唯(和ちゃんのうちに戻って……)

唯(……いや、ダメだ、距離的に余計濡れちゃう)

唯(……このどしゃ降りの中を、歩いて帰るのか)

唯「……風邪ひいちゃうよぉ」

唯(でも、仕方ないよね……)

唯(とりあえず、和ちゃんにもらったお菓子が濡れないようにして……)


唯「ふぇ~くしゅん!」

唯「はぁ、さぶぅ……」

ぶるぶる

唯(あともう少しで、駅だ……)

唯(やっぱり澪ちゃんに向かえにきてもらった方が良かったかな……)

唯(でも、まだ仕事中だろうし……)

唯「…………はぁ」

唯「……あれ?」

唯「あそこにいるのは……」

唯「……聡君だぁ!」

ダッ

唯「お~い! 聡く……」



―うん、あはは、それでさぁ
―えぇ、ウソ、マジでぇ!?


唯「…………」

唯「……誰、あの女の子」

―そうそう、すげぇ面白かったんだよ
―え~、私も見た~い!
―今度一緒に見に行こうぜ
―やったぁ、私、楽しみにしておくね!


唯「…………」

唯「……そっか」

唯「……そうだよね」

唯「…………」

唯「そりゃあ彼女の一人や二人、いるさ!」

唯「……いや、二人いたらマズイけど」

唯「…………」

唯「…………帰ろ」


トボトボ

唯「服、びしょ濡れだ……」

唯「帰ったら、着替えないと……」

ドンッ

唯「いたっ」

男「……チッ。オイ、どこ見て歩いてんだよ」

唯「あ、す、すいません……!」

唯(……自分からぶつかってきた癖に)

唯「…………あぁ!」

唯「…………」

唯「和ちゃんに作ってもらったお菓子……」

唯「和ちゃんが、せっかく一生懸命作ってくれたのに……」

唯「…………グスッ」

唯「うぅ……何やってんだろ、私……」

唯「……ヒグッ……一人で勝手に盛り上がっちゃってさ……」

唯「ホント、馬鹿みたい……」

唯「…………」

ザアァーーーーーー


―――――――――――――――――――
――――――――――
―――――


ガチャン

澪「あ、唯。ずいぶん遅かったな」

澪「二人とも心配してたんだぞ?」

唯「…………」

スタスタ

澪「唯……?」

唯「…………」

スタスタ

澪「お、おい、唯……!」

澪「お前……びしょ濡れじゃないか! 一体どうして――」

唯「…………」

唯「……ほっといて」

聡「澪さーん、どうしたんすかー?」

澪「あ、いや、唯が……」

澪「あ、ちょ、ちょっと待てってば……」

唯「…………」

スタスタ

ガチャン

澪「…………」

聡「…………澪さん?」

澪「……しーっ」

聡「?」

澪「……そっとしておいてやろう」

―――――――――――――――――――

聡「しっかし、どうしたんすかねぇ、唯さん?」

澪「さぁ、分からない……」

澪「……でも」

澪「でも今は……そっとしておいてあげた方がいい気がする」

―――――――――――――――――――

コン、コン

聡「あの、唯さん?」

唯「…………」

聡「飯……冷えますよ?」

唯「…………」


―――――――――――――――――――

コンコン

澪「唯、起きてるか?」

唯「…………」

澪「……雑炊作ったんだけど、いらない?」

唯「…………」

唯「ごめん、今、食欲ない」

―――――――――――――――――――

唯(…………)

唯(……なんだろう)

唯(……なんだか頭が、ボーっとする)

唯(…………)

唯(……こんなんじゃ、ダメだな)

唯(……こんな事で、いちいち落ち込んでたら)

唯(……強くならなきゃ)

唯(もっと、強く……)



