律「あともう少しだからな!みんな気合い入れてけよ!」

澪「風邪ひいたお前が言うな!」

唯「あははっ…へっきしっ!」

梓「だ、大丈夫ですか?」


唯「うん…少し頭が痛いかな…ズズズ」

紬「風邪がうつっちゃったのかな」

律「えっ、うそ…」

澪「律、お前がうつしたんじゃ…」

唯「そ、そんなことないよ!本当に大丈夫だから!」

そうは言うけど……顔色は良くない…
とても心配だ。
唯先輩が風邪をひいたらダメだ。
せっかくの軽音部のライブなんだから、みなさんとやりたい。
一人でも欠けたらライブをやる意味がない。


梓「唯先輩、絶対風邪ひかないでくださいね?」

唯「おぅ!任せておきなさい!」

そう唯先輩は意気込んでいたが、結局風邪をひいてしまった。
なんとも唯先輩らしい結果である。

憂は心配で心配で仕方ないという感じだった。
私も……心配はしている。

澪「梓もリードに慣れてきたな」

梓「はい…」

律「この調子で頑張るか…」

風邪で休んでいる唯先輩の代わりに、私がリードギターの練習をすることになった。
あくまで唯先輩にもしものことがあった時のためである。
でも、本当ならこの役目は唯先輩なのだ。
唯先輩ができないなら…辞退した方が……



ガチャ

唯「やっほ~」

澪「唯!」

律「風邪は治ったのか!?」

唯「う、うん…なんか治ったみたいな……」

紬「でもよかった!」

梓「はい!これで文化祭にも間に合います!」

さわ子「ちょっと」

律「なんだよ…今軽音部の結束を深めてるから邪魔しないでよ」

さわ子「なんで唯ちゃんは一年生の上履きしてるの?」

澪「え?あっ」

唯「しまっ…」

さわ子「それに…おっぱいの大きさも違うような…」

唯「あわわわわ……」

さわ子「わかった!あなた憂ちゃんでしょ!」

唯「あ、えと、その…………はい…」

さわ子先生の名推理によりこの唯先輩は憂であることが分かった。
いくらなんでも似すぎだ。
律先輩達でもわからなかったぐらいの変装だった。
……私もわからなかったのが何だか悔しい。


憂「ごめんね梓ちゃん。お姉ちゃん見てたらいてもたってもいられなくなって……」

梓「いいんだよ……憂」

澪「で、唯の様子はどうなんだ?」

憂「調子はまだ悪そうで……」

紬「そう……」

律「まったく…やる気が感じられんな!」

澪「お前の風邪も原因だ!」ゴスン

律「な、なんで?」サスサス

梓「……」

結局、唯先輩が来てくれるという私の期待はすぐに消えてしまった。
なんで…なんでこんな時に限って唯先輩はいないんだろう。
いつもだったら不安な私たちを元気づけてくれるのに…
なんで……こんなときに……

