「そうですね!それまでに完璧にできたら……
それにしても、今練習している曲オリジナルですよね!?
独創的ですけど、誰が作曲したんですか?」



とたん、場が水をうったように静かになった。
や、やばい。まずったかも……。


や、やばい。何か私まずいこと言っちゃったかな。

幸「す、すみませんっ」

とりあえず意味もなく誤る。

律「わ、」

律先輩が声を上げたので、私は嘆願の目で先輩に場のフォローを求めた。

律「私が作曲したんだぁ!あはははは!
独創的で悪かったなこのやろ~!」

幸「えっ、そ、そうなんですか!?
いや、あの……」

幸「そのぉ、上手い言い回しを使った良い曲だなぁ、と思って」

あはは、と軽く笑って流せた。
先輩達の様子は、どうも腑に落ちないな、とは思ったけど。


紬「あ、雨……」

窓にふと目をやったムギ先輩の言葉に外を見やると、ザァァと大粒の雨が降り出していた。



梅雨。温かいあめ。
まるで『これから暑くなるぞぉ!溜めとけよ!』とでも、お天道様がいっているようだ。


律「雨かぁ……」

律先輩が、どこか感慨深げにつぶやく。



誰もしゃべらなくなった。

みんながみんな、心ここにあらず。別々の一点をぼんやり見つめている。


作詞で?

雨で?


軽音部に入部して一ヶ月半、
この軽音部には、私の知らない過去があるのかもしれない。

そう私が初めて感じた日であった。


季節は六月・梅雨。
立ちこめる湿気が、夏の到来を示唆していた。



幸編・弐終わり



律・弐


唯「ごめんねー遅れちゃったぁ」

律「てぃっ!やっぱ遅れてんじゃねーか!!
いいだしっぺが遅れるな!」


唯の肩にチョップを繰り出す。
今に始まったことじゃないから、もうさすがに慣れたよ、唯。


よくじつ、私達は予定通りに、買い物をするため駅前商店街に集まった。
夏休みは練習、宿題となんだかんだで忙しかった。みんなと買い物にくるのは、合宿の買い出し以来になるだろうか。
なんにせよ、澪を含めて全員が買い物を楽しみにしているようだった。



唯「えへへーごめんごめん。
それにしても買い物久しぶりだねー。今日はいっぱいお金持って来ちゃった!」

唯なら何をやっても『えへへー』と『ごめんねー』のコンボで許されるよな。

澪「おーい、当初の目的を忘れるなー」

澪が恨めしそうに唯をトントンとたたく。

梓「それじゃ、行きましょうか。………分かってます、唯先輩、服からですね?」

唯「やったぁ!!さすがあずにゃん!!大好きだよぉ」

梓「えへへ……ハッ、も、もちろん澪先輩の用事も忘れてないですよ!?」

梓……唯と澪、両立は難しいぞぉ?

澪「いいよぉ!服からでもっ!!」

紬「ふふ♪」


律「そんじゃ行くかっ!」


今日、私は買い物以外にもうひとつ目的があった。

唯のことだ。

気のせいならいいんだ。
あのストーカーを思わせる目線が唯のものなんて……
むしろ気のせいであってくれ……


―――
―――――
―――――――

唯「ぷっはぁ、いっぱい買ったねー!!」

澪「結局私もたくさん買っちゃったな…疲れた……」
梓「お疲れ様でした。澪先輩が買ったレギンス私もいいと思いましたよ」

澪「あ、ありがと」

澪はみるみる赤くなって、声はデクレッシェンド。
私もかわいいと思うぞ、自信もて!


律「それじゃ目的の品探しにいくか!!」

紬「そうね、夕飯にはまだ時間もあるわ」

―――
―――――
―――――――


やってきたのはこぢんまりとした店。
防犯専門店と銘打ってある。分かりやすい。


唯「こういうお店だよね?
あ、あったよ防犯ベル!!護身刀もある!!」

澪「ベルは分かるけど、護身刀なんて持ってもいいのか?銃刀法に違反するんじゃ………?」

律「銃刀法って……やっぱ物騒だぁ」

律「銃刀法って……
まぁいいんでない?何もみだりに振り回すわけじゃないしさ」

紬「護身刀って威嚇用ですしね」

見ると意外にも種類は豊富だ。
すると唯がお目当てを見つけたらしく、そっちの方へ駆けていく。

唯「ねーこの刀かっこよくない?
柄に天使?が彫りこんであるよ!」


なるほど、確かにその刃渡り20cmほどの刀の柄には天使の絵が刻まれていた。
紬「ラファエロの聖母子像ね。上手に描いてあるわ」
その聖母は優しい微笑をたたえこちらを見ている。
本当に上手に彫りこんであり、そのリアルさがかもす深遠さが、御利益があるのでは、と思わせた。


唯「こんな刀で刺されたストーカーさんは、間違いなく地獄いきだね!」

律「わっ!こっちむけんな!」

梓「怖いこと言わないでくださいよ唯先輩。使わないに越したことはないんですから」

澪「そうだぞ!…まぁでもかわいいな、買っちゃうか」

律・紬「え」

かわいい、とは大分違う気が……

澪「だってかわいいじゃん、律もそう思うだろ?」

律「えぇー!趣味悪ぃ!澪はやっぱ変なとこでセンスが独特だな」

唯「いいじゃんいいじゃん、テンスみたいな澪ちゃんにはぴったりだよ!!」

澪「」

紬「ふふ♪」

梓「ムギ先輩笑うところじゃない気が……」

大方最近インターネットでみかける言葉を誤用したのだろう。確かに笑うとこではないな(笑)

―――
―――――
―――――――

律「結局ベルも刀も買っちゃったな」

紬「刀といってもナイフくらいの大きさだから、大っぴらに人前に出さなければ大丈夫ね」

澪「そうだな、しばらく携帯してみるよ。あっでも」
律「?」

律「?」

澪「あの、さ……しばらくは家まで送ってくれるないか?
律はさ、その……やっぱ頼りになるからさ」

萌え萌えキュ(ryだ。
ウルウルした目で、たまに素直にこういうことを言うから困る。

律「澪…… 仕方ねぇなあ!!頼られてあ・げ・る♪
ほらみろ!あたしは唯隊員より頼りになるってよ!!」
唯「ぶー」

梓「よかったですね律先輩」

律「う、梓にいわれるとあたしが子供みたいだ……」
紬「ふふ♪」


澪「じゃ、今日はここで解散しよっか」

唯「うん、そだね。憂が晩御飯つくって待ってるよぉ」

梓「お疲れ様でした」


特に何事もなく買い物終了ぉ!やっぱり五人だと安心するよな。
観察してたけど唯にも特に変わったことはなかったし。澪にも頼られて気分は上々!!
明日もいいことありそうだ!!


律編・弐終わり



最終更新:2010年02月21日 03:53