ライブ当日まで
あと 2日



翌朝

コンコン

澪「唯ー?」

澪「唯、入るぞ?」

ガチャン

澪「……唯?」

唯「…………」

唯「……あ……澪ちゃん……」

澪「唯……お前、顔赤いぞ……?」

澪「……どうした?」

唯「…………」

唯「…………ん~っとねぇ……頭がボーっとするの……」

澪「お前……!」

澪「ちょっと失礼」

ピタッ

澪「……あつぅ!」

澪「お前、熱があるじゃないか!!」

唯「…………エヘヘ、ごめんね……」

澪「何でもっと早く言わなかったんだ……」

澪「待ってろ、すぐお絞りと体温計持ってくる」

―――――――――――――――――――

澪「……ほら」

唯「……ありがと、澪ちゃん……」

ピピッ

澪「37度8分か……」

澪「食欲は、ある?」

唯「ううん……」

唯「あ、でも飲み物が欲しいかも……」

澪「分かった、ちょっと待ってろ」


澪「起き上がれるか?」

唯「……ちょっと厳しいかも……」

澪「じゃあ、そのまま……」

澪「……っと、こぼさないようにな」

唯「……んぐんぐ」

唯「つめ゙たい」

澪「冷蔵庫に入れてたからな」

澪「しかし、昨日の夜から何も食べてないんだよな?」

唯「……コクコク」

澪「やっぱり何か口に入れた方がいいな……」

澪「…………」

澪「よし、昨日の雑炊温めてくるか」

ぐいっ

唯「……ま゙って」

唯「い゙かないで……」

澪「だ、大丈夫だって……」

澪「……すぐ、戻るから」

―――――――――――――――――――

澪「どう? ……うまいか?」

唯「…………おいしい」

澪「そっか、良かった……」

唯「…………」

唯「……ねぇ、澪ちゃん」

澪「なんだ、唯?」

唯「……昨日、夢を見たの」

澪「夢? どんな?」

唯「……あのねぇ、」

唯「……けいおんの皆で……」

唯「もう一度……集まって演奏する夢」

澪「…………」

唯「もう、できないのかなぁ……?」

澪「…………」

唯「私、もう一度……皆と演奏したいな……」

澪「…………」

澪「…………むり……だよ……」

唯「…………」

唯「そっかぁ……そうだよねぇ……」

唯「皆忙しいもんね……」

澪「…………」

唯「……ねぇ、澪ちゃん……」

澪「…………」

唯「……澪ちゃんって、どうしてそんなに強いの……?」

澪「…………」

唯「私なんか、ダメだよ……」

唯「ちょっとした事で、すぐに落ち込んで……」

唯「行き詰まって……」

唯「…………」

唯「どうしたら澪ちゃんみたく……そんなに強くなれるのかなぁって……」

澪「…………」

澪「…………強く、ないよ」

澪「強くなんか、ない」

唯「…………」

澪「……私きっと、唯よりも弱いよ」

唯「……ウソだぁ」

澪「ホントだよ!!」

唯「例えば、どんな所が?」

澪「…………」

澪「じゃあ……」

唯「…………」

澪「……話してあげるよ」


澪「私が友達を一人、なくした話」



―――――――――――――――――――
――――――――――
―――――

毎晩私の隣の部屋から、喧嘩する声が聞こえるようになったのは、私が大学に合格してからすぐ後の事だった

私は毎日聞こえないフリをしていたけど、内心はもう駄目かな、と思っていた
終わるのはもう時間の問題だ、と

しばらく後、私の父親は全財産を持ち逃げして家を出た

私は、大学に行くお金すらなくなったんだ

そんな事はつゆ知らず、そいつは楽しげに私に話かけてくる

大学に入ってからこうしよう、ああしよう、とか

私はそれを聞くのが本当に辛かった

―――――――――――――――――――

律「なぁ、澪。大学入ったら絶対軽音部に入ろうな!」

律「それで、一緒に武道館へライブに行くんだ」

澪「……あ、う……うん……もちろんだよ」

律「なんだよ、元気ないなぁ……どうかしたのか?」

澪「いや、何でもない……」

律「んじゃ、練習しようぜ、練習! それまでに腕を磨かないとな」

澪「はは……お前から練習しようなんて、珍しいな」

澪「じゃあ私、家からベース持ってくるよ」


―――――――――――――――――――

澪「…………」

澪「…………うそ」

家に帰った私が見たのは、
あらゆる物を持っていかれて、もぬけの殻になった私の部屋だ

母親が留守のうちに借金取りがやってきて、
金目の物は全て持っていってしまったらしい

……もちろん、ベースもだ


―――――――――――――――――――

タッタッ

律「おい、澪!」

澪「…………」

律「何で最近、練習に来ないんだ?」

澪「……ごめん、忙しくてさ」

律「なんだよ……」

律「…………」

律「ははぁ~ん、さては彼氏でもできたとかぁ?」

澪「ちち、違うよぉ!」


ベースがなくなった
大学に行く、お金もない

そんなこと、恥ずかしくてあいつに言える訳なかった

―――――――――――――――――――

私と母親は借金取りから逃げるため、
遠い実家へ帰ることになった

もちろん、皆には黙ったまま

親戚の何人かには、
ずっと遠くの○○大学に転入する事になった、
と嘘をついた


それからもあいつは、しつこく私に声かけてきた


律「……なぁ、おい……練習しないと、腕なまっちゃうぜ?」


律「ま、まあ家でやってるならいいんだけどさ」


律「でもやっぱり皆と合わせないと駄目だな、ウン」

律「ってことで、今日は練習に来いよ!」


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最終更新:2010年02月26日 01:19