ガチャ

唯「やっほ~」

梓「!」

律「うおっ!デジャブだ!」

梓「せんぱいっ!」

唯「あずにゃん、やっほー」

澪「大丈夫か?風邪は治ったのか?」

唯「うん!なんだか元気になっててね…それで…」

唯「へっきしっ!」

律「ぬおわっ!?きたねぇ…」

憂「はい、お姉ちゃん」

唯「チーン!」

梓「本当に大丈夫なんですか!?」

澪「あ、梓、ちょっと落ち着け…」

唯「だ、大丈夫だって…ば……」ドサッ

憂「お姉ちゃん!?」

梓「せんぱいっ!?」

唯先輩は倒れてしまった。
無理してここまで来たのだ。
こんなにひどくなってるなんて…想像できなかった。

律「このままじゃ風邪治んないぞ…」

紬「唯ちゃん……」

唯「ごめんね……やっぱり風邪治んないや…」

梓「唯先輩……」

唯「あずにゃん…ギターは任せたよ…」

梓「!」

唯「あずにゃんならきっとできるよ…だから…」

梓「ダメです!!」

澪「梓…」

梓「唯先輩も…唯先輩も一緒じゃなきゃダメなんですよ!」

つい本音が出てしまった。
唯先輩がいないバンドなどやる意味がない。
それほどに私の中の唯先輩は大きくなっているのだ。

唯「あずにゃん…」

梓「約束してください」

唯「えっ…?」

梓「必ず、文化祭までに風邪を治すって…約束してください!」

唯「うん…」


梓「指きりげんまんです」

唯「あずにゃん…」

私たちが約束するときの定番、指きりげんまんだ。

梓「絶対に治してくださいよ?」

唯「うん…わかった…!」

澪「……梓も成長したな」

紬「うん、私もそう思う!」

律「それを澪が言うかぁ?」

澪「う、うるさいっ!」

そのあと、文化祭当日は約束通りに唯先輩の風邪が治ってみんなそろった。
だけど、唯先輩がギターをお家に忘れてしまい、取りに戻るというハプニングがあった。

それでも唯先輩はライブの途中に間に合って、文化祭のライブは成功という形に終わった。
そのときの唯先輩は…とても輝いていた。


律「それじゃあ文化祭のライブ成功を祝って……」

「かんぱーいっ!!」

文化祭終了後、唯先輩のお家でライブの打ち上げをすることになった。
お家に着くと、憂が既にごちそうを作っていたようで、改めて憂の凄さを感じた。

律「いやぁー、一時はどうなることかと思ったけど、無事に成功してよかったな!」

紬「そうだねー」

律「唯もよく頑張ったよ!えらいっ!」

澪「そうだな」

唯「えへへっ。そうかなぁ」

本当にそうだ。
唯先輩はなんだかんだいって約束はキチンと守る。
いつもはだらけてるけど……やるときはやる……。
そんな唯先輩を私はとても尊敬している。


律「今日はお泊りしていいの?」

憂「はい!明日も休みですし…」

澪「じゃあお言葉に甘えて…」

唯「わーい!みんなでお泊りだ!」

子供みたいにはしゃぐ唯先輩。
正直かわいい。


夜、ライブの疲れからか皆さんはすぐに眠りに就いた。
しかし、私はまだ眠れなかった。
ライブの終わった後の余韻がまだ頭の中に残っている。

なかなか眠りに就けないので、夜風に当たろうとベランダに出てみた。
すると、さっきまで寝床にいたはずの唯先輩がそこにいた。

唯「あ、あずにゃん!どうしたの?」

梓「なかなか眠りに就けないので、夜風に当たろうかなと思って…」

唯「私もなんだか眠れないんだ…ちょっとお話ししようよ」

梓「はい…」

私と唯先輩はその日の出来事をハイライトのように語った。
唯先輩がギターを取りに行った時の話とか、その間の私たちの話とか…
休むことなく語り合った。


唯「ねぇ、あずにゃん」

梓「なんですか?」

唯「この前はありがとね!」

梓「この前って…?」

唯「私が無理して来たときに倒れちゃったでしょ?その時にあずにゃんと指きりげんまんしたじゃん」

梓「ああはい」

唯「私、あれがあったから絶対に風邪を治そうと思ったんだよ?」

梓「そうなんですか」

唯「だから、あずにゃんがいなかったら私、ライブに出れなかったかもしれないんだ」

梓「そんな…私じゃなくてもみなさんが…」

唯「ううん。あずにゃんだったからなんだよ!間違いない!」

梓「な、なんか照れちゃいますね…」

唯「えへへっ」

私は唯先輩に褒められるようなことはした覚えはない。
でも、唯先輩にとってそれは、とても元気づけられるものだったようだ。
唯先輩の役に立ててうれしい……それが私の気持ちだった。


