律・参
それから約二週間、私は澪を澪の家まで送った。
その途上で不審者に会うことは一回もなかった。防犯グッズもお役御免だ。
あれを澪の勘違いだと考えることもできる。実際ムギも梓も、そう考えてるらしかった。
ただ後ろを歩いていた人をストーカー扱いするなんて思い上がりだ、なんて……そこまでは言ってないけども。
でも私は澪を信じている。
なによりあの日の澪はほんとに脅えてたから。自分で作りあげた話に、あそこまでは脅えないだろう。
九月ももう終わろうかという今日、私はさわちゃんに呼ばれて居残ることになった。
律「なんか月例のクラブ部長の集会だって、今日は先帰っててくれ」
澪「えっ!?……う、うん。
……大丈夫だよ、途中まではみんな一緒だし。心配しないで、律?」
律「あぁ悪いな!気を付けて帰れよな!」
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律「なんだよ、書類提出だけかい!」
さわ子「いいじゃなーい、早く終わるほうが。
それより澪ちゃん大丈夫なの?」
私たちはもちろんこのことを顧問にも相談していた。……とくに安全策が講じられることはなかったが。
私が妙にそわそわしているのを見て、感づかれたようだ。
さわ子「でも二週間もたつわよねー。
そろそろりっちゃんのお守りも必要ないかもね。澪ちゃん一人で大丈夫なんじゃなーい?」
……何が、大丈夫なんじゃなーい?、だ。
私が必要ないって言われたような気がして、ちょっとムッときた。
律「澪は私がいないとダメなんだよっ。
ってかみんなさっき帰ったばかりだよな……走れば追い付くかも……。
そいじゃね、さわちゃん!!」
さ「忙しいわね~。はぁぃ、気を付けて……ね~」
さわちゃんは大きくあくびをした。
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律「ハァ、ハッふぃ~、解散場所では追い付けなかったか。澪はもう帰ったかな」
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あっ澪だ。なんだろ、妙に早足だな。
こわばった首筋、固まった体を無理に動かそうとしている、ギクシャクした歩み。
……って!!まさか……今ストーキングされてるのか!?
どこだ、どいつだ!?澪を怖がらせるヤツは私が許さない!!
澪「!!律ぅ、助けてぇ!」
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律「澪!!大丈夫か!?つけられてたのか!?」
私は急いで澪のもとに駆け寄った。
澪「ヒック、うん……ま、間違いない……」
う、後ろに……後ろに人が歩いているなとは気づいて、いたけど……
お、追い掛てきたんだ!!す、すごい勢いで……そ、その……後ろ振り向く暇もなくて……」
かわいそうに、澪は芯まで震えていた。
顔は青ざめ、呼吸は荒い。
……まてよ、そいつは今もこの近くにいるんじゃ……。
澪「い、今は……?今は後ろに誰かいない?」
同じことを考え、澪がことさら脅えた声で私に尋ねる。
私は急いで通りを見渡した。
すっかり暗くなった空の下、家並みと路地を照らすのは消えいりそうな街灯だけ。
街灯の照らさない路地端の闇が、もう人を消してしまっていた。
聞こえるのは紅葉しかかった木の葉を、風が吹き抜ける音だけ……。
律「だ、大丈夫そうだ。とにかく早く家に帰ろう!」
私だって怖い!
あの視線を感じたから分かる……ほんとに殺されるっ……!
そのあと私たちは走って澪の家までたどり着き、澪を送り届けたあと、私も一目散に家へ駆け込んだ。
律「なんだよ、マジでストーカーかよ!!シャレになんねーって!」
ムヴィーンムヴィーン
律「ん?」
律「電話? !!澪からだ!」
急いで電話にでる。
律「もしもしッ!?」
澪「律……?」
律「澪ッ、どうした!?」
声がか細い。消え入りそうだ。何かあったのか、と気が気ではない。
澪「いや、特には………
その、今日のことで…」
どうやら澪は家で安静にしているようで、私はいくぶんか安心した。
……澪は続ける。
澪「こ、怖かった…ほんとに後ろ振り返るヒマもなく……なくてッ……ほんっ……殺されちゃうんじゃないかって」
泣いていた。澪は泣いていた。切れ切れに聞こえる澪の嗚咽が私の胸を閉めつける。
同情と一緒にストーカーに対する言いようのない怒りが沸き上がる。
……澪に……けなげな澪にこんなことしやがって!
澪「でもね」
澪の声の調子が少ししっかりした。
律「?どうした澪」
少しの沈黙……
私は澪から何か言うのを待つ。
澪「律が助けにきてくれて嬉しかった……。
ほんとに怖くて……こ、殺されちゃうんじゃと思って……
軽音部のみんなや……律に会えなくなっちゃうと思うと、足、動かなくて……」
律「……うん……うん……」
澪「でもね……?」
澪「でもね?……でも律が見えた瞬間、怖さの半分以上安堵に変わっちゃったよ。
律が来てくれただけで助かったような気がしてさ……」
澪「律は……律はこれまでも私がいてほしい時にそばにいてくれたよね?
難しいことなのに、律は当たり前のように来てくれた……今日も。
ほんとに感謝してる。ありがと」
ありがとう、律。大好きだよ。
律「み…お…」
怖い思いをしたのは澪なのに、泣きたいのは澪のはずなのに。
何故か私が泣いてしまった。
澪が私を頼ってくれている。大好きだって言ってくれる。……私も……私も大好きだよ、澪
律「……当たり前だろ?
今だって……これからだって、私はずっと澪のそばにいるよ。
だから……安心してくれ。
澪は私が必ず守ってやるから!」
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―――――――
それから二言、三言短い会話を交し、電話を切った。
胸の動悸が早い。
それは今日のストーカーの脅威からくるものではない。
自分の、澪に対する好意の高まりを裏付けていた。
律「好きに、……なっちゃったのかな……」
でも不思議と後ろめたい気はしない。
むしろずっと一緒だった幼馴染みに好意を抱くのは自然な感情に思える。
律「澪は私が守ってやらないと!
明日からも澪には笑顔でいてほしいしな!
明日からはストーカーなんて、でませんよーに!!」
なんか胸の中がすっきりした。
気恥ずかしさに、一人、えへへと頭を掻く。
澪が、私のこと、大好きだって。えへへ///
そして次の日から、ストーカーは全く姿を見せなくなった。
最終更新:2010年02月21日 03:52