唯「……」

梓「……」

二人の間に沈黙が続く。
話すことはもうほとんどない。
私はボケーっと夜の星空を見ていた。

唯「……」

梓「……」

唯「あずにゃん」

梓「なんですか?」

唯「前の合宿のときの事、覚えてる?」

梓「はい…」

合宿の事。
それはたぶんあの質問のことなんだろう。

唯「あのとき…あずにゃんに聞いたとき、私嬉しかった。私の考えが否定されなかったから」

梓「……」


唯「でも……あずにゃんにもし、あのときのことで嫌われていたらと思うと…つらくて…」

梓「嫌ってなんか…ないですよ」

唯「本当…?」

梓「もちろんですよ。そんな理由で唯先輩を嫌ったりなんかしませんよ」

唯「あずにゃん…!」

そう言うと、唯先輩は私に向き合った。
なんだか決意に満ち溢れた顔だ。
この雰囲気はもしかして……


唯「わたしね…あずにゃんのことが…好き…!」

梓「…!」

唯「初めて見たときから好きだったの!」

梓「せ、せんぱい…」

唯「あずにゃんが…もしあずにゃんがよかったら…私と付き合ってほしい…」

梓「……」

それは突然の告白だった。
でも、全然予想してなかったわけではない。
いつか…くるだろうとは思っていた。
でも…それでも私の心の準備はまだできていなくて……


梓「……えっと…」

唯「……」

梓「私は…」

唯「…やっぱダメだよね」

梓「えっ?」

唯「こんな迷惑かけてばっかりの先輩じゃ駄目だよね」

梓「そ、そんなこと…」

唯「澪ちゃんみたいなかっこよくて大人っぽい先輩の方がいいよね」

そんなことない。
確かに澪先輩はとてもいい人だ。
でも…そんなの関係ない…
私が…私が好きなのは……


梓「…………です」

唯「へっ?」

梓「私が好きなのは…唯先輩です!」

唯「あ…」

梓「いつも練習しないで、だらけてて、迷惑ばっかかけてたとしても…私は唯先輩が好きなんです!」

唯「じゃ、じゃあ…」

梓「はい…こんな私でよければ…お願いします!」

唯「や、やったー!」ダキッ

梓「うわっ、ちょっ、唯先輩!」

私はいつだって素直じゃない。
でも…この人の前だったら素直になれる。
いつもほんわかしてて、あたたかいこの人が私の好きな人なのだ。


唯「えへへっ、なんだか夢みたい!」

梓「夢じゃないですよ」

唯「そうだね」

気がつくと私の手の上に唯先輩の手が重なっている。
なんだかとてもあたたかかった。

唯「…ねぇ、あずにゃん」

梓「なんですか?」

唯「これから迷惑かけるかもしれないけれど…よろしくね?」

梓「言ったじゃないですか。私はそういうところも含めて好きなんですよ」

唯「えへへっ、ありがとっ!」

それから30分ぐらい二人で寄り添っていた。
何も話さずとも…唯先輩とつながってる気がした。


唯「そろそろ戻ろうか」

梓「そうですね」

唯「……あっ、あずにゃん」

梓「はい?」

唯先輩が私を呼び止めると、いきなりキスをしてきた。
不意打ちだったので私はかわすこともできずにそのまましてしまった。
時間にして1秒。
私のファーストキスが終わった。

梓「ゆ、唯先輩!?」

唯「えっへへ~、しちゃった!」

梓「す、するならもっと雰囲気をつくってからするものですよ!」

唯「そ、そうなの?ごめんね」

梓「もういいですよ。それに…」

唯「それに…?」

梓「私もできてよかったというか…」

唯「もう!あずにゃんったらかわいいんだから!」

梓「うぅ……」

そのあと私たち二人はベランダを後にした。
部屋に着くまで、私と唯先輩は手をつないでいた。
このときから、私たちの恋が始まった……

……


気がつくと辺りは日が暮れかけていた。

梓「今日もダメか……」

私は立ち上がると桜の木の下から立ち去った。

この道も懐かしい。
いつも、私たちが一緒に帰った道だ。
やはり、桜の花が咲いているとどんな道でも奇麗に見える。

ピリリリリリリリッ

物思いにふけっていると、携帯が鳴りだした。
律先輩からだ。


梓「もしもし…」

律『梓か?今どこにいる?』

梓「えっと…桜高の近くです」

律『そうか!それなら今から飲みに行くぞ!』

梓「今からですか!?」

律『うん!じゃあいつものところに来てね!それじゃ』

梓「あっ、ちょっ…」

そう言うと電話が切れてしまった。
あの人はいつも強引だ。その性格は高校から変わっていない。
でも、それが律先輩なのだ。

梓「しかたない…」

私はふたたび同じ道を歩き出す。
そういえば、あのときもこの道を歩いたっけ。
桜の花びらが舞い散るのを眺めながら、あのときのことを思い出す…


……

唯「あずにゃ~ん!」

梓「もう…遅いですよ」

今日は付き合って初めてのデートだ。
唯先輩から誘ってきたというのに、本人が遅刻してきた。
なんとも唯先輩らしい。

唯「ごめんね?私、道に迷って……」

梓「いいですよ。それじゃ行きましょうか」

唯「うん!」


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最終更新:2010年03月04日 